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1 蜥蜴と私
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◇◇◇
「喜べフェリシエ!お前の結婚相手が決まったぞっ!」
麗らかな春の日差しの中。庭で優雅にお茶を楽しんでいたフェリシエは、突然の乱入者に眉をひそめた。
本日のティータイムの主役は、小さな蜥蜴トカゲが一匹。フェリシエの向かいの椅子にちょこんと腰掛けて、フェリシエが用意した特別製のおやつを美味しそうに頬張っている。
フェリシエは思わず溜め息をつくと、立ち上がって淑女の礼を執る。
「叔父様ご機嫌よう。本日は特にお約束していなかったはずですが……私に会いたいのでしたら事前に連絡をとっていただかないと困ります。おもてなししようにも、ここには気の利いたメイドもいませんもの」
もちろんこの失礼な叔父を最初からもてなす気などさらさらない。嫌みも込めて、遠回しに帰れと言っているのだ。だが、鈍い叔父は気付かず、ますます大声で捲し立ててくる。
「もてなしなどいらん。それよりもお前の嫁ぎ先が決まったのだ。どうだ、嬉しいだろう?またとない良縁だぞ。ありがたく受けるがいい」
唾を飛ばしながら大声で捲し立ててくるので、思わずさっと扇を広げてガードしたが、扇はあっという間に叔父の唾だらけになってしまった。
屋敷から持ち出せた数少ないお気に入りだったのに。……残念だが、この扇はもう捨ててしまおう。フェリシエは扇をそっとテーブルの上に置いた。
すると、小さな庭園中に響き渡る叔父の大きな声に怯えたのか、蜥蜴がトコトコと足元に寄ってきた。
「あら、ごめんなさい。恐がらせてしまったかしら」
フェリシエが蜥蜴を優しく抱き上げ頭を撫でてやると、蜥蜴は目を細めてうっとりとした表情を見せる。一見無表情に見える蜥蜴だが、近くで見ていると実に表情豊かで、ふとみせる仕草がとても愛らしいのだ。
蜥蜴とはこれほど愛らしいものなのか。フェリシエは蜥蜴のあまりの可愛さにスリスリと頬擦りする。
「怖がらなくても大丈夫よ。私がついているわ。誰にもお前を傷つけさせないわ」
蜥蜴はチロリとその長い舌でフェリシアの頬を舐める。
「ふふ。私の言葉がわかるのね。賢い子」
三年前。ここに来たばかりのころは、蜥蜴がこんなに人に懐くものとは知らなかった。何しろ、名前ぐらいは知っていても実際に見るのは初めての生き物だ。そもそも王都にある屋敷では、公爵令嬢であるフェリシエが、生き物を見る機会自体少なかったから。
土いじりも、庭でのピクニックも、無縁の生活。そのため、ここに来た当初は、小さな羽虫にさえ怖がっていた。けれども、王都の屋敷から追放され、メイドもつけてもらえず。一人ぼっちで寂しかったフェリシエは、庭園に現れた可愛い侵入者を歓迎した。
真珠のようにキラキラと輝く鱗に長い尻尾。なにより琥珀色の瞳が優雅で美しく、一目見てすっかり気に入ってしまったのだ。
今では一日中側にいて、夜は一緒のベッドで寝るほど仲良くなった。
「ねぇ蜥蜴。あなたはどこにもいかないで。ずっと私のそばにいてね」
蜥蜴はいつだってその金の瞳にフェリシエだけを映して、フェリシエの言葉にじっと耳を傾けてくれる。
フェリシエはこの小さな蜥蜴が可愛くて可愛くて仕方がなかった。
「喜べフェリシエ!お前の結婚相手が決まったぞっ!」
麗らかな春の日差しの中。庭で優雅にお茶を楽しんでいたフェリシエは、突然の乱入者に眉をひそめた。
本日のティータイムの主役は、小さな蜥蜴トカゲが一匹。フェリシエの向かいの椅子にちょこんと腰掛けて、フェリシエが用意した特別製のおやつを美味しそうに頬張っている。
フェリシエは思わず溜め息をつくと、立ち上がって淑女の礼を執る。
「叔父様ご機嫌よう。本日は特にお約束していなかったはずですが……私に会いたいのでしたら事前に連絡をとっていただかないと困ります。おもてなししようにも、ここには気の利いたメイドもいませんもの」
もちろんこの失礼な叔父を最初からもてなす気などさらさらない。嫌みも込めて、遠回しに帰れと言っているのだ。だが、鈍い叔父は気付かず、ますます大声で捲し立ててくる。
「もてなしなどいらん。それよりもお前の嫁ぎ先が決まったのだ。どうだ、嬉しいだろう?またとない良縁だぞ。ありがたく受けるがいい」
唾を飛ばしながら大声で捲し立ててくるので、思わずさっと扇を広げてガードしたが、扇はあっという間に叔父の唾だらけになってしまった。
屋敷から持ち出せた数少ないお気に入りだったのに。……残念だが、この扇はもう捨ててしまおう。フェリシエは扇をそっとテーブルの上に置いた。
すると、小さな庭園中に響き渡る叔父の大きな声に怯えたのか、蜥蜴がトコトコと足元に寄ってきた。
「あら、ごめんなさい。恐がらせてしまったかしら」
フェリシエが蜥蜴を優しく抱き上げ頭を撫でてやると、蜥蜴は目を細めてうっとりとした表情を見せる。一見無表情に見える蜥蜴だが、近くで見ていると実に表情豊かで、ふとみせる仕草がとても愛らしいのだ。
蜥蜴とはこれほど愛らしいものなのか。フェリシエは蜥蜴のあまりの可愛さにスリスリと頬擦りする。
「怖がらなくても大丈夫よ。私がついているわ。誰にもお前を傷つけさせないわ」
蜥蜴はチロリとその長い舌でフェリシアの頬を舐める。
「ふふ。私の言葉がわかるのね。賢い子」
三年前。ここに来たばかりのころは、蜥蜴がこんなに人に懐くものとは知らなかった。何しろ、名前ぐらいは知っていても実際に見るのは初めての生き物だ。そもそも王都にある屋敷では、公爵令嬢であるフェリシエが、生き物を見る機会自体少なかったから。
土いじりも、庭でのピクニックも、無縁の生活。そのため、ここに来た当初は、小さな羽虫にさえ怖がっていた。けれども、王都の屋敷から追放され、メイドもつけてもらえず。一人ぼっちで寂しかったフェリシエは、庭園に現れた可愛い侵入者を歓迎した。
真珠のようにキラキラと輝く鱗に長い尻尾。なにより琥珀色の瞳が優雅で美しく、一目見てすっかり気に入ってしまったのだ。
今では一日中側にいて、夜は一緒のベッドで寝るほど仲良くなった。
「ねぇ蜥蜴。あなたはどこにもいかないで。ずっと私のそばにいてね」
蜥蜴はいつだってその金の瞳にフェリシエだけを映して、フェリシエの言葉にじっと耳を傾けてくれる。
フェリシエはこの小さな蜥蜴が可愛くて可愛くて仕方がなかった。
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