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第3章

70話 宣戦布告

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「この世の破滅…とは?」
「それについては私も相談したいと思っていたのだ。猊下は知っておられるか?ここ最近の様々な変化を…。」
「ええ。戦争の気配…食糧の不作…民たちは敏感に環境の悪化を感じ取っています。だからこれほどに教会に縋っている。しかしそうした変化もタケル殿が拘束されているのだとすれば納得がいきます。」

そう言って教皇は目の前に置かれたいたお茶を口にする。
大きな戦争が起きる…ということは今まで起きたことのないことだった。なぜならそうなる前に様々な自然災害が戦争が起きそうなタイミングで発生し、それどころではなくなるからだ。
この世界ではこのようにして、今まで奇跡のような超常現象が平和を保ってきた。そしてそれは神の御技であることを疑う者はいない。

食物の不作については直接の原因はわからない。だが、数々の奇跡を起こし、時には地形を変化させたりしていたタケルがこの世界の調和に関係しているとしてもなんら不思議はない。
でも…俺はそれよりあのタケルが今そばにいないことが何より耐え難いことだった。不謹慎かもしれないが戦争より不作よりタケルをただ助けたい。つい拳に力が入る。

「何かタケルを助ける手立てはないものでしょうか?」
「力で解決しようとすれば、それもまた破滅に至るでしょう。ですから…良い方法がないか私も調べているところなのです。もう少し私に時間をいただけませんか?」

教皇はそう言ってキーレンを見た。言外に戦争を食い止めてほしいと言っているようだ。

「もちろん。それまで私もできる限りのことをして和平交渉をしようと考えている。戦争を起こして一番苦労するのは民なのだからな。」

キーレンは間髪入れずに教皇の言わんとしていることを察して返答する。
タケルを救う手立てが見つかるのならなんでもいい。俺はなんだってやるから、どうかタケルを助け出す方法を見つけてほしいと教皇に深々とお願いをして、俺はキーレンとともに大聖堂を去った。





それから2週間ほどして、ようやく教皇から呼び出しの連絡があった。
しかしその間にも事態は次々と起こっていて、気がついたら2週間経ったことにも驚いた。

大聖堂に赴いた次の日。
魔族以外の人種で構成された4カ国での初めての国際会議が計画された。大きくなってきた打倒帝国の世論に押され、ファーレンから各国に呼びかけたらすぐに決まった。
しかし驚いたことには、どこからか聞きつけた帝国からも連絡があり、国際会議に帝国からも宰相がくることになった。直接交渉できるならそれに越したことはない。ファーレン側もそれを受け入れることを既に決めた。

ちょうど大陸の中心にあり、帝国に近いことからファーレンの首都が会談場所となった。俺もキーレンの手伝いで色々と立ち回る日々が続く。タケルを助けるために今すぐできることがないので、家で悶々としているよりもこうしてキーレンにこき使われることが返ってありがたかった。



そしてそれから3日後、急な提案にもかかわらずこの世界の全ての国の代表者が集まり会談を行う、この世界始まって以来の国際会議が開催された。
目的はもちろん帝国への敵対行為の即時停止だったが、事態はより悪化することとなる。

俺はファーレンの代表として会議に参加することとなったキーレンの警備として、会議の時にもキーレンのそばを離れなかった。そのおかげで一部始終を見ることになったのだが…想像していた以上に帝国の宰相は禍々しく、世界侵略の意図を隠しもしない傲岸不遜な態度だった。

「私は魔帝国カーボニアの宰相を任されております。グラファイトと申します。皆様以後お見知り置きを。」

そう言って優雅にお辞儀をした後、会談の場であるにも関わらずソフトハットを外さないグラファイトと名乗る帝国の宰相は2人の魔族の護衛を引き連れて指定された席に座った。だが丁寧なのは最初だけで、話していることは全ての国への宣戦布告とほぼ変わらなかった。

「あなた方は選ばれた優性種たる我ら魔族の指導に従って生きるのが、最も幸せなのですよ。黙って我らに従いなさい。」
「グラファイト殿!いくらなんでもあなたの発言は目に余るものがある。」
「そうですわ!いくらなんでも1国で4カ国を相手にするつもりですの?発言の撤回を要求いたします!」
「2人の言う通りだ。グラファイト殿、これは大きな戦争になるぞ。そうなれば戦争を仕掛けた国がどんな目に遭うのかあなたも知らないわけはあるまい。」

グラファイトの暴言に真っ先に反抗する各国の代表。けたたましく非難されているのにも関わらず、相変わらずその非難の対象である男はニヤニヤした顔を止めることはなかった。

「フフフフフ。もちろん知っておりますよ。自然災害が起きれば戦争を起こす余裕もなくなりますものね。でもね…そんなことは絶対に起きない。もう二度と!なぜなら!神はこの世界には「もういない」からだ!」
「やはりお前たちが捉えているのだな?」
「そうですよぉ?キール王子。あなたの仲間だったんでしたっけねぇ?」

一瞬興奮したようだが、すぐにこちらを向きニヤニヤした顔をキーレンに向ける帝国の宰相。
そばに控えていた俺は怒りで目の前が真っ赤になったのを感じた。思わず手で剣の柄を握りしめる。

「おお、おお。私を切り捨てるのですか?どうぞどうぞやってみてごらんなさい。」
「やめろ、クリス。ここでこの男を害すれば、戦争の口実ができてしまう。」

ハッとして剣から手を離し、ぐっと拳を握りしめる。
呼吸を意識して深くし、上昇した血圧を努めて下げる。

「おや、残念。でも、どっちにしろ戦争は避けられそうにありませんねぇ?こちらの皆さんへの要求は即時降伏ののち我が帝国への編入です。拒否するようであれば我が国は皆さんに宣戦布告します。もちろん、神の奇跡は期待しない方が賢明ですよ?軍事力も経済力も我が国は今や圧倒的に世界一!大人しく従った方が良いでしょう。」

一人で捲し立てるように話すこの男はすでに狂っている、と思った。何かに執着し己を見失っている。
そんな男が宰相をしているカーボニアという国は、きちんと国として成り立っているのだろうか?

当然の結果だが、初めての国際会議は決裂という形で終了し、一方的に宣戦布告してきたグラファイトが退室した後は残った4カ国で、改めて軍事条約の締結やファーレンに軍事力を集結させることなどを話し合っていた。
帝国への不安感がそうさせるのだろう。散々各国の代表の不安を煽り去っていったあの宰相の思い通りなのかもしれない。そう考えると一抹の不安を感じざるを得ない。

会議の後もキーレンのそばにつき、ジェレミアとともに様々な雑用や訓練の教官として緊急招集された兵士の訓練などをこなしていった。
タケルの救出に全く動けないことに焦燥感はますます増していく。
かつての誘拐事件の解決の際にはいいタイミングで「お告げ」があっていつもヒントを与えられていた。それも当然のことながらない。一筋の希望を抱いて毎日祈りは欠かさないが、あれから一度もお告げは降りてこない。

そんな中の教皇からの呼び出しだった。
俺はタケルがいなくなってからずっと下がり気味の気持ちに、鞭を打つように体をお越し、2週間前と同じようにキーレンと共に訪れた。

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