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5 天衣無縫

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(やられた……まさか天衣を狙っていたなんて)

 あれから盗まれたと騒いだ雪玲しゅうりんだったが、一人が何を言ったところで信じてもらえない。長身で細目の女自体がいないことになってしまったのだ。

 大騒ぎした雪玲は茶楼を出入り禁止となり、護衛の二人に両腕を抱えられ追い出される始末。

 雹華や明明と話をさせてほしいと店主に頼んだが、ようやく聞き出せた頃にはすでに裏口から帰った後。この街に来たばかりで右も左もわからず、雪玲は途方に暮れた。

(……あれがないと帰れないのにどうしよう。西王母せいおうぼからもらったのに……)

 雪玲の薄絹は天衣無縫、天女が編んだ羽衣だ。人間界と霊界を行き来するためにはあの天衣が必要不可欠。一年に一度だけ天界と人間界に橋が架かる七夕まで、天界に渡る方法がない。

(はあ、なんてこと……。下手な義侠心なんて持つんじゃなかった。母上……おっしゃっていた通り、人間界は世知辛いですね。父上、慎重に行動しろとあんなに言われていたのに、思うがままに行動してしまいました)

 とぼとぼと歩いていた雪玲は、いつの間にか街の外れの寺院に辿り着いていた。石の階段に腰掛け、頭をもたげ項垂れる。

 しばらくそのままでいたが、ふと隣を見ると離れたところで同じように項垂れている中年の男がいる。あの人も何かあったのだろうか。

 しょぼくれていた雪玲だったが、俯いたままちらと横を見ると、くたびれた男の顔色が悪い。自分の天衣に集中するべきではあるのだが、男が纏う悲壮感がただならない雰囲気を醸し出していて、気になる。

 先ほどまで父から言われた「慎重に行動するように」という言葉を反芻していたはずなのに、雪玲はついつい話しかけてしまった。

「小父さん、顔色が悪いけど大丈夫? あんまり思いつめちゃだめだよ? 禍福かふくあざなえる縄の如しというでしょ? 悪いことがあった後にはいいことがあるものだよ」

「お嬢さん……そうは言ってもどうにもならないこともあるさ」

 さめざめと泣く男の身上が気の毒になり、雪玲は話を聞いてやることにした。

「私で良かったら聞くよ? 慰めの言葉を探してあげるから言ってみて?」

「あなたは良いご両親の元で育ったのでしょうね。優しいお嬢さんだ……。私は潘 真はん しんと申します。裳州の県の長官の弟で、姪である朱亞しゅあを後宮へ送り届けるお役目を担っていたのです……麗容に到着して宿に泊まったのが一昨日。姪が呼びかけに答えないって言うんで部屋に入ってみたら書き置きがありまして」

 潘真は一枚の紙を雪玲に手渡す。


『つがいの鴨が仲良く出会いたちまち一羽となり

 つがいの燕が再び並んで飛び立っていく

 愛の喜びを知った鶴もまた高々と空を飛んでいく』


 雪玲には鳥の観察日記にしか思えず、首を傾げる。

「……つまり?」

 潘真はため息をつきながら下を向く。

「姪は一目ぼれした書生と駆け落ちをしたってことですよ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ※天衣無縫・・・天人・天女の衣には縫い目がないことから完全無欠であることの形容。この話では言葉通りの意味で使用。

 ※西王母・・・中国の仙女。崑崙山に住み、女仙を統べる者と言われる。
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