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第117話 スネてる顔

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「あ、カワイイ。リンゴ型のジュエリーケース」

リビングのテーブルで課題をしていた灰谷がトイレから戻ってくると、母の久子が帰宅しており、結衣から真島宛に預かっていた小さな紙袋を開けている所だった。

「何してんだよ。勝手に見るなよ」
「え?あ、ごめん。あたしにじゃないの?」
「違うよ。なんで母ちゃんになんだよ」
「いやあ、母ちゃんいつもありがとうかなと。テーブルの上に載せとくなんて、このシャイボーイ!と思って」
「誰がシャイボーイだよ。するかそんな事」

パカッ。
久子は止める間もなくフタを開けた。

「あれ?これ、あんたがいつもしてるやつ?」
「え?」

久子から取り上げたケースの中身には見覚えがあった。
真島が結衣にあげたクロムハーツのピアスだった。

「勝手に開けてごめ~ん」
「ったく、なんで開けんだよ。オレのじゃねえんだぞ」
「しょうがないじゃない、開けちゃったものは。思わせぶりにこんな所に置いておくあんたが悪い」
「…帰り、早くねえ?」
「後は有休消化して、ほぼ引き継ぎだけだから。それより健二、お腹空いた。シャワー浴びてくるからパスタ、パスタ作って」

久子はさっさとバスルームに消えてしまった。

すぐに自室に持って行けば良かったと灰谷は思った。
中身を勝手に見てしまった。

ケースにはピアスが一つ大事そうに収められていた。
結衣が真島からもらったピアスを本当に大事にしていた事がわかる。

『多分、すごく大事なものだと思うから』と言った結衣の言葉を思い出す。

すごく大事なもの……。

バイトの初給料で真島と一緒に買ったピアス。


『あたしが言うことじゃないってわかってるんだけど……真島くんの事、よろしくね』

最後に見た結衣の顔。

真島、もしかしてあいつ、話したのかな、オレの事。
だから、あんな顔……。
だとしたら、真島の気持ちを知ってなお、返しに来てくれた結衣ちゃん。

その(結衣の言う)すごく大事なものをあげた真島。
結衣にそうしたいと思わせた気持ち。


自分にはどうにもならなかった事とはいえ、なんだか……。


真島。
オマエ、オレの知らないところで、見てないところで、どんなツライ思いを抱えていたんだろう。

真島との距離はあまりにも近すぎて、時々見失う。


「健二、パスタできた~?」

カラスの行水。
久子の声がした。





灰谷は久子と食卓を囲む。

「あ~美味しい。あんたのこのパスタ最高!」
「そうかよ」

久子はモリモリとパスタを食べ、ワインを飲んだ。

「あんたも飲む?」
「飲まねえよ。未成年」
「何よ、まだ怒ってるの。紙袋の中身見ちゃった事」
「怒ってねえよ」
「怒ってるじゃない」
「サツなんだよ母ちゃんは」
「ミネにもよく言われる。後のフォローが大変だって」
「わかってんなら直せよ」
「すいませ~ん。で、なに何?あのリンゴ型のカワイイジュエリーケース。女の子でしょう?」
「知らねえよ。オレのじゃねえし」
「ふう~ん」

灰谷が発する、この話に触れてくるなオーラを察知してか、久子はそれ以上追求して来なかった。

灰谷は黙々と食べる。

久々に作ったけどウマイ。
自画自賛。
ナスとトマトとベーコンのパスタ。
ニンニクたっぷり効かせて、青じそをのせる。
ウスターソースが隠し味。
真島も好きなんだよな、コレ。

「あ、そうだ健二、あんた明日もバイト?」
「うん」
「そっか。あたし明日休みだから、真島くんちに行って節子さんに会ってくるね」
「うん」
「あんたも、ちょっとだけでも顔出す?」
「ああ」

母ちゃんを労ってくれよ、と言った真島の言葉を思い出した。

「久しぶりだなあ。節子さんビックリするかしら。ミネの事話したら」
「だろうな」
「引いちゃうかしらね」
「それはないだろ」

きっと節子はビックリはしても、笑顔で受け入れてくれるだろう。
そう、それが、例え真島……息子の事であったとしても。
あるがままを受け入れてくれる。
そんな気がする……。
いや、息子の事となるとまた違うのか?

「真島くん、一人旅だっけ。今どこにいるって?」
「知らねえ」
「聞いてないの?」
「うん」
「そう」

真島のやつ。
あれからホントに連絡がつかない。

「フフフ」
「なんだよその笑い」
「いやあ、我が家の外面クールな坊っちゃんも、そんな顔するんだなあと思って」
「そんな顔?」
「スネてる顔」
「スネ……」
「真島くんに黙って置いていかれて一人で淋しいって顔」
「…してねえわ」
「してるって」
「してない」

そんな顔……してるかオレ?。

灰谷は自分の顔を撫でた。

「あんたが子供の時はよく見たわね」
「知らねえって」
「あんたにそんな顔させる事ができるの、あたしだけだと思ってた」
「ん?何?どういう意味?」
「大事にしなさいね、真島くんの事」
「……」

言われなくても。
大事には思ってる。
うん。
それは間違いなかった。

黙って置いていかれて一人で淋しいか。
そうかもな。

オレがムカついてるのは多分そこだ。
せめて何か言って行けってんだよ真島のヤツ。
心配させるんじゃねえよ。

灰谷はスマホでLINEを確認した。
相変わらず既読はついていなかった。

今、どこにいるんだろうな。
この暑いのにチャリで。
またどっかで倒れたりしてなきゃいいけど。

ふう~と灰谷はため息をついた。
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