高辻家のΩ

椿

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高辻家のΩ 7

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 江雪が不意に俺の首筋へと顔を寄せた。急な接近への動揺に身体を揺らすが、問題はその後だ。ガン!!とまるで脳髄を揺さぶるような甘い香りが、鼻だけとは言わず顔全体を覆い尽くした。
 ああ、これはあれか、あれだな。──αのフェロモン。

 ガクンと一気に身体の力が抜けたのが分かる。喉の奥があり得ないくらいに渇いて、身体の奥底からじんじんと津波のように快楽への欲求が押し寄せて来ていた。多分もう下着は下着の役割を全うしていないものと見える。ゲリラ豪雨後の如く湿度Maxである。

 駄目だ。駄目だって。相手は江雪だぞ。弟だ。
 俺は拳の内側に爪を立て、必死に正気を取り持とうとする。

「…江雪っ、待て、…落ち着け…っ。俺が圭太に抱かれたいのは、お前を助けるためなんだ!!」
「?」

 制服の下を這い回ろうとしていた江雪の手が止まった。ひとまずはそれに安堵しつつ、俺は上手く稼働しない頭を往復ビンタで叩き起こして、今回の計画の全容を江雪にも共有し始める。俺が圭太とヤることで江雪にも少なくないメリットがあるのだと示せれば、まだ希望はある!

 βである圭太に抱かれれば、俺は勘当されるだろう。そしたら『高辻家のΩ』はこの地球上に存在しなくなって、商品を失った高辻家は立ち行かなくなる。少なくとも今の産業は続けることが出来ないはずだ。江雪も自由になって、今までみたいに生まれがどうとかで理不尽に虐げられることも無くなる。
 …いや、本当は今も自由なんだ。だけど家の掟に染まりきった江雪には、外に逃げ出すという概念が無い。

 でも俺が手を引くから。
 勘当された俺はもう高辻家にとってもとるに足らない存在だし、追われるようなことも無いだろう。江雪はまだ高校生で生活能力もないしお金も稼げないだろうから、社会人になった俺が助けてやるんだ。
 …「二人で」って言う岬との約束は破る事になるけど、俺がちゃんと説得するし、あいつも本当の意味で江雪を見捨てるようなことはしないと思う。
 だから、一緒にこんな家、逃げ出そう。

 江雪は、頭がポヤポヤとピンク色に埋め尽くされているせいで大分支離滅裂になってしまっている俺の話を、時々小さく頷きながら静かに聞いてくれる。
 しかし、江雪は高辻の家に洗脳されているようなものだから、俺の言葉を「何わけわかんない事言ってんだコイツ」って感じで聞いている可能性も無きにしもあらずだ。俺は諭すように言った。

「大丈夫。…今は分からないかもしれないけど、いつか絶対にお前はこの選択を正しいと思えるようになるから!
 ~~っだから!今は俺を止めるな!!何も言わず圭太とヤらせてくれ!!頼む!!」

 結局はゴリ押しダメ押しの懇願である。今は姿勢的に無理があるけど、本当なら土下座したいくらいだ。だってもう言葉は尽した!!後俺が出来るのは、誠意の見える行動だけである。

 江雪は俺の上に覆いかぶさったままでありながら、考えを整理するような感じでポツリと喋った。


「僕の、ため…?
 あの雑魚と仲良くしてたのも、嫌々身を任せるのも、全部、…僕のため」


 言葉を繰り返す度、じわじわと雪がとけるように柔らかく綻んでいく江雪の頬。幸福を散りばめて春色に色付くそんな弟の顔に、俺は勝利を確信した。

「そうそう!!だからな、いい子だから離、」
「でも、兄さんが勘当されるのと僕が家から出られるかは別問題だよ」
「…っは?待っ、どういう、っ!」

 あれ?俺の要求を呑む江雪の確定演出出てたよね今??幻覚??
 江雪は若干気分が上向いたその表情のまま、再び俺の身体を手で弄び始めた。何だかとても気になる事を言いながら。

「僕の父親ね、本当は誰か分からないんだって」
「はあ!?なん…っぁ、っオイやめろ!!」
「監視の目を縫って、どこぞのαに首の項を噛まれた母さんが身籠っていたのが僕。DNA検査もしたけど、母さんと関わりのあるαのそれとは掠りもしなかったらしいよ。母さんも死ぬまで相手の名前は言わなかったみたいだから真実は今も闇の中」

 江雪の細長い指が俺の胸の尖りにカリ、と引っ掛かって、思わず息を詰めてしまった。その反応に目敏く気づいたのか、俺の制止などものともしないまま、そこを集中的に指で責められる。
 忘れていた訳では全く無いが、今の俺は発情期だ。普段ならどうという事はない刺激でも、快感は何倍にも膨れ上がって脳に届く。

 くそ、だめだっ、江雪のゆび、気持ちいい…っ!
 ビクン、と身体を跳ねさせながら一生懸命江雪の話を聞こうとするが、充満するフェロモンの匂いのせいで思考も纏まらない。
 …とりあえず、俺は嘘を教えられてたって事か?でも何で??

 江雪は俺の理解など最初から望んでいないというように、その形の良い口からただ情報を連ねる。

「『高辻家のΩ』を完璧に管理出来ていなかったっていうのは、相当に外聞が悪いらしいんだ。当然だよね。高辻家の信仰者は皆由緒正しいお家柄。胎となるΩがどこの馬の骨とも分からないような相手と番える環境に居るなんてバレたら、病気を貰ってるんじゃないかとか、本当に自分の種を継いだ子供なのかとか、それはもう蜂の巣をつついたような騒ぎになって瞬きの間に高辻のブランドが地に落ちるのは目に見えてる」
「こ、せつっ、待って、手ぇ…っ!はぁっ、…ん゛ッ!」

 乳首をくすぐっていた手が、今度は下半身へと伸びていった。そして、ぬちゅ、と少し身じろぐだけで濡れた音が立つ程湿り、まるでぬかるんだ沼のようになっている俺の入り口に江雪は躊躇なく指を差し込む。
 既に自分で柔らかくしていたそこは、弟の指でさえ簡単に飲み込み、ちゅ、ちゅ、と断続的に吸い付いた。「…すご、」と驚いたように呟く弟に、カッと顔が焼け焦げるような羞恥に襲われる。
 ああ、まだ一応そういう感情が残っていたらしい。だからといってもう碌に言う事を聞かない身体では抵抗もままならないのだけど。

「僕は高辻家最大の汚点で、そして同時に、あの家を一瞬で潰すことが出来る爆弾なんだ。だから、いつでも始末できるように手の届く位置に、家の管理下に置いておきたいんだって」

「αだし、が入ってる可能性も捨てきれなくて簡単には殺せないみたいだけど」と呟いて、欲深いよねと呆れたように笑う。
 始末とか、殺すとか、状況に全く見合わないそんな異質な音だけが俺の耳に強く響いたが、強い快感と自分の喘ぎ声に記憶ごと掻き消された。

「だからね、兄さん。兄さんがあの雑魚と交わっても、僕が家を離れられるわけじゃない。…寧ろそうなったら、高辻の手元にある『高杉家のΩ』の直系は僕だけになるわけだから、何とか新しい次代の『高辻家のΩ』を生み出すための種馬にさせられてしまうかも…」
「ぅあ…ッ、なっ!?」
「兄さんはきっとそんな僕をほっとけないよね?だって兄さんは、可哀想な僕の事が世界で一番大好きだもんね」

 江雪はそう言って前髪をかきあげ、自身の額とあの日の傷跡を晒してうっとりと微笑む。

「──っ、」

 だからって、じゃあどうすればいい。
 どうすれば江雪お前は幸せでいられるんだ。

 じゅぷじゅぷ、と俺の胎を確認するように抜き差しを繰り返していた江雪の指が抜かれ、ほっと安堵した途端、指とは段違いの質量と熱を孕んだ物が代わりにそこへと当てがわれる。
 ゾクリ、と腰から全身に甘く重い刺激が全身を嬲るように犯した。

「待、…ッ、江、雪!!それはだめっ…だめだ!!やめろ!!
 ……っっ、掟…っだ!!」
「掟?」
「ん゛っ、…っそ、だ!はぁっ、…兄弟はこういう事をしちゃ、いけない…っ」

 最悪だ。
 俺は今、自分が最も嫌悪するべき言葉で江雪を縛り付けようとしている。
 ああでも許してくれ江雪。だってこれはおかしい事なんだから。

 動きが止まった江雪に、嫌悪感で胸を痛めつつも掟の凄まじい効果を改めて感じていると、

「…兄さん、」

 耳元で吐き出される湿った吐息と共に、ぐっ、と江雪の硬いものが再度尻へと押し付けられた。

 嫌な予感がする。

「や、や、めろ、江雪…っ」

 焦って眼前の胸を押してみたが手に力が入らず、結局は添えるだけになってしまっていた。押し付ける力は決して弱まらず、くぷ、と切っ先が微かにナカに入り込む。

 はっ、はっ、と喉を迫り上がる何かに、俺は知らず泣き出しそうだった。

「ぁ、ゃめ、…っ、やめ、て、」

 理性的な言語とは裏腹に、誘うように腰が揺れる。ちゅぱちゅばと音を立てて吸い付き、意図せずとも江雪に媚びる入り口はもう誤魔化しようがない。
 Ωの本能が叫んでいた。今すぐこのαの剛直に貫かれて、めちゃくちゃに突いて欲しい。抵抗できないように上から力強く抑えつけて、何度も何度も子種を注いで欲しい。
 いや何を考えてるんだ俺は。江雪は弟で、こんな事させちゃダメで。
 本能と理性にグラグラ揺れる脳みそが、船酔いみたいに気持ち悪く混ざって訳が分からなくなる。

 だから俺は多分、江雪が次に言うだろう言葉に期待して、

「──兄弟でセックスしちゃ駄目なんて、そんな掟無いよ」

 ぐぷぷ、とぬかるむ肉を掻き分けて、腰を突き出した江雪が俺の内側を余す事なく擦った。

「や、あぁ゛あ゛ーーッ!!…~~ッッ!!」
「はっ、……っ、兄さんの中、熱くて、気持ち良い…っ、」

 快感にその麗しい表情を歪ませた江雪から、ブワリ、と今までで一番濃いフェロモンが届く。それに呼応するように、俺の身体も更におかしくなっていった。
 ビクビクと内腿が細かく痙攣して、ナカに居る江雪をぎゅうぎゅう締め付ける。

「ぁ、がっ??ぃっ…?ぁ?あ、アッ、」
「っはあ、兄さん…っ、すごっ…。ぁ、好き、大好きっ、愛してる。誰よりも、何よりも、僕が一番兄さんを愛してる…っ」 

 ばちゅ、ばちゅ、
 江雪がナカを突く度、頭の中の細胞が10個ずつぐらい壊されているような刺激があった。あっ、あっ、と律動に合わせて声を出すだけの俺は、江雪の言葉をもうあまり良く理解できない。

「…ッ、兄さんも同じ気持ちだよね?だって、兄さんはずっと一等僕に優しくしてくれてたし、贈物も、沢山っ、…さっきだって全部僕のためって、僕のことばっかり考えて…っ!特別にしてっ…、ぁは、嬉しい!嬉しい嬉しい嬉しい!!やっぱり間違ってなかった!!

 兄さんはっ、僕の、神様なんだ…っ!」

 江雪が俺をうつ伏せにして、その首の項にはあっ、と吐息を塗した。全身に鳥肌が立つ。嫌悪ではなく、溢れる期待からのそれだ。Ωの岬と慰めのために噛み合っていた時が嘘みたいに、ジンジンと熱を持って首の裏が疼いた。全ての意識がそこに向くのが分かる。

 ああ、噛んで欲しい。
 頭の中で言語化出来てしまえばもう駄目で、弟なのに、なんていう予防線はいとも簡単に張り倒されてそれ以外の事が考えられなくなる。


「こ、こうぜ、づ…ッ、」

「…っ、ん?」

 駄目だ。辞めろって言わないと。
 言え。
 言えよ。

 霞のように残る理性が掻き集まって最後の警鐘を鳴らした。

 俺は江雪にこれ以上苦しんで欲しくない。幸せになって欲しい。
 でも、江雪はさっき、俺の事を好きと言ったよな。それなら寧ろ、は推奨されるべき行為なんじゃないのか?江雪が幸せになれる行いなんじゃないか?


 ──だって、首の噛み跡は、俺が唯一知っている幸福の形なんだ。


 もう顔も朧げな母の姿を思い出して、はは、と歪な笑いが漏れた。あの人も息子と息子のセックス中に、片方の息子が自分の事を思いだすなんて想像もしていなかっただろうな。

 俺は震える手でわずかに首にかかる髪をどけ、1つの傷跡も無い肌を晒した。

「──…ッ、噛ん、でッッ、こうせつ、」
「…ッ、」
「こうせ、つ、…ぐっ、…くびっ、くびかんでぇ…っ!」

 ナカに刺し込まれているものがグン、と質量を増したのが分かった。江雪ははあっ、と興奮したように息を吐くと、口を開けて俺の項に歯を──、

「ア゛ッ!?」

 ガチン!!とすぐ近くで激しく歯がぶつかる音がして、俺は降り積もっていた期待感とそれを疑似的に叶える空気の振動に軽く達した。声も無く身体を震わせる俺に、江雪は首を噛む代わりに突き上げを激しくする。

「…っ、ぁあ゛あ゛ッッ!!なんっで…ッ、ア!!なんでっ、かまないい゛ぃ゛い゛~~ッッ!!」
「だめっ、…ッ、番は、だって掟…ッ」
「かめよ!!かまれたい…っ、こうせつ、にっ、…ぁ゛っ、…っ、かめええ!!…ッつがいにっ、俺と、おれとつがいっ、んひ…っ!あ゛あ゛~~ッッ」
「……~~ゥグ、ゔ、…ッッだ、め…っ!!」

 覆いかぶさった江雪が、噛みたいのを耐えるようにカチカチと歯をぶつけ合う音が耳に響いては、ゾクゾクと俺の脳を蕩けさせる。一瞬江雪がビクンと身体を震わせて俺のナカに迸る熱を注いだのが分かって、俺も同じように身体を強張らせた。



 ──ああくそ、どこで間違った。


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