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30 落花啼鳥

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 その場にいた天佑や影狼、羽林や隠密をはじめとする側近たちは、騶虞すうぐが蒼天へ飛び立つ様子を呆然と見つめていた。

「……虎が飛んだ……」
「……これは夢なのか?」

 だが、その場には空になった檻がそのまま。それに、直接手当てをした天佑は夢ではなかったことを身体で理解している。

 皆と一緒に空を見上げていた天佑だったが、蒼玉の前に佇む凛凛に気づくと歩み寄る。小さな白狐を抱き上げると、赤く染まった口元を優しく拭きながら話しかけた。

「あの白虎は神獣だったんだな……だからおまえは必死になって檻を開けろと言っていたのか。教えてくれてありがとな。この蒼玉も後で首に通してやろう」
「キュウ キュウ(うん。神獣じゃなくて仁獣だけどね)」


 御書房へ戻った天佑はさっそく凛凛の首紐に蒼玉を通す。革紐に並んだ2つの玉。菫青石と蒼玉が白い毛並みによく映える。机の上にちょこんと座った凛凛と向き合い、頬杖をつきながら天佑が独り言ちた。

「白虎も男だったのかな……。凛凛の愛らしさに一目惚れして贈り物をしていったのかもしれないな」
「キュ(違うよ)」

(騶虞はああ見えて三百歳は越えているし、蒼玉は皇帝のお薬だよ。それにしても霊力を持つ神医か……この国にいるか調べないと)

「思い返せば俺はあいつに贈り物をしたことがないな……願い事の札がわりに腰佩を預けた以外、菓子しか与えていないだなんて」
「キュゥ?(お菓子は最高の贈り物だからその人も喜ぶんじゃない?)」

 何やら天佑は悲しそうな顔をしながら憂いている。

 すっかり慣れてしまった天佑の側。檀香の香りがする懐が恋しくなりそうだけど、人の姿でないとできないことが多い。

 美しい顔に似合わず、ごつごつと節くれだった天佑の手。武人らしく手のひらは固く、タコがたくさん並んでいることを知っている。机に置かれた天佑の手に頬ずりをした。

「ふっ、急に甘えてどうしたんだ?」

 見上げた天佑は相変わらず天女のようではあるものの、眠れていないことで目元には濃いクマができ、疲れた顔をしている。

 早くこの人から憂いを取り除き、ゆっくり寝かせてあげたい。

(ユウ……、雪玲に戻るね。皇帝の解毒方法を教えるから待っていて)

「キュウ キュウ(ここを開けて?)」
「ん? 凛凛。外に行きたいのか?」
「キュ(うん)」

 天佑は立ち上がると、凛凛を外の庭へと連れ出した。そっと下ろした庭園には池が静かに月を浮かべていた。その先には竹林がある。

「……そういえば、凛凛と最初に出会ったのは竹林だったな」
「キュウ キュ (龍天佑、またね)」
「……凛凛? 凛凛っ!」

(お別れじゃないよ、人の姿でまた会えるから)

 竹林に向かって走っていく。

 天佑が名前を呼ぶ切ない声に後ろ髪を引かれる。一旦、その場に立ち止まってしまった。

 でも、天佑のためにも人の姿になって皇帝を助けた方がいい。

 白い小狐は振り返ることなく竹林に消えて行った。

「凛凛……」

 寂しそうな主の背中を影狼が慰める。

「天佑さま、そのうち戻ってきますよ」
「……いや、今日の凛凛は様子がおかしかった。怪我も癒えたし、きっと旅立つ時が来たのだろう……」

 半刻ほど庭園に佇んでいたが、天佑は部屋に入るために踵を返した。

「凛凛がいなくなると寂しくなるな……。一応、いつ戻ってきてもいいように、足元や物音に注意を払うよう皆に伝えておいてくれ」
「承知いたしました」

 どうせ眠れないのだ。

 凛凛がいたことで一緒にうたた寝をする時もあったが、今夜はなかなか寝付けないだろう。

 寝殿へは行かず、御書房へ入り腰を下ろした時だった。

 誰もいない室内の気配がザワザワとし出し、隠密たちの動揺が手に取るようにわかる。緊張感が伝わるが殺気立ってはいない様子。

「……一角。何事だ」
「……」
「一角っ!」

 姿を現した一角が跪く。

「天佑様、まだ確認が取れておらず、確実な情報ではありません」
「構わない。あんなにざわつかれたらこっちが落ち着かぬ」

 躊躇ためらいがちに一角が言った。

「……潘充儀が見つかったとの報せが入り、急ぎ確認しているところでございます」

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 ※落花啼鳥らっかていちょう・・・花が散り鳥が山中で鳴いている晩春の寂し気な風景。

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