拾った彼女が叫ぶから

プロローグ

拾われて

　すぐにどちらからともなく口を開いた。さあやってみなさいよとばかりに舌を差し出すと、すぐに熱い舌が絡みつく。
　何かを振り切るように、何度も角度を変えてその舌を求めた。それ以上の力で、彼女の口内も余すところなく貪られる。思わず吐息めいた声が鼻から抜けた。
　唾液が口の端を伝う。ひやりとした感覚にぴくりと身を震わせると、ようやく舌が離れた。

「はっ……マリアさん、積極的ですね」
「どう？　満足した？」
「いいえ、残念ながらまだ」

　ルーファスがまた満面の笑みを浮かべてそれだけ言うと、今度はマリアを抱き寄せてためらいなく首筋に食らいついた。彼の唇に吸い付かれて思わず首をすくめる。首筋をなぞり上げられ、妙に色めいた声が零れてしまう。

「ん、んぅっ……」
「可愛い」

　耳元から甘い刺激が背筋を駆け下りて、あらぬ場所がじんと熱を持ち始めた。
　身体からはどんどん力が抜けて、彼の腕に縋りついていないとその胸に倒れ込んでしまいそうだった。

「可愛くなんかっ……」
「マリアさんは可愛いですよ。精一杯強がって、なんでもない振りをして。そのくせ自分で自分自身を放り出して痛めつけようとしてる。もう充分傷付いてるのにね」
「傷付いてなんか。腹が立ってる、だけっ……」

　耳朶を食まれる度にびくんと肩が揺れる。ささやき声の合間に耳殻をねぶられて、出るのは熱を孕んだ吐息ばかりだ。

「こんなに蕩けた顔なんかして。今は気持ちいいことだけ考えて。泣きたかったら泣いて、僕に任せて」
「泣かないわよ……っ」

　反対側の耳も同じようにされて、全身が火照っていく。ドレスの内側に秘めた場所から何かがとろりと流れる感覚に、マリアは思わず太腿を擦り合わせた。
　誰とも知れない相手に、それもこんな場所で。
　頭では止めなきゃと思うものの、絶え間なく与えられる小さな快感は他のことを忘れさせてくれるから、ぐずぐずとそのまま惚けてしまう。
　彼の舌がまた首元に戻った。今度は露わになった鎖骨の上のくぼみを熱心に這いまわり、時折吸い付きながら下へ下へと降りていく。

「マリアさんの肌、甘い。……それに柔らかい」
「やっ、変なこと言わない、で」

　仰け反った拍子に無意識のうちに胸を彼に突きだしてしまっていた。コルセットをしていなかったから、ドレスの上からでも簡単に彼の指が食い込む。
　両手でふにふにと胸を揉まれる。呼吸はますます浅く荒く、そして甘くなった。
　ドレスの背に彼の手が回って、編み上げたリボンを解かれる。肩を剥き出しにされ、胸元をずり下げられて乳房がまろび出た。

「待ちなさいよ、誰かが……っん……」
「来ませんよ。僕らだけです。だからマリアさんもここに来たんでしょう？」　

　ルーファスが乳房を揉みながら先端をきつく吸い上げた。
　これまでより鋭い愉悦が走って、自分でも信じられないくらい甘ったるい声が抜ける。一瞬の不安が、すぐに頭から抜けていった。

「はっ……ぁ、あんた、調子に乗りすぎよ……っ」
「え、この程度でですか？　今更そんなこと言わないでくださいね。まだまだこれからなんですから。それに今夜は」

　マリアが床に投げ出した足首をルーファスがおもむろに掴み、サテン地の赤いハイヒールが片方だけ脱がされた。
　彼の手が足の甲や指の股をくすぐるのから目が離せない。その手はそのまま上に滑り、ドレスをまくり上げた。さらりと衣擦れの音が耳についた。
　月明かりがほんのりと射し込む薄暗い図書館に、マリアの白い太ももが浮かび上がった。

「何も考えられなくなる方がいいでしょう？」

　にこやかな笑顔に見つめられる。裸足になった側の足から器用に下着を抜き去られる。マリアの膝頭が掴まれ、ゆっくりと割開かれた。
　マリアは恥ずかしさのあまり顔を背けた。なんという姿だろう。たわんだドレスのお陰で肝心な場所はまだかろうじて隠れているとはいえ、あまりにもはしたない姿だった。
　けれど……この先を期待している場所も、ある。多分そこはもうしっとりと濡れている。
　柔らかな髪が胸元をくすぐったと思ったら、また尖った場所を口に含まれる。唇から吐息が押し出され、マリアは小さく喘いだ。
　
「マリアさん、我慢しないで……。これまでたくさん我慢したんでしょう？　今は全部解放して」
「そんなこと、言われたって……んんっ、ふ、ぁ」

　ばさりとドレスがめくられる。
　ルーファスが口元を緩めた直後、彼の目にさらけ出された場所にぬるりと愉悦が走って、マリアは甘い悲鳴を上げた。

「ここも甘いです」
「やだ黙って！　さっさと終わらせて、ぁっ……」
「もう少しだけ待ってくださいね。もっとたっぷり堪能させてください。マリアさん、可愛い……」

　うっとりした表情すら浮かべて、ルーファスが頭を下げる。と思ったら明確な快感に腰が震えた。

「はぁっ……や、や、それ、や」
「どうして？　気持ち良くないですか？」
「や、舐められたことなんて、ないからぁ……やめて……汚いっ……」
「マリアさんのここ、綺麗ですよ。つやつやと光ってる」

　こんなこと、されたことがない。
　これまで知らなかった感覚に、全ての感情が引っ張られそうだ。

「優しくされるのと、乱暴にされるのと、どちらがいいですか？」

　ルーファスの指がくちゅ、と襞をなぞってマリアの奥へ侵入した。

「んっ……」
「ねぇ、マリアさん。どちらがいいですか？　こうしてゆっくりするのと──」

　中に埋められた指が、ねっとりと這うように往き来する。一際敏感な場所をかすって気持ちいいけどもどかしくなる。もっとして欲しくなる。

「ぐちゃぐちゃにするのと」
「あっ、はぁっっ」

　指がもう一本差し込まれた。立て続けに水音を響かせながら中をかき混ぜられる。今度は的確に指の腹で敏感な場所を繰り返しなぞられて、マリアはたまらず腰を揺らめかせた。
　ひくひくと中が反応して指を締め付ける。更に親指が突起をこねると、中が大きくうねった。

「あ、あ、ひぁ、はっ……」
「マリアさんはこっちの方が好きみたいですね」
「だ、めぇ、やっ、あっ、あああっ──……」

　ぴんと強張る身体とは反対に、中は激しく痙攣する。
　つま先まで突っ張って背がしなった。

「マリアさん、イッたんですか？　指、締め付け過ぎでしたよ」
「はぁっ……、そんなの、自分でわかるわけないし」
「それって指じゃ細くてわからないってことかな。待ってくださいね」

　反動で今度は全身からぐったりと力が抜ける。
　ぜいぜいと浅い息を繰り返すマリアと違って、ルーファスは余裕の笑みだ。
　ぼうっとその表情を眺めていると、彼の手がトラウザーズに掛かった。吸い寄せられるようにそちらに目を向けて、マリアは頬を赤らめた。
　
「あっ……」
「まさかあれで終わるとでも思いました？」

　社交界に出れば令嬢達を蕩かせそうな笑みなのに、なんだか怖い。だけど気取られたくなくて、マリアはわざとつっけんどんになった。

「まさか。これからなんでしょ？　あんたのお手並み、拝見するわ」
「マリアさんはこれだからもう……。そんな風に睨んでも男をあおるだけですよ」

　余裕面が腹立たしい。マリアはますますむすっと眉を寄せた。

「ははっ。マリアさん。僕、今夜は思いがけない拾いものをしましたよ」
「そりゃあんたはそうでしょうよ。タダで女を抱いているんだから」
「後悔はさせません」
「あら、楽しみだわ」

　つい反射的に言い返したものの、マリアは思わずこくりと喉を鳴らした。もう後には引けない。

「向き合うのと、後ろからとどちらがいいですか？」
「どっ、どっちだっていいわよっ。いちいち聞かないで」
「じゃあ今夜は後ろからにしましょうか。今は乱暴にするのがお好みのようですから」
「今夜は、って何よ！　あんたとなんて、これっきりなんだから」
「はいはい。じゃあ……立ってください」

　ルーファスが笑いながら手を差し出す。回らない頭で、投げ出していた手を彼に向けると力強く引っ張られた。腰にも手を添えられて、くるりと書棚の方へ向かせられる。
　書棚の縁を掴んだものの、力が入らない。がくりとバランスを崩しそうになったところをぐっと支えられた。そう言えば片足は靴を履いたままだった。
　彼もそのことに気付いたのか、靴を抜き取るとぽいと無造作に放った。華奢な靴が、絨毯の上で鈍い音を立てた。

「お尻、もう少し突き出してください」
「っ！　いちいち言わないで。言われなくたってするんだから」

　マリアはためらいがちにドレスに包まれた臀部を突き出した。小さな笑い声が落ちて、ドレスが腰へまくり上げられた。
　
「マリアさんの背中、綺麗ですね。お尻も……」
「ちょっ、やめ、て……」

　つつ、とルーファスの指先がむき出しの背中を辿り、尻のまろみを撫でる。その淡い刺激に肌が粟立つ。男の物が割れ目に押し当てられ、その質量と熱に思わず吐息が抜けた。

「たまらないな……挿れますよ」

　ルーファスがぐっと強くマリアの腰を抱き、硬い雄がずんと媚肉を割った。

「あぁ……んぅ……ひぁ……やあ……ん」
「声、可愛い……きつッ……」
　
　ルーファスが中を揺さぶる。小刻みに揺すったかと思えば気まぐれのように奥をずんと突き、最奥で大きく円を描く。かと思えばずるりと入り口近くまで抜け出て、みだりがましくひくつく媚肉をなだめるように再び中へ突き入った。その度に、ぐじゅ、と音が響く。
　無意識のうちに甘ったるい声が溢れてしまう。

「ここ？　マリアさんの中、めちゃくちゃ気持ちいいです」

　あけすけな物言いに抗議しようと振り返ると、ルーファスがやんわりと笑って顔を近付けた。
　唇が重なり、舌が絡まる。無理のある体勢だから舌は奥まで届かない。だけど噛みつくような口付けに頭がまた白く塗り潰されていく。腰が勝手に揺らめいた。

「は、あぁ……あんた、なんかに……なんで、こんな……あっ……」
「考えないで……マリアさんも気持ち良くなって……」

　呼応するようにマリアの中がきゅうと彼を食い締め、ルーファスの声がかすれた。

「くっ……ッ」

　崩れそうな腰を片手で抱えられ、もう片手で胸を揉みしだかれながら、ガツガツと奥をうがたれる。息もつかせぬ律動に、絶頂はもう目の前だった。足ががくがくと震え、書棚の縁を掴んだ指先が白くなる。
　さっきよりも格段に大きな波が迫ってくる。もう何も考えられない。

「あっ、も、だめ、い、やぁ、ああっ、あああ──ッ」
「マリアッ……」

　ひどく色っぽい声で名前を呼ばれて、蜜がぐじゅりと溢れる。
　中が喜んでいる。知らない男なのに、自棄になって始めたことなのに、身体が喜んでいる。

　──今だけ、今だけは許して。明日からはちゃんと前を向くから。

　彼女の奥に温かいものが広がる。
　圧倒的な愉悦の波にさらわれて、みるみるうちに意識が遠のいていく。
　
　意識をとうとう手放す直前、それまでこらえていた涙がようやく一粒だけマリアの頬を伝った。