上 下
44 / 50

44 誠心誠意

しおりを挟む
 天佑は意識のない雪玲を抱きかかえながら、北極殿の中を私室へと早足で向かっていた。

 その後ろには関係各所へ指示を出す影狼と一角が続く。途中、羽林から『暗器を持った女官が見つかった』と耳打ちされた影狼は、決して自死させぬよう念を押して下がらせた。

 潘充儀の容態が安定し、天佑が落ち着いてから伝えた方が良さそうだと、影狼と一角はどちらともなく目を合わせ小さく頷く。まずは治療が先だ。

 執務の間を過ぎると官吏や宦官、女官の姿はほぼなくなり、立ち入りが禁止されている皇帝の私的な空間に入った。天佑は自分の寝殿へ連れて行くと、雪玲しゅうりんを寝牀へそっと横たわらせた。

 顔からは血の気が引き、呼吸も浅いようだ。温かく柔らかな光が手のひらから零れ落ちていくような心地に、天佑は恐怖を感じた。

「……医官は、……医官はまだかっ!!」
「陛下っ! 連れてまいりました!」

 太監が医官を連れてやってきた。皇帝の寝牀へ寝かされている雪玲に一瞬驚いた顔をしたが、太監も既に天佑への苦言は諦めた様子。一刻を争う事態なのだ。

 医官は周囲の圧を感じて緊張しながらも脈を取り、針を刺して雪玲の血を慎重に調べた。やがて、一通りの確認を終えると銀の皇帝へ報告した。

「陛下、楽観はできませんが、潘充儀は毒の耐性が強く、命に別状はないかと。恐らく今夜あたり高熱が出ると思いますが、熱が下がれば峠は越えると思われます」
「……毒の種類は特定できるか?」
「はい。少々お時間をいただきますが……複数の強い毒が用いられたようです。それにしても、他の者でしたら即死だったかもしれません。潘充儀の特異な体質で乗り切れたのだと思われますが、……とりあえず、煎じ薬を作ってまいります」
「……ああ、頼む」

 天佑は医官が退出するのを見届けると、天に向かって長く息を吐き、目を閉じて安堵した。

 周囲も命に別条がないことにほっとし、室内の空気が幾分和らぐ。太監が天佑の顔色を窺いながら尋ねた。

「……陛下。潘充儀の看病をさせる者を寄こしましょうか?」
「いや、いい。俺がやる」

 雪玲が銀の皇帝と関わったことで命の危険に晒されるのは、これで二度目。贖罪のつもりで自ら看病したい気持ちもわからなくもない。

 一度目の襲撃の際は一カ月もの間、行方不明だったのだ。今回こそは片時も離さず手元に置くつもりなのだろう。太監をはじめ影狼たち側近も、貞節云々を持ち出すことは諦めることにした。

「……そうしましたら、陛下。さすがに着替えなどを陛下が手伝われるのは潘充儀も目覚めた時にお困りになるでしょう。五虹を外に控えさせておきます」
「……ああ、そうしてもらえると助かる」

 お湯や布巾、火鉢など必要と思われる物がいくつか運び込まれると、太監や影狼も静かに部屋を退室した。

「雪玲、少し苦いが薬を飲もう」

 匙で煎じ薬を口元へ運んでいく。飲み込めず零れる方が多いが、医官は少しでも飲んでいるようならそれでもいいと言っていた。天佑は根気よく口元に運んでは零れた薬湯を布巾で拭う。

「偉いぞ、雪玲。……起きていれば薬の褒美に菓子を用意するんだが、さすがに今は難しいな……」

 以前として顔色は悪いまま。集中しなければ聞き取れないほどのか細い呼吸は天佑を不安にさせた。

「……雪玲、まだおまえに話していないことがたくさんあるんだ。……頼むから早く良くなって、いつものように笑ってくれ。指切りした約束だってまだ果たしていないじゃないか」


 ◇ ◇ ◇


 数刻の間に三度、雪玲に薬を飲ませたが、夜になるといよいよ熱が出始めた。医官に容態を見せると良い兆候とのこと。確かに、白んでいた顔には生気が戻り、熱で赤みが指してきたようだ。

「毒を出すために身体が闘っていると申しましょうか……。一晩の間、熱が出ると思われます」

 医官の言葉通り、雪玲の熱はみるみる上がっていった。赤い顔をして苦しそうに荒い呼吸をし、額には玉のような汗が浮かぶ。

 布巾で汗を拭き、水差しで水分を取らせるなど、天佑はかいがいしく看病を行った。

「……雪玲、つらいよな。でも、これはおまえの身体が毒と闘っているからだそうだ。もう少しで勝てるから頑張れよ。俺がついている」

 額や首筋の汗を拭き、冷たい水で絞った布巾で額を冷やす。だが、布はすぐに温まってしまい、雪玲の熱が高いことを感じさせた。

 何度も汗を拭き、冷たい布巾で冷やし続けて一刻。

 滝のようだった汗もようやく落ち着き、熱が下がってきたことを思わせた。

 汗で湿った衣服や敷布では、身体を冷やして風邪を引かせてしまいそうだ。

「……五虹、いるか? 雪玲を着替えさせてやってくれ」
「はい」

 五虹に着替えを任せる間、天佑は寝殿の外に出て影狼や一角から報告を受けることにした。

「暗器を使った女官はまだ口を割りませんが……身元から胡家と関連が深いことが判明しました」
「また、胡修儀なのか……? 冷宮に入れたからと油断した俺のせいだ……」
「天佑さまのせいではありません。あの女は潘充儀を逆恨みしたのでしょう」
「……あいつを確実に死刑にしたい。確固たる証拠が必要だ。口を割っても、たった一人の女官の供述だけでは足りない。暗器と毒の出所、女官の周辺も洗ってくれ」
「「承知いたしました」」

 話が終わった頃を見計らい、五虹が天佑へ声を掛ける。

「天佑さま、お着替えが終わりました」
「……ああ。それでは影狼、一角、後は頼んだ」


 寝牀で眠る雪玲は頬の赤みも和らぎ、苦しそうな表情も消えた。額に手を当てると未だ微熱はあるようだが、一刻前よりは確実に下がってきた。規則正しくなった吐息に安堵する。

 敷布や衣服の肌あたりが良いのか、雪玲も穏やかな顔で眠っている。汗をかいた衣服は五虹が持っていったが、簪や腰佩が寝牀の横に置かれていた。見覚えのある腰佩だ。

(……これは雪玲と初めて会った我楽多屋で預けた岫岩玉しゅうがんぎょくの腰佩か。身に着けている姿は見たことがなかったが、懐にでも入れていたのか?)

 肌身離さず、自分の腰佩を持っていたのかと思うとじわじわ胸にくる。

「ん……、あつい……」

 はっとして寝牀を見ると、雪玲が掛布を蹴り飛ばしていた。足が出てしまっている。

「……寝言か。雪玲、身体が熱いだろうが冷えた布巾を頭に充ててやる。だから足を冷やすのは駄目だ」

 寝牀に近づき掛布から出た雪玲の素足を見て、天佑の手が止まった。

「……この足首に巻かれたのは菫青石と蒼玉……凛凛ものじゃないか? どういうことだ?」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ※誠心誠意・・・真心を尽くすこと。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛する人が出来たと婚約破棄したくせに、やっぱり側妃になれ! と求められましたので。

Rohdea
恋愛
王太子でもあるエイダンの婚約者として長年過ごして来た公爵令嬢のフレイヤ。 未来の王となる彼に相応しくあろうと、厳しい教育にも耐え、 身分も教養も魔力も全てが未来の王妃に相応しい…… と誰もが納得するまでに成長した。 だけど─── 「私が愛しているのは、君ではない! ベリンダだ!」 なんと、待っていたのは公衆の面前での婚約破棄宣言。 それなのに…… エイダン様が正妃にしたい愛する彼女は、 身分が低くて魔力も少なく色々頼りない事から反発が凄いので私に側妃になれ……ですと? え? 私のこと舐めてるの? 馬鹿にしてます? キレたフレイヤが選んだ道は─── ※2023.5.28~番外編の更新、開始しています。 ですが(諸事情により)不定期での更新となっています。 番外編③デート編もありますので次の更新をお待ちくださいませ。

絶対、離婚してみせます!! 皇子に利用される日々は終わりなんですからね

迷い人
恋愛
命を助けてもらう事と引き換えに、皇家に嫁ぐ事を約束されたラシーヌ公爵令嬢ラケシスは、10歳を迎えた年に5歳年上の第五皇子サリオンに嫁いだ。 愛されていると疑う事無く8年が過ぎた頃、夫の本心を知ることとなったが、ラケシスから離縁を申し出る事が出来ないのが現実。 悩むラケシスを横目に、サリオンは愛妾を向かえる準備をしていた。 「ダグラス兄様、助けて、助けて助けて助けて」 兄妹のように育った幼馴染であり、命の恩人である第四皇子にラケシスは助けを求めれば、ようやく愛しい子が自分の手の中に戻ってくるのだと、ダグラスは動き出す。

婚約破棄から始める真実の愛の見つけ方

玉響
恋愛
侯爵令嬢であるエリーゼ・マロウは、ある夜会の最中に突然、隣に男爵令嬢を伴った婚約者であるアーロン・ジャーマンダー公爵令息に婚約破棄を言い渡される。 婚約破棄?取引で成立した婚約者ですから、そちらがそのつもりなら構いませんわ。でもその前にこの婚約破棄について、色々とツッコミたい事があるのですが、よろしいかしら? 真実の愛と言うけれど、それは一体どのように証明するのです? エリーゼが正論で婚約者を問い詰めていくと、不敬罪で捉えられそうになってしまう。 そこに現れたのは、遊学でたまたまこの国を訪れていた宗主国の第二王子だった・・・。 これは、常識人な侯爵令嬢がツッコミを入れながら真実の愛を見つけていくお話。 ※2021.11.2本編完結しました。今後不定期で番外編を掲載予定です。R18は番外編のみ。 ※R18部分は★でお知らせします。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

【完結】お飾りではなかった王妃の実力

鏑木 うりこ
恋愛
 王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。 「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」  しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。    完結致しました(2022/06/28完結表記) GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。 ★お礼★  たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます! 中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!

【完結】物作りを頑張っている婚約者にベタ惚れしてしまったので、応援していたらなぜか爵位が上がっていきます

よどら文鳥
恋愛
 物置小屋で監禁生活をさせられていたソフィーナ。  四歳のころからいつか物置小屋を出たときに困らないように、毎日魔法の鍛錬だけは欠かさずに行っていた。  十四歳になったソフィーナは、縁談の話が入り、ついに物置小屋から出ることになる。  大量の結納金が手に入るため、監禁していた当主はゴミを捨てるようにソフィーナを追い出す。  婚約相手のレオルドは、物を作ることが大好きでいつか自分で作ったものが商品になることを願って日々研究に明け暮れている男爵家の次男。  ソフィーナはレオルドの頑張っている姿に興味がわいていき、身の回りのお世話に明け暮れる。  レオルドの開発している物に対して、ソフィーナの一言がきっかけでついに完成し、王宮の国王の手元にまで届く。  軌道にのってきたレオルドは手伝ってくれたソフィーナに対して感謝と愛情が溢れていく。  ソフィーナもレオルドにベタ惚れで、幸せな毎日を過ごせるようになる。  ついにレオルドは爵位を叙爵され、どんどん成り上がっていく。  一方、ソフィーナを家から追放した者たちは、二人の成り上がりを目の当たりにして後悔と嫉妬が増えていき、ついには今までの悪さも国の管理下に届くようになって……?

愛する夫にもう一つの家庭があったことを知ったのは、結婚して10年目のことでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の伯爵令嬢だったエミリアは長年の想い人である公爵令息オリバーと結婚した。 しかし、夫となったオリバーとの仲は冷え切っていた。 オリバーはエミリアを愛していない。 それでもエミリアは一途に夫を想い続けた。 子供も出来ないまま十年の年月が過ぎ、エミリアはオリバーにもう一つの家庭が存在していることを知ってしまう。 それをきっかけとして、エミリアはついにオリバーとの離婚を決意する。 オリバーと離婚したエミリアは第二の人生を歩み始める。 一方、最愛の愛人とその子供を公爵家に迎え入れたオリバーは後悔に苛まれていた……。

処理中です...