俺の事が大好きな○○君

椿

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そうして、土日休みを挟み、泣き腫らした目を完治させて迎えた月曜日、の、朝。

「おはよう」

「おー! 睦月はよー!」
「瀬川~! ちょっと昨日のメッセージ何~?」
「おはよー瀬川ー」

きたっ!!!

教室に入って来た瀬川は、今日も変わらず人気者だ。クラスメイト数人が早速彼を取り巻いて、挨拶やら、休日でも連絡取り合ってる自分アピールマウントやらを交わし合う。まだ今日は始まったばかりなんだからちょっとは落ち着け!俺みたいに此処に来てから一言も発さない人間を見習え!これがエネルギー消費を抑える効率的な朝の過ごし方だ!
瀬川は集まってくる人みんなに、朝らしい爽やかな笑顔でそれぞれ挨拶を返す。
そして、いつもだったら最後に──、


「おはよう、小崎」


…来やがったな。猫被り男!!
そう。幸か不幸か瀬川の席は俺の前。
つまり、瀬川が目的地に向かおうとすると必然的に俺との距離も近くなるわけで。彼は毎日、自身の机に俺とは違い中身の詰まったスクールバッグを置きながら、俺への挨拶を欠かさないのだ。

数日前までの俺なら、毎朝確定で瀬川に話しかけて貰えるそのイベントにドキドキと胸を高鳴らせながら応じたことだが、もう騙されないぞ。俺は瀬川のそれが演技だということを知ってしまったからな!!くそー!涙出て来るな!!

い、言うぞ、俺は言う!
勇気を出せ順平!昨日いっぱい練習しただろ!
『周りの好感度上げるために俺を利用してるのは知ってるんだ! もう俺に近付くんじゃねー!』だ!
言うんだ、瀬川に、ほら、今、


「まっ、」
「ま?」

「………ぉ、…はょ…」

言えるわけなーーい!反抗して目をつけられて、陽キャ達に袋叩きにされるのが恐ろしすぎるーー!っていうか瀬川の邪気を感じられない目が俺の判断を揺らがせて来る!やめろ!もっと悪そうな顔してくれよ!そしたらこっちも反抗しやすいのに!

で、でもこれでいい!
小声で、すぐにサッと目を逸らしたこんな素っ気無い挨拶、構う気も失せるだろ!ただでさえ俺は瀬川にとって、可哀想だから構ってあげてるだけの陰キャなんだ。下に見ているそいつに態度悪く接されれば、瀬川だって気分を悪くしてもう近寄って来なくなるはず…。

そんな持論の元、この日から俺は瀬川を徹底的に避けた。朝はHRギリギリまでずっとトイレに居たし、振り向いてきそうな気配をキャッチしたらその都度席を立ってトイレに直行したし、何はともあれ、腹が痛いわけでもないのに俺はずっとトイレに居た。物理的に距離をとったのだ。
勿論授業中や、やむを得ず話さなければいけない時もあったが、そんなときも出来るだけ目を逸らして必要最低限の会話だけで済ませるように心がけた。…心がけたと言っても、ずっと前から瀬川と話すときは緊張してうまく話せない事が多く、元々の話し方と遜色なかったかもしれないのだが。

まあでもそんな健闘の甲斐あり、瀬川も俺に愛想を尽かしたのか話を振って来ることは無くなってきた。
ふん!案外早く音を上げたな瀬川ァ!その調子でどこかに行ってしまえ!まだ席は前後だけど!

寂しいなんて思ってない。昔から一人は慣れてるし、むしろ瀬川が俺なんかに話しかけてくる事自体が異常な事だったんだ。少ない授業の合間時間、誰かと話していなくたって暇は潰せる。お気に入りのスマホゲームでデイリーミッションをこなしていれば時間なんてすぐ過ぎる。うまく話せない自分へのコンプレックスを刺激される会話より、1人で静かにしている方が断然ストレスはかからない。
……そうに決まってる。



──ただ、寂しさとかそういうのとは関係なく、瀬川から恩恵を受けたくなる場面もあるにはある。
例えば、今のような。

昼休み、俺がトイレから戻ると、そこに俺の座る場所は無かった。いや、席はある。机も椅子も、まるっと無くなっていたりはしないのだが…。俺の椅子は、樫谷かしたに誠也せいやによって乗っ取られてしまっていた。
樫谷は、本来俺の隣の席に座っているはずの派手な見た目のパリピ野郎だ。根元からプリンになりかけた金髪と、耳に複数開いたピアスの穴。制服はちゃんとネクタイを締めているところなんて見たことがないくらい常時着崩しているし、俺から見れば校則違反塗れの完全な不良である。しかし、そんな樫谷を教師連中は「お前いい加減にしろよ」などと言葉だけの注意で容認し、それどころか愛嬌があるとかなんとかでむしろ気に入っている。しかも女子にもモテていて、噂では現在セフレが5人居るとか。お前本当に高校生か??刺されればいいのに。何でこんな奴が俺より余程世の中を上手く生きれてるんだ。おかしい。絶対におかしい。

ぎゃはは!
下品な笑い声を響かせながら、樫谷とその男友達数人が付近を囲んでいる。樫谷の席には樫谷ではなく(おそらく)セフレ女子が我が物顔で居座っており、樫谷らのふざけたやり取りを見て楽しそうに笑っていた。
その様子を、俺は離れた位置で1人額に青筋を浮かべながら眺めることしか出来ない。

自分の席に誰かが座ってるからって俺の席に座るなよ!

彼らに自分の席を占領されるのはこれが初めてではない。むしろ頻繁に使用されている方と言えるだろう。それでも今まで支障を感じなかったのは、前の席の瀬川が、事あるごとに彼らを退かしてくれていたからに他ならない。瀬川はこの樫谷と小中学校が一緒な幼馴染らしく、色々と遠慮なくものを言い合える仲だからこそ何の摩擦も無く事が済んでいた。

でも今は…。

チラリ、と、自身の前席に座って友人と話す瀬川を見る。彼は話に夢中で、背後に樫谷が居ることなど気付いていないようだ。
いやいや!何助けてもらおうとしてるんだ俺!瀬川は敵!頼るとか言語道断だから!
もう瀬川と関わることは無いんだから、これからは俺も、自分でやらなきゃいけないんだ。


「……ぁ、の…、っ、そこっ、」
「おっ前!! それは盛りすぎだろ!? アッハハ!!」

近付いて声をかけるが、俺の小さな声は易々と遮られ、次の瞬間には無かったことにされる。誰の視線もこちらには向かない。そもそも聞こえていないのだ。

「そこ、…ぉ、俺の席で、」
「ギャハハ!!」


「──っ、そこ!!!

……お、俺のっ席…です…」

久々に、というか学校ではほぼ初めてなんじゃないかと言うくらいに声を張り上げた、その直後。

シンッ、と、沈黙の音がして、自分の身体から一気に冷汗が噴き出るのが分かった。

い、言った。言っちゃった。

恐れと緊張と達成感、様々な感情を胸に留めながら、俺はドッドッ、と全身で逸る鼓動を聞く。教室の床の木目から目が離せなかったのは、正面から彼らの視線を受け止める度胸が無かったからだ。

「座ったらダメなん?」

樫谷のあっけらかんとした物言いに、俺は恐る恐る顔を上げた。

「ダメなん?」って……、は!?ダメに決まってんだろ!?俺がこの場に居ない時ならまだしも、帰ってきたら早々に立ち上がれよ!?
その気持ちを言葉にしようとして、しかしさっきの意見で勇気を全部使い果たした俺は、樫谷に視線を向けられて何も喋ることが出来ない。
段々と顔を青褪めさせながら、意味も無くハクハクと口を開閉させていると、

「ふっ、ははっ!! 何お前、コイかよ!パクパクしてんの草。
お席温めておきましたー!うぃ、どーぞ!」

椅子は空いたが、樫谷とその仲間たちはクスクス、と馬鹿にしたようにこちらを見て笑う。俺はそれから意識的に視線を逸らして、自分の席に顔を俯せた。樫谷のせいで生暖かい席が、自分の体温に馴染まなくて気持ち悪くて、少し涙がにじむ。
何だよ。何で笑うんだよ。「ごめんね」ってその一言で退いてくれればいいだけの話だろ。俺そんな変なこと言った?
こんな奴ばっかりだ。俺の事を馬鹿にして、下に見て、笑う奴らばっかり。

でも瀬川だけは、違うって思ってたのに…。


一生懸命鼻を啜るのを我慢している俺を、前席の瀬川が振り返って眺めていたことなど、顔を伏せていた俺には知る由も無かった。


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