上 下
18 / 33

私たちを助けてください

しおりを挟む
 3日と空けずに通っていたライオネルが第二騎士団に顔を出さなくなった。カルナも何となく元気がないように見える。

 レオが医療班が常駐する部屋に行くと、窓際の机でカルナが薬草を無心ですり潰している様子が目に入った。シビルは備品を確認しているように見えるが、カルナをちらちらと気にしている。

「カルナ、差し入れでもらったんだが良かったら食べないか?」

「あっ……レオ様。ありがとうございます。それから……あの、以前、修道院を訪ねてきてくださった時の態度、すみませんでした」

「いや、気にしていないよ。カルナ、ライオネル殿下が第三皇子って知らなかったそうだな。すぐにわかると思って……、説明不足で悪かった」

「大丈夫です。高位貴族だろうと思ってましたし、やっぱりそうなんだ、と思ったくらいで」

 目尻を下げたレオが椅子に腰かけ、テーブルの向かい側の椅子をカルナに薦めた。

「……なあ、カルナ。俺は最初の出会いがあんなだったし、もしかしたら少しだけ周りのやつらよりカルナの状況を知っているかもしれない。
 事情はわからないが、きっと高位貴族に嫌な思いをしたことがあるんだろう?
 人を信用できなくなる何かがあったのかもしれないから信じろって言うのもなんだが……、もっと頼っていいんだぞ?」

 レオの瞳は優しい。本気で心配してくれているように思う。

 ……でも、ケアード一家だってそうだった。カルナは口を開きかけたが俯いてしまった。

(本当は誰かを頼りたい。赤ちゃんが心配だし修道院にいるお姉さまがいつアクアリア王国に見つかるか怖い。
 シスターたちじゃ太刀打ちできないから連れ戻されてしまわないか怖い。誰かに守って欲しい……)

 気を張り続けてきたカルナだったが、心は限界を迎えていた。

「……もしもアクアリア王国が何か言ってきたら、テラフォーラ帝国は勝てますか?」

「もちろんだ。テラフォーラ帝国は大国だ。小国のアクアリアに負けることはないよ」

「私たちが罪人だとしても守ってくれますか?」

「カルナが悪いことをするとは思えないが、もし何かしたとしても事情があったんだろう。俺たちはカルナの味方だよ」

(……信じたい。でももし裏切られたら……)

 躊躇しているカルナを見かねてシビルが提案する。

「カルナ、魔法誓約をしようか? 契約内容が絶対に履行される魔法だよ。レオも私も魔力量が多いから扱える。カルナが秘密にしたいことを守るし、不利益になることをしないと誓えるんだよ」

「……そんな魔法があるんですか?」

「ああ。保有魔力が多い者が扱える魔法だよ。テラフォーラ帝国は高位貴族に高魔力を持つ者が多い。……すまん、実は俺も侯爵家の次男だ」

(裏切らない約束をしてもらえばいいってこと? それなら頼っても大丈夫だよね?)

 じっとレオを見つめて考える。

 でも一度弛んだ気持ちを再び張り詰めることは難しかった。姉とお腹の子供をこれ以上一人で守っていける自信がない。

「……お願いです。私と姉をアクアリア王国に渡さないでください。レオ様、姉を守ってください。シビル先生、姉を診察してください」

 ポロポロと涙を流すカルナの頭をなで、これからお姉さんに会いに行こうか、とレオが優しく声を掛けた。

 ◇◇◇

 2人と一緒に修道院に戻ったカルナはシスターに事情を説明し、エリスと暮らす部屋に案内した。

「お姉さま、私がお世話になっているシビル先生と第二騎士団副団長のレオ様です。シビル先生に診てもらいましょう」

 ベッドに横たわるエリスを覗き込みながらカルナが話しかける。レオはフードを被り顔を隠したままのエリスに会ったことがあったが、素顔を見るのは初めてだ。青白い顔で横たわる姿は痛々しい。触ると壊れそうな繊細さで、まるでガラスでできた美しい人形のようだ。

 シビルはベッドに近づくと腹の膨らみにすぐ気づき、慎重に調べ始めた。

 時間をかけて調べてくれたが、シビルの見解でも母体は既に仮死状態で、腹の子の強い魔力で生命を繋いでいるのだろうとのことだった。すでに臨月でもおかしくなく、産み月も間近なようだ。

 部屋で話すのが憚られ、階下に降りるとシスターがダイニングの人払いしてくれた。テーブルを3人で囲みながら覚悟を決める。

「……先生、それでは赤ちゃんが生まれたら姉は死んでしまうのでしょうか?」

「残念だがおそらくそうなるだろう。……カルナ、お前たちは貴族令嬢だろう? 何があったのか聞いても構わないか?」

「カルナ、誰から守るべきなのかを知るためにも事情を把握させて欲しい」

 カルナはぎゅっと唇をかみしめ、涙を零しながらこれまでのことを説明した。

『緑の聖女』と呼ばれた姉が王子に見初められ強引に連れて行かれたこと。
 本物の聖女が現れ、姉は都合よく冤罪を着せられ帰されたこと。
 心が壊れた姉を聖女の侍女にしたいと王子から連絡があったこと。
 領主一家が姉とカルナを王子へ渡す相談をしていたこと。
 領民たちがテラフォーラ帝国に逃がしてくれたこと。

「ひっく、だから、王族は嫌いでっ、ライが、ライオネル殿下は悪くないけどっ、関わりたく、なくてっ」

「そうだったのか……、カルナは悪くない。知らなかったとは言え、悪かったな」

「カルナ、安心しろ。アクアリア王国から姉妹と赤子を必ず守ると誓うよ」

 シビルはカルナの横に跪き、背中を優しくなでた。手の甲で涙を拭うカルナに、こすらないようハンカチを握らせる。

「ふぐっ、先生、ありがとうございます」

 眼鏡をとって涙を抑えるカルナを見て、2人は驚いた。

「冴えない地味な少女」
「老薬師顔負けの知識がある年若い助手」
「大人びた娘」

 そんな印象だったのに。

 瓶底眼鏡の下にこんな美しい顔を隠していたなんて……。

「……えーっと、カルナ。もしかしてこの髪も……」

 あっ、と言ってカツラをとったカルナの頭から、金色がかった薄い茶色の髪が解き放たれた。波打つ美しい髪は胸元まである。

 長いまつ毛に縁どられた潤んだ深緑の瞳で見つめられたら、免疫のない男は顔を赤らめることだろう。

 あどけなさが残るアンバランスな美しさは妖精のようだ。第二騎士団で患う者が続出することは間違いない。

 レオは唾と言葉をごくりと飲み込み、シビルは眉間にしわを寄せ、2人は固く心に誓った。

(……なんてことだ。アクアリア王国の前にうちの騎士たちからカルナを守らなくては)

「……カルナ、まぁ、うん。とりあえず変装は続けておきなさい」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

急募 ガチムチ婚約者 ※但し45歳以上に限る

甘寧
恋愛
婚約適齢期を過ぎても婚約者が見つからないミーリアム・シュツェル。 こうなったらと、あちらこちらの掲示板に婚約者を募集する貼り紙を出した。 家柄、学歴、年収すべて不問!! ※但し45歳以上に限る こんな紙切れ一枚で集まるとは期待していなかったが、釣れたのは大物だった。

【完結】元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜

水都 ミナト
恋愛
女神の祝福を受けた聖女が尊ばれるサミュリア王国で、癒しの力を失った『元』聖女のミラベル。 『現』聖女である実妹のトロメアをはじめとして、家族から冷遇されて生きてきた。 すっかり痩せ細り、空腹が常となったミラベルは、ある日とうとう国外追放されてしまう。 隣国で力尽き果て倒れた時、助けてくれたのは――フリルとハートがたくさんついたラブリーピンクなエプロンをつけた筋骨隆々の男性!? そんな元強面騎士団長のアインスロッドは、魔物の呪い蝕まれ余命一年だという。残りの人生を大好きな可愛いものと甘いものに捧げるのだと言うアインスロッドに救われたミラベルは、彼の夢の手伝いをすることとなる。 認めとくれる人、温かい居場所を見つけたミラベルは、お腹も心も幸せに満ちていく。 そんなミラベルが飾り付けをしたお菓子を食べた常連客たちが、こぞってとあることを口にするようになる。 「『アインスロッド洋菓子店』のお菓子を食べるようになってから、すこぶる体調がいい」と。 一方その頃、ミラベルを追いやった実妹のトロメアからは、女神の力が失われつつあった。 ◇全15話、5万字弱のお話です ◇他サイトにも掲載予定です

【完結】婚約破棄と追放された聖女は、国を出て新国家を作っていきます〜セッカチな殿下の身勝手な行動で国は崩壊しますが、もう遅いです〜

よどら文鳥
恋愛
「聖女レレーナよ、婚約破棄の上、国から追放する」 デイルムーニ王国のために政略結婚しようと言ってきた相手が怒鳴ってくる。 「聖女と言いながら未だに何も役に立っていない奴など結婚する価値などない」 婚約が決まった後に顔合わせをしたわけだが、ドックス殿下は、セッカチで頭の中もお花畑だということに気がつかされた。 今回の婚約破棄も、現在他国へ出張中の国王陛下には告げず、己の考えだけで一方的に言っていることなのだろう。 それにドックス殿下は肝心なことを忘れている。 「婚約破棄され国を出るように命令されたことは、お父様に告げることになります。そうなると──」 「そういう話はいらんいらん! そうやって私を脅そうとしているだけだ」 次期国王になろうとしているくせに、お父様がどれだけ国に納税しているか知らないのか。 話を全く聞かない殿下に呆れ、婚約破棄をあっさりと承認して追放されることにした。 お父様に告げると、一緒に国を出て新国家を創り出そうと言われてしまう。 賛同する者も多く、最初から大勢の人たちと共に移民が始まった。 ※タイトルに【ざまぁ】と書いてあるお話は、ざまぁパートへの視点変更となります。必ずざまぁされるわけではありませんのでご了承ください。

婚約者に見捨てられた悪役令嬢は世界の終わりにお茶を飲む

めぐめぐ
ファンタジー
魔王によって、世界が終わりを迎えるこの日。 彼女はお茶を飲みながら、青年に語る。 婚約者である王子、異世界の聖女、聖騎士とともに、魔王を倒すために旅立った魔法使いたる彼女が、悪役令嬢となるまでの物語を―― ※終わりは読者の想像にお任せする形です ※頭からっぽで

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

【近々再開予定】ピンク頭と呼ばないで―攻略対象者がお花畑で萌えない為スルーして良いですか―

咲桜りおな
恋愛
 前世で散々遊び尽くした乙女ゲームの世界にどうやらヒロイン転生したらしい主人公・パフィット・カルベロス。この目で攻略対象者たちを拝めると楽しみに学園に入学してみたら、軒並み恋愛お馬鹿なお花畑や攻略対象者自らイベント拒否して来たりと、おかしな相手ばかりでガッカリしてしまう。  あんなのに萌えれない。ゲーム画面で見たキラキラ輝かしい彼らは何処へいったのよ! ヒロインだけど、恋愛イベントスルーして良いですかね? 王子? どうぞ、お好きに持って行って下さい。  ん? イベントスルー出来ないってどういう事!? ゲーム補正? そんなの知らないわよ! 攻略対象者を避けたいのに避けさせて貰えない「矯正力」に翻弄される毎日。  それでもポジティブモットー!な元気ヒロインちゃんは、今日も自分の思った道を突き進むのだ! ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆ ちょっとお口と態度の悪い突っ込みヒロインちゃんです。 「小説家になろう」でも公開しています。

【完結】巻き戻したのだから何がなんでも幸せになる! 姉弟、母のために頑張ります!

金峯蓮華
恋愛
 愛する人と引き離され、政略結婚で好きでもない人と結婚した。  夫になった男に人としての尊厳を踏みじにられても愛する子供達の為に頑張った。  なのに私は夫に殺された。  神様、こんど生まれ変わったら愛するあの人と結婚させて下さい。  子供達もあの人との子供として生まれてきてほしい。  あの人と結婚できず、幸せになれないのならもう生まれ変わらなくていいわ。  またこんな人生なら生きる意味がないものね。  時間が巻き戻ったブランシュのやり直しの物語。 ブランシュが幸せになるように導くのは娘と息子。  この物語は息子の視点とブランシュの視点が交差します。  おかしなところがあるかもしれませんが、独自の世界の物語なのでおおらかに見守っていただけるとうれしいです。  ご都合主義の緩いお話です。  よろしくお願いします。

処理中です...