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9 王室スキャンダル

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 ◇◇◇

 人一人がようやく通れるほどの石造りのトンネルの先、鉄製の小さな扉を開けると現れるのは十年前から変わらない部屋の中。

「懐かしいな……塵ひとつ落ちてないなんて。随分綺麗に掃除してくれてるんだな」

 あの日あのとき、必死で逃げた記憶が蘇る。真っ暗なトンネルを走って走って、ようやく辿り着いたその先は……


「あなたここで何を……狼藉者っ!誰か!」

 突如上がった鋭い声に振り向くと、十年前と変わらない懐かしい顔。いや、やっぱり少し老けてしまったかな。

「やぁ、マーサ。ただいま」

 油断なく注がれていた厳しい視線が途端に涙で揺れる。涙もろいのは相変わらずのようだ。

「ぼ、坊ちゃま?坊ちゃまですね!ああ、なんて、なんてご立派になって!ジョセフィーヌ様に生き写しに……ああ神様……やはり生きておいででした……感謝いたします……神のご加護に感謝を……今まで、今までどこにいらしてたんですか……ばあやは、ばあやは……」

 少し年老いたばあやの肩が小刻みに揺れる。肩を抱いて、小さくなったその体にチクリと胸が痛んだ。

「そうだね。長い話になるかな……」 

「陛下が、どれほど必死で坊ちゃまを探されたか……」

「父上が?」

 父上には疎まれているとばかり思っていたが……

「誰か!陛下に!すぐに陛下にお取り次ぎを!――――王太子殿下がご帰還されました!」

 逃亡と呼ぶにはあまりにも優しく満ち足りた日々。もう、あの日々には戻れない。それでも……
 取り戻したいもののために足を踏み出すことに、躊躇など無かった。




 ◇◇◇

「ジークハルト……!」

 顔を見るなり崩れ落ちた父をみてマーサの言葉が真実だったことが分かる。父もめっきり老け込んでしまっていた。

「よくぞ、よくぞ帰ってきた!待ちわびたぞ!」

「父上……ご心配をお掛けいたしました」

「賢いお前が突然失踪するには、それなりの理由があったのだろう?どうして、父に相談してくれなかったのだ……儂はそんなに頼りなかっただろうか。生きているなら、どうして今まで手紙ひとつ寄越さなかったのだ……」

「ある人物に……命を……狙われていたからです」

「まさかっ!王太子であるお前を害するものなど……一体誰に……!?」

「……ガライアス叔父上です」

 この十年、誰にも漏らさなかった秘めていた名前を口にする。

「まさかっ……」

「叔父上に殺されそうになったあの夜、私は隠し部屋のドアの向こうで確かに聞いたのです。確実に殺せと命じる叔父上の声を」

「そんな……」

 ガライアス叔父上は父の年の離れた弟で、父は小さな頃からことのほか可愛がっていたという。実際、母が私を産むまでは、一番年下の王弟である叔父上を王太子の座に着けていたほどだ。

 私のことも甥としてとても可愛がってくれていたため、私は叔父上が大好きだった。父上が信じられないのも無理はない。


 ◇◇◇


 ――――――王太子に与えられる部屋の中に、小さな隠し部屋へと続く扉を発見したのは偶然だった。恐らく革命や暗殺に備えて設けられたものなのだろう。扉の向こうにはベッドや本棚もある小さな部屋があり、さらにその先は城外へと続く暗い通路が続いていた。

 私は部屋に色々な私物を持ち込み、居心地の良いように整えるとたびたびそこで過ごすようになった。自分だけのちょっとした秘密の遊びとして楽しんでいたのだ。あの日の夜も、こっそりベッドを抜け出した私は秘密の部屋に灯りを持ち込み、大好きな冒険小説を読み進めていた。

 夜も更けた頃、そろそろベッドに戻ろうとしたところで、不意に寝室に入ってくる数人の足音が響いた。私は息をのんだ。私の部屋の前には常に二人の衛兵が見張りについており、就寝中に誰かが入って来ることはまずない。

 しかも、明らかに重量感のある男の足音だった。恐らく二人は衛兵だろう。隠し部屋は寝室の斜め下辺りに位置していたため、入ってくる足音がよく響く。これも、暗殺を防ぐための配慮だということがこのときはっきりと分かった。

 息を潜めて様子を伺っていると、聞き慣れた男の声が響いた。

「ちっいないではないか!こんな夜更けにどこに行ったというのだ」

「交代の際、特に報告は受けておりませんが……」

「役立たずどもめっ!大方バルコニーから隣部屋に移って部屋を抜け出したのだろう。私もよくやったからな……兄上がいない今日が計画を実行する好機なのだ。いいか?この薬を渡しておく。寝ている間に喉元に一気に流しこめばいい。確実に殺せ。さもなくばお前たちもどうなるか分かっているだろうな」

 ―――――今まで信じていたものが、足元から音を立てて崩れていくような気分だった……
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