3 / 10
3.とまどいの毎日
しおりを挟む
◇◇◇
一方そのころシンシアは、なんとか無事に挨拶を済ませたことにほっと息をついていた。一人で王城に来たものの、力のない姫として冷遇されるだろうと覚悟していたが、どうやら歓迎されているらしい。宰相から渡された手紙の中身は知らないが、シンシアを売り込む文言でも書き連ねてあったのだろうか。
(とりあえず、すぐに出て行けなんて言われなくて良かったわ)
部屋に案内された後、慣れた手つきの侍女たちにてきぱきと風呂に入れられ、着心地の良い夜着を着せられる。上質な絹で作られた肌触りの良い夜着は、シンシアの無駄のない美しい体のラインを一層引き立てた。ベテランの侍女からも思わずため息が漏れる。
「お美しいですわ。さすがナリア王国の姫君。まるで妖精のよう」
「ええ。とても同じ人間とは思えませんわ」
侍女達の賞賛の声にツキリと胸が痛む。ナリア王国の王族は神から愛されし特別な存在。けれど、何の力もないシンシアにとっては、見た目の美しさなど何の意味も持たないものだった。
「いえ、私など。何のとりえもない名ばかりの王族ですから」
俯くシンシアに侍女たちはふんっと鼻息を荒くする。
「何をおっしゃいますか!美しさこそ女にとって最大の武器ですわ!」
「ええ!姫様の美貌に虜にならないものはおりませんわ!」
今までろくに褒められたことのないシンシアは目を丸くする。
「そ、そう、かしら」
「そうですとも!現に王太子殿下も……」
若い侍女が年配の侍女にじとりと睨まれてハッと口をつぐむ。
「あの、王太子殿下が何か」
先ほどあったばかりだが、何か言われていたのだろうか。
「いえ、ですぎた口をききました。ご本人から直接お聞きくださいませ」
しずしずと退室していく侍女からは結局何も聞き出すことができなかった。
(政略結婚、上手くやっていけるかしら。少しでもお役に立てるようにがんばらなきゃ)
◇◇◇
それからの日々は驚きの連続だった。まず、レオナルドの態度に驚いた。突然やってきたシンシアを邪険にするどころか、なにくれなくシンシアの面倒をみてくれるのだ。
「困ったことはありませんか?」
「足りないものがあったらなんでも言ってください」
執務で忙しいだろうに、必ず毎日一回はシンシアの部屋に顔を出してくれる。最初は顔を見るだけで緊張していたシンシアだったが、今ではレオナルドの前で自然な笑みが零れるまでになっていた。
シンシアが微笑むとレオナルドは少し困ったように頬に触れる。その瞬間が、シンシアはなぜかとても安心できるのだった。
また、身に余るほど豪華な居室には、すぐに大量のドレスや宝石類が運び込まれた。
「こんなに沢山……必要ありません」
「何をおっしゃいますか!これでも足りないぐらいです!今はとりあえず姫様のお体に合うものをサンプルとしてお持ちしましたが、本日採寸をいたしましたので次からは姫様のイメージにぴったりのドレスを仕立てて参りますわ!これほどの逸材……仕立て屋として腕が鳴るわ」
大量のスケッチを抱えながら鼻息も荒く帰っていく仕立て人をぽかんと見送る。ドレスを一から仕立てるなど、初めての経験だ。ナリア王国ではいつも、姉のお下がりを与えられていた。それでも十分だった。宝石などの宝飾品も、シンシア個人のものなどひとつもなかった。
シンシアが慣れない待遇に戸惑っていると、
「あの、気に入るものがありませんでしたか?歴史あるナリア王国の装飾品は豪華なものばかりでしょうし。姫様のお眼鏡にかかるような品は私どもでは難しいかもしれませんね」
そう言って宝石商ががっくりと肩を落とすので、慌てて髪飾りのひとつを手に取る。
「いえ、どれも素晴らしいお品ですわ。華やかなカッティングにデザイン。本当に素敵」
シンシアがにっこり微笑むと、宝石商はぱあ~っと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!今回お持ちしたのは当店オリジナルの商品ばかりです。まだまだ職人としては若輩者ですが、これからも姫様のお美しさを引き出すお品をご用意いたします!」
そう言ってドレスに合う品物を勝手にぽんぽんと置いていく。
「あ、あの、こんなに見繕っていただいてもお代が……」
国を出るとき渡された金貨ではとても支払えないだろう。
「姫様、これは商人たちの投資ですわ」
侍女がにこにこした顔で説明する。すでに社交界では、妖精のように美しいシンシアの噂で持ち切りだそう。今後社交界の華となる姫君と今のうちに縁をつなぎたいと思う商人は後を絶たないらしい。
(でも、中身のない空っぽの王女だと知ったら、どんなに失望するかしら)
シンシアの表情が曇ったのを侍女たちは見逃さなかった。
「姫様、大丈夫ですわ。みな、姫様のことを歓迎しております。仮に姫様に意地悪をしてくるものがいたら、レオナルド王子がとっちめてくださいますわ。もちろん、わたくしたちも黙っていませんよ!」
どんっと胸を叩く侍女たちにシンシアはふわりと微笑んだ。
「みんな、ありがとう」
(か、か、可愛い~~~~~!!!!)
シンシアの気を許した笑顔に思わず悶絶する侍女たち。同性とて見惚れるこの美貌の姫が何を憂慮することがあるのかと、首を傾げるばかりだった。
一方そのころシンシアは、なんとか無事に挨拶を済ませたことにほっと息をついていた。一人で王城に来たものの、力のない姫として冷遇されるだろうと覚悟していたが、どうやら歓迎されているらしい。宰相から渡された手紙の中身は知らないが、シンシアを売り込む文言でも書き連ねてあったのだろうか。
(とりあえず、すぐに出て行けなんて言われなくて良かったわ)
部屋に案内された後、慣れた手つきの侍女たちにてきぱきと風呂に入れられ、着心地の良い夜着を着せられる。上質な絹で作られた肌触りの良い夜着は、シンシアの無駄のない美しい体のラインを一層引き立てた。ベテランの侍女からも思わずため息が漏れる。
「お美しいですわ。さすがナリア王国の姫君。まるで妖精のよう」
「ええ。とても同じ人間とは思えませんわ」
侍女達の賞賛の声にツキリと胸が痛む。ナリア王国の王族は神から愛されし特別な存在。けれど、何の力もないシンシアにとっては、見た目の美しさなど何の意味も持たないものだった。
「いえ、私など。何のとりえもない名ばかりの王族ですから」
俯くシンシアに侍女たちはふんっと鼻息を荒くする。
「何をおっしゃいますか!美しさこそ女にとって最大の武器ですわ!」
「ええ!姫様の美貌に虜にならないものはおりませんわ!」
今までろくに褒められたことのないシンシアは目を丸くする。
「そ、そう、かしら」
「そうですとも!現に王太子殿下も……」
若い侍女が年配の侍女にじとりと睨まれてハッと口をつぐむ。
「あの、王太子殿下が何か」
先ほどあったばかりだが、何か言われていたのだろうか。
「いえ、ですぎた口をききました。ご本人から直接お聞きくださいませ」
しずしずと退室していく侍女からは結局何も聞き出すことができなかった。
(政略結婚、上手くやっていけるかしら。少しでもお役に立てるようにがんばらなきゃ)
◇◇◇
それからの日々は驚きの連続だった。まず、レオナルドの態度に驚いた。突然やってきたシンシアを邪険にするどころか、なにくれなくシンシアの面倒をみてくれるのだ。
「困ったことはありませんか?」
「足りないものがあったらなんでも言ってください」
執務で忙しいだろうに、必ず毎日一回はシンシアの部屋に顔を出してくれる。最初は顔を見るだけで緊張していたシンシアだったが、今ではレオナルドの前で自然な笑みが零れるまでになっていた。
シンシアが微笑むとレオナルドは少し困ったように頬に触れる。その瞬間が、シンシアはなぜかとても安心できるのだった。
また、身に余るほど豪華な居室には、すぐに大量のドレスや宝石類が運び込まれた。
「こんなに沢山……必要ありません」
「何をおっしゃいますか!これでも足りないぐらいです!今はとりあえず姫様のお体に合うものをサンプルとしてお持ちしましたが、本日採寸をいたしましたので次からは姫様のイメージにぴったりのドレスを仕立てて参りますわ!これほどの逸材……仕立て屋として腕が鳴るわ」
大量のスケッチを抱えながら鼻息も荒く帰っていく仕立て人をぽかんと見送る。ドレスを一から仕立てるなど、初めての経験だ。ナリア王国ではいつも、姉のお下がりを与えられていた。それでも十分だった。宝石などの宝飾品も、シンシア個人のものなどひとつもなかった。
シンシアが慣れない待遇に戸惑っていると、
「あの、気に入るものがありませんでしたか?歴史あるナリア王国の装飾品は豪華なものばかりでしょうし。姫様のお眼鏡にかかるような品は私どもでは難しいかもしれませんね」
そう言って宝石商ががっくりと肩を落とすので、慌てて髪飾りのひとつを手に取る。
「いえ、どれも素晴らしいお品ですわ。華やかなカッティングにデザイン。本当に素敵」
シンシアがにっこり微笑むと、宝石商はぱあ~っと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!今回お持ちしたのは当店オリジナルの商品ばかりです。まだまだ職人としては若輩者ですが、これからも姫様のお美しさを引き出すお品をご用意いたします!」
そう言ってドレスに合う品物を勝手にぽんぽんと置いていく。
「あ、あの、こんなに見繕っていただいてもお代が……」
国を出るとき渡された金貨ではとても支払えないだろう。
「姫様、これは商人たちの投資ですわ」
侍女がにこにこした顔で説明する。すでに社交界では、妖精のように美しいシンシアの噂で持ち切りだそう。今後社交界の華となる姫君と今のうちに縁をつなぎたいと思う商人は後を絶たないらしい。
(でも、中身のない空っぽの王女だと知ったら、どんなに失望するかしら)
シンシアの表情が曇ったのを侍女たちは見逃さなかった。
「姫様、大丈夫ですわ。みな、姫様のことを歓迎しております。仮に姫様に意地悪をしてくるものがいたら、レオナルド王子がとっちめてくださいますわ。もちろん、わたくしたちも黙っていませんよ!」
どんっと胸を叩く侍女たちにシンシアはふわりと微笑んだ。
「みんな、ありがとう」
(か、か、可愛い~~~~~!!!!)
シンシアの気を許した笑顔に思わず悶絶する侍女たち。同性とて見惚れるこの美貌の姫が何を憂慮することがあるのかと、首を傾げるばかりだった。
63
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・
【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」
まほりろ
恋愛
聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。
だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗
り換えた。
「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」
聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。
そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。
「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿しています。
※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。
※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。
※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。
※二章はアルファポリス先行投稿です!
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます!
※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17
※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。
少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。
ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。
なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。
妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。
しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。
この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。
*小説家になろう様からの転載です。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです
エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」
塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。
平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。
だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。
お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。
著者:藤本透
原案:エルトリア
やって良かったの声「婚約破棄してきた王太子殿下にざまぁしてやりましたわ!」
家紋武範
恋愛
ポチャ娘のミゼット公爵令嬢は突然、王太子殿下より婚約破棄を受けてしまう。殿下の後ろにはピンクブロンドの男爵令嬢。
ミゼットは余りのショックで寝込んでしまうのだった。
王太子に求婚された公爵令嬢は、嫉妬した義姉の手先に襲われ顔を焼かれる
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。
『目には目を歯には歯を』
プランケット公爵家の令嬢ユルシュルは王太子から求婚された。公爵だった父を亡くし、王妹だった母がゴーエル男爵を配偶者に迎えて女公爵になった事で、プランケット公爵家の家中はとても混乱していた。家中を纏め公爵家を守るためには、自分の恋心を抑え込んで王太子の求婚を受けるしかなかった。だが求婚された王宮での舞踏会から公爵邸に戻ろうとしたユルシュル、徒党を組んで襲うモノ達が現れた。
婚約破棄されたので、契約不履行により、秘密を明かします
tartan321
恋愛
婚約はある種の口止めだった。
だが、その婚約が破棄されてしまった以上、効力はない。しかも、婚約者は、悪役令嬢のスーザンだったのだ。
「へへへ、全部話しちゃいますか!!!」
悪役令嬢っぷりを発揮します!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる