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第1章 後悔と絶望と覚悟と
第12話「決意と後悔と初恋と」
しおりを挟むラウ達がラキに了承を得て屋敷を飛び出した後。
ミリアを探すため為、ひとまずミリアが住んでいる家へ向かっていた。
ミリアの家に行く為には、大通りにある噴水広場の一本外れた裏路地を通り、約十五分ぐらい走った所にある、街外れの人気の無い林にポツンと一軒建っている。
当初、街外れとはいえ、魔物が出るのでは? 十二歳の娘一人だと危険なのでは? など考えられたのだが、よくよくその林周辺を調査してみると、何やらそこには、いつ誰がやったのかは不明だが魔物避けの結界が張られている事がわかった。
しかも、いくら経っても魔物は出現せず、豊かな自然が広がっているだけだったのである。それでもラキは心配だったのか、ミリアの家を改造したが…。
しかし、中には反対する人もいたが、ミリアが今も住んでいるのは単純にその家が昔の家のようで心地良く、ここに住みたいという個人的ながら強い要望と、家から8分ほどの所にキミウの警備隊兵舎があるというのが理由である。
*
*
*
話は戻り。
ラウの隣には、普段着に雨除けのコートを羽織り、万が一の為にと、赤禍狼を腰に吊るして武装したクアンが。
それに対し、ラウは外行きの格好にコート着た状態である。
「ねえ、クアン。なんでそんな重装備なの? ただミリアちゃんに渡しに行くだけなのに……。しかも、なんか赤禍狼短くなってない?」
確かに、ラウの記憶の中では赤禍狼は、クアンの身長程はあった。
だが、今じゃ見間違える程小さくなっており、以前のが大剣と呼ばれる物ならば、今の状態は大きかった赤禍狼をそのまま縮小し、長剣と言えるほどになっていた。
(え……。なに、病気か何かなの? 武器に病気とかあるのか知らないけど……。それとも、ぶ、分裂したとか!?)
「ああ、この子ね。戦闘中に使ってみたんだけど扱いづらくて 終わった後、独り言で、小さくならないかしら?って呟いたら何故かこうなちゃったのよね。まあ、使いやすいから良いんだけど。それに、もうこれは単なる習慣だから気にしなくて良いわ」
「えっ!? そんな言葉一つで形状が変わる武器なんて聞いたこと無いよ!?」
ラウが、それはもう心底驚いた顔をする。
「それは、私も同感だわ。私も短くなったあと、しばらく頭の整理がつかなかったもの。あれには、ホント驚いたわ……。そういえば、剣から銃や槍に変化とか出来るのかしら?」
「出来たら、凄すぎだよ!?」
(…………。まぁ、ちょ、ちょっと、見てみたい気持ちもあるにはあるけど)
当たり前だが、普通の武器は形状が変化したりはしない。
何故、赤禍狼が変化したのかというと武器に意思があるからなのではと考えられるが、それが絶対に原因なのかと言われるとなんとも言えないところではあった。
因みに、クアンがいつも武器を携帯しているのには理由がある。
それは、旅をしている最中ではいつ何時でも魔物が襲ってくる事が多かった事により、気を抜けない生活をしていた。
そしたら、いつのまにか腰に剣を身に付けてないと違和感を感じる様になってしまったのである。
これは冒険者という職業を行なっている人は大抵がなる、言わば職業病の様なものであった。
「そういえば、ラウ。貴方、私達と三人で冒険者になって、旅に出るって前々から言ってるけど……」
クアンが何かに想いを馳せるかのように、小さく呟いた。
「ん? どうしたの?」
顔をクアンに向ける。
「いや、そうね。世界中を旅できたら良いわね」
「クアン、出来たら良いんじゃなくて、するんだよ!」
その言葉にクアンは、優しい笑みを浮かべながらも、その表情の中にも今後を憂う様な表情を潜ませていた。
(ねえ、ラウ。もし、もしね……)
「クアン! 最初はどこの国に行こうか?」
ラウは将来に期待を滲ませた表情をして未来を語る。
それに対し、クアンは将来に憂虞を滲ませた表情をして将来に思いを馳せる。
(旅に出るってラウは言ってるけど)
「あ! でも、まずは、王国内を旅しないと!」
「そうね。この国だったら、王都にある有数の大迷宮に行ってみるのも良いわね」
(この先、何があっても私を信じてくれるかしら。私を……許してくれるかしら)
「そうだね! じゃあ、そこにも行こう! ミリアちゃんにも渡した時に聞かないと」
「ええ、ミリアなら一緒にクゥも連れて行って良いかとか聞いてきそうね」
(貴方達なら、こんな事言ったら本気で怒りそうね。もしかしたら、喧嘩でもするのかしら……それか、一生、口を聞いてくれないかもしれないわね)
「そうだよ、クゥどうしよう。一人じゃ寂しいだろうし、と言っても危険な旅に連れて行くわけには行かないし……」
「旅が終わるまで、ラウの家で面倒見て貰うのは?」
(でも……でもね。これだけは言わなくてはならないのよ)
「それだ! パパとママも許してくれる! と思う……多分……」
「ふふっ……その時は三人でお願いしましょうか?」
(二人に嫌われようと、今後……親友……だと言われることが無くなったとしても。将来の貴方達の隣に私の姿が、無くても)
「うん! あーー! 早く、三人で色々な所、行きたいなぁ~♪」
「ええ、ホントに。ほんと、楽しみだわ」
(何かあったら、私を……)
「じゃあ、早く行こ!クアン!」
(私を……見捨ててね、ラウ。ミリア)
*
*
*
クアンと一緒に家を出てから8分ぐらい経った頃。
裏路地を使い、やけに開けた空き地の様な所に入ろうと路地の角を曲がろうとした瞬間、クアンが先に何か見たのか急停止し、それに伴ってラウの腰に巻いたベルトを掴み後ろに急に引っ張った。
その反動でラウは「グェ……」と何処からそんな声が出るのかと思うぐらい情けない声を出す。
しかし、その引っ張った本人は真剣な表情で先を見つめていた。
そのため、「クアン。言いたい事はあるけど、どうしたの?」と私は言いたい事があります!と内心思いながらも切り出す。
「ちょっと、静かにして」
返ってきた言葉に若干涙目になるラウ。
(ん、分かってた。言われるだろうという事は分かってた……。だから、泣いてないし。目からちょっと水が出ただけだし……)
「う、うん。分かった」
言葉を返した後も、クアンはいつもより真剣な表情で先を見ている。
いつもとは違うクアンの真剣な表情に若干見惚れつつも、その表情に何か感じたのか、ラウもそっと視線を角の先に向けた。
そこでは、空き地の中央辺りで恐怖に震えるミリアの姿。
視線の先には、黒いフードで全身を覆った、黒ずくめの四人の男達。
男達の前には、一人の痩せ細ったリーダー格と見られる男が、ミリアへ歪な笑みを浮かべ、一人で喋っているところだった。
その状況を目で見て、頭の中で現状を理解するのに、そう時間はかからなかった。しかし、理解していても、それでも心は勝手に動いてしまうのだ。
「ミリッ———「静かにしなさい」ッ! でも、ミリアちゃんが!」
大声を出そうとしたラウを慌ててクアンが口を手で塞ぐ。
バレてないかどうかを気にしながら、ミリアのいる方へ視線を向けるが、男達にはどうやらバレていない。
しかし、このままだと、ラウが単身でミリアの元へ行きそうな雰囲気を感じた為、「そんな事は分かってるわ。
ただ、あの男達がこの後どう動くのかが、分からない。ラウ、戦闘する時はいつも最悪を考えなさい。
それに、あの黒ずくめの男達の他にも手下がいるかもしれない。
そんな中に二人で突っ込んでもミリア同様捕まってミリアを助けるどころじゃ無いわ」とラウに今の状況、不安点を伝え説得する。
「じゃ、じゃあどうするの⁉ ミリアちゃん攫われちゃう!」クアンの言葉に耳を傾けていたラウがそれでも、何か案はないかと冷静さを欠いた状態でクアンに顔を近づけた。
このまま問答してても、ミリアも危険だし、キリがないと感じたクアンは「あと、ラウ」とラウの顔を真っ直ぐに見る。その赤い眼には深い後悔と、燃える様な覚悟にも似た何かが宿っていた。
「戦闘中は、どうしよう。どうしよう。なんて、一々考えてる暇は無いわ。刻一刻と状況は変化する。それに対応出来なければ死ぬだけよ。だから、ラウ。どんな時も冷静に物事を状況を把握し、手中に収めなさい。自分が、仲間が、友人が、生き残る最善の一手を模索し続けなさい」
それは、昔、クアンの母に言われた言葉であり、クアンの生きる教訓としてクアンの根底にある言葉だった。
今までクアンが冒険者として、活動していたのは知っていたが、クアンの真剣な表情を間近で見る事は無かった。
だからか、その言葉はラウの心に強く響き、徐々に冷静さを取り戻して行く。そんな、ラウの様子を感じ取ったのか、
「そうすれば、この世の中なんとかなるわ」
と優しく慈しむような笑顔で、クアンは微笑んだ。
*
ドキッとした。
音にすればそんな、陳腐な表現でしか表せない音がした。
私が、初めて経験する感情が徐々に身体中に広がっていく。
頬が熱い。
耳が熱い。
顔中が熱い。
それと同時に胸がズキッと痛みが走った。
なに、これ?
風邪?? え、急すぎない!?
じゃあ……病気!?
……粉薬……ちゅ、注射? ………ヒェ………。
今まで生きてきた中で私が燃えてしまうのではないかと思うほどに熱い。
冷たく降る雨粒で冷やされてる筈なのに、クアンの顔を見るとまた、熱くなってしまう。
でも、それにどうしようもなく喜んでいる自分がいる。
この気持ちは、感情は何なんだろう。
こんな気持ちを皆味わった事があるのかな。
あれ? そういえば……。
昔、ママが言っていた。
『ラウ、恋って知ってる? ドキドキして、胸が熱くなるのよ? 今後の人生でわかる事だけど、貴方にもきっと好きな人が出来るわ。この世で最も大切で、守りたいそんな人が出来る。だからラウ。いざとなったら、自分の直感を信じなさい』
『う、うん? とりあえず、分かった!』
『ふふふっ。まぁ、ラウにはまだ早いかな』
あぁ、これが……。
ずるいなぁ……ズルすぎる。
こんなの、他の人に向けて欲しくないって思っちゃうじゃん……。
私のものにしたくなっちゃうじゃん……。
傍でずっとその笑顔を見ていたいって。
この気持ちが一時のものだったとしても。
この気持ちがこの状況に誘導された偽りの感情だったとしても。
ねえ、クアン。
私達に必死に何かを隠している事も、
将来に恐怖で押しつぶされそうになっている事も、知ってるんだよ?
まぁ、あれだけ一緒に居ればね!?
だからね?
その小さな身体の内に隠してるものが、
私達の関係が壊わすとしても。
この気持ちを抱いた事に偽りはないから。
貴方を誰かが汚そうとするのならば、私は……。
私は————ッ!
*
しかし、ラウが冷静さを取り戻したのは良いとしても、状況は悪い。
何せ、こちらには何も持ってないラウに、戦闘の経験はあるとは言え長剣一本の携えたクアン。ミリアを取り戻したとしてもあの状態じゃロクに戦力にはならないだろう。
そうすると、実質クアン一人であの5人を相手にすることになる。流石に無茶である。
だから、必死に考える。
周囲の状況、天気、周りに転がっている雑多な物、相手の状態、自分の状態。
全てを可能性の一つとして考える。
しかし、状況は無情にも刻一刻と変化する。
そんな時、ミリアがポツリと雨音でこちらからは聞こえなかったが、何かを喋った。
その瞬間、ミリアに手を伸ばしていた男が、笑いを堪えるかのように身体を震わせ、
「ミリア~。お前がそう思ったのは勘違いじゃあ無い。確かに私は一度心肺停止の状態までいったんですよ。ですがね、あの後、アムサ様は私に大変貴重な神の雫を使ってくださりました。そしたら、何が起きたと思います? くふふふ、私の身体は全快し、身体中から力が溢れる様になったのです! しかし、その代償としてあの犬共に聖杯を探すよう要請をされましてね。お陰で、私はこうしてアムサ様の元を離れ、こんな田舎に来たという訳ですよ。だが、それももう終わる! 何せ、一番適性のある貴方が目の前に現れたのですから‼」
と心底愉快そうに喋り出した。
ラウは考え事をしているのか聞いてない様子だったが、クアンは「アムサ?」と呟き、喋り続けている男を見る。すると、痩せすぎて別人と思っていた男が、記憶の中のある男と合致する。それは、クアンにとっても因縁深い相手だった。
歯をグッと噛み締む事で覚悟を決め、クアンは「ラウ、作戦がある。聞いて。私があのリーダー格の男と二人はどうにかして倒すわ。それに、ミリアに最低一人はつかないといけないから、ラウ。あなたは周りの誰かに助けを求めて援軍を連れて来なさい」と呟き、作戦内容を話した。
しかし、普通に言って無茶な作戦であった。
それでも、クアンの目には決意と覚悟が宿っていた。
だから、言う。
「分かった。ただし、絶対に死なない事。生きてればママが助けてくれる。それに、これが終わったら三人で旅に出るんだから!」
クアンには、どんな言葉を言ったところで、止める事はもう出来ないだろう。という事は分かっていた。
だから、肯首する。
するが、「でも、」と言葉を続ける。
「だったら、私も手伝う。クアンとミリアちゃんにだけ危険な目に合わせて一人で安全な場所にいたくはない! それに、もう決めたから!」
クアンは思わず、ラウに目線を向け、ラウの目をジッと見た。
そこには、この先三人でずっといるのだと、守りたいものを守る為の力強い覚悟があった。
最後の言葉はよく分からなかったが、この作戦を譲る気はないという事だろう。
二人の間に雨粒が強く降る音、地面に雨粒が弾ける音が響く。
(ハァー。どうやら、ラウも言ったら聞かない頑固者の様ね。ほんと、頑固者ばっかりだわ)
と内心で思いながらも口元には隠しきれない笑みがある。
「分かったわ。じゃあ、ミリアは任せる。でも、ラウも無茶はしない事! ミリアを確保したらすぐに逃げなさい。それと、困ったらさっきの言葉を思い出す事。分かったわね?」
「うん! ……ねえ、クアン?」
「? どうしたの?」
「助けるからね?」
「? えぇ、ミリアを頼むわよ。ラウ」
作戦は決まった。
だが、あとはどうするかという問題だけが残った。
(不味いわね……。でもこれ以上待っても、雨脚が強まるに連れ視界と足場も悪くなって益々、成功率は下がるわ……)
そんな時、男が後ろにいた黒ずくめの男達に――――、
「では、貴方と貴方にしましょう。この小娘をグリムスに引き渡してください。あと、他の者は私と一緒に来てください。私達はどうやら、鼠を始末する必要がある様なので」
と指示を出し、呟いた。
男達が無言で頷いてから、ミリアを生活下級魔法「眠夢」で眠らしてミリアを担ぎ、どこかへ移動していく。
それと同時に、ラウは作戦通りミリア達を追っていった。
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