俺の事が大好きな○○君

椿

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その実験の授業をきっかけに、樫谷は隙あらば俺に話しかけてくるようになった。勿論その内容はAWというゲームの話だ。戦略を教えあったり、イベント時にチームプレイをしたり、ガチャの結果を報告しあったり。そして時間を経るごとに、ゲーム以外の話をすることも増えた。
樫谷自身が派手なのも関係しているのか、彼の身の回りで起こることは俺にとって新鮮で刺激的なものばかりで、また樫谷も話が上手いので聞いていてとても楽しい。そして一方的に話すのではなく俺にも質問を振ってくれるので、段々と樫谷と喋るのも慣れていき、大分砕けた話し方が出来るようになっていた。
樫谷がそんな風に俺にちょっかいをかけるから、必然的に樫谷の友達とも話す機会が増えたりして、なんだか前より全然充実してるんじゃないか?第二の人生始まってるところなんじゃないか!?と、俺は調子の乗ったことを考え出してほくそ笑んだ。

俺のペンが動いていないのを見て、樫谷が「四限は日本史」と、急かす。
そう、今は放課後で、日直の俺は学級日誌を書いているところだった。そして隣の席でスマホを弄る樫谷は、そんな俺を待っている。この日は、樫谷がAWで攻略出来ないバトルのコツを俺が直接教える約束をしていたのだ。

慌てて日誌を書き進めようとしていると、今まで静かだった樫谷がポツリと呟く。

「コイちゃんさ、睦月と仲良い?」
「…せ、瀬川? なんで?」
「いやー…なんとなく? まあ喧嘩してるとかなら早めに仲直りしろよ」

??
樫谷の言いたいことが分からず、俺は首を傾げる。
…というか、そもそも…

「最初から仲良くは、ない…」
「そーなん? まあ気が合うかは本人たち次第だしな」

会話は終わってしまったらしい。
俺達以外いない教室は、互いの声が無くなった途端一気にシン、と静まり返る。屋外の色んな運動部の掛け声が混ざり合ってよく聞こえた。

そして、俺の手はまたも止まっていたらしい。

「数学」
「へ?」
「五限、数学」
「あ、うん」

樫谷に急かされるが、俺は先程出てきた瀬川の話がずっと頭に残っていて、それが気になって仕方なかった。

「幼馴染…なんだよね、確か。 樫谷と瀬川」
「おー。 だからって特に何もねーけど」
「……瀬川ってどんなやつ?」

樫谷は一瞬目を見開いた風にして、次いで思考を巡らすように視線を上方へと向ける。

「見たまんまだろ。 頭良いし、運動も出来る、誰にでも分け隔て無く優しい正統派王子。 完璧男」
「悪口とか、言ったりすると思う?」
「するんじゃね? 人間なんだし。 嫌いな奴の1人2人いて当然だろ。 まああんましそういうの表に出しそうでは無いけど。 因みに俺は普通に嫌われてる。 ハハ!」

え?樫谷嫌われてんの?そんで笑ってる場合???

「あいつ大家族の長男でさ、昔から色々我慢してることとか多いんだよ。 遠慮したり、気を使うのに慣れてるっつーか」

確かに、以前瀬川本人からそんな話を聞いた気がする。妹が1人と、弟が4人?だったっけ?
それを樫谷に告げると、

「…あいつ自分から家族の話したんだな。 珍し」
「え?」
「俺も詳しくは知んねーけど、中学の時、睦月に惚れてる女が睦月に好かれるために勝手に妹弟らに貢いで、最終的に「こんなに奉仕したんだから見返りをくれ!」ってヒスってトラブったとかなんとか。 それが原因かはわかんねーけど、あいつ、家のことに関しては結構秘密主義なんだよ。
あ、因みに紅一点の葉月ちゃんはすげえ可愛い」

さ、最後の情報はどうでもいいけど…。
というか、それより、

「…えっ、と、そんな、瀬川が秘密にしてる家族のこと、俺に話していいの?」

お前は知りすぎた…、って陰で処されたりしない??
恐る恐る伺うと、樫谷は何も考えていないような能天気な顔で、

「コイちゃんならよくね??」

俺は樫谷からのその謎の信頼に、思わず笑いをこぼしてしまった。

「ふっ、はは、ええ? 何の基準っ?」

まあ今後瀬川と関わることもそうそう無いだろうし、樫谷が誰にも言わない限りは俺の安全は保たれるわけだ。…ちょっと不安だけど。
再び日誌に手をつけようとしているところで、きょとんとした表情でこちらを見ている樫谷と目が合う。

「何?」
「…いや、お前笑うと顔変わるな」
「………変なのはわかってるし」
「いや、逆逆。 何か幼いっつーか、可愛くなる」

…これは…、馬鹿にされてる??

「かっ、樫谷も笑ったら顔がクシャってなって子供みたいな顔になるけど!」
「何対抗してきてんだよ。 うーん、何か良い表現が思いつかねえ。 とりあえずもっと笑ってこうぜ。 な?」
「やめろ、顔を触るな!」
「笑顔マッサージをしてあげましょうー」
「いらにゃ、いらにゃひ!」

笑えー!と俺の頬を無理やりこねくり回してくる樫谷を躱しながら(結果は伴っていないが)、俺は頭の隅で瀬川のことを考えていた。


俺のことをよく思っていないみたいながらも、瀬川が俺にずっと優しくしてくれてたのは事実だ。ついショックと怒りが先走って、「裏切られた」なんて思ってたけど、これってもしかして、俺の方が瀬川に勝手な理想を押し付けてただけなんじゃないか…?
当然好いてくれているものと思って、そうじゃなければ怒るとか、なんか、すっごいダサいことしてる…。これ、さっき聞いた女の人のことをとやかく言えないぞ、俺。


俺の中で少し、瀬川に対する意識が変化したように思えた。


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