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第1章 後悔と絶望と覚悟と

第14話「私が求める強さ」

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 それは、衝動的なものだった。

 親友達が危険な目に遭っているのに自分だけは一人、危険から避ける事への自己嫌悪。

 危機的状況ながらも感じた疎外感。

 かと言って、肩を並べて戦える実力もない自身の無力感。

 それらをどうにか自身の中で折り合いをつけたいと願う願望。

 助けると言ったが、正直なところどう助けるかなんて考えてもない。

 ただ、気持ちが一人で突っ走って出た言葉だ。

 それでも、長年の親友であるミリアと初恋の相手であるクアンを助けたいと心から願ったのも事実である。

 屋敷を出た時よりも更に雨脚が強まり、身体を芯から冷ましていく。それは、ミリアを追いかける為に走って火照った身体と、自分の行動一つでミリアの今後の人生も自分の人生も左右するという緊張状態からくる熱も冷ましていく様だった。

 大気から濁り、汚染された水がまるで地上の人間達に恨みでもあるかのように殴りつけてくる。

 ましてや、そんな土砂降りの雨の中でミリアを追いかけて走っているのだから尚更天候の暴力に晒される。

 それでも、ミリアを攫った男達を追いかけて走って数十分経った。

 そこは、一言で言うならば崖。

 男達がようやく止まったのはキミウの東に位置する海沿い。

 すぐ下には天候のせいで荒れ、深く吸い込まれそうなぐらい暗く不穏な海がある崖だった。

 崖に衝突したことで発生した波飛沫と雨粒が風に乗り、私の顔に全身に襲いかかってくる。

 散弾の様に顔に強く当たる雨を、近くにあった岩陰に隠れながら邪魔くさそうにコート袖で拭い前方を見た。

 コートで全身を隠した黒尽くめの背の高い男二人。

 その一方の男にまるでお姫様の様に抱えられ、魔法により眠らされているミリア。

 そして、男達の目の前には、都市に来る商人が使う様な木造の辻馬車があった。

 しかも、辻馬車の中はカモフラージュのつもりか大量の木箱に果物やあたらしい武器などが並んでいる。だから、ミリアを連れ去ろうとしていることはすぐ分かった。

 しかし、取りあえず男達を追いかけたものの、こちらは何も持ってないただの小娘である。

 いや、持っているとしてもミリアのブレスレットと首に掛けた魔石の入ったアクセサリーぐらい。

 それで大人の男二人を十二歳になったばかりの少女に倒せるかと言うと十人中九人が首を横に振るだろう。

(どう助けるかだけど……。やっぱり、クアンの言うとおり誰か呼んだ方が良かったのかな……。パパから少し護身術のようなの習ったけど、それで倒せるとも思えないし…… )

 勢いで来てしまったが、今になって考えてみると悲しい事にリスクは高いがクアンの案が一番良かった様に思えてくる。

 それでも、なんとしても助けないといけない。

 一番良いのはミリアを助けて起こし、クアンと合流しつつラウの家まで逃げる事なのだが、バレないように男達からミリアを助け出さないと話にもならない。

(ひとまず第一目標はミリアちゃんに起きてもらう。ん! これで行こう!)

 そうして、ラウが極度の緊張と不安に襲われながらも勇気を出して岩陰からゆっくり男達がいる崖の方向を様子を伺う様に一歩踏み出し――――――「パキッ」。

「!?  おい! 誰かいるのか!!」

 木の枝を踏んだことで、早速バレた。

(ふぇ!? バ、バレた!? いや、バレてない……。バレてない……ばれて――――)

「おい!! いるのは分かってるんだ! さっさと、出てこい!!」

(…………)

 作戦を決めてから五秒ぐらいでバレたラウは茫然自失ぼうぜんじしつしながらも仕方ないので、男達の前に姿を見せた。

「やっぱりお前が来たか」
「……」

(……え? 誰?)

「忘れたとは言わせないぞ! お前が俺にした事を何倍にもして返すって決めたんだからな!!」

 だが、全く心当たりがないのかラウは首を傾げる。

 それもそのはずであり、顔も分からない黒ずくめの男にいきなり自分がしたことを何倍にも返すと言われてもという感じである。

 そもそも、顔が見えていたとしてもその時のラウは黒馬に必死でしがみついていた為、どっちにしろ覚えていなかった。

「お前に吹き飛ばされた奴だよ!」
「?」
「クアンと口論になってた奴と言えば分かるか? そういえばまだ名前を言ってなかったな、俺はサマギマって言うんだよ。良く覚えとけよ? お前を殺す男の名前なんだから! ふははっ!!」

 それを察してかどうかは分からないが、ラウに向かって喋っていた細身の体格で金髪の指や耳にアクセサリーを付けているサマギマがフードを勢い良く取った。

 もう一方の細身であるが寡黙な男はミリアを脇で抱えながら横で二人の様子を観察するかの様に佇んでいる。

「私はまだ死ねないし、殺される理由も無いの!」
「ふん、精々吠えていればいい。どうせお前はなにも出来ないんだからな」
「そんなこと無い! 私が皆を守るんだから!!」
「守る? ふははは、守るときたか! お前が!? ふははッ!!」

 サマギマがラウの言った事が、まるで見当違いの事を言っているかの様に心底可笑しそうに笑う。

「な、なにがそんなに可笑しいの!」
「いや? お前が誰かを守る? 馬鹿言わせんじゃねぇよ。守るって言葉は力ある奴が力無い弱者に言う言葉なんだよ。お前達の中で一番の弱者はお前じゃねぇか。結局、守る助けるって言うことで、無責任な期待を周囲に押しつけて、勝手に自己満足してる単なる無責任な偽善者なんだよ。お前は」
「そんな事ない! 私は、絶対守ってみせる!」

 ひとまずミリアが無事な事を確認し、今すぐに助けたいがバレてしまい、サマギマが絡んで来る以上ミリアをすぐには助ける事は出来そうに無い。

 ラウは意気込みを叫ぶ様に答えるが、サマギマが不敵に笑みを浮かべ、まるで良い提案を思いついたとでも言いたげに大袈裟に話し出す。

「ふははは! ああ、そうだその勢《いき》で自分の思ったことをやって絶望する姿を俺に見してくれ! そうそう、良いことを思いついた。なぁ、お前はこの娘を助けたいんだろう? だったら一つ、ゲームをしないか?」
「おい、そんな計画は――」
「チッ……。これぐらい、いじゃねえか。ああ、そうそう。まあ、断っても良いぜ? その時はお前が守ると豪語したこの娘がどうなるかはしらんがな」

 サマギマの突然の発言に口を出した男だったが、サマギマによってすぐに黙らされた。

 そのことに気分を一瞬気分を損ねたように舌打ちをするが、黙ったことですぐに気分を良くし、ゲームという提案にミリアを人質として強制的に招き入れた。

「――ッ! やめて! ミリアちゃんに危害を加えないで!! 代わりに私が罰でも何でも受けるから!!」

 自分の親友が、自分の行動の所為で男達に酷い目にあう。

 それを想像し、ラウは焦った様に別の案を提示する。

「いやいや、お前じゃ意味が無いんだよ」
「な、なんで!?」
「何故って? なに、簡単な話だ。お前にそこまでの価値は無いからだよ」
「なッ!? …………こ、侯爵家の娘でも?」
「くはははっ! そんなもの、この娘の価値に比べたら何の価値もねぇよ。何せ、この娘は――――」
「おい、喋りすぎだ。いい加減、本題に戻れ」
「……ッ、まあいい。それで、分かるよな? 侯爵家の娘さん?」

 寡黙だった男がそれだけはやめろと、唐突にサマギマの言葉を語彙を強くし遮った。

(ミリアちゃんには、まだ私達に話してない秘密があるってこと? それとも、ミリアちゃん自身も知らない事がある?)

「……分かった。それで、ゲームって?」
「そう、それでいい……。なに、簡単なゲームさ。ここから近くに森がある。そこで一定時間内に魔煌石まこうせきをここまで取ってきたらお前の勝ち、この娘を返そう。俺がお前を制限時間内に捕まえたら俺の勝ち、この娘は俺たちが連れ去る。どうだ? やるか?」
「制限時間は?」
「……そうだな、あの時計塔が鐘がなるそれまでに持って来い。いまからだと大体三時間。それまでに魔煌石を持ってこの男に渡せ」

 魔煌石まこうせきとは鉱石の中では珍しく暗闇でも淡く黄蘗色きはだいろに光る鉱石であり、魔力を鉱石内に注ぎ込むとその量、鉱石の大きさによって夜道でも明るく感じる程の光を発光するようになる。

 しかし、魔煌石は気温が高い所や遺跡などのジメジメとした土の中で長い年月をかけ、ゆっくりと鉱石となる。

 そのため、発掘される場所が限定的となる。

 一応、キミウの都市の近くにある遺跡にはあるが取れる他に比べ極端に数が少ない為、鉱山として収入を得るために採掘するのには向かない事が分かっていた。

 魔煌石。

 それは高額に取引され、上手く売れば一攫千金も得られることもある鉱石。

 多くの冒険者が手早く億万長者になろうと求めた。

 だが、その多くが失敗した。

 欲張ってその鉱物を好むある魔物に手を出したことで。

 そう、それは金を呼び寄せ、人の欲望を引き出す。

 そして、実力さえあれば億万長者になれる可能性のある鉱石。

 ―――――手に入れる事が出来れば、の話だが。

 今、ラウ達がいる所から少し離れた所に鬱蒼うっそうと佇む森が存在する。

 そこへは魔物が跋扈ばっこする都市外に出る必要がある。

 しかし、この提案を断り、今の状況から無事にミリアを助けられる程楽観視もしていない。

 だからこそ、嫌でもこの提案を受けるしか無かった。

「分かった。でも、そのゲームに参加している間、絶対ミリアちゃんに危害を加えないで! あといい加減ミリアを離して!」
「ああ、いいぜ。お前さんもいいだろ」
「……あぁ」

 サマギマが後ろに佇んでいる男に向かって首を横に向け問いかける。

 その問いかけを了承した様にミリアを辻馬車の荷台に横たえる様に置き、その横にまたしても俺は干渉しないとでも言いたげに佇む様に居座った。

 ミリアが男から離れたことでひとまず安心する。それに自分がこのゲームとやらに勝てば全面的に信用する訳では無いが、ミリアを解放するようだ。

「それで、もう移動するの?」
「ふははは、そうだなぁ。早速、移動するか。じゃあ、あとは任したぜ?」

 サマギマがこっちだ、付いてこいと言わんばかりに前を歩き出した。ラウはその後を数歩程離れながらも続き、名残惜しそうにチラチラとミリアの方を心配そうに見た。

(大丈夫、絶対に助けるから。待っててね)



 暗く深い森。

 暴力的な降雨の音が響き、森に生息している動物の声や息遣いも聞こえない。

 雨音と不気味な程静かな、奥深くまで見渡す事も出来ない暗い森がそこに悠然とあった。

 キミウの都市外に広がる森林地帯。

 その全体の約三分の一を占めるこの森は正式ではヤウス森林。

 ラウは知らない事だが、木々の葉が積み重なるように光を遮る事で昼間なのに全体的に暗くその暗闇に適した魔物が存在することから、冒険者内では常闇とこやみの森と呼ばれていた。

「魔煌石を見つけたら、必ずミリアちゃんを返して!」
「ああ。まぁ、お前が見つけられたらの話だがな」
「!? ……どういうこと……!」

 含みのある言い方に思わず聞き直してしまう。

「いや、なんでもねぇよ? ただ、お前が見つけられなかったらあの娘は俺達が貰う事を忘れるなよ?」
「分かってるよ! でも、そうは絶対させないから!」
「ああ、そうだな? そうこなくっちゃなぁ? それじゃあ、俺はここで少し待ってやるよ。せいぜい襲われて殺されないように気をつけるんだな!」

 その声が森全体に反響するように響き渡る。

 ラウは森に向かって恐る恐る一歩また一歩と歩き出した。



 森に入ってから数分。

 この森に力も無いのに入ってはいけない。それを入ってからすぐ感じた。

 暗い森から誰も居ないはずなのに感じる視線。

 静かな森全体から響く木々に当たる雨音と風で擦れ、笑うかの様にざわめく木々の音。

 要素全てが森の不気味さを際立たせる。

 森の中を出来るだけ急ぎつつも物音を立てない様にしばらく走った所に、神代遺跡と呼ばれる所々劣化によりボロボロになった遺跡があった。

 それは各地に点々と存在し、いつからあるのか。

 存在する場所の規則性はあるのか。

 そこで稀に取れる通常よりも強い武器はどこから入ってきているのか等、多くの考古学者が解明しようとしているが未だに多くが分かっていない。

 遺跡は地下深くまで張り巡らされている物もあれば、塔の様に天高く直線状に伸びている物、世界中を漂いごく稀にその姿を見せる空中に浮かぶ要塞のような構造の物など様々な形を持っている。

 今回ラウが魔煌石を求めて見つけた遺跡は、多くの遺跡と同じ一定階層ごとに環境が変わる数多くある神代遺跡内ではごく普通の遺跡だった。

 ただ一つ違うとするならば、それはまだ誰にも攻略されていない。

 まして、全体で何層あるかも分かっていない未攻略神代遺跡だということだった。

 そんな遺跡に不安と恐怖を抱きながらも足を踏み入れた。

(なに……。ここ……暗い……。まるで、別世界にでも来たような……)

 遺跡内は大人の人が三人手を横に伸ばしても足りる程の幅、天井も大人を二人縦に並べてもまだ余りがあるほどの広さがあった。

 また、他の冒険者が入ったのか硬く固めれた土の壁が続く道には松明が所々に点々と置かれている。

 しかし、明るさはあるが広さが広さのためそれでもまだ暗い雰囲気は拭えてはいなかった。

(……はっ! 惚けてる場合じゃ無かった、早く見つけないと! でも鉱石だって言うから、それっぽい所に入ってみたけど……。これ、どうやって掘れば……)

 私は自身の小さな手と目の前にある硬く固められた土壁を交互に見た。

 制限時間を帰りも含め考えると悠長な事をしている時間は無い。

 それは自分がよく理解している。

 しかし、魔煌石を手に入れるとは言ってもどこにあるかも分からなければ、可能性があるとすれば埋まっているのはこの固めれた土壁の中。

 でも、こんなとこを素手で掘るなんて無理だ。

 下手すれば、手が血だらけになって掘っても一個も見つからないなんて事になったら目も当てられない。

 それに、もうサマギマも私を見つけに動き出している頃だと思うし。

(だとすると、少しでも可能性のある下層に行くしか……。どうにか魔物に見つからない様に行動しないと……)

 そこから時々猛烈に嫌な気配がしたら道を変えるなどを繰り返し、若干迷子になりながらも徐々に階層を降りていった。

 十階層ぐらい降りた頃だろうか。

 来た道よりも一層暗くなり土の道からまるで草原の様な開けた階層に辿り着く。

 そこは、薄緑色の淡い光が点々と舞っていた。

 しかし、道中で手に入れた松明を前方に翳しても、前方は暗闇に飲まれ見る事が出来ない。

 その場所は暗闇と淡い光が舞うことで、まるで星空を見ている様な幻想的な風景が広がっていた。

(なにこれ、綺麗……。星空みたい……でも……)

 そこまで考え、目の前に広がる吸い込まれそうな程に黒い闇が広がる道の先を見る。

 これまでは松明が壁に点々とあった為、暗いながらも明るさはあった。

 しかし、この先は松明のような物は一つも見当たらない。闇だけがそこには存在していた。

 だからからか、ここに来た時点でもう自分を助けてくれる人間なんて一人もいない。

 これから先は何が起きようとも自分一人で解決しなくてはならない。

 もしかしたら、数分後には魔物の腹の中かもしれない。

 パパやママ、クアンにミリアにさえも一生会えなくなるかもしれない。

 そんな死ぬかもしれないという恐怖が一気に押し寄せ、感情に押しつぶされそうになる。

 怖い。

 ただこの感情が私の身体を深い泥水に浸かったかの様に、動きを鈍らせる。

 常々冒険者になりたいとは思ってもいたし、周りに言ってもいた。でも、死ぬかもしれないという恐怖をこんなにも味わった事は今まで一度も無かった。

 死にたくない。

 ここから逃げ出してしまいたい。

 あの三人で笑い合っていたいつもの日常に戻りたい。

 でも、ここから逃げたら本当にあの日常に戻れなくなる。

 クアンはいつもこんな恐怖といつも戦っていたのかな。

 だとしたら私は……。

 恐怖が徐々に身体を侵食して身動きが出来なくなっていくように感じる。

『お前が誰かを守る? 馬鹿言わせんじゃねぇよ。守るって言葉は力ある奴が力無い弱者に言う言葉なんだよ。お前達の中で一番の弱者はお前じゃねぇか。結局、守る助けるって言うことで、無責任な期待を周囲に押しつけて、勝手に自己満足してる単なる無責任な偽善者なんだよ。お前は』

 さっき言われたサマギマの言葉が胸に突き刺さって、返しが付いているかのように取ることが出来ない。

 内心、こうなってる理由は分かってる。

 心のどこかでその通りだと私が納得してしまったからだ。

 私は守る助けると口だけの言葉を並べても、それに応えられる程の力なんて持ってない。

 クアンは冒険者、ミリアもキミウに来るときに魔物を狩った事があると言ってた。

 じゃあ、私は?

 侯爵家の娘という肩書きを持ってるだけの、それを取ってしまえば何も残らないただの小娘。

 武力も無い。権力も無い。策略に長ける頭脳も無い。

 そんな無い無い尽くしの私が誰かを守るなんて……。

 クアン、ミリアちゃん……。私は……どうしたら……。

『ほら、何ぼさっとしてるの? ラウ』

 あぁ、遂に幻聴も聞こえ始めた……。

『幻聴って地味に酷いわね……』
『ふふっ、ラウ? それで、どうしたの? 行かないの?』

 でも、行くってどこに……。

『何言ってのかしら? 貴方が言い出した事でしょう?』
『まぁまぁ、クアン落ち着いて』
『落ち着いてるわよ。ただ、当の本人がこれじゃ私も決心が鈍るってものよ』

 決心? 一体何の………。

『ほんと、この子は……』『ふふふ』

 ……?

『ラウ。貴方が私達を守ると助けると言ったのなら、それを自分自身を曲げる事は絶対に私が……いえ、私達が許さないわ。たとえ、貴方の心が何かに押し潰されそうでも、私達がそれを許さない。ラウ、これは一種の呪いよ。私達が掛けた貴方を縛り付ける鎖。これを解きたいのなら、言った言葉を守ってみせなさい』
『クアンはこう言ってるけど、ラウ? こんなところでもうバテるの?』

 でも、助けるなんて言っても私達の中で一番私が弱い事は分かってたし。
 ……それに、旅に出た所で私が足手まといになる事は薄々分かってたし。

『あら、それこそ何言ってるのかしら? だったら強くなればいいじゃない』
『ラウ。誰しも最初は弱いんだよ? 生まれた時から最強の力を持ってる人なんていない。誰しも何かを成したいという願いが原動力となって鍛錬に鍛錬を重ねて、どこかしら傷ついて傷ついて強くなっていくんだよ。弱いとね、ラウ。自分が大切にしているものは全て奪われる。それとも、ラウはこのまま全てを搾取される弱者の人間のままでいるの?』

 それは、嫌だ。絶対に嫌だ。

 もう私の日常を壊すものは、私から大事なものを奪っていくものは全て。

 ……分かった、もう曲げない。それに、こんな所でへばってたら本当に二人に笑われちゃうもんね。

『『だから、ラウ』』
『『私達を助けて』』

 うん、助けるよ、守るよ。私が二人を絶対に汚させない。二人は私が貰う。大丈夫、もう迷わないから。待っててね、二人とも。

『ふふっ。頑張れ、ラウちゃん』

 そんな声がした。

 心の中に暖かな感情が流れ込んでくるように感じた。

 懐かしい、そしていつも感じてる暖かさのような。

 私はもう大丈夫。

 でも、まだ今の私は弱い。よわよわだ。まだ今は誰でも、全員を守るというのは難しい。

 だから、私は……力が欲しい。

 誰にも汚されない、誰かを守り切れる最強の力が欲しい。

 二人を守れる絶対的な力が欲しい!

 そして、邪魔する物を全て微塵も残らないぐらいに破壊する力が欲しい。でも、その為にはまずミリアを助けないと。

 恐怖で弱くなりかけていた心を立て直し、覚悟を決め目の前の暗闇に歩みをまた再開するのだ。



 もうどれぐらい経ったんだろう。

 暗闇の中を手探りで進み、穴に落ちたり迷子になったりしながら最終的に辿り着いたのはただ、とてつもなく広い空洞のようなところだった。

 天井もどれぐらいあるのかも分からない。

 横の壁には色とりどりの鉱石が所狭しと埋まっており、今までの階層と比べものにならないほど明るかった。

 走って走って走って、どうにかここまで来た。

 それに制限時間内ではまだあるはずだが、もう時間感覚も分からなくなってきている。

 なので早く魔煌石を早く見つけて戻りたいのだが、見たところそれらしい鉱石がない。

 いや、正確には違う。

 あることはある。

 一番奥のまるで竜の巣穴のようなところに巨大な水晶のような鉱物がある。

 だが、問題はそれじゃない。

 その前にこの階層の主のように眠り居座る巨大な鹿のような生物が問題なのだ。

 どうみてもあれは敵対してはいけない生物だという事が分かった。

 ラウの倍ぐらいの穢れが無い純白の巨体に、黄蘗色きはだいろに光る角が歪な方向に捻じれ枝分かれしている。

 それは、あまりにも現実とかけ離れていて角全体が淡くもどこか優しく発光。

 光が周囲の鉱石に反射し、純白の体がそれを吸収しているのか更に神々しさが増している。

 それはラウの存在に気付いたのか、ゆっくりと首を持ち上げラウを透き通った紅い眼に映した。

 その瞳を見つめるが、不思議な違和感を感じる。

(なんだろう……。確かに恐怖……いや、畏怖する気持ちはある。でも、それ以上に優しさ? ……違う。これは……哀しみ? え……どうして……)

 ラウは気づいたら一歩一歩とその生物に足を踏みだしていた。

 何故かは分からない。ただ、自分は怖くないのだと。

 あなたを傷つけることはしないと言うように両手を広げ、ゆっくりと近づく。

 それは、ラウの様子をジッと何か判断するかのように見つめる。

 一歩。

 また一歩。

 それを繰り返し、遂に目の前に到達。間近にその紅い眼を直視した。

 さっき感じた違和感の正体が間近に見る事でより濃厚になる。

(やっぱり、この子……。ただ、温もりを探してただけなんじゃ……)

「私は、ラウ。ラウ・ベルクリーノ。ねぇ、貴方は何でこんなとこにいるの? 何で……哀しそうな眼をしてるの?」

 思わず口からポロリと言葉が溢れた。

 それでも、それはその言葉にも反応せずにラウの心の中までも覗き込むかの様に目の奥をジッと見つめている。

 それはまるで心の中までも見通しているようで……。

(やっぱり、人間の言葉は分かんないかな……。でも、後ろの……多分、魔煌石だよね? どうにか一欠片でも貰えないかな……)

 ラウが若干諦めかけ、他の階層で魔煌石を取ろうと考え出した時、純白の毛がワサワサと視界の端で揺れた。

 ハッと前を見る。

 いつのまにか、それは首を元の寝ていた姿勢に戻すかの様に動かしていた。

 まるで、必要なら取っていけとでも言いたげに。

(これ、取っていいのかな? 取ったらいきなり怒り出したりしないよね? 大丈夫だよね?)

 こんな状況の為、どうしても慎重になってしまうのはしょうがない事だろう。

 しかし、魔煌石を好むある魔物はそれを取ろうとする者を容赦なく叩き潰すと言われる凶悪な魔物だと聞いていた。

 それが、何故ラウには許したのかが分からない。

 もしかしたら、ラウの目をジッと見つめていたのが原因なのかもしれないが……。

 その水晶は間近で見るとまるで上下を地面が縫い止めるかの様に水晶へ絡みついており、まるで何処かへ移動してしまうのを妨げるかの様にも見えた。

 淡く光り、水晶の下の方に向かうほどに黄蘗色が薄れていき、白に近い色へ変化している。

 こんなにも幻想的で、どこか儚い不思議な感情を他者に与える鉱石がある事を初めて知った。

 ラウはゆっくり淡く光る巨大な魔煌石の水晶に近づき、地面に落ちている掌サイズの魔煌石を手に取りジッと見つめてみた。

 これを男に渡せばミリアを助けられる。そんな気分が高揚した気持ちが早くもラウの心の中を徐々に満たし出す。

「ありがとう!! 今度三人でお礼にくるね!!」

 お礼を言おうと笑顔を浮かべ後ろを振り返った。

「あれ? ……ここ」

 しかし、そこには白鹿も空洞のような構造もそこにはなく、松明が点々と並んだ最初に入ってきた土壁の道が続いていた。

 先程の煌びやかに輝く鉱石も純白に光り輝く鹿の様な生物もいない。

(え? 夢? でも……)

 ラウは自身の掌に残る重みと感触の正体を見る。

 その小さな掌には、そこに行ったのは夢では無いのだと、ラウの手に松明の光を浴びてキラリと光り輝く魔煌石が現実なんだったと実感させる。

 綺麗だった。

 ただただ、この言葉が頭の中を巡る。

 満天の星空の様な夜空も、煌びやかに光り輝く鉱石の壁も、そこに君臨していた純白の鹿も。

 全てが綺麗だった。

 あの子だって、力があったからこそ、強かったからこそあそこまで綺麗になったのだと考えると意欲が湧くものだ。

 もう一度、あの場所に行きたい。それで、もう一度。あの子に……。

「ようやく見つけたぜ? どうだ? 見つけたか?」

 あざ笑うような声が遺跡内に反響し響き渡る。

「このゲームの内容は分かってるよな?」
「捕まればいけないんでしょ? だったら逃げきればいいだけ! それでミリアを助けるんだ!!」

 ラウはサマギマに悟られない様に、取られない様にとコートの内側のポケットに魔煌石を押し込む。

「ふふ……。ふ、ははは! いや? お前は助けられないさ」

 口の端を引き上げ笑みを浮かべ、心底おかしそうに笑う。

「なんで? 貴方に捕まなければいいだけのことじゃん!」
「ああ、そうだな。捕まなければいいんだよ、捕まえなければなぁ!!」
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