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15 一樹之陰
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それから数日後。雪玲の元には二十七世婦だけでなく、九嬪からのお誘いが届くようになっていた。
「潘才人は琴棋書画に通じている」という噂が出回ったためだ。
商人からの買い物に同席させたい妃もいれば、手持ちの金銀財宝の価値を今一度調べたい妃、本当に価値があるのか疑念がある品を持つ妃などから、お茶会と称する招聘が後を立たない。
「一体誰がそんな噂を?」
首を傾げる雪玲だったが、もちろん、明美人である。
そんなわけで、困惑している部分もあるにはあるが、雹花と明明の居場所も知りたい雪玲としては願ったり叶ったり。とうとう九嬪それぞれの屋敷へも出入りを始めたわけなのだ。
そして、この噂は思わぬ所まで波及した。
◇ ◇ ◇
朝議では皇帝の低くもよく通る静かな声が北極殿に響き、百官はさまざまな思いを秘めながら聴講していた。新皇帝の言葉にはまるで力が宿っているかのごとく、有無を言わさず従わざるを得ないと思う何かがある。
即位後、額から鼻を覆う銀製の仮面を付け始めた新皇帝。
黒蛇国の隠密による襲撃で顔に傷を負い、醜悪になったという噂もあれば、あの仮面に治癒の効果があるとも聞く。細工が施された美しい仮面は元々華やかだった新皇帝を引き立て、今や唯一無二の存在感を醸し出している。
どこかの国では形ばかりの朝議で皇帝不在が当たり前だとも聞く。
だが、我が国の新皇帝は幼少から神童の名を欲しいままにしてきた正に太陽のような存在。政治にも積極的な意見を述べつつ時には官僚の顔を立て、難しいかじ取りを上手く行っている。
青龍国の未来が明るいことに、百官たちは誇りを持っていた。
常朝である朝政を終えた皇帝は、巨大な北極殿の最深部へと進んでいく。寝室がある辺りからは入室できるものが限られるが、さらにその奥ともなると腹心しか足を踏み入れられない。
秘密を抱える新皇帝は羽林をはじめ隠密部隊を有し、許可のない者の立ち入りを何人たりとも厳しく禁止した。すでに興味本位で覗いた者や皇帝の手つきを狙った女官が手打ちにあったことは有名な話である。
幾重にも厳重な警備を過ぎた後、ようやく人心地付ける空間につくと新皇帝は銀の仮面を解き、大きく息を吐いた。傷一つない麗しい美貌に疲れが見える。
ここにいるのは太傅、太監のほか、腹心である影狼、羽林中郎将、気配を消し護衛をしている隠密部隊のみ。天佑が信頼する者たちであり、天誠が昏睡していることを知る数少ない者たちだ。
休む間もなく、朝議では話せない重要な話や天誠絡みの話など、込み入った話を議論する。公にできない報告の中には後宮の勢力図に関する内容もあった。
「二妃と新たに入った右丞相の娘、唐昭容の牽制か……」
その他にも大小さまざまな諍いを太監が報告するが、天佑は干渉するつもりはない。
「後宮とはそのようなものだ。寵を競う相手が不在で申し訳ないが、皇太后が何を言おうが俺は手を出すつもりはない」
これからもし、女人を傍らに置くことがあるとしたら……
赤みがかった温かみのある栗色の瞳が思い出される。
(そういえば、雪玲はどうしているかな)
陰謀や権謀術数渦巻く宮廷は、後宮同様様々な思惑が蠢いている。国の舵取りから本来の務めである羽林軍の統制、天誠の容態の秘匿など、天佑が抱えていることは多く、片時も気を抜けない。
こんな時に雪玲を思い出すのは、ドロドロとした穢れが払われるような、あの清涼さを欲するからだろう。
(ああ、自分にはもうないあの純真無垢さに我が身まで清められる心地がするのだな。だから俺は彼女に会いたいのだろう)
おとなしい小動物でも側に置いて癒されようかと上の空で報告を聞いていたが、天佑は太監の言葉に興味を持ち意識を戻す。
「ほう。後宮で鑑定が流行っていて、琴棋書画に通じている才人がいる? 皇太后が選抜しただけあって才媛が揃っているようだな。書が得意な妃で古書を読み解ける者はいないだろうか」
天誠のためにあらゆる書物を集めたところ、毒に関する記載があると思われる古書が見つかった。だが、暗号のような古語の解読が進まず、博識な者を募るつもりだったのだ。後宮にそんな人材がいるのであれば、秘密も漏れにくく都合が良い。
「……天誠の二妃が古語を読めれば一番都合が良いのだが。まずは後宮で古書を解読できる者を探してみるか」
天佑は筆をとり、さらさらと文をしたためた。
「太監。この文全員に届け、返事を持ってきてくれ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※一樹之陰・・・この世の人と人の出会いは前世からの因縁であるという意味。
※太傅・・・天子の師。政治の総括に携わる三師(太師、太傅、太保)の一人。
※太監・・・宦官の長官。
※羽林軍・・・皇帝直属の部隊。近衛。
「潘才人は琴棋書画に通じている」という噂が出回ったためだ。
商人からの買い物に同席させたい妃もいれば、手持ちの金銀財宝の価値を今一度調べたい妃、本当に価値があるのか疑念がある品を持つ妃などから、お茶会と称する招聘が後を立たない。
「一体誰がそんな噂を?」
首を傾げる雪玲だったが、もちろん、明美人である。
そんなわけで、困惑している部分もあるにはあるが、雹花と明明の居場所も知りたい雪玲としては願ったり叶ったり。とうとう九嬪それぞれの屋敷へも出入りを始めたわけなのだ。
そして、この噂は思わぬ所まで波及した。
◇ ◇ ◇
朝議では皇帝の低くもよく通る静かな声が北極殿に響き、百官はさまざまな思いを秘めながら聴講していた。新皇帝の言葉にはまるで力が宿っているかのごとく、有無を言わさず従わざるを得ないと思う何かがある。
即位後、額から鼻を覆う銀製の仮面を付け始めた新皇帝。
黒蛇国の隠密による襲撃で顔に傷を負い、醜悪になったという噂もあれば、あの仮面に治癒の効果があるとも聞く。細工が施された美しい仮面は元々華やかだった新皇帝を引き立て、今や唯一無二の存在感を醸し出している。
どこかの国では形ばかりの朝議で皇帝不在が当たり前だとも聞く。
だが、我が国の新皇帝は幼少から神童の名を欲しいままにしてきた正に太陽のような存在。政治にも積極的な意見を述べつつ時には官僚の顔を立て、難しいかじ取りを上手く行っている。
青龍国の未来が明るいことに、百官たちは誇りを持っていた。
常朝である朝政を終えた皇帝は、巨大な北極殿の最深部へと進んでいく。寝室がある辺りからは入室できるものが限られるが、さらにその奥ともなると腹心しか足を踏み入れられない。
秘密を抱える新皇帝は羽林をはじめ隠密部隊を有し、許可のない者の立ち入りを何人たりとも厳しく禁止した。すでに興味本位で覗いた者や皇帝の手つきを狙った女官が手打ちにあったことは有名な話である。
幾重にも厳重な警備を過ぎた後、ようやく人心地付ける空間につくと新皇帝は銀の仮面を解き、大きく息を吐いた。傷一つない麗しい美貌に疲れが見える。
ここにいるのは太傅、太監のほか、腹心である影狼、羽林中郎将、気配を消し護衛をしている隠密部隊のみ。天佑が信頼する者たちであり、天誠が昏睡していることを知る数少ない者たちだ。
休む間もなく、朝議では話せない重要な話や天誠絡みの話など、込み入った話を議論する。公にできない報告の中には後宮の勢力図に関する内容もあった。
「二妃と新たに入った右丞相の娘、唐昭容の牽制か……」
その他にも大小さまざまな諍いを太監が報告するが、天佑は干渉するつもりはない。
「後宮とはそのようなものだ。寵を競う相手が不在で申し訳ないが、皇太后が何を言おうが俺は手を出すつもりはない」
これからもし、女人を傍らに置くことがあるとしたら……
赤みがかった温かみのある栗色の瞳が思い出される。
(そういえば、雪玲はどうしているかな)
陰謀や権謀術数渦巻く宮廷は、後宮同様様々な思惑が蠢いている。国の舵取りから本来の務めである羽林軍の統制、天誠の容態の秘匿など、天佑が抱えていることは多く、片時も気を抜けない。
こんな時に雪玲を思い出すのは、ドロドロとした穢れが払われるような、あの清涼さを欲するからだろう。
(ああ、自分にはもうないあの純真無垢さに我が身まで清められる心地がするのだな。だから俺は彼女に会いたいのだろう)
おとなしい小動物でも側に置いて癒されようかと上の空で報告を聞いていたが、天佑は太監の言葉に興味を持ち意識を戻す。
「ほう。後宮で鑑定が流行っていて、琴棋書画に通じている才人がいる? 皇太后が選抜しただけあって才媛が揃っているようだな。書が得意な妃で古書を読み解ける者はいないだろうか」
天誠のためにあらゆる書物を集めたところ、毒に関する記載があると思われる古書が見つかった。だが、暗号のような古語の解読が進まず、博識な者を募るつもりだったのだ。後宮にそんな人材がいるのであれば、秘密も漏れにくく都合が良い。
「……天誠の二妃が古語を読めれば一番都合が良いのだが。まずは後宮で古書を解読できる者を探してみるか」
天佑は筆をとり、さらさらと文をしたためた。
「太監。この文全員に届け、返事を持ってきてくれ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※一樹之陰・・・この世の人と人の出会いは前世からの因縁であるという意味。
※太傅・・・天子の師。政治の総括に携わる三師(太師、太傅、太保)の一人。
※太監・・・宦官の長官。
※羽林軍・・・皇帝直属の部隊。近衛。
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