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6 一蓮托生

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 「わあ! そんな歌劇のようなことって本当にあるのね」

(人間ってすごいわ……! 神仙がそんなことしても一発で居場所がバレるもの。それにみんな達観していて仲良しなのはうちの両親くらいだし。やっぱり、人間ってなんかいい……!)

 キラキラした顔で頬を染める雪玲しゅうりんを尻目に、潘真は真っ青な顔で口を開いた。

「あんた、何言ってんだい……裳州から美姫を一人選抜しろという皇太后さまからの令旨りょうじがあるんだ。期日までに到着しなきゃならないってのに、もし遅刻でもしたら九族皆殺しか潘家撲滅だってありえるんだよ……あぁ、だから朱亞には無理だって言ったのに! 深窓の令嬢どころか、あの子はあまりにも無礼で外に出せなかったというのに!」

 どうやらのっぴきならない状況のようだと雪玲は眉を顰める。

「ふ~ん、新皇帝は随分たくさんお嫁さんを集めているみたいね。さっき私が会った雹華ひょうかと明明も妃嬪に選ばれたって言ってたわ」

(思ってたより彼女たちはいいところの娘さんたちだったのね)

 そんなことを考えていた雪玲はピンときた。

「……そうよ、そうよ! 雹華と明明は妃嬪に選ばれたって言ってたわ。後宮に行けば雹華に会える! 盗むほど気に入った天衣もきっと持っていくはず!」

 雪玲は勢いよく立ち上がると項垂れる潘真の前にしゃがみ、顔を覗き込んだ。

「潘真さん、令旨の内容をよ~く思い出してみて? 裳州から美姫を一人選抜したらいいの? それとも朱亞を連れて行けばいいの?」
「え……? 令旨の内容? 裳州から美姫を一人出せばいいんだが」
「ってことは、朱亞じゃなくてもいいのよね?」
「ああ。だが、裳州までは今から急いで戻っても二ヶ月かかるんだ。間に合わないよ……」

 項垂れる潘真に、雪玲が提案する。

「潘真さん、私が代わりに行くっていうのはどう? 私は妃嬪になる人に奪われたものがあって、どうしても取り返さなくちゃならないから後宮に入りたいの。潘真さんは九族皆殺しや潘家の危機を免れるじゃない。どうかしら?」

 雪玲は天衣を何としてでも取り返さなくちゃいけないのだ。お互いの利益が合致するし、これは良い取引じゃないだろうか。

 潘真は青白い生気のない顔を上げ、雪玲の顔をじっと見る。あっ、というと雪玲は面紗めんしゃを外した。

「どう? 深窓の令嬢に見えるでしょ? おほほほほ」

 あ、こんな風に笑わないのかな? うふ、と笑う雪玲は、その名の通り雪のような白い肌にサラリと流れる琥珀色の髪。栗色の瞳は輝き、よく見ると化粧はしていないと言うのに唇には朱がさし、頬はほんのり色づいている。

 ……口の周りに串焼きのタレがついていなければ深層の令嬢には見えなくはない。いや、それがなければ仙女のような美しさだ。

 藩真は頭の中であらゆる未来を巡らせる。

 この美貌なら四妃も狙えるのではないだろうか。

 ……口を開かなければだが。

 年の頃は朱亞とも同じくらいのようだし、聞けばしばらく住む場所が必要とのこと。皇宮で見初められるようなことがあれば、この娘にとっても良いのかもしれない。女なら誰もが憧れる栄華を極めた暮らしが約束されているのだ。だが……

 潘真はごくりと唾をのみ込む。

「……後宮は権謀術数けんぼうじゅっすう蠢く場所だ。命を落とすことだってあるかもしれない。そんなところに行ってくれなんて、やっぱり言えないよ」

「でも遅刻しただけで九族皆殺しなんでしょ? それなら誰でもいいから、とりあえず人を送らなきゃ」

 潘真さん、死んじゃうんでしょ?と首を傾げる。その通りだ。

 ……気持ちはもはや雪玲に傾いている。

「……『読み書き』『舞』『琴』『詩歌』『刺繍』なり、何かしら令嬢っぽいことはできるかい?」

「任せて! 大丈夫よ」

 潘真はしばらくの間目を閉じ、眉根を寄せて考えた。が、どう考えても今は雪玲にお願いする以外の案がない。

「……一度後宮に入ってしまえば簡単には出られないよ?」

(あ。天衣を取り戻しても急にいなくなったら、潘家と裳州の民が困るのか。……じゃあ毒でも煽って死んだふりをして後宮を出ればいいのかな? ま、なんとかなるでしょ)

「大丈夫! 考えがあるから潘家に迷惑をかけないように何とか出るわ」

 潘真はぐっと唇を噛み締めると雪玲に向き直り、拱手した。

「一蓮托生だ。潘家もできる限りあなたを助けると誓おう」


 こうして。

 雪玲はひょんなことから後宮に入ることになったのだ。

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 ※一蓮托生・・・事の善悪や結果のよしあしに関わらず、仲間として行動や運命を共にすること。
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