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「君も歌ってくれないか?」

「私ですか?」

「嫌でもないだろう? やれるって顔に書いてある」

「そんなこと書いてません」

 あれ、なんでこんなにきっぱり断っちゃったんだろう私。

「君のそういうところがいいね」

「勝手に好かれても困ります」

 リュカ王子はクリスティーヌを壇上から下がるように促す。

「え、ちょっとリュカ王子さま。まだあと一曲残っています」

「なら、今度は君がピアノを弾いたらどうだ? 君のお姉さんのために」

 えー、無茶ぶり。クリスティーヌが伴奏したら、とてもじゃないけどまともに歌えるような演奏にしてもらえない気がするんですけどー。

「アカペラでやります」

「お、それはいいね」

 気をしっかり持つのよ。周囲も王子の無茶ぶりに戸惑っている。ここでミスしても誰も責めたりしないわ。これは王子にとってはただの余興。だからここで、「本気を見せてやるわ」

 歌の練習はほとんどしていない。歌う機会が与えられることはないと思っていたから。でも、歌うことは好きだから。気持ちだけで歌おう。歌詞も分からないところは全部「ラララ」で歌ってしまおう。王子のために歌うんじゃない。自分のために歌うの。この場にふさわしいかは分からない。だけど、ここで全力を出さないときっと後悔するから。

 私の歌は静寂を打ち破って、火のように熱く燃えた。情熱的過ぎて聖なる歌には聞こえないだろう。人々は俗っぽいと言うかもしれない。もしかしたら、酒場で聞くような低俗な歌に思われるかもしれない。決して優しい歌声でもない。人々を包み込むような歌声ではない。人々を鼓舞するような歌。だから、ときどき婦人が目を丸くすることも。だけど、湿っぽくならないように明るく歌い終えた。

 まばらな拍手。だけど、騎士ミレーを筆頭に、リュカ王子も大きく拍手してくれた。

「自由に歌ってくれとは一言も言わなかったのに、君は自由に歌いきった。よく分かってるじゃないか。俺は自由が好きだ。今日は君の発表会だろう? 好きにやれてよかったじゃないか」

 うーん。好きにやりたいとは一言も言ってないんだけどね。ずっとクリスティーヌの伴奏でも順調にここまできてたから。ただ、歌うとすっきりした。なんだか、日ごろのうっ憤が全部吹き飛んだみたいなんだもの。
私、こんなにイライラしてたのね。

 リュカ王子は思いつめたような顔をした。

「あの、王子さま?」

「ときどき思うことがあってね。チャンスは平等に与えるべきだと。例えば、俺は聖女がこの世に一人しかいないことを疑問に思う。もちろん、世界を魔の手から救うために時の人として世に生まれてくるのだろう。だけど、俺は聖女は何人いてもいいものだと思う。資格も、ほら、騎士にキスされた魔力のある女性であること。たったそれだけだからな」

 貴族がざわついた。王子のまっとうな考えに少し反感を抱いている風でもある。誰でも聖女になることができるということは、競争を生むと考えるからだろうか。って、待って? 王子さまの口元が近い。迫ってくる。みんなの反感を買ってるのは私じゃない? 来賓たちから見たら王子が私にキスするように覆いかぶさって見える。そんな、王子さま! 大胆過ぎにもほどが。騎士ミレーは、見てはいけないものを見たと思って両手で目を塞いでいる。

「今夜は楽しめましたよ。心に留めました」

 リュカ王子は不敵に微笑み、踵を返して去っていく。

 なによ、私、今のでみんなに嫌われちゃったじゃない。ああ。なんで歌っちゃったんだろう。でも、王子さま、人を食ったような顔をしてるけど。なんだか嬉しそうに見えた。
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