悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿

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 コンッ。
 教室の扉が軽くノックされる

「シャルル」

 放課後、王子様からの呼び出しである。


 この学園では、融資額が多い家の生徒に様々な優待措置がある。そのうちの一つが、プライベートルームの使用許可。当然優待を受ける立場であるニコラは、学園内にあるその部屋でくつろぐことも多かった。……王城では人の目もあって完全には気が休まらないのかもしれない。
 生徒自身によるリフォームと模様替えが自由なそこは、正にニコラの第二の自室とも呼べる場所になっている。センス良く飾り立てられた部屋は、パッと見ただけではとても学園内のものだとは思えない。
 俺は室内にある革張りのソファーに座りながら、隣のニコラから腰を引き寄せられていた。身体の一部が密着する。ついでに肩に頭が預けられ、彼の長い手の指もゆっくりと隙間を縫って俺のそれに絡められる。
 ニコラは昔から、2人きりだとやたらスキンシップが多い。特に疲れている時はそれが顕著だ。
 ……公務、大変なのかな?
 眼下に見えるサラサラの細い髪に、俺は労りを込めて少しだけ頬を寄せた。
 ……いい匂いがする。

「昨日、テオドールと何か話してたろ」
「…っへ!?ぁ、うん、まあ、…ちょっと」

 急に話しかけられて大袈裟に肩が揺れた。やば!匂い嗅ぐとか変態みたいなことしちゃったの、バレてないよな…?
 ニコラは落ち着かない素振りで返事をする俺を胡乱気に見やった。

「……余計に仲拗らせたりすんなよ」
「だ、大丈夫大丈夫!喧嘩とかじゃ、ないし」
「ならいいけど」

 喧嘩じゃないけど、……現在進行形でSムーブ教えようとしてる事は言わない方がいいだろうな。ヤバすぎるもんな。黙っておこう。
 ただでさえ疲れているニコラに無駄な心労をかけるべきではないだろう。

 例えば、俺がミシェルみたいな……いやミシェルを例にするのはやめておこう。例えば俺より性格がよくて、社交的で、頭の回転も速くて、変な癖なんて持ってなくて、誰かに紹介するのを恥じる必要もないような婚約者なら、きっとニコラも心穏やかでいられたんだろうな。
 自身のなさからくるその感情は、ニコラを前にする度にほぼ毎回と言っていい程湧き上がる。
 ニコラは完璧な男だった。唯一の欠点を探し出すとするなら愛想がないことぐらいだが、それも彼の嘘や媚のない誠実さを形にしているようで、寧ろ好印象を与える場合がほとんどだ。
 顔はこの国一の美人で有名なお后様に似て酷く端正。無駄なく鍛えられた体は逞しく、多くの人に安心感を与えることだろう。成績は常に上位だし、また学園での勉学とは別に政治の才能にも秀でているらしく、現国王様や第一王子殿下の補佐として度々公務についているという話も聞く。
 考えれば考える程、あのドSの家でドSの英才教育だけを受けてきた俺との人間力の差は歴然である。
 もしニコラが俺との婚約を破棄しても、次の婚約者にと挙手する者はきっと無数に居る。それも、確実に俺より面倒じゃない人が。

 でも、


「俺、頑張るから。婚約破棄しないで」
「………、へえ。破棄して欲しくないのか」
「うん」
「……俺と結婚したいのか」
「当たりま……え?笑ってる?こっちは真剣なのに!」
「は?笑ってない」
「いや絶対笑ってた!」

 人には嘘つくなっていうくせに……。
 口元を隠しながらも明らかに機嫌良さげにするニコラを、俺は軽く睨みつけた。
 ニコラからしたら、婚約破棄したところでまたすぐ新しい&更に条件の良い相手が見つかるから余裕なんだろうけどさあ…。

「婚約破棄されたら、俺にはもう駆け落ちしかないんだよ……」
「は?駆け落ち??誰と」
「それは未定」
「お前自分が誰の婚約者かわかってんのか」
「だから破棄されたらだって!何で怒ってんの?」
「怒ってない」

 また嘘。絶対不機嫌だし。何か手握る力強くなったし。いててて。

「……俺も出来ることなら婚約破棄はしたくない。お前の隣は落ち着くから」

 呟きの後、ニコラは俺の方を見た。
 肩の上、同じ高さ、至近距離で視線が交差する。
 ニコラは数秒じっ、と俺の目を見つめてきて、それが段々、近づいて──、

 あ、ぶつかる。

 そう思った時、固定されていない方の手が、ニコラの顎をガッと掴み上げた。

「どっちが上の立場かまだ理解してないみたいだな。『破棄したくない』じゃなくて、『してはいけない』んだよ。お前如きに選択肢があると本気で思ってんのかジメジメ陰気なダンゴムシ野郎。一生石の裏で丸まってろ」

 数秒の沈黙の後、ゆっくりとニコラの顔から手を外した俺は、そのままソファーから降りると静かに土下座した。

「すみませんでした」
「……偶に本気で『こいつわざとやってんじゃないよな?』と疑う時がある」
「誠に申し訳ございませんッッ!!」

 地面に額をめり込ませんばかりに擦り付けていると、前方のニコラからソファーに座り直すよう指示される。おそるおそる…といったふうに浅く腰かけると、制服の襟を引っ張られて背もたれまで強引に案内された。ああもうどうにでも扱ってください…。

「膝枕」
「へ?」
「手繋げ。頭撫でろ」
「ぇ、ええ……寝るならちゃんとベッドで寝た方が、」
「反省してんのかお前!誠意見せろ!」
「わっ、わかったわかった!」

 男の硬い膝を枕にして、仰向けに寝転ぶ王子様。
 俺は言われた通りにまた片手を繋ぎなおして、もう片方の手で彼の指通りのいい前髪を梳いた。
 偶々手を退けたタイミングで、またもこちらをじっ、と見つめるニコラと目線が合う。
 何か言いたいことでもあるのだろうか、と、俺は発言を促すように首を傾けたが、返ってきたのは下方への急な引力。
 グイッ!と強い力で制服のネクタイを引かれ、前屈みになった俺とその下のニコラがまた距離を詰める。

「卒業して結婚したら覚悟しとけよ」
「……仕事の話?」
「大変だぞお前」
「えっ、す、睡眠時間ちゃんと取れる…?」
「……さあな、夜は取れないかもな」

 ええっ……王家ってブラック企業なのか……。まあでも実家と比べたらどこでも天国だった!!ブラックだろうが何だろうが、俺は限界までしがみつきます!!

「俺頑張るから。……ニコラが色々教えて?」
「………ん」
「何で赤くなってんの?」
「なってない」

 なってるし。

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