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45 実事求是

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 ある日突然現れ、去って行った真っ白な小狐。両の手のひらにすっぽりと収まるほど小さく、その賢さと愛らしさに天佑のみならず側近たちも虜になっていた。

 執務を行っている間も常に一緒にいたし、麗容の街へも懐へ入れて連れて行った。徳妃から貞節を守ってくれたこともあった。

 雪玲しゅうりんが行方不明の間、天佑の心を支えてくれた大切な存在を思い出す。

 怪我が治り、去って行った凛凛。どこかで家族が待っていて、今頃幸せに暮らしているのだろうと信じていた。

(……凛凛は雪玲が飼っているということか? いや、そんな話は聞いたことがない)

 ……ひとつの考えが頭を浮かぶ。でも、そんなことはあるはずが……。

(凛凛の首には俺が革紐を巻いた。ほどけないように変わった結び方を選んだが……)

 緊張しながら雪玲の足元を見た天佑の目に、固結びではなく機結びが目に入る。天佑が好む結び方だ。

「ははっ……、いや、そんな……だって、雪玲は……」

 頭の中では否定したいのに、雪玲が失踪した時期と凛凛が現れた期間が被るのは事実だ。それに凛凛の瞳を見て思ったことも確かにあった。雪玲と同じだと。
 愛らしい赤みがかった栗色の瞳は同じ色をしている。


 寝牀で眠る雪玲は夢を見ているようだ。穏やかな顔をしているし、悪い夢ではないのだろう。意識が混濁している今なら、もしかして質問に答えるのではないだろうか。

 確認したい気持ちと知らない方がいいという自分がせめぎ合う。

 悩んだ結果、天佑は恐る恐る問いかけた。

「凛凛、……この胡桃を食べてみるか?」
「……うん。……でも蜂蜜をかけて欲しいの」

(! ……いや、雪玲は食べることが好きだから……食べ物の話に反応しただけかもしれない)

 天佑の心臓がかつてないほどの速さで脈打つ。

「……凛凛、何を一生懸命読んでいるんだ?」
「ん……古書だよ……早く読み解いて、……皇帝に目覚めてもらわないと。ユウが倒れちゃう。クマがひどいもの……」

(っ……、嘘だろ……?)

 事実を知ってしまったら、何かが変わってしまうかもしれないという恐怖を感じる。

 だが、もう後戻りはできない。

 核心を突く言葉が零れた。

「……凛凛、お前は……雪玲なのか?」

「うん、そうだよ。……凛凛のままユウの側にいたかった……、でも騶虞すうぐが……、皇帝の治し方を教えてくれたから……人の姿にならないと……」

「騶虞……?」

「ん……みんなが白虎って……仁獣だよ。普段は天界にいるんだけど、降りてきて……」
「あの獣は以前から顔見知りだったのか……」

(……天界だと? まさか、雪玲は神仙なのか……?)

「ユウの懐……、あったかくていい匂い……また凛凛になって入りたい……」

 呆然としていた天佑の顔がみるみる赤くなる。

 天佑は混乱と嬉しさがないまぜになり、その場に居たたまれなくなった。

 寝室を出ると控えていた影狼が尋ねる

「天佑さま、どうしてそんなに顔が赤いんですか?」
「……影狼、俺の衣は匂いがするか?」
「香を焚かせているんだから香の匂いがすると思いますけど」
「そうか……、そうだよな……」


 ◇ ◇ ◇


 (うふふ、いいにおい……あったかい。ユウの懐にいるみたい……)

「!」

 はっとして目が覚める。見慣れない天蓋……それより、身動きがとれない。何かに抱き締められているような……

 ふと身体を見ると衣でぐるぐる巻きにされていた。

(この香りはユウの……それじゃあ、この衣も?)

 巻きつけられていた衣を解き、身体を起こして辺りを見渡してみる。見覚えのある景色は凛凛だった時に過ごした皇帝の私室だ。


「……おまえは後宮にいると怪我ばかりだな」

 声をした方を向くと、天佑が腕を組みこちらをじっと見ていた。

 眠る時以外、皇帝の代役を務めている間は常につけていた銀の仮面はその傍に置かれていた。

 いつもと雰囲気が違う。天女と称されるその美貌が何を考えているのか、感情が読めない。

「気分はどうだ?」
「あ……大丈夫……、です」
「そうか……」

 なんとなく気まずい雰囲気が漂い、嫌な予感がする。居心地の悪さに身じろぎしたが、天佑は雪玲を見据えたまま目を逸らさない。

「……おまえは鎮魂祭で暗器を使って毒を仕込まれたんだ。高熱が出たがもう大事はないそうだ……。俺に関わったせいでまた怪我をさせて……本当にすまない」

 記憶を辿ると女官に何かを刺されたような気もする。二の腕がだるいのはそのせいだろうか。

「ユウのせいじゃないよ」

(だからこんな変な雰囲気なの? なんか、怖い……)

 いつもにこにこと話を聞いてくれるユウの姿はそこになく、仮面で表情はわからなくても穏やかな雰囲気を纏っていた銀の皇帝もいない。天佑は厳しい顔をしていた。

 二人は長い間黙っていたが、沈黙を破ったのは天佑だった。

「知っていたんだろう? ……俺が皇帝じゃなく天佑だって」
「……え?」

「おまえは……人なのか?」

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 ※実事求是じつじきゅうぜ・・・事実に基づいて真実を求めること。物事の真相を明らかにすること。
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