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2. その先は心で
4.
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あの頃の自分は、きっと何も見えてなかったのだと思う。
ウォーレンとの歪な関係を終わりにしてシエナが感じたのは、これでやっと終わりにできた、という何処か安堵にも似た気持ちだった。
勿論、2度目の失恋に暫くは屋敷の自室から出る気力さえ失った状態だったけど、本当のところ抱かれる度に失恋していたのだし、思ったよりは痛みは鈍かったように思う。
それよりも、やっと諦めることが出来た、やっと醜く堕ちた自分と訣別出来た、という不思議な感慨の方が強かったかもしれない。
きっと最初から、きちんと想いを告げて終わりに出来ていればこんなことにならなかった。
それを、一度断られたのに引きずって、嫉妬や独占欲といった負の感情に囚われて束の間だけでも自分を求めて欲しいと願ったのが過ちの始まりだった。
でも今はそれも含めて、仕方のなかったことだと思える。
今度こそ、告げることができた。終わらせることができた。
自分でも手の付けられないほどの激しい感情だったけど、それももう迸ることはないと思う。
激しい雨で氾濫した川が、雨が上がり徐々に穏やかな流れを取り戻すように。
まだ今は氾濫した名残があって、彼の姿が視界に入るだけで心臓は否応なしに跳ねてしまうし、彼の前で笑顔を作るのさえじくじくと痛む胸を必死に押さえつけながらなのだけれど。
きっともうすぐそれも凪いでいく。
もう、揺らめかない。そう決めた。
きっとまたいつかは、普通の幼馴染に戻れる。笑い合える。
一歩引いた位置からあの時の自分を見た今なら、そう思える。
*
不思議なもので、今日はどういう訳か立て続けにダンスの誘いを受ける日のようだった。単にこれまで他の男性が目に入っていなかっただけかもしれないけれど。
「次は私めのお相手をしてくださいますか?」
目の前の青年と終了のお辞儀をするや否や、頭上から乞う声が聞こえてきて、シエナは反射的にその声の方を見上げた。
思いがけず自分を見下ろしている相手の顔が近すぎて、シエナは驚きのあまりひゃっ、と淑女にあるまじき声が漏れてしまった。
「す、すみません。こんなに近いと思いませんでしたので……」
慌てて見上げていた頭を正面に戻す。するとその青年……アイザックもシエナの正面に回って微笑んだ。大げさな仕草でそのままシエナの手を取り甲に唇を寄せる。
「こちらこそ、レディの背後から声をお掛けして申し訳ありません。その瞳を正面から見つめる勇気が無かったのです。お許しを」
気障な物言いだったが、その目は少し戯けていたのでシエナにもそれが演技だとわかった。思わずくすり、と笑みが零れる。その笑いを受けて青年の視線も柔らかいものになった。
「アイザック・ジョンストンと申します、シエナ嬢。今宵こそはと思い、どうにか勇気を振り絞った情けない男にどうぞご慈悲を」
「まあ。ジョンストン卿のご子息でしたのね。私の名前をご存じなのですか?私で良ければ喜んで慈悲を授けます」
アイザックの言い方は嫌味がなく、くすりと笑みを誘うものだった。その物腰の柔らかさにもつられてシエナも芝居掛かった口調で答えると、笑顔のまま差し出された腕に自分の腕を添えた。
ジョンストン家といえば伯爵家だ。シエナの緊張を解くためにへりくだった言い方をしてくれているが、さすが伯爵家というべきか、シエナをリードするその所作は洗練されていて無駄が無い。
シエナはただそのリードに従うだけで良く、すんなりと踊ることができた。
踊りながら、これまでにも何度か見かけたことのある顔だと思ってアイザックを窺う。
「確か、ウォ……ハイド卿のご子息と一緒におられるところを何度かお見かけしたような気がするのですが」
「お、貴女に気付いて頂けていたとは光栄ですね。ウォーレンとは友人なんです」
「そうでしたのね。私は」
「知っていますよ。彼の幼馴染でしょう」
「……ウォーレンが言ったんですか?」
「彼は貴女がおられる時はいつも貴女にダンスの申し込みをしていましたからね。あの美しいご令嬢とお前はどういう関係なんだ、と詰め寄ったことがあるんですよ。そしたら渋々教えてくれました。貴女とは幼馴染なんだと」
笑顔で自分をリードするアイザックに、もしかしてウォーレンが何か幼馴染だという以上のこと──あの、密やかな関係にあったことが知れてしまっているのではないかと一瞬シエナの背中をひやりとしたものが伝った。
だがどうやら杞憂だったようだ。
言葉の端々で自分を持ち上げてくれるアイザックに、慣れない事で戸惑うのと同じ位心が軽くなる。ウォーレンがこんな風に褒めてくれたことなど、なかった。それが例えお世辞でも。
ウォーレンが言うシエナの容姿に関することといえば、髪の色のことしかなかったから。それも大抵、貶されるだけだった。
思い出して微かに胸がつきりと痛みを訴えたが、それはきっと気の所為だろう。
「ふふふ、面白い方ですのね。美しいと言われたのは初めてです。ありがとう。お世辞でも嬉しいです」
「なんということだ!こんなに素敵な御令嬢を前に賛辞の1つも言えない奴など、まともじゃない奴に違いない」
「ふふっ。そうね、そうかもしれないですね」
アイザックの戯けた口調にすっかりシエナも緊張が解れていく。どうせ束の間のこと。今だけそのお世辞を素直に喜んでもバチは当たらないはず。
いつの間にかシエナ自身もすっかり砕けた口調で、アイザックとの会話を楽しんでいた。
「うん、貴女は笑った方がもっと素敵だ」
「え?」
不意にアイザックがそれまでの何処か戯けた口調を改めて、柔らかな笑みを見せて言った。
その表情に戸惑って、シエナは思わずアイザックの目の中に答えを探る。
アイザックが彼女の視線をやんわりと受け止めてから、すっと彼女の背後へと何か物言いたげに視線を逸らした。
「……?」
どうやら後ろにいる誰かを見ているようだ。気にはなったが、ダンスの最中に後ろを見るのも失礼な気がして出来なかった。代わりに僅かに小首を傾げる。アイザックはすぐに視線をシエナに戻した。
「……何か?」
「いえ、貴女と踊る栄誉を噛み締めていただけですよ」
アイザックは先程の戯けた口調に戻っていて、シエナはまたくすりと笑った。
「貴女は本当に自分の価値を御存知ないようだ。宵闇のような髪も、冬の凍てつく寒さを和らげる陽の光のような瞳も本当に美しい。私の陳腐な言葉では言い表せない位にね。……ウォーレンなんかやめて、私にしませんか?」
「……っ」
途中まで苦笑しながら聞いていたシエナは、最後の言葉に硬直した。一瞬、ダンスの音楽が遠退いた。慌てて足を動かすが、そのステップはぎこちなくなってしまう。思わず取り繕うことも忘れて掠れた声が弾けた。
「どうして……」
「知っているのか、ですか?ウォーレンは何も言わないけど、貴女を見ていればわかりますよ。貴女はいつもウォーレンだけを見ておられましたからね」
「そんな、つもりは」
「そうですか?でも私の名前を覚えてらっしゃらなかったでしょう?私も良く彼と一緒に居たはずなんですが」
狼狽えて上手く言い抜けることもできずに身体を強張らせたシエナを、アイザックが声に揶揄いを含めてシエナを見下ろした。ウォーレンと背丈がほぼ同じだけあって、見下ろされるとウォーレンの時みたいにシエナに影が落ちる。
「すみません」
「いえいえ、責めているわけじゃないんですから。笑って?貴女は笑った方が可愛いのだから」
そう言われても、初対面だと思っていた相手に、秘めていたはずの思慕の情を言い当てられて笑えるはずがない。社交界では地味で目立たない自分だが、その想いは親しい人達にはすっかり御見通しだったということか。シエナは穴があったら入りたい程だった。
でも相手はウォーレンの友人だ。今更隠しても仕方ない。いつか本人から話を聞くかもしれないなら、隠しても同じだ。
「あの、でも、」
歯切れ悪く言い掛けたシエナを見下ろすアイザックが、その先を促すようにはい、と頷いた。少しだけ胸に走った痛みに蓋をするように微笑む。
「もう、やめたんですよ」
「え?」
「……振られましたから」
ふふ、と自嘲気味に笑えば、アイザックが何を思ったのか一瞬だけ目付きを鋭くした。だが、それは本当に一瞬だけで、すぐにまた笑みが戻る。
「……そうでしたか。ウォーレンは馬鹿な男ですね、貴女のようなチャーミングな女性の愛を無下にするとは」
「でしょう?」
アイザックが怒りを込めたような、呆れを含んだような声でそう言ってくれたから、シエナも冗談で同調した。はなから望みのない片思いを長く引きずった、終わらせる勇気もずっと出なかった愚かな自分を、逆にそんな風に言ってくれる人がいて少し救われた気分になった。
「じゃあ本気で」
アイザックが急に真剣な顔付きでシエナの瞳を捉えた。その眼差しの強さにつられるようにシエナもアイザックを見つめ返した。アイザックが柔らかく表情を崩す。
「俺にしませんか?」
これもさっきから続いているお世辞の1つだろうか。シエナが最初に考えたのは、そのことだった。
だけど、急に一人称が変わって、口調も戯けた感じから真剣味を帯びたものに変わった。何より、シエナを見る目が真っ直ぐだった。
……まさかね、まさか、有り得ない。シエナはちらと頭を過ぎった考えに即座に首を振った。
これも女性をその気にさせる決まり文句の1つなのだろう。
それに、万が一冗談でないとしてもシエナの答えは決まっている。だから先程までの口調のままでアイザックをいなした。にこやかな笑みと共に。
「まあ、光栄なことですわ。憐れな女に慈悲を頂けるだなんて。でも私には勿体無いことです。そう言って頂けるだけで救われました。ありがとうございます」
アイザックが僅かに眉を顰めた。が、それはすぐにまた最初の道化がかった笑みに取って代わった。
「……まあ、今はそういうことにしておきましょうか」
シエナはふふ、と笑って受け流すと、それ以上アイザックが何か言うのを無言で制した。
ウォーレンとの歪な関係を終わりにしてシエナが感じたのは、これでやっと終わりにできた、という何処か安堵にも似た気持ちだった。
勿論、2度目の失恋に暫くは屋敷の自室から出る気力さえ失った状態だったけど、本当のところ抱かれる度に失恋していたのだし、思ったよりは痛みは鈍かったように思う。
それよりも、やっと諦めることが出来た、やっと醜く堕ちた自分と訣別出来た、という不思議な感慨の方が強かったかもしれない。
きっと最初から、きちんと想いを告げて終わりに出来ていればこんなことにならなかった。
それを、一度断られたのに引きずって、嫉妬や独占欲といった負の感情に囚われて束の間だけでも自分を求めて欲しいと願ったのが過ちの始まりだった。
でも今はそれも含めて、仕方のなかったことだと思える。
今度こそ、告げることができた。終わらせることができた。
自分でも手の付けられないほどの激しい感情だったけど、それももう迸ることはないと思う。
激しい雨で氾濫した川が、雨が上がり徐々に穏やかな流れを取り戻すように。
まだ今は氾濫した名残があって、彼の姿が視界に入るだけで心臓は否応なしに跳ねてしまうし、彼の前で笑顔を作るのさえじくじくと痛む胸を必死に押さえつけながらなのだけれど。
きっともうすぐそれも凪いでいく。
もう、揺らめかない。そう決めた。
きっとまたいつかは、普通の幼馴染に戻れる。笑い合える。
一歩引いた位置からあの時の自分を見た今なら、そう思える。
*
不思議なもので、今日はどういう訳か立て続けにダンスの誘いを受ける日のようだった。単にこれまで他の男性が目に入っていなかっただけかもしれないけれど。
「次は私めのお相手をしてくださいますか?」
目の前の青年と終了のお辞儀をするや否や、頭上から乞う声が聞こえてきて、シエナは反射的にその声の方を見上げた。
思いがけず自分を見下ろしている相手の顔が近すぎて、シエナは驚きのあまりひゃっ、と淑女にあるまじき声が漏れてしまった。
「す、すみません。こんなに近いと思いませんでしたので……」
慌てて見上げていた頭を正面に戻す。するとその青年……アイザックもシエナの正面に回って微笑んだ。大げさな仕草でそのままシエナの手を取り甲に唇を寄せる。
「こちらこそ、レディの背後から声をお掛けして申し訳ありません。その瞳を正面から見つめる勇気が無かったのです。お許しを」
気障な物言いだったが、その目は少し戯けていたのでシエナにもそれが演技だとわかった。思わずくすり、と笑みが零れる。その笑いを受けて青年の視線も柔らかいものになった。
「アイザック・ジョンストンと申します、シエナ嬢。今宵こそはと思い、どうにか勇気を振り絞った情けない男にどうぞご慈悲を」
「まあ。ジョンストン卿のご子息でしたのね。私の名前をご存じなのですか?私で良ければ喜んで慈悲を授けます」
アイザックの言い方は嫌味がなく、くすりと笑みを誘うものだった。その物腰の柔らかさにもつられてシエナも芝居掛かった口調で答えると、笑顔のまま差し出された腕に自分の腕を添えた。
ジョンストン家といえば伯爵家だ。シエナの緊張を解くためにへりくだった言い方をしてくれているが、さすが伯爵家というべきか、シエナをリードするその所作は洗練されていて無駄が無い。
シエナはただそのリードに従うだけで良く、すんなりと踊ることができた。
踊りながら、これまでにも何度か見かけたことのある顔だと思ってアイザックを窺う。
「確か、ウォ……ハイド卿のご子息と一緒におられるところを何度かお見かけしたような気がするのですが」
「お、貴女に気付いて頂けていたとは光栄ですね。ウォーレンとは友人なんです」
「そうでしたのね。私は」
「知っていますよ。彼の幼馴染でしょう」
「……ウォーレンが言ったんですか?」
「彼は貴女がおられる時はいつも貴女にダンスの申し込みをしていましたからね。あの美しいご令嬢とお前はどういう関係なんだ、と詰め寄ったことがあるんですよ。そしたら渋々教えてくれました。貴女とは幼馴染なんだと」
笑顔で自分をリードするアイザックに、もしかしてウォーレンが何か幼馴染だという以上のこと──あの、密やかな関係にあったことが知れてしまっているのではないかと一瞬シエナの背中をひやりとしたものが伝った。
だがどうやら杞憂だったようだ。
言葉の端々で自分を持ち上げてくれるアイザックに、慣れない事で戸惑うのと同じ位心が軽くなる。ウォーレンがこんな風に褒めてくれたことなど、なかった。それが例えお世辞でも。
ウォーレンが言うシエナの容姿に関することといえば、髪の色のことしかなかったから。それも大抵、貶されるだけだった。
思い出して微かに胸がつきりと痛みを訴えたが、それはきっと気の所為だろう。
「ふふふ、面白い方ですのね。美しいと言われたのは初めてです。ありがとう。お世辞でも嬉しいです」
「なんということだ!こんなに素敵な御令嬢を前に賛辞の1つも言えない奴など、まともじゃない奴に違いない」
「ふふっ。そうね、そうかもしれないですね」
アイザックの戯けた口調にすっかりシエナも緊張が解れていく。どうせ束の間のこと。今だけそのお世辞を素直に喜んでもバチは当たらないはず。
いつの間にかシエナ自身もすっかり砕けた口調で、アイザックとの会話を楽しんでいた。
「うん、貴女は笑った方がもっと素敵だ」
「え?」
不意にアイザックがそれまでの何処か戯けた口調を改めて、柔らかな笑みを見せて言った。
その表情に戸惑って、シエナは思わずアイザックの目の中に答えを探る。
アイザックが彼女の視線をやんわりと受け止めてから、すっと彼女の背後へと何か物言いたげに視線を逸らした。
「……?」
どうやら後ろにいる誰かを見ているようだ。気にはなったが、ダンスの最中に後ろを見るのも失礼な気がして出来なかった。代わりに僅かに小首を傾げる。アイザックはすぐに視線をシエナに戻した。
「……何か?」
「いえ、貴女と踊る栄誉を噛み締めていただけですよ」
アイザックは先程の戯けた口調に戻っていて、シエナはまたくすりと笑った。
「貴女は本当に自分の価値を御存知ないようだ。宵闇のような髪も、冬の凍てつく寒さを和らげる陽の光のような瞳も本当に美しい。私の陳腐な言葉では言い表せない位にね。……ウォーレンなんかやめて、私にしませんか?」
「……っ」
途中まで苦笑しながら聞いていたシエナは、最後の言葉に硬直した。一瞬、ダンスの音楽が遠退いた。慌てて足を動かすが、そのステップはぎこちなくなってしまう。思わず取り繕うことも忘れて掠れた声が弾けた。
「どうして……」
「知っているのか、ですか?ウォーレンは何も言わないけど、貴女を見ていればわかりますよ。貴女はいつもウォーレンだけを見ておられましたからね」
「そんな、つもりは」
「そうですか?でも私の名前を覚えてらっしゃらなかったでしょう?私も良く彼と一緒に居たはずなんですが」
狼狽えて上手く言い抜けることもできずに身体を強張らせたシエナを、アイザックが声に揶揄いを含めてシエナを見下ろした。ウォーレンと背丈がほぼ同じだけあって、見下ろされるとウォーレンの時みたいにシエナに影が落ちる。
「すみません」
「いえいえ、責めているわけじゃないんですから。笑って?貴女は笑った方が可愛いのだから」
そう言われても、初対面だと思っていた相手に、秘めていたはずの思慕の情を言い当てられて笑えるはずがない。社交界では地味で目立たない自分だが、その想いは親しい人達にはすっかり御見通しだったということか。シエナは穴があったら入りたい程だった。
でも相手はウォーレンの友人だ。今更隠しても仕方ない。いつか本人から話を聞くかもしれないなら、隠しても同じだ。
「あの、でも、」
歯切れ悪く言い掛けたシエナを見下ろすアイザックが、その先を促すようにはい、と頷いた。少しだけ胸に走った痛みに蓋をするように微笑む。
「もう、やめたんですよ」
「え?」
「……振られましたから」
ふふ、と自嘲気味に笑えば、アイザックが何を思ったのか一瞬だけ目付きを鋭くした。だが、それは本当に一瞬だけで、すぐにまた笑みが戻る。
「……そうでしたか。ウォーレンは馬鹿な男ですね、貴女のようなチャーミングな女性の愛を無下にするとは」
「でしょう?」
アイザックが怒りを込めたような、呆れを含んだような声でそう言ってくれたから、シエナも冗談で同調した。はなから望みのない片思いを長く引きずった、終わらせる勇気もずっと出なかった愚かな自分を、逆にそんな風に言ってくれる人がいて少し救われた気分になった。
「じゃあ本気で」
アイザックが急に真剣な顔付きでシエナの瞳を捉えた。その眼差しの強さにつられるようにシエナもアイザックを見つめ返した。アイザックが柔らかく表情を崩す。
「俺にしませんか?」
これもさっきから続いているお世辞の1つだろうか。シエナが最初に考えたのは、そのことだった。
だけど、急に一人称が変わって、口調も戯けた感じから真剣味を帯びたものに変わった。何より、シエナを見る目が真っ直ぐだった。
……まさかね、まさか、有り得ない。シエナはちらと頭を過ぎった考えに即座に首を振った。
これも女性をその気にさせる決まり文句の1つなのだろう。
それに、万が一冗談でないとしてもシエナの答えは決まっている。だから先程までの口調のままでアイザックをいなした。にこやかな笑みと共に。
「まあ、光栄なことですわ。憐れな女に慈悲を頂けるだなんて。でも私には勿体無いことです。そう言って頂けるだけで救われました。ありがとうございます」
アイザックが僅かに眉を顰めた。が、それはすぐにまた最初の道化がかった笑みに取って代わった。
「……まあ、今はそういうことにしておきましょうか」
シエナはふふ、と笑って受け流すと、それ以上アイザックが何か言うのを無言で制した。
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