上 下
6 / 7

6.すべてはわたくしの手のひらの上

しおりを挟む
 ◇◇◇

「アーロン様、なんて素敵な方なのかしら。わたくしすっかりあなたに夢中だわ」

「ティーナ嬢こそ、なんてお美しい。トットランド一の美姫にお逢いできて光栄です」

「まあ、お上手ですこと。どうかティーナと呼んでくださいな。わたくし、アーロン様ともっと仲良くなりたいの。ダメかしら?」

 王太子であるアーロンは、幼いころより優秀な第二王子と比較され、精いっぱいの虚勢を張ることで自分を大きく見せようとしていた矮小な男だ。自尊心をほんの少しくすぐるだけで、すぐにティーナに心を許した。

「本当はずっと、寂しかったんだ。王太子の座は俺には荷が重い。第二王子だったらどんなに気楽だったか。弟たちが、あいつがいつも羨ましくて、妬ましくて。いつも馬鹿にしたような目で俺を見る、あの女も大嫌いだっ。どいつもこいつも馬鹿にしやがって。ティーナ、俺の理解者は君だけだ」

「アーロン様。かわいいお方。大丈夫。これからはティーナが守ってあげるわ。アーロン様は楽しいことだけ考えてればいいの。嫌なことは全部、あなたの世界からわたくしが遠ざけてあげるわ」

「ティーナ!ティーナ!俺の女神……」

 ほらね。簡単すぎてつまらないわ。さて、後はジェームズ殿下をお父様の元に届けるだけね。どうしようかしら。わたくしに不埒な行いをしたと、国外追放にしちゃう?それだと評判に傷がつくと怒られちゃうかしら。それとも、夢中にさせて思いっきり振ることで自分から隣国に渡るように仕向ける?でも、どうやらジェームズ殿下にはご執心のご令嬢がいるみたいね。それなら……

 ◇◇◇

「リアナ・カレット!王太子の婚約者であることを笠に着て傲慢な振る舞い。これ以上はさすがに目に余る。よって貴様との婚約は破棄する!そして、ここにいるティーナ嬢と新たに婚約を結ぶことを宣言する!由緒正しいトットランドの公爵令嬢だ。貧乏伯爵家の娘なんぞとは格が違う。元々あのような者が王太子である私の婚約者だったことがおかしいのだ。皆も文句はあるまい」

 ティーナはアーロンの腕にわざとらしくしなだれかかりながら、リアナに視線を送る。

(ふ~ん、あの人がお父様を困らせてた人。そしてジェームズ殿下の意中の相手ね)

 洗練された知的な雰囲気を持つプラチナブロンドに菫色の瞳の華奢な美少女は、悪役令嬢と呼ぶには迫力不足だった。

(アレクが上手く説得したって言ってたけど、どうかしら)

「そしてリアナ。貴様には国外追放を命じる」

「な、なぜでございますか?私はそのような罰を受けるような罪は犯しておりません……」

 震える声で訴えるリアナの姿を、アーロンは面白くてたまらないと言うように嘲笑った。

「は、ははは!いつも無表情でつまらない女だと思っていたが、ようやく人間らしくなったではないか。俺の婚約者として社交界でいい気になっていたお前がいると、この国に不慣れなティーナが気にするだろう?俺は優しいからな。愛する婚約者に肩身の狭い思いをさせるわけにはいかないのだ」

 くすり、とティーナは小さく笑う。本当は、この人のことが誰よりも好きなくせに。だからこそ、心を寄せてもらえなくて憎んだくせに。でもいいわ。これからが私が可愛がってあげるから。この人の分までね。

「アーロン様。なんて細やかなお心遣いができるお方なんでしょう。ティーナ、アーロン様のことがますます好きになりましたわ」

 誰かを想う人を堕とすのは、最初から好意を向けてくる人を堕とすより、ずっとずっと面白いから。

 ティーナはアーロンの腕に豊満な胸を押し当て、ちらりとリアナに視線を送った。

 でも、彼女は知っているのかしら。ジェームズ殿下も大概いい性格だってこと。あの子をみる目、アーロン殿下にそっくり。どす黒い執着にまみれてて、怖いくらい。兄弟そろって随分こじらせてるみたいね。ここで退場するつもりかもしれないけど、きっと彼、あなたのこと逃がさないでしょうね。

「ティーナは本当に可愛いな。今まで氷のように冷たい女と一緒にいたから、愛らしいティーナといると心が安らぐよ。リアナ、わかったら荷物を纏め次第出ていくんだな。ああ、王宮にあるお前の部屋の荷物は適当に処分しておくから二度と足を踏み入れるな」

 わざとらしくティーナに愛を囁くアーロンの姿に、自然と笑みがこぼれる。無理しちゃって。本当は、傍においてくれと縋りついてくれるのを、待っているくせに。それを嘲笑と取ったのか。

「お、お待ちください!このことは国王陛下もご承知のことなのですか!?」

 かつてリアナの取り巻きだった令嬢たちが声を上げた。

(ふうん。意外と人気があるのね)

 保身に走る者ばかりではないと言うこと。少しは骨のある令嬢もいるのかもしれない。

「ふん。父上には失恋で心を病んだリアナが自ら進んで国を出たと伝えておく。それで問題あるまい。なあ、リアナ。お前が居座ると、父親や弟の処遇が今後どうなるか考えることだな」

 まあ、そんな嘘すぐにばれるでしょうけど。本人たちの意思さえ固まれば、すぐにでもこの国を出て隣国に渡ることができるよう、準備は整えてある。残念ね。彼女は二度と戻らない。

「では、失礼いたします。アーロン殿下。もう二度と、あなた様にお目にかかることはないでしょう。遠くからお二人の幸せを祈っておりますわ」

 退出するリアナの後姿を食い入るように見つめるアーロン。ティーナの絡みつく腕が、戒めのように縛った。

 ◇◇◇

「ねえ、わたくし欲しいものがあるの」

「ティーナ、君は何が欲しいんだ?言ってくれ……」

 わたくしが欲しいもの。それはあなたの全て。ぜんぶぜんぶ、わたくしにちょうだい。ほら、辛いことも全部、忘れちゃうといいわ。わたくしに溺れて。

「そうね、まずは、素敵な宝石が欲しいわ。とびっきり豪華なものじゃなきゃ、いやよ?」



 おしまい
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

気絶した婚約者を置き去りにする男の踏み台になんてならない!

ひづき
恋愛
ヒロインにタックルされて気絶した。しかも婚約者は気絶した私を放置してヒロインと共に去りやがった。 え、コイツらを幸せにする為に私が悪役令嬢!?やってられるか!! それより気絶した私を運んでくれた恩人は誰だろう?

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

シナリオではヒロインと第一王子が引っ付くことになっているので、脇役の私はーー。

ちょこ
恋愛
婚約者はヒロインさんであるアリスを溺愛しているようです。 そもそもなぜゲームの悪役令嬢である私を婚約破棄したかというと、その原因はヒロインさんにあるようです。 詳しくは知りませんが、殿下たちの会話を盗み聞きした結果、そのように解釈できました。 では私がヒロインさんへ嫌がらせをしなければいいのではないでしょうか? ですが、彼女は事あるごとに私に噛みついてきています。 出会いがしらに「ちょっと顔がいいからって調子に乗るな」と怒鳴ったり、私への悪口を書いた紙をばら撒いていたりします。 当然ながらすべて回収、処分しております。 しかも彼女は自分が嫌がらせを受けていると吹聴して回っているようで、私への悪評はとどまるところを知りません。 まったく……困ったものですわ。 「アリス様っ」 私が登校していると、ヒロインさんが駆け寄ってきます。 「おはようございます」と私は挨拶をしましたが、彼女は私に恨みがましい視線を向けます。 「何の用ですか?」 「あんたって本当に性格悪いのね」 「意味が分かりませんわ」 何を根拠に私が性格が悪いと言っているのでしょうか。 「あんた、殿下たちに色目を使っているって本当なの?」 「色目も何も、私は王太子妃を目指しています。王太子殿下と親しくなるのは当然のことですわ」 「そんなものは愛じゃないわ! 男の愛っていうのはね、もっと情熱的なものなのよ!」 彼女の言葉に対して私は心の底から思います。 ……何を言っているのでしょう? 「それはあなたの妄想でしょう?」 「違うわ! 本当はあんただって分かっているんでしょ!? 好きな人に振り向いて欲しくて意地悪をする。それが女の子なの! それを愛っていうのよ!」 「違いますわ」 「っ……!」 私は彼女を見つめます。 「あなたは人を愛するという言葉の意味をはき違えていますわ」 「……違うもん……あたしは間違ってないもん……」 ヒロインさんは涙を流し、走り去っていきました。 まったく……面倒な人だこと。 そんな面倒な人とは反対に、もう一人の攻略対象であるフレッド殿下は私にとても優しくしてくれます。 今日も学園への通学路を歩いていると、フレッド殿下が私を見つけて駆け寄ってきます。 「おはようアリス」 「おはようございます殿下」 フレッド殿下は私に手を伸ばします。 「学園までエスコートするよ」 「ありがとうございますわ」 私は彼の手を取り歩き出します。 こんな普通の女の子の日常を疑似体験できるなんて夢にも思いませんでしたわ。 このままずっと続けばいいのですが……どうやらそうはいかないみたいですわ。 私はある女子生徒を見ました。 彼女は私と目が合うと、逃げるように走り去ってしまいました。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

悪役令嬢っぽい子に転生しました。潔く死のうとしたらなんかみんな優しくなりました。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したので自殺したら未遂になって、みんながごめんなさいしてきたお話。 ご都合主義のハッピーエンドのSS。 …ハッピーエンド??? 小説家になろう様でも投稿しています。 救われてるのか地獄に突き進んでるのかわからない方向に行くので、読後感は保証できません。

婚約破棄にも寝過ごした

シアノ
恋愛
 悪役令嬢なんて面倒くさい。  とにかくひたすら寝ていたい。  三度の飯より睡眠が好きな私、エルミーヌ・バタンテールはある朝不意に、この世界が前世にあったドキラブ夢なんちゃらという乙女ゲームによく似ているなーと気が付いたのだった。  そして私は、悪役令嬢と呼ばれるライバルポジションで、最終的に断罪されて塔に幽閉されて一生を送ることになるらしい。  それって──最高じゃない?  ひたすら寝て過ごすためなら努力も惜しまない!まずは寝るけど!おやすみなさい! 10/25 続きました。3はライオール視点、4はエルミーヌ視点です。 これで完結となります。ありがとうございました!

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

高熱を出して倒れてから天の声が聞こえるようになった悪役令嬢のお話

下菊みこと
恋愛
高熱を出して倒れてから天の声が聞こえるようになった悪役令嬢。誰とも知らぬ天の声に導かれて、いつのまにか小説に出てくる悪役全員を救いヒロイン枠になる。その後も本物のヒロインとは良好な関係のまま、みんなが幸せになる。 みたいなお話です。天の声さん若干うるさいかも知れません。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...