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1 政略結婚は突然に!?
しおりを挟む◇◇◇
「お願いジーク!助けて!」
部屋に帰るなり涙目で叫んだ私に、ジークは午後のお茶の用意をしていた手を止め、困ったように微笑んだ。
(はぁ、今日も最高にかっこいい……)
優雅に微笑むジークは、窓から差し込む太陽の光に照らされて一枚の絵のように美しい。思わずうっとりと見とれてしまう。
眉目秀麗容姿端麗。サラサラと煌めく白金の髪に琥珀のように美しい金の瞳は、見慣れているはずの私でも思わず見とれてしまうぐらい美しい。
品のある顔立ちや優雅な立ち居振る舞いは王侯貴族と言っても通用するだろう。
「今日は一体どうされましたか。旦那様からのお手紙に何か嫌なことでも書いてありましたか」
(はっ!いけない!ジークがかっこよすぎて手紙のこと忘れちゃうところだった)
我に返った私は手に持った手紙をヒラヒラと振りながら盛大に溜め息を付いてみせた。
「……それが聞いてよ。お父様が、急に私のこと政略結婚させるって言い出したの」
「それは……一大事ですね」
◇◇◇
ことの始まりは一年前。ラピス王国王都で手広く商売をしていた我がアルサイダー家は、有り余る財力に目を付けられ男爵位を賜ることになった。
いわゆる『成り上がり男爵家』だ。普通なら平民から貴族になるのは名誉なことなのかもしれない。
がっ、しかしっ!裕福ではあるが気楽な商家の一人娘から何かと面倒な貴族の御令嬢にジョブチェンジしなければならなかった私としてはたまったもんではない。
しかもそれまで通っていた学校を退学させられ、貴族の子女が通う全寮制の貴族学園に放り込まれることになったのだ。正直絶望しかなかった。
何しろ貴族のつき合いというのは死ぬほど面倒くさい。口を開けば見栄とプライドを賭けた札束の殴り合いや歴史と伝統と言う名の血統自慢。
決して本音では話してくれない令嬢たちとの腹の探り合いにもいい加減うんざりだ。
そのうえいきなり政略結婚しろなんて冗談ではない。
「ひどいと思わない?私にはちゃんと好きな人がいるのに、他の男性に嫁げだなんて!」
なにしろ人生をともに歩みたい相手はすでに目の前にいるのだ。小さな頃から大好きな私だけの王子様。大好きなジーク。
「貴族家では政略結婚も珍しくありませんからね……お逢いしてみたら意外と良い方かもしれませんよ?」
ただ、いまのところ全く相手にされていないのが問題だ。
「ひどい!ジークは私が他の人のお嫁さんになっちゃってもいいの?」
「私に決定権はありませんから……」
「ジークの馬鹿!嫌い!」
「困りましたね……可愛い私の天使、どうかご機嫌を直してください」
思いきりふくれっ面をする私を、困ったように笑いながらよしよしとなでるジーク。もう16歳になるというのに完全に子ども扱いだ。
◇◇◇
ジークは10年前のある日、ふらりとうちの屋敷に迷いこんできた。当時12歳だったジークが語ったのは自分の名前と年齢だけ。正直謎多き男だと思う。
しかし、完全実力主義を掲げるアルサイダー商会ではジークのように過去を語らない人は珍しくない。
孤児院出身者も多く、身よりのない子どもや没落貴族、駆け落ちなど、いわゆる「訳あり」の人に働く場を提供することも珍しくないからだ。
「過去は変えられないけど未来はいつだって変えられるんだよ」が口癖の父の影響が大きいのだろう。本人が語らない過去を詮索する人もいない。
ジークには子供とは思えないほどの思慮深さと物事の本質を見抜く鋭い感性があり、みるみるうちにその才能を開花させた。
類い希な商才を持つ彼を父は大いに気に入り、今や父の懐刀と言える存在になっている。
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