10 / 88
10.
しおりを挟む
白馬車から降りて来たのは王族の白い衣装をまとった王子。金の刺繍があちこちにあしらわれている。黒い毛皮を羽織っている。透き通るような金髪が美しい。日の光を反射した瞳が赤く光る。人を小馬鹿にしたような薄い笑みが顔に張りついている。
リュカ・ラファエル・オリオール王子。
私をギロチンにかけた男。
(アミシア・ラ・トゥール。よく見ろ、ギロチンだ)(早く首をはねろ!)(罪深い女には死ぬ直前まで恐怖を与えよ)
冷酷無慈悲のドS王子。いやよ! 絶対にギロチンだけはかけられたくない! ここでなんとかしないと!
今までは遠くから、あ、王子さまって貴族の家の近くをたまに通ったりするのねぐらいにしか思わなかったけど。この王子は油断大敵。神出鬼没なんだから。第一印象ぐらいよくしておかないと。なにを根に持たれて投獄されるか分かったもんじゃないわ。近隣国がうかつにこの国に攻めてこないのは、王子が戦地で敵兵を毎度毎度見せしめに晒し首にしていたからだとか。それでも、少し野蛮なところが今までの平和ボケした歴代国王と違うとかで、人気を博しているのよね。
でも、なんでこんな宮殿から遠い郊外の教会までやって来るのよ。教会なら宮殿内部にもあるでしょうに。
「きゃー、リュカ王子よ」
黄色い歓声が上がる。
リュカ王子は流し目で貴族の女性たちを見やる。
あんな人を馬鹿にしたような顔のどこがいいのか、私には分からないわ。それから、平民の女性にも目をやって今度は愛想よく微笑む。
「王子さまが平民の私たちまで笑顔を振りまいてくれるなんて!」
いや、今の、わざとらしい! 王子、自分でやっといてクスクス笑ってるじゃない。あんなのに気づかないなんて。みんな盲目なのね。うわ、嫌すぎるわ。
あ、目が合った。口を堅く結んでいる。なによ、私の顔が気に入らないっていうの? だけど、赤みがかった茶色の瞳を見ているとどこか悲し気に見える。守ってあげたくなるような悲し気な瞳。
「リュカ王子さま。いらっしゃったのですね!」
町人の治療中のクリスティーヌが遠くから手を振っている。王子はそっちに気を取られて私のことは忘れてしまう。一瞬だもの、そうよね。私の出る幕はない。顔合わせだけですんで良かったと思うことにしましょう。
王子はクリスティーヌの方に行ってしまう。確か王子はクリスティーヌとも慈善活動中に知り合う。前回は私がなにもしていなくて、クリスティーヌが患者の治療で慌ただしくなったときに姉であるあなたは何もしないのか? とか言いがかりをつけられたのよね。だから、そばに寄るとなにもしていないように思われる。それに、もうすぐパンもなくなってさぼっているように見られる。だったら、王子にパンを食べてもらうしかない。
「王子さま、わざわざいらっしゃったんですね」
「聖女の慈善活動がどんなものなのか視察しに来た」
王子とクリスティーヌがなにやら話し込んでいる。王子の分のパンを少し取って横に置いておく。どのタイミングで渡せばいいだろう。
「治療はどのように?」
「あ、はいリュカ王子さま。癒しの魔法です。心を込めて行うと回復速度が上がります」
本来のルートだと聖女の魔法の美しさと、健気な心でリュカ王子はあっという間に骨抜きになる。
「それは頼もしいな。聖女さまがいれば、この国も安泰だ」
うー、王子と仲睦まじい聖女の間に私が割って入れるわけないじゃない。患者さん、待たしてるわよ。いよいよ、私にも手伝えとか言ってくるかもしれないわ。私は私のやり方でご奉仕するんだから。
「なにやら、あちらでもやっているようだ」
「あ、リュカ王子さま?」
「あれは、誰だ」
「え?」
「伯爵家の令嬢。もう一人いたのか。もしかして、君の姉か?」
「あ、そうですけど……あんな人ほっといてもいいと思いますよ。貴族としての礼儀作法もなっていない人なので。教会では集会の邪魔もよくしていますし」
私はクリスティーヌと王子の会話なんか聞いちゃいなかった。一か八かよ。残り少ないパンを一気に手渡してしまうの。ほとんど押しつけるようにね。嫌がっている人もいたけど渡した。
「君は何をしているんだ?」
「はっ。リュカ王子さま」
私は今気づいたというような顔を作る。すると、リュカ王子は口元を歪めて微笑んだ。え、なにこの人。私の演技に気づいている?
「確か、伯爵家の令嬢はお行儀が悪いと小耳に挟んだんだが」
もうそんな噂が耳に入ったの? 早すぎ。というか、そうよね。こんなに人が集まって行き来していたらそうなるわよね。それか、クリスティーヌから直接聞いたのかしら?
最後のパンを配り終えた。王子に取っていたパンだけが残る。私はそれを王子に手渡す。
「奉仕活動をしておりました。私にもできることはないかと考えた結果、パンを無償提供しようと思いまして」
そう答えると、私の手にあるパンをリュカ王子は目を細めて見やる。やだ、一体どこに怒る要素があるのよ。
「パンとは働いた金で買うものだと思っていたが。彼らは働いているのか?」
「まあ、王子さま。彼らの素性は知りません」
「ほう、知らないのに無償提供しているのか」
「そうですよ。慈善活動ですから。パンを配ることが聖女さまの無償の治癒魔法とどう違うのです? 誰にも迷惑はかけていませんので」
はっきり言ってやった。王子は怒ったというより、驚いた目で私を見返した。変なものでも見るような目つき。やだ、やめてよね。
「名前は?」
「はい?」
「名前を聞いている」
リュカ・ラファエル・オリオール王子。
私をギロチンにかけた男。
(アミシア・ラ・トゥール。よく見ろ、ギロチンだ)(早く首をはねろ!)(罪深い女には死ぬ直前まで恐怖を与えよ)
冷酷無慈悲のドS王子。いやよ! 絶対にギロチンだけはかけられたくない! ここでなんとかしないと!
今までは遠くから、あ、王子さまって貴族の家の近くをたまに通ったりするのねぐらいにしか思わなかったけど。この王子は油断大敵。神出鬼没なんだから。第一印象ぐらいよくしておかないと。なにを根に持たれて投獄されるか分かったもんじゃないわ。近隣国がうかつにこの国に攻めてこないのは、王子が戦地で敵兵を毎度毎度見せしめに晒し首にしていたからだとか。それでも、少し野蛮なところが今までの平和ボケした歴代国王と違うとかで、人気を博しているのよね。
でも、なんでこんな宮殿から遠い郊外の教会までやって来るのよ。教会なら宮殿内部にもあるでしょうに。
「きゃー、リュカ王子よ」
黄色い歓声が上がる。
リュカ王子は流し目で貴族の女性たちを見やる。
あんな人を馬鹿にしたような顔のどこがいいのか、私には分からないわ。それから、平民の女性にも目をやって今度は愛想よく微笑む。
「王子さまが平民の私たちまで笑顔を振りまいてくれるなんて!」
いや、今の、わざとらしい! 王子、自分でやっといてクスクス笑ってるじゃない。あんなのに気づかないなんて。みんな盲目なのね。うわ、嫌すぎるわ。
あ、目が合った。口を堅く結んでいる。なによ、私の顔が気に入らないっていうの? だけど、赤みがかった茶色の瞳を見ているとどこか悲し気に見える。守ってあげたくなるような悲し気な瞳。
「リュカ王子さま。いらっしゃったのですね!」
町人の治療中のクリスティーヌが遠くから手を振っている。王子はそっちに気を取られて私のことは忘れてしまう。一瞬だもの、そうよね。私の出る幕はない。顔合わせだけですんで良かったと思うことにしましょう。
王子はクリスティーヌの方に行ってしまう。確か王子はクリスティーヌとも慈善活動中に知り合う。前回は私がなにもしていなくて、クリスティーヌが患者の治療で慌ただしくなったときに姉であるあなたは何もしないのか? とか言いがかりをつけられたのよね。だから、そばに寄るとなにもしていないように思われる。それに、もうすぐパンもなくなってさぼっているように見られる。だったら、王子にパンを食べてもらうしかない。
「王子さま、わざわざいらっしゃったんですね」
「聖女の慈善活動がどんなものなのか視察しに来た」
王子とクリスティーヌがなにやら話し込んでいる。王子の分のパンを少し取って横に置いておく。どのタイミングで渡せばいいだろう。
「治療はどのように?」
「あ、はいリュカ王子さま。癒しの魔法です。心を込めて行うと回復速度が上がります」
本来のルートだと聖女の魔法の美しさと、健気な心でリュカ王子はあっという間に骨抜きになる。
「それは頼もしいな。聖女さまがいれば、この国も安泰だ」
うー、王子と仲睦まじい聖女の間に私が割って入れるわけないじゃない。患者さん、待たしてるわよ。いよいよ、私にも手伝えとか言ってくるかもしれないわ。私は私のやり方でご奉仕するんだから。
「なにやら、あちらでもやっているようだ」
「あ、リュカ王子さま?」
「あれは、誰だ」
「え?」
「伯爵家の令嬢。もう一人いたのか。もしかして、君の姉か?」
「あ、そうですけど……あんな人ほっといてもいいと思いますよ。貴族としての礼儀作法もなっていない人なので。教会では集会の邪魔もよくしていますし」
私はクリスティーヌと王子の会話なんか聞いちゃいなかった。一か八かよ。残り少ないパンを一気に手渡してしまうの。ほとんど押しつけるようにね。嫌がっている人もいたけど渡した。
「君は何をしているんだ?」
「はっ。リュカ王子さま」
私は今気づいたというような顔を作る。すると、リュカ王子は口元を歪めて微笑んだ。え、なにこの人。私の演技に気づいている?
「確か、伯爵家の令嬢はお行儀が悪いと小耳に挟んだんだが」
もうそんな噂が耳に入ったの? 早すぎ。というか、そうよね。こんなに人が集まって行き来していたらそうなるわよね。それか、クリスティーヌから直接聞いたのかしら?
最後のパンを配り終えた。王子に取っていたパンだけが残る。私はそれを王子に手渡す。
「奉仕活動をしておりました。私にもできることはないかと考えた結果、パンを無償提供しようと思いまして」
そう答えると、私の手にあるパンをリュカ王子は目を細めて見やる。やだ、一体どこに怒る要素があるのよ。
「パンとは働いた金で買うものだと思っていたが。彼らは働いているのか?」
「まあ、王子さま。彼らの素性は知りません」
「ほう、知らないのに無償提供しているのか」
「そうですよ。慈善活動ですから。パンを配ることが聖女さまの無償の治癒魔法とどう違うのです? 誰にも迷惑はかけていませんので」
はっきり言ってやった。王子は怒ったというより、驚いた目で私を見返した。変なものでも見るような目つき。やだ、やめてよね。
「名前は?」
「はい?」
「名前を聞いている」
0
お気に入りに追加
202
あなたにおすすめの小説
聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います
登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」
「え? いいんですか?」
聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。
聖女となった者が皇太子の妻となる。
そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。
皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。
私の一番嫌いなタイプだった。
ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。
そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。
やった!
これで最悪な責務から解放された!
隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。
そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
私を虐げてきた妹が聖女に選ばれたので・・・冒険者になって叩きのめそうと思います!
れもん・檸檬・レモン?
ファンタジー
私には双子の妹がいる
この世界はいつの頃からか妹を中心に回るようになってきた・・・私を踏み台にして・・・
妹が聖女に選ばれたその日、私は両親に公爵家の慰み者として売られかけた
そんな私を助けてくれたのは、両親でも妹でもなく・・・妹の『婚約者』だった
婚約者に守られ、冒険者組合に身を寄せる日々・・・
強くならなくちゃ!誰かに怯える日々はもう終わりにする
私を守ってくれた人を、今度は私が守れるように!
【完結】転生したら登場人物全員がバッドエンドを迎える鬱小説の悪役だった件
2626
ファンタジー
家族を殺した犯人に報復を遂げた後で死んだはずの俺が、ある鬱小説の中の悪役(2歳児)に転生していた。
どうしてだ、何でなんだ!?
いや、そんな悠長な台詞を言っている暇はない!
――このままじゃ俺の取り憑いている悪役が闇堕ちする最大最悪の事件が、すぐに起きちまう!
弟のイチ推し小説で、熱心に俺にも布教していたから内容はかなり知っているんだ。
もう二度と家族を失わないために、バッドエンドを回避してやる!
転生×異世界×バッドエンド回避のために悪戦苦闘する「悪役」の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる