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第2章

51話 帝国の宰相と口論する俺

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キーレンの騒動が収まってから1週間が経った。
新聞ではいつの間にかキール第2王子の疑いについて書かれた記事は姿を見せなくなっていたが、1週間前の審査会でのことは一切記事になることはなかった。
まるでなかったことにされている…新聞が平気で事実を伝えないことが気持ち悪い。

人は自分事でないことなどすぐに忘れる生き物だ。
だからつい先日まであれだけ世論がキールバッシングになっていたのに、報じられなくなった途端にもうなかったかのように静かになった。まるで熱病のように、些細なきっかけで急激に熱して、ほんの数日で冷めていく。
しかし、キール第2王子が審査会で潔白を証明したことが記事に書かれているわけではないので、国民の奥底に王族への不信感は残り続けるのだろう。全く嫌になる。
こんなことを続けていたら、段々と国がおかしくなってしまうんじゃないだろうか?





今日はクリスと別行動で俺は家の掃除や食事の準備をすることにした。クリスはここのところ体を動かしていないからと言って、大聖堂の神殿騎士たちが訓練している訓練所で汗を流すために出ていった。

夕方ごろには戻ると言っていたので、軽く家の掃除をしたあと俺はカレーの準備をする。
カレーは作ってから少し時間が経つと美味しくなる。だから早めに作って置いとこう。
ちなみにカレーのルーはこの世界では売られていないので、これも俺の神権限で創造させてもらった。

ナビーに聞いたところによるとこの世界であるもので構成されているものは、なんでも再現できるとのことだった。他にも何が創造できるのか後でよく研究しておこう。他にも美味しいものやだけでなく、便利なものなんかも再現できると、ここでの生活が便利になるしな。

さて、カレーを作ろう。
この世界には豚と似たようなピギーという動物が家畜として育てられている。
ピギー肉をバターで炒めて、刻んだジャガイモ、にんじん、玉ねぎを加えて炒めていく。
カレーほど単純に作れてかつ美味しい食べ物はない。しかも拘ろうと思えばいくらでもこだわれるので奥が深いところもまたいい。

俺は現実世界でもよく両親にカレーを作っている。コーヒーを入れたりソースを入れたり、納豆を入れたりもしてその時々で工夫をするので両親には喜ばれている。まあ簡単だからあまり褒められても申し訳ない気持ちになてしまうのだけれども。

具材が炒まったら、水を加えて魔道具のコンロで加熱する。
アクを取り、沸騰したら弱火にしてルーを溶かす。
…ふう。ここまでできたらあとは弱火でコトコト煮込むだけ。じゃがいもが溶けないように時々鍋の様子を見ればいいだけだから、何か他のことでもしようかな。
最近ウーヌス村の様子もみてないからちょこちょこっとみて、たまには村長にお告げでもするか。

そう思ってダイニングのテーブルに着いたら、目の前に見知らぬ男が座っていた。

「突然の訪問失礼する。あなたが神か?」





突然現れた男はさも自分の家であるかのように寛いで椅子に座っている。
ソフトハットを被り、高級そうな魔導ローブに身を包んだその魔族の男は、おそらく魔族の中でも高位の者なのだろう。転移魔法で俺の数々の魔法防御網を掻い潜り、突然俺の目の前にやってきたこの男に、俺は警戒する。

「そう警戒しないでください。私は魔帝国カーボニアで宰相を務めておりますグラファイトと申します。もう一度聞きますが、あなたが神ですか?」

にこやかに話しかけてくるが、目は全く笑っていない。
ここで適当に濁しても時間の無駄になると察して、正直に認めることにした。

「そうだが?なんでわかった?」
「今はそのようなことはどうでもいいのです。ただ神が顕現されたことを悟ってこうして参じました。ああ、ご心配なく。今は帝国でもあなたのことを知るものはごくわずかです。」

男は立ち上がり、深く腰を折って礼をした。とても丁寧な姿勢だが…。
しかしこの男がただの信仰心で俺の元に来たとは到底思えない。

「なんの用で来たんだ?」
「用?そうですね…。まずは一度顔を確認しておこうと思いまして。これからの最終目標ですから。」
「最終目標?」
「世界を魔帝国カーボニアの元で統一する。その最終目標があなたの排除、です。」
「絶対そんなことはさせない!なぜそんなことをする必要がある?俺はこの世界が平和になって欲しいだけなのに!」

俺が激昂して言葉を荒げると目の前の男は目の前でちっちっと指を振り、まるで子供に諭すような言い方で反論してきた。

「平和…今が平和ですか?今までも平和でしたか?」
「俺は時々この世界を見守りながら、大きな戦争や諍いがあったときには介入してきた。少ないものはあったにしてもそこそこ平和だったはずだ。」
「確かに大きな戦にはあなたは介入してきましたね。だが!我々魔族が虐げられ、差別されてきた時代にあなたは介入したのか?」

急に言葉を荒げ、感情をあらわにしたグラファイトに全身の毛が逆立つ。
やばい。こいつ怒らせちゃまずいタイプのおじさんだ…。
言葉は丁寧だが言っていることはグサグサと胸に突き刺さる。
まあ、確かに全部をよく見ているわけではない。
10年単位で時代を先送りしてきたし、ひとまず人類が全滅せずに文明が進むことを第一に神様モードをプレイしてきた。その中には俺が手を差し伸べられなかった悲劇も数多くあるのだろう。

「それは…」
「確かに死にはしなかったかもしれない。だが、人権を奪われ、多くの魔族が最下級の人種として扱われていた時代にあなたは何をしたのか?何もしなかった!私たちは魔王という絶対的な強者の元に集まることでなんとか自分たちを守ってきた。そしてこれからは私たちの時代になる。それが何が悪いというのです?」
「それだと争いは終わらない。」
「そんなことにならないように私たち魔族が適切にこの世界を管理するというのです!人類の優性種たる我々魔族がこの世界を適切に管理・運営して差し上げます!つまりあなたの出番はなし!人を惑わし大事な時に救いもしないあなたは私たちに必要のない存在です!」

「人類の優性種」という言葉に俺は強く引っかかりを感じる。学校の近代史で習った第2次世界大戦のあの国の考え方だ。確か自分たちを優性種とか言って、批判する人や邪魔だと思った人々を大量に虐殺したんだ。
こいつが言っていることはそれと何も変わらない。
そもそも自分たちが他の人種より優れているなど、勘違いも甚だしい。
最初の方では自分の管理の至らなさに少し落ち込んでいたが、こいつのいう通りには絶対にしてやらない!と反応する気持ちを強くした。

「適切に管理というが、実際には子供を誘拐したりしているじゃないか!犠牲者を出すことがおかしいとは思わないのか?」
「統一までの些細な代償です。それでもあの時代に比べればまだまだぬるいものです。」
「確かに俺の管理が甘かったかもしれない。でもそんなことは間違っている。特定の人種が世界の頂点になって一方的に管理するのは間違っている!」

それまでにやにや俺を侮蔑する顔で話していたグラファイトが、急に顔を真っ赤にしながら鬼のような形相で怒鳴ってきた。やっぱり豹変するタイプだった。

「黙れ!今更出てきて人間に肩入れしている神など必要ないというのだ!」
「この世界は俺が一から作って、少しずつ大事に育てた世界なんだ!絶対に離れないぞ!」

多くの失敗した世界の上にようやく手塩にかけてここまで育てた俺の世界。それをこいつらのいいようにさせて、干渉できなくするなんてこと絶対にさせない。
しかしグラファイトは俺の言葉を鼻で笑って切り返してきた。

「ふふっ!いいか、我々はお前の力を研究して対策を立ているところだ。そして、この世界から永久に神を排除する。覚えておくがいい。」

言いたいことを一方的に捲し立ててきた帝国の宰相は去るときも一瞬に、目の前から姿を消したのだった。
一瞬の間のことだったが、現実世界でもした事ないような言い合いでどっと疲れ、しばらく椅子から立てなかった。
…しばらくしてカレーを思い出し慌てて様子を見たが、じゃがいもはすっかり形を失っていた。
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