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しおりを挟む瀬川と葉月ちゃんが自室へ去った後、話し相手が居なくなってしまった俺はリビング内をぐるりと見渡した。
家族の誰かが授業で描いたのだろう絵画や、習字の紙なんかが特に統一感なく、しかし大切に壁に飾られている。
テレビの近くにかけられている大きめのコルクボードには、手作りのメダルや折り紙で折られた花、可愛らしい便箋等の思い出の品らしき物と共に、仲睦まじい家族写真が沢山ピンで留められていた。
カレンダーに色違いのペンでそれぞれ狭苦しく書き込まれた予定、薄くなっているが完全には消えていない机の落書の跡、他にもこの家には「家族団欒」と言う言葉がしっくりくるようなものばかりがそこかしこに散見されて、物凄く温かみを感じさせられる。
それに、ワイワイと会話や物音が絶えない室内は、兄弟が居らず両親とも中々顔を突き合わせる機会が無い自分の家とは大違いで、とても新鮮だった。
俺にとっては日常な、あのシーンとした時間が無いってことが良い事なのか悪い事なのか、それは分からないけど…。
自身の家庭について多少思いを馳せながら、次いで俺は膝の上に変わらず居座る物理的に温かい幼児(の後頭部)をじっと見つめる。
……いつ降りるのかなこの子。
「ねえアンタ、」
「!!」
唐突に声をかけてきたのは、瀬川達より一足先に着替えを済ませたらしい眼鏡瀬川、もとい葉月ちゃん煽り職人の弥生君だ。
彼は腕を組んで、こちらを値踏みするように目を細めた。
「睦月兄とどういう関係なんですか? 本当に友達? 言っておきますけど、睦月兄は僕以外のことゴミくらいにしか思ってないし微塵も興味ないですから。 睦月兄が自分にだけ優しいとか、そんなおぞましい勘違いはやめて下さいね。 期待しても無駄ですよ」
そう、一息に言った彼に、
「──そ、その通り!! もっと早く君に出会ってその言葉を言われたかった!!」
「はっ、何…っ!? マゾなんですかアンタ!?」
興奮気味に身を乗り出した俺を、弥生君は「ヤバ…、」と引いた目で見てからそのまま後退っていく。大分離れた位置で警戒したようにこちらを伺う姿は、野生の猫か何かのようだ。
ああ本当に、もっと早くこの馬鹿な俺に「瀬川を好きだなんて、身の程知らず」と誰かが突きつけてくれていたなら!!今こんなことにはなって無かったかもしれないのに!!
ぐう…っっ!と過去を悔やんで歯を食いしばる俺の前に、弥生君と入れ替わるようにして今度は双子瀬川が突撃してきた。
「じゅんぺーー!! 見て見て!!」
「見て」
「えっ、えっと…?」
確か2人の名前は…、と頭の中で記憶を探っているところで、
「おれが香月!!」
ニコニコ元気な方の瀬川が、まっすぐ手を掲げて言った。
「おれが菜月」
表情の乏しい、少しぼんやりした方の瀬川が、控えめに手を挙げて言った。
「分かった!?」
「分かった?」
「う、うん。 よろしく」
「それでは回りまーす!」
「ます」
「……は??」
自己紹介もそこそこに、彼らは急に回転を宣言したかと思うと、言葉通り2人で両手を掴み合ってそのままぐるぐると回りだす。俺が呆気に取られている間の10秒程それが続き、ようやく止まったかと思えば手を離した彼らは多少フラフラと目を回して、しかしそれに一生懸命耐えてから元気よく告げる。
「「どっちがどっちだー!」」
うん、まっっっったくわからん。
髪型も服も、顔も、声も同じ。そして今は仕草や表情さえも揃えてきている。こんなの、ついさっき知り合ったばっかりの俺に当てられるわけがない。
まあでも遊びの一貫だよな…。
その思いから、俺はそこまで深く考えず、自分の直感に従うことにした。
「えっと……、こ、こっちが香月くんで、こっちが菜月くん? かなあ…」
「「……、」」
クイズ番組を模すような謎の沈黙溜めに、少しだけ動悸が加速する。
あ、当たり?ハズレ?…どっちでも良いから早く楽にしてくれ!
「──あったりー!!
凄いねじゅんぺー! おれが香月!」
「おれが菜月。 じゅんぺー凄いね」
「や、やったー…」
ただの偶然だが、当たっていたみたいだ。2人からの賞賛に、俺はぎこちないながらも一応喜びを示しておいた。
満面の笑みを見せる香月君が、興奮したようにその場でピョンピョンと飛び跳ねる。菜月君は香月君よりは控えめながらも、嬉しそうに頬を染めてソワソワと身体を左右に揺らしていた。
そ、そんなに嬉しがって貰えるなら悪い気はしないな…、と子供達の笑顔に絆されかけているところで、
「当ててもらえたの、じゅんぺーが初めて。 嬉しい…」
「うん! すっごく嬉しい!! おれたちじゅんぺーの事好き―!!」
「えっ、わ、わっ!」
座っている俺の両方向から、上半身を挟まれるような形で抱きつかれる。
細い腕が首に絡みついて、何とも言えない擽ったさに俺はビクリと肩をすくめた。
「ねえじゅんぺー、おれたちじゅんぺーと一緒にゲームしたいなあ」
「おれたちじゅんぺーと鬼ごっこしたいなあ!」
「う、うん。 いいよ…?」
2人の甘え声に、特に何も考えないまま了承を返す。
すると双子は、互いに示し合わせたように目線を交わして、
「「…じゃあさ、」」
「──こら、」
「「あ゛っ!!」」
「瀬川、」
突如、何かを言いかけていた双子の首根っこを掴んで俺から引き剥がしたのは、私服に着替えて戻ってきた瀬川だ。
いつもの制服姿とは違うそれに、おお、レアだ…、とほぼ反射のような感覚で見惚れていられたのは一瞬。瀬川本人からの困り声で、俺は現実にひっぱり戻される。
「…こいつらの言うことあんまり真に受けないでね。 こっちの涙ぼくろがある方が香月で、額の端に傷跡がある方が菜月。 分かりやすい差はそれ」
瀬川が無理矢理双子の特徴を晒してくれたことで、俺はふと矛盾を感じて首を捻った。
あれ?確か元気な方が香月君で、おとなしめな方が菜月君、だよな?
さっきの双子の申告通りなら、涙ぼくろがあるおとなしい方が香月君で、傷跡がある元気な方が菜月君ってことに……??
その答えはすぐに明かされる。
「平気で嘘ついて媚び売って気に入られようとしてくるから気をつけて。 何か買って欲しいとか言われても全部断ってね」
「ちぇーバラされたー!! 大好きだからPS〇買ってーー!」
「大好きだからカッコいい靴買って」
「そういうことは母さんに言え」
今まで菜月君だと信じていた静かめの片割れは、瞬く間に騒がしく身体と口を動かし始める。
そして今まで香月君だと信じていたニコニコ笑顔の片割れは、スンッ、と一瞬でその表情を掻き消し、あまり抑揚のない声でポツリと呟いた。
そこでやっと俺は、双子がそれぞれ互いの振りをしていたのだということを理解できた。
えーー、クオリティーえげつなっっ…。寧ろよくわかったな瀬川…、流石長男。
というか、もしかして例の女の人に貢がせた要因ってこの子達なのでは??…可能性はある…というか才能がある。貢がせる才能が。そしてそれが事実だったとして、多分まだ懲りてもいないみたいだ。これは頭が痛くなるのも頷ける…。
瀬川が双子を引きずって離れた場所に連れて行こうとしていると、その途中で弥生君が俺の事を指さして何やら必死に瀬川に忠告をし出した。
…いいぞ、もっと言ってくれ!何を言ってるかはわからないけど、確実に俺の事を下げてくれている気がする!その調子だ。その調子で、何かちょっと方向性がおかしい瀬川の俺への興味を失くさせてやってくれ!!
弥生君本人の預かり知らぬところで、俺の彼に対する株がどんどん上がっていく。すごく嫌がられそうだけど。
不意に、依然俺の膝の上に居座り続けていた皐月君がダランと全体重を凭れかからせてきた。腕はいつの間にか肘置きとして利用され、完全なくつろぎ体勢だ。もしかして既に人として認識されていないのか??
慣れない子供の体温が熱い。真夏でもないのに、触れ合っている場所がじんわりと汗ばんできそうだ。
ふにゃふにゃと柔らかくて小さくて軽い身体は、少し俺が身じろぐだけでも振り落としてしまいそうで、うかつに動けず緊張する。
多分俺でも力づくで退かすことは出来るだろうけど、せっかく快適そうにしているのにそれを辞めさせるのは申し訳ないし、こう、同性だけどむやみやたらに触るのも良くない気がする……、というか何か触れたらあらゆる部位を脱臼させそうで怖い。だって本当に身体がふにゃふにゃしてるから……怖っ!
扱いには困るけど、懐かれて…、多分懐かれて…?嫌なわけじゃないのだ。見た目はまんま瀬川を小さくした感じだし、大人しいし、俺の子供の時の同級生達みたいに加減なしに攻撃してこない良い子だし。
見ている分には無害でとても可愛い。
瀬川と同じ色をした、触り心地の良さそうな丸っこい後頭部を眺めながらそんなことを思っていると、
ボスンッ!
隣に勢いよく身体を沈ませたのは、私服に着替えた葉月ちゃんだ。
突然の女子の接近に動揺している俺を気にもしない様子で、彼女は何の前置きもなく話し出す。
「ねえ、樫谷さんと友達ならさ、『コイちゃん』って女知ってる?」
「……え?」
「最近なーんか仲良いらしくてさ…、「コイちゃんとの約束があるからー」とか言ってすぐ家に帰っちゃうの! 帰り道で待ち伏せしてやっと会えた貴重な時間なのに!
ねえそいつどんな女!? 私より可愛い!?」
ズイッ!と必死な顔で距離を詰めて来る葉月ちゃんに、俺は一瞬でドッと滝のような汗を流す。
お、俺ーーー!!それ俺ーーー!!
そして多分その樫谷はゲームのイベントに夢中で少しの時間も惜しい時の樫谷ーーー!!
で、でも言えない!ゲームの事は秘密だし、何よりも俺が葉月ちゃんに一瞬で敵認定されてしまいそうな気がする…っ!!まだ夕食をご馳走になるミッションが残っているこの場でそれは避けたい!!絶対に気まずい雰囲気になる!!
というか、あまりにさらっと言うからスルーしそうになったけど、待ち伏せって何?…や、やはり兄妹。 しかし、それを女子中学生がやってるとなると一気に可愛く思えるし、何でも許してしまいそうになるのは何故だろう…。
「は、葉月ちゃんの方が絶対可愛いと思うよ! 元気で明るいし、優しいし、おっ、俺は好きだな!」
「……別にアンタがどう思うとかは聞いてないんですけど」
「ごごごごめん!!!」
テンパったまま余計なことまで言ってしまった。俺は女子中学生に何を!!イキった陰キャキツ…って思われる!!
怯えからサッ、と一瞬で顔を蒼白に染めると、隣の彼女は堪えきれないというように急に明るい笑い声を漏らした。
そして、
「見る目あるじゃん。 ありがと」
そう言って、少し照れたようにはにかんだ。
──あ、可愛い。
「──葉月、母さん達手伝ってきて」
「…女だからってそういうの任せるの、時代遅れも甚だしいよお兄」
「女だからじゃないよ。 弥生もやってるだろ。 ほら」
瀬川からの要望に、彼女は「えーー」と不満を全面に出しながらも、渋々立ち上がってキッチンへと向かった。
「はい、皐月も降りる。 小崎が重たがってるよ」
「えー?? さっくん重いの??」
「え、あ、いや…」
「さっくん重いの。 ほら、あっちで双子と遊んでもらいな」
こちらも「えーー」と頬を膨らましながらも、瀬川に従って俺の膝から立ち上がる。
や、やっと解放された…。
ほっとすると同時、すーっと冷えていく身体に少しだけ喪失感のようなものを覚えていると、そんな俺を瀬川がジッと見ていることに気付く。
その視線はどこか不機嫌さを内包しているようで、俺は無意識に少しだけ身体を硬くした。
「…案の定というか何というか……。 凄く複雑な気分」
「??」
その言葉の意味を聞き返しても、瀬川は答えてくれなかった。
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