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第1章 後悔と絶望と覚悟と
第3話「新たな友達」
しおりを挟むラウとクアンが友達になり、喋りながら急いでミリアの元へ向かっている頃。
正直、ミリアはとてもとても暇だった……。
待ち合わせ場所に着いたはいいものの、何時もだったら早くに来るラウが来ず、更にはお昼ご飯を食べてないからお腹が空く始末。
「ラウ遅いなぁ……。まだ家で寝てるのかなぁ?」
ラウと待ち合わせするときは、いつもこの噴水のある広場で待ち合わせている。
ミリアは自覚は無いが、ラウに言わせると方向音痴な為、人の後ろにくっついていけば大体着く噴水広場が待ち合わせ場所としては良かったのである。
広場の中心にある噴水が勢いよく水を空中へ撒き散らす。
空中に舞った水は陽光で反射し、キラキラと宝石の様な輝きを見せた。
言うなれば日常の宝石と言ったところか。
日常の何気ない風景でしか見れない光景である。
そんな事を噴水を眺める様に配置されたベンチに腰を掛け、小さな足をプラプラとさせながら何気なく考える。
それから、かれこれ三十分ぐらい経った頃。
ラウと赤髪の見知らぬ少女がミリアを見つけて走ってきた。
額には汗が滲み、荒い息をしている事から相当急いで来たのだろう。
それでも、文句は言う。
待たされた者の特権であるならば使わなくちゃ損というやつなのだ。
腰に両手を付け、明らかに怒ってますという態度を取ってみる。
「ラウ、遅いよ~」
「ごめんね、ミリアちゃん! ちょっと色々あって……」
「またなの? この前だって――――」
「ああぁぁぁ~~~!! そ、そうだミリアちゃん、この子を紹介するよ!」
両手を左右にワタワタと動かし、クアンの片手を掴み横に並ぶ。
「この赤髪の少女はクアン。私が助けました!」
「助けたというより馬が暴走して偶然、あの男達に突っ込んだだけじゃ無い……」
「い、いいの! これは最初に言ったもん勝ちなんだよ!?」
「貴女は一体、何と競い合っているのかしら……」
ラウがミリアとクアンの前に踊り出、笑顔を見せた。
長く煌めく銀髪がふわりと舞い、果実の爽やかな香りが鼻孔を擽る。
「さぁ? でも、私はクアンを助けた事に一片の悔いも無いよ?」
「ラウはそう言うけど助けられる側はヒヤヒヤなんだよ?」
「あら、貴女もラウに助けられたの?」
「え……う、うん。ラウとはなんだかんだで付き合いが長いから」
「そう。貴女も大変ね」
同情するわとでも言いたげに額に片手を置き、「はぁ~」と溜息を零した。
「なんか、私の評価が凄く気になるけど……この子、クアンが冒険者達に絡まれてるとこを私が助けたんだよ!」
なんだか一瞬、遠い目をしたラウが気を取り戻し、堂々と言う。
「ええ、本当よ。ごめんなさい、私の事に構ったせいで結構待たせちゃったでしょ?」
「いえいえ、ラウが人助けしてたなら全然良いですよ。……でも、そうなんだ。てっきりまたラウが何かやらかしたのかなって……」
(この子、勘鋭いわね。ラウやらかしたわよ?)
ミリアが言った言葉に内心そんな事を思っていたクアンは早速ミリアと挨拶を交わす。
「初めまして、私はクアン。事情があって今は1人で冒険者をやっている……まぁ、単なる暇人よ」
クアンはそう言って、にこやかに話しだす。
それに対し、冒険者のクアンは兎も角、人見知りのラウよりも更に対人スキルが乏しいミリア。
端から見ても、その緊張度合いは相当のものである。
「ミ、ミリアです。ラウとは幼馴染でいつも遊んでる仲です。よろしくお願いします!」
「ええ、よろしくね。ラウに聞いたけど同い年なんだし敬語じゃなくていいのよ? それと、私の事はクアンでいいから貴女の事もミリアって呼ばせて貰っていい?」
「あ……うん! よろしく、クアン!」
緊張がだんだん無くなってきたのか、自然に喋り出すミリアが満面の笑みを浮かべる。
ここに来るまでに、ラウにミリアの事を聞いてはいたけれど、あまりの不意打ちにクアンの動きが止まる。
「か、可愛い……。ヤバイわね、これは……」
ちなみに、ラウに聞いていた話というのは、ミリアは普段あまり笑顔を親しい人にしか見せないので不意打ちにくると惚れそうなくらい可愛いって事である。
その笑みはミリアのすらっと伸びた綺麗な金髪に、菊の様な薄い金色の目で笑みを向けられると異性でも抱き締めたくなるほど可愛いのだ。
しかも、それを本人は分かってないのだからタチが悪い……。
ともかく、こうしてラウは誕生日までに友達を1人作るという目標を意外とあっさり達成し、ミリアは新しい友達が増え、クアンは初めての土地で親しい友達が出来たのだった。
*
それからというもの、クアンが冒険者の仕事で遊べない日は二人で遊び、休みの日はずっと三人でいた。
だからか、そんな三人が昔からずっと一緒に育ってきた幼馴染の様に感じるのは不思議じゃなかったり。
時に都市中心部に聳え立つ古い時計塔や冒険者ギルドに入ってみたりしたりと三人で色々な所へ行ったが、三人だからこそ楽しいのであって、私一人ではここまでの感情にはなり得なかっただろう。
「そう言えば、ラウ? 近々あなたの誕生日だったわよね?」
「そうだよ~。え、もしかして冒険者の仕事入っちゃって来れなくなっちゃった!?」
ラウが慌ててクアンの方へ顔を向ける。
顔には泣きそうな表情。
クアンは「んなわけ無いじゃない……。親友の誕生日に仕事入れて悲しませる事なんてしないわよ」と若干顔を赤くしながらそっぽを向いた。
そんな、いつもクールに取り繕っているクアンの照れた表情に自然と頬が緩んでしまうラウ。
思えば、最初の頃よりは彼女の事を分かってきた。
何だかんだと文句を言っても、それは照れ隠しである事。
好意を向けられると戸惑ってつい強い口調が出てしまう事。
そして、その事を言ってしまった後に一人後悔している事も。
「えへへ、親友かぁ~。えへへへ」
「ちょ、なにニヤニヤしてるのよ!? そのニヤニヤ顔をやめなさいよ!」
「そう言ってもクアンも首と耳真っ赤だよ? ふふっ」
ラウだけならばまだしも、今度はミリアも弄りだしたので顔が更に赤くなる。
「ちょ、ちょっと、ミリアも意地悪しないで頂戴……」
ラウには強気の口調で言えるが、何故かミリアにはそれが出来ない。
どうやら、ミリアの持つ独特な雰囲気がそうさせるようだ。
そんなクアンの表情を見て満足したのか、ラウが本題へ入る。
「それで、クアン。どうしたの?」
「いえね、何気にラウの家に行くの初めてだしご両親にも挨拶しなくちゃって思って」
「パパとママに? 大丈夫だよ、私のママは怒ると怖いけど普段は優しいし! パパは……頑張って……」
「ちょっ、どういうことよ、ラウ! ミリア、何か知らない!? 急に不安になってきたんだけど」
「まぁ、ラウのパパさんは……まぁ、頑張ってとしか言えないかな?」
クアンはついには唖然として固まってしまう。
只でさえラウは領主の娘という事を最近知ったばかりなのに、その父親は冒険者ギルドを半壊させた男だの、顔が怖い、まさしく悪鬼ようだとも聞いてる。
しかも、肝心の情報源である親友達がはぐらかすのだ。
キミウの冒険者は若い者も多いが、実は年齢が他に比べ高い。
言い換えると実戦経験豊富な冒険者達が多いのだが、そんな彼らは前領主を知っているからこそ、からかい程度にグランを怖がらせて面白がっているのである。
と言っても、グランのベルグリーノ侯爵家との長年の付き合いのある冒険者だからこその信頼関係にも似た軽口の様なものなのだが、若い冒険者には中々理解されずにグラン=怖いが定着していくのだ。完全に熟練層の仕業である。
内心今度、ギルド長のイリーナに色々聞いてみようかしら? と本気で頭の隅で考えだした。
その後、クアンが冒険者に取って命の次に大事な武器を買いに行くと言うので、ラウとミリアは興味本位でついて行く事に。
ちなみにそこはここ、キミウでは一番大きな武器屋で多種多様な武器が陳列棚に並んでいたり、大きな樽に無造作に入れられていたりしている。
「ほぇ~、なんか、凄いね……」
ラウが入ってすぐに置いてあった自分の身長よりも高い槍を見上げて小さい口を大きくあんぐり。
そんな様子を見て、クアンは自分もここに来た時はこんな感じだったのかなと頭の片隅で思う。
クアンが最初にキミウでこの武器屋に入ったのは最近の事だが、それでも元いた場所の武器屋と比べると量、質共に圧倒していた事を鮮明に覚えている。
「うわぁ……、キラキラ光ってる宝石が付いてる杖が沢山……」
その横ではミリアが、杖に付いた宝石を見てビックリしている。
戦う武器に宝石が付いてるとは思わなかったからだ。
実際、魔石が付いている武器は数多くある武器の中でも珍しい分類に入る。
だからこそ、扱うのに時間がかかる為、ここキミウでも使っている冒険者は少ない。
「それはね、魔石って言って、魔物から偶に取れるのよ。取った時はあんまり綺麗じゃないんだけど職人に磨いてもらうと宝石かと見間違えるぐらい綺麗になるのよ」
豊穣神マリアージュという深縁の女神が長杖をよく使われたという逸話から長杖は女性が使う物というイメージが定着した言われがある。
杖は主に魔法使いが魔力を安定させ、術式を放出する際の座標固定を容易とする為に良く用いられる。
では、男の魔法使いはどうするのかというと二十cm程の短杖を使う。
これにも聖刻の神ヴャルーザ・オーヌスという昔の英雄が死して男神として神々に迎えられた伝承から由来する物だ。
長杖の通り、こちらもオーヌスが主に使っていたのが短杖だったのだ。
ただし、彼が使っていたのは今の短杖の二倍の長さのある短杖。
ここまで言ったが、実の所、長杖はイメージが女性が使う物として定着しているだけなので勿論男性で使う者もいる。
逆もまたしかり。
さらに短杖で言えば、男性でも女性でも使う人が多い為、一般的に短杖を使う魔法使いが多いのは事実だ。
しかし、それが実戦で使い物になるかは、また別の話ではあるが。
なお、これらの二つの杖は魔法学園に通う生徒に主に購入されるのが殆ど。
比率で言えば六対四で魔法学園の生徒が買うのだからキミウではあまり売れなかったりする。
「凄いね……、私も冒険者になろうかなぁ……」
それは聞き逃すほど小さな呟きだったが、どこぞの誰かさんと同じくその地獄耳で聞いた少女は将来の夢を話し出す。
「ミリアちゃん冒険者になるの!? だったら私もなる! それで三人で色々な所を旅したいなぁ……」
ふと思い付いた少女のささやかな願望。
この言葉から少女達の未来が決まった事など誰もこの時は思わなかっただろう。
「あら、いいじゃない。そうね、この三人で旅するのも楽しそうかもね。もう私は冒険者だし後は二人次第かしら」
「私は誕生日の時にパパとママに頼んでみようかな、ミリアは!?」
「わ、私は……。うん、そうだね、旅したいね」
どこか逡巡した後、絞り出す様にして吐き出した言葉は空中で儚く溶ける。
少女の瞳には戸惑いと迷いが写し出されていた。
それが目の前にある透明な淡い魔石に映り込み、自身に自覚させる。
これでいいの? と。
もう一人の自分が呟くみたいに。
「ウォフォン!!」
すると、武器屋のお爺ちゃん店主であるドワーフのムグルが部屋の奥から如何にもな注意の仕方をしてきた。
顔に伸びきった髭を伸ばし、堅気気質な不機嫌顔でふんと鼻を鳴らす。
だが、基本的には気のいい単なるお爺ちゃんなのだが、騒ぎすぎたのだろう。
注意してくるのも、納得出来る。
ラウとミリアを交互に見た後、この中で唯一知り合いのクアンに視線を向け聞いてくる。
「それで、クアン。お主、何を買うんじゃ?」
思っていた通りの嗄れた声。
お爺ちゃんだ。
「あ、じゃあムグルのおじちゃん。やっとお金貯まったから前々から言ってたアレ頂戴?」
以前から知り合いの様子のクアンが親しげに話し出した。
「おお! やっとか! アレを扱えるのはお主ぐらいだろうし、やっと扱える者が現れたのに倉庫に置いておくのも忍びなくてなぁ……」
その後に続いた言葉にムグルと呼ばれたお爺ちゃんは一転して、無邪気な子供っぽい笑みを浮かべる。
ドワーフという種族自体珍しいのだが、種族全体を通して言える事は職人気質で自身が認めた人物にしか武器を売らないというなんとも非常にめんどくさい種族であるという事だろうか。
言うなれば、モノづくりには六割方ドワーフが関わっているというのだから、どれだけ加工生産に関わって来たのかが分かる。
「分かった、分かったからよろしく」
「おう、ちょっと待っとれ」
まるで子供の将来を心配するかのようにするムグルを見て、これは長くなりそうだと感じたクアンは急かす。
すると、ムグルは急ぐ様にカウンターから奥に消えていった。
「ねぇ、クアン。アレアレって言ってたけどなんのことなの?」
「私の新武器よ、前々から目をつけてたんだけど剣が所有者……まぁ、主人を決めるから滅多に使えない武器なのよ」
「え? 武器が決めるの?」
ミリアのご尤《もっと》もな質問。
この世界に武器自身が所有者を決めるなんて聞いた事ないのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
「そうよ? でも、こればかっしは実際に見てみないと分からないでしょう。でも期待して良いわよ? 私の新しい相棒になる子なんだから♪」
そう言うとラウとミリアは目をキラッキラッさせている。
それはもう、キラッキラッだった。
明らかに、好奇心を含む瞳から早くその武器を持っているクアンを見たいと伝わってくる。
そんな純粋な好意を向ける二人の姿に、クアンはちょっと恥ずかしくなってしまう。
そうこうしていると、ムグルがその武器を持って戻ってきた。
それは、まるで燃えるように紅く、それでいて細部には朱色に染まった紅葉を思わせるような鮮やかさを持つ、クアンと同じ身長ぐらいの大剣だった。
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