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後編 二度目の恋は終わらない
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◇◇◇
「見て!ククール!羊の群れだわ!」
長い髪を靡かせ、嬉しそうに振り返ったイライザを、ククールは呆れた顔で見つめる。
「もう!いつまでも膨れっ面しないの。ククールまで私に付き合わせちゃったのは謝るから」
「どうしてあんな真似をしたんですか」
「あんな真似?」
イライザはこてんと首をかしげる。
「……わざと、階段から落ちたでしょう」
ククールの言葉に、今度はチラリと舌を出した。
「バレてたか」
「バレてたか、じゃありません!打ち所が悪かったら死んでたんですよ!」
「いやね。私があれしきのことで死ぬわけないじゃない。落ちたっていってもたいした高さじゃないわ。小さい頃よく一緒に階段から飛び降りて遊んだでしょう」
「その度に俺は旦那様から大目玉でしたがね」
「アハハハ!お父様ったら本当に心配性なんだから」
小さい頃から気が弱く大人しいマリーと違い、イライザは明るくお転婆な少女だった。
ときには害のない可愛い悪戯を仕掛け、身分の低い使用人にも気さくに話し掛ける。そのお茶目な性格は、公爵を始め、使用人皆にも愛され慕われていた。
でも、ククールは知っている。その明るさが、彼女なりの精一杯の優しさであることを。
マリーの出産で公爵夫人が儚くなり、火が消えたように落ち込む公爵や使用人たちを、幼い彼女なりに元気付けようとしていたのだ。
そして、妹のマリーを、母親の分まで誰よりも可愛がり、慈しんできたのは、他ならぬイライザだった。
「レオン殿下のことも。思い出せないなんて、嘘ですね?」
「どうしてそう思うの?」
「……そんな顔して、この俺が分からないとでも思っているんですか」
「そっか。ククールにはバレちゃうか」
レオンの名を出したとき、一瞬見せる瞳の翳りを、ククールは見逃さなかった。
「当たり前です」
「だってね。二人には幸せになって欲しいもの。私がいなくなれば、愛し合う二人が結婚できるでしょう?」
「そのためにあんなことを?」
「うん、まぁ。ただ、本当に失神しちゃうなんて思わなかったけど」
てへっと笑うイライザに、ククールはイライラを隠さない。
「だからって、なんで二人のためにあなたが犠牲にならなきゃいけないんですか!」
「えー、考えたこともなかったな」
クスクスと笑うイライザを、ククールは思わず抱き締める。
「ククール?」
「あなただって、レオン王子が好きなくせに」
ポロリとこぼれた涙を、ククールはそっと拭う。
「仕方ないじゃない。恋は、早い者勝ちじゃないもの」
「レオン殿下はあなたの婚約者だったでしょう」
「そんなの、単に私が公爵家の長女に産まれたってだけでしょ。家同士の結婚でも、愛し合う者同士が結ばれたほうがいいに決まってるじゃない」
「あなたはお人好し過ぎます」
ポロポロと涙をこぼすイライザをククールは黙って抱き締め続ける。
本当に、レオン王子は見る目がない。こんなにも愛おしく、優しいこの人を愛さないなんて。
「いつか、また恋をするわ。今度は、私を愛してくれる人と」
「ええ。そうですね」
それが俺であればいい。それまでずっと、この手を離さない。
ククールは抱き締める腕にそっと力を込めた。
――――月日が巡り、何度かの春がきて、やがて全てが思い出に変わる頃。
イライザはククールの腕のなかで眠るようになった。
「公爵、この書類ですが……おや、眠ってしまわれましたか」
「今眠ったところなんだ。しばらく寝かせてやってくれ」
「ああ、さすがの奥様もお疲れですね」
ククールの愛する妻は、先ほどまで元気に走り回る小さな怪獣を追いかけてすっかりくたびれていた。
「全く、お嬢様を見ていると、小さい頃のイライザ様を思い出します」
「奇遇だな。俺もだ」
レオン王子に嫁いだマリーにも、もうすぐ二人目の子どもが生まれるらしい。きっとマリエッタのいい遊び相手になるだろう。
安心したようにククールの膝にもたれ掛かり、小さな寝息を立てるイライザを、ククールは蕩けるように優しい眼差しで見つめる。
イライザの二度目の恋は、終わらない。
おしまい
「見て!ククール!羊の群れだわ!」
長い髪を靡かせ、嬉しそうに振り返ったイライザを、ククールは呆れた顔で見つめる。
「もう!いつまでも膨れっ面しないの。ククールまで私に付き合わせちゃったのは謝るから」
「どうしてあんな真似をしたんですか」
「あんな真似?」
イライザはこてんと首をかしげる。
「……わざと、階段から落ちたでしょう」
ククールの言葉に、今度はチラリと舌を出した。
「バレてたか」
「バレてたか、じゃありません!打ち所が悪かったら死んでたんですよ!」
「いやね。私があれしきのことで死ぬわけないじゃない。落ちたっていってもたいした高さじゃないわ。小さい頃よく一緒に階段から飛び降りて遊んだでしょう」
「その度に俺は旦那様から大目玉でしたがね」
「アハハハ!お父様ったら本当に心配性なんだから」
小さい頃から気が弱く大人しいマリーと違い、イライザは明るくお転婆な少女だった。
ときには害のない可愛い悪戯を仕掛け、身分の低い使用人にも気さくに話し掛ける。そのお茶目な性格は、公爵を始め、使用人皆にも愛され慕われていた。
でも、ククールは知っている。その明るさが、彼女なりの精一杯の優しさであることを。
マリーの出産で公爵夫人が儚くなり、火が消えたように落ち込む公爵や使用人たちを、幼い彼女なりに元気付けようとしていたのだ。
そして、妹のマリーを、母親の分まで誰よりも可愛がり、慈しんできたのは、他ならぬイライザだった。
「レオン殿下のことも。思い出せないなんて、嘘ですね?」
「どうしてそう思うの?」
「……そんな顔して、この俺が分からないとでも思っているんですか」
「そっか。ククールにはバレちゃうか」
レオンの名を出したとき、一瞬見せる瞳の翳りを、ククールは見逃さなかった。
「当たり前です」
「だってね。二人には幸せになって欲しいもの。私がいなくなれば、愛し合う二人が結婚できるでしょう?」
「そのためにあんなことを?」
「うん、まぁ。ただ、本当に失神しちゃうなんて思わなかったけど」
てへっと笑うイライザに、ククールはイライラを隠さない。
「だからって、なんで二人のためにあなたが犠牲にならなきゃいけないんですか!」
「えー、考えたこともなかったな」
クスクスと笑うイライザを、ククールは思わず抱き締める。
「ククール?」
「あなただって、レオン王子が好きなくせに」
ポロリとこぼれた涙を、ククールはそっと拭う。
「仕方ないじゃない。恋は、早い者勝ちじゃないもの」
「レオン殿下はあなたの婚約者だったでしょう」
「そんなの、単に私が公爵家の長女に産まれたってだけでしょ。家同士の結婚でも、愛し合う者同士が結ばれたほうがいいに決まってるじゃない」
「あなたはお人好し過ぎます」
ポロポロと涙をこぼすイライザをククールは黙って抱き締め続ける。
本当に、レオン王子は見る目がない。こんなにも愛おしく、優しいこの人を愛さないなんて。
「いつか、また恋をするわ。今度は、私を愛してくれる人と」
「ええ。そうですね」
それが俺であればいい。それまでずっと、この手を離さない。
ククールは抱き締める腕にそっと力を込めた。
――――月日が巡り、何度かの春がきて、やがて全てが思い出に変わる頃。
イライザはククールの腕のなかで眠るようになった。
「公爵、この書類ですが……おや、眠ってしまわれましたか」
「今眠ったところなんだ。しばらく寝かせてやってくれ」
「ああ、さすがの奥様もお疲れですね」
ククールの愛する妻は、先ほどまで元気に走り回る小さな怪獣を追いかけてすっかりくたびれていた。
「全く、お嬢様を見ていると、小さい頃のイライザ様を思い出します」
「奇遇だな。俺もだ」
レオン王子に嫁いだマリーにも、もうすぐ二人目の子どもが生まれるらしい。きっとマリエッタのいい遊び相手になるだろう。
安心したようにククールの膝にもたれ掛かり、小さな寝息を立てるイライザを、ククールは蕩けるように優しい眼差しで見つめる。
イライザの二度目の恋は、終わらない。
おしまい
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ゲスですがwwめっちゃモヤッって気になってしまった( ´;゚;∀;゚;)デス
何はともあれ、イライザ嬢が幸せでよかったよかった(≧Д≦)
感想ありがとうございます(*´ω`*)
もやもやさせてしまってごめんなさいっ
設定としては、
王子と妹の気持ちは、お父さんと元婚約者、イライザ自身もこの日まで全く知らない&気づいていませんでした。
妹も王子も普通にいい人なのでお互いに惹かれつつも態度には出さず、節度ある態度で過ごしてきたけど、何かのきっかけでお互いの気持ちに気付いてしまい、気持ちに歯止めがきかなくなってしまいます。
このままではどちらに対しても不誠実なことになってしまう。妹の気持ちをきちんと確かめてからイライザに対して正式に婚約破棄を申し出ようと考えた王子はこの日の訪問のおりに、まずは妹と話したいことがあると打診。
訝しみつつ部屋に通して、二人で話し合ううちにヒートアップしていって、妹も王子が好きだけど、大切な姉であるイライザを裏切ることなんかできない。イライザと結婚してくれ、私のことは諦めてくれ!みたいな話になって、思わず王子が妹を抱き締め、私が愛しているのは、君なんだっ!君を愛してしまった!みたいなところにたまたまイライザが来ちゃうという地獄のような修羅場をイメージしています。
部屋での様子が分かったので、公爵家の使用人たちが使いをやって、落ち着くまでイライザがこないようにしていたんですね。
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そんな二人の性格をわかっているから、イライザもまた、自分が犠牲になってでも二人の恋を叶えて上げたかったのだと思います。
そしてそんな心やさしいイライザの良さを誰よりも分かってくれるのは、ずっと側で見てきたククールだった。
ククールもイライザのことは好ましく思っていたけど、ずっと恋い焦がれてた訳じゃなくて、今回の出来事がきっかけで、心から守ってあげたい愛しい存在になった感じですね。