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36 阿吽之息

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 すっと立ち上がった雪玲しゅうりんは中央ではなく壁側に控える護衛の下へと向かう。等間隔に配置された羽林軍の精鋭の一人は自分に向かってくる妃嬪に困惑していた。

 護衛の前に立つと、雪玲はお願いをした。

「剣を貸してくださいますか?」
「え? け、剣ですか」

 ダメに決まっている。

 護衛は身分の高い妃嬪からのお願いをどう断ればよいのかわからないし、そもそもこんなに綺麗な女人に近づかれたらいろいろな意味で困る。どうしたものかと目を泳がせて上司の姿を探した。

 広い饗宴場の向こう側、上座に座る羽林大将軍の姿が目に入る。頬杖をついた麗しき大将軍は無表情のまま大きく頷いた。

「え? お渡ししていいんですか?」

 口の動きを読み、改めて天佑が頷いている。……渡して構わないようだ。

 護衛が恐る恐る差し出した剣を受け取り、雪玲は踵を返す。妃嬪たちの席へ戻ると、雪玲をなじっていた妃嬪たちが一斉に大騒ぎを始めた。

「きゃあ! 乱心したの!?」
「は、早まらないで!!」
「悪かったわ! 謝るから止めて!!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ妃嬪たちに、雪玲が首を傾げる。

「剣で誰かを傷つけたりなんてしませんよ?」

 九嬪の席を過ぎ、下座に座る二十七世婦の元へ向かう。見慣れた頼もしいお姉さんたちの前に座るとお願いをした。

「石婕妤、ちー美人、舞を踊りたいので曲を弾いてもらえませんか?」
「あら。私たちに? いいわよ。何がいいの?」

 ひそひそと話す雪玲に、二人は微笑みながら大きく頷いた。


「参見陛下、万歳、万歳、万万歳。私、潘雪玲は石婕妤と齐美人の演奏で剣舞を奉納いたします」

 しんと静まり返る饗宴の席。

 やがて、二つの琴による協演が始まった。雄大な曲はゆっくりと流れる川のような旋律を奏でる。

 雪玲は剣を鞘から取り出すと剣舞を披露し始めた。白の衫襦に細かな刺繍が施された水縹色の裙。差し色の深縹こきはなだ色の帯が大きく揺れる。

 磨かれた刀身が会場の灯りを反射し、動く度に煌めいた。

 剣はまるで体の一部かのように自由自在に動き、見る者を魅了する。しなやかに繰り出される型の数々は美しく、その姿は仙女のよう。

 羽林軍では節目の祭祀で剣舞を披露することもあったが、力強い演目ばかり。清らかな水が流れるようなこんなにも美しい剣舞もあったのかと、思わず護衛たちも魅入る。

 くるくると舞いながら剣を回す雪玲に天佑も見惚れていた。

(雪玲……美しいな)

 二人の視線が絡まり、天佑の心臓が大きく鼓動した。雪玲が天佑に向かって微笑んだのだ。

(ふっ……そういえば、雪玲。銀の皇帝でもユウでもなく、天佑として会うのはこれが初めてなんだな)

 すっと立ち上がった天佑は剣を手に中央へと進む。雪玲の動きに合わせ、天佑も剣舞を舞い始めた。

 合わせたこともないのに息がぴったりの二人。雪玲が次に何をしたいのかを天佑が汲み取り、二人の剣が重なり合う。

 シャキーン ビュン 

 徐々に早くなっていく琴の旋律に合わせ、二人の舞も激しさを増していく。

 背中を合わせ同時に剣を繰り出し、お互いに向き合って剣を絡める。くるりと舞いながら寄り添い、剣を重ねて一緒に点く。

「ほう……まるで天女と仙女の舞だな」
「なんて美しいのかしら。天佑さまの白と紫紺の衣装も潘充儀の衣装とまるで合わせたようだわ」

(すごく楽しい! ユウは何でこんなにびったり合わせられるの? あ、またぴったり!)

 舞の最中、忙しく態勢を変え剣を繰り出しながら、何度も目を合わせ微笑みあう。二人の素晴らしい剣舞が終わると、会場からは割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。

 天佑がこっそり雪玲に伝える。

「……雪玲、ユウと名乗っていたが、私の本当の名前は龍天佑だ。羽林大将軍の位を授かっている。覚えておいてくれ」

(うん、知ってた。ごめん)

「はい、大将軍。剣舞を共に披露させていただけ光栄でした。ありがとうございました」


 こうして、大絶賛された美しい剣舞だったのだが。

 息ぴったりで舞を踊る二人の様子を苦々しく見つめ、雪玲に不穏な視線を向ける妃嬪がいた。

 雹華だ。

(私の舞が絶賛される予定だったのになんて忌々しい! それにしてもあの娘、どこかで会ったような……)

 記憶を辿っていた雹華がはっとする。

(もしかして……私が取り上げた薄絹の羽織りの娘? ……でも、おかしい。あの時、妃嬪の話を散々していたのに、雪玲は後宮入りするなんて一言も言っていなかった)


 ――潘充儀には何か秘密がある

 にやりと笑った雹華が侍女をこっそり呼ぶ。

「急ぎで調べてちょうだい。潘雪玲の身元と妃嬪になった経緯を知りたい」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ※阿吽之息あうんのいき・・・お互いの気持ちがぴったりと合うこと。

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