上 下
37 / 61

王都見物

しおりを挟む
    国王に目通りする『謁見の儀』は十日後に決まった。その間に礼装を仕立てる必要があったが、一から仕立てていては間に合わない。
   それで、アイシスから一着譲ってもらい、それをレンヌ用に仕立て直すことにした。アイシスが自分の屋敷に出入りしている仕立て屋に頼んでくれた。

「後は紋章だけだね」
 とアイシスに言われたレンヌはアルテミス1に確認する。
「貴族の紋章は盾に使用するもので、戦場での識別に使われます。その貴族家の象徴になるので、他の紋章と同じものを作ることは禁じられています」
「アルテミス1は、そういう事が得意だろうから図案は任せる」
「了解しました、艦長」

「レンヌ殿、紋章の図案が決まったら紋章官に確認してもらう必要がある。明日にでも紋章官を紹介するから王城に行こう」
  せっかくお城まで行くのだから、ついでに王都見物をすることになった。

 アイシス伯爵家の二台の馬車にレンヌと子供たちが一緒に乗る。子供たちはアルテミス1特注の服を着て、ご機嫌のようだ。
   先に、王城で紋章官を紹介してもらった。紋章の製作には職人を世話してくれると言う。その代わり、三日以内に紋章の図案を持って行くことになった。

   お城での用事が終わり王都見物に出発する。前もって、アイリーンから教わった場所に、アイシスが案内してくれるようだ。
    一ヶ所目は王都中央広場にある噴水だ。
「後ろ向きにお金を投げ入れると願いが叶うと言われているんだ」
   更にアイシスは言う。
「投げ方には決まりがある。お金を右手に持ち左の肩越しに噴水の中に投げ入れるんだ」

   それを聞いた子供たちが一斉におねだりをする。
「やりたい」
「面白そう」
「レンヌ父さん、お金ください」
「お金、くだちゃい」
   レンヌは近くの屋台で子供たちに食べ物を買い与えた。そして、お釣りの銅貨を一枚ずつ子供たちに渡した。

   先ずはアイシスが手本を見せる。後ろ向きに投げ入れられた銅貨は噴水の彫刻に当たって泉の中に落ちた。
「投げる前に願い事を言うんだぞ」レンヌは注意した。
   子供たちが噴水の前に並び、口々に願い事を呟いた。そして、一斉に銅貨を投げ入れた。子供たちの銅貨は全て泉の中に入った。

「みんな、きちんと泉の中に入ったぞ。上出来だ」
    レンヌが言うと、子供たちは嬉しそうに歓声を上げてレンヌに抱きついた。

   レンヌは、抱きつくのを年少組に譲った年長組の頭を撫でた。

   次に向かったのは、植物園だ。多種多様の花が咲き乱れる園内を大人二人と子供十人が歩く。
「触れないように」
    前もって注意されていた子供たちは触れることなく顔だけを近づけて匂いを嗅いだ。
「うわあ!   いい匂い」
「ホントだ、いい匂い!」
   やがて、この植物園の名物にもなっている大きな温室に来た。アイシス伯爵家よりも大きい温室の中に入る。

   とたんに果物の甘い香りに包まれた。
「凄く、いい匂いがする」
「美味しそうな匂いだわ」
「お腹がへっちゃうよ」
   赤や黄色をした色々な形の果実が大小の木にぶら下がっている。子供たちは、あちらこちらを指差しながら歩いた。

   温室を抜けると食事処があった。
   子供たちが立ち止まって、熱い視線をレンヌに向ける。二十の瞳に訴えかけられてレンヌは言った。
「みんな、中に入るぞ」
  子供たちは嬉しい悲鳴を上げてレンヌと一緒に食事処に入った。アイシスは微笑みながらついて行く。

食事が終わって、お腹が満たされた子供たちは眠くなったのだろう。ほとんどの子が、うつらうつらとし始めた。
「よし、みんな帰るぞ。お眠はもう少し我慢しろよ」
「はーい」
「ふぁーい」
 全員を連れて馬車に戻るとすぐに子供たちは居眠りを始めた。レンヌは静かに窓の外を見ていた。

 その時、見るからに豪華な馬車と擦れ違った。
「おや? 珍しい、ミュウレ帝国の馬車だ」
「アイシス伯爵はミュウレ帝国を知っているんですか?」
「ええ、冒険者時代にミュウレ帝国冒険者ギルドの依頼を受けた事があるので」
「えっ! 他国からの依頼も受けるんですか?」
「はい、冒険者に国境は関係ないので」
 レンヌたちは帰路についた。



「宰相様、大変です。ミュウレ帝国から先触れが来ました」
 ブロッケンは連絡官から封書を受け取った。
『やっぱり来たか! しかし、思ったよりも早かったな』
 封書を開封しながら、そう思った。

「なんと! ミュウレ帝国の宰相が、自らお越しになるのか」
 ミュウレ帝国ほどの大国になると、よほどの事がない限り宰相は動かない。ましてや、今まで国交どころか、道さえ無かった国なのだ。
『それほどの事だと思っている訳か』
 会見の内容は通商だったので、ブロッケンは予想通りだと思った。そのあと、部下に交易商品の選定作業を命じた。

「閣下、王太子のおなりです」
 侍従からの報告にブロッケンは少しだけ表情を変えた。
『エイベル侯爵の孫である王太子は祖父の政敵とも言える自分を嫌悪している。それなのに、何の用が有ってきたのか』

「お邪魔しますよ、宰相」
 王太子のオスカーから見れば、大叔父に当たる宰相なので蔑ろにはできない。
「これは王太子、貴方から来られるなんて珍しいですね」
「いえ、ちょっと通りかかったものですから」
「それで、どんなご要件でしょうか?」

「先程、ミュウレ帝国から先触れが来たと、小耳に挟んだものですから確認にきました。これでも一応は王太子ですからね。ミュウレ帝国という大国から先触れが来たとなれば興味を持って当然でしょう」
「わかりました。陛下にも進言するので同行してください」
 宰相は従者を使って国王への謁見を申し入れた。返事がすぐに返ってきたので、ブロッケンは王太子と共に国王の元に向かった。

 王太子は国王の許可をもらって同席した。
「それでは、道ができたから交易したいと言ってきたのか。それだけで、わざわざミュウレ帝国の宰相が来るのか?」
「それは、私は思いましたが、交易をしたいので会見を望むとしか書いてありませんので」
「うむ、とりあえずは会うしかないか」

「相手はミュウレ帝国ですから私も同席します」
 宰相が言うと王太子も慌てて発言する。
「それでは私も同席を」
「お前は出なくていい」
 国王は王太子を国政に関わらせる気持ちが無かった。

 国王との謁見が終わり、王太子は急ぎ外出した。行く先はエイベル侯爵家である。
「侯爵、大変だ」
 取次も待たずに王太子は侯爵の部屋のドアを開けた。
「王太子! いくら貴方でもいきなり部屋に乱入されては困ります」
「それどころでは無いんです。ミュウレ帝国の先触れが来たんだ」
 エイベルは驚いて椅子から立ち上がった。

「それは、どういうことですかな?」
「道が開通したから我が国と交易したいとの事だった」
「ほう、どうして、それを?」
「今日、城にミュウレ帝国の馬車が入って来たんだ。私はたまたま見つけて、ブロッケンの所に行ったんだ」
「思ったよりも早く行動に出たものだな、ミュウレ帝国も」

   話が終わり王太子が帰った後、エイベルは収まりきれぬ感情に苛立っていた。

   ミュウレ帝国との交易が開始されれば、あの場所は通商の要所となるのは分かっていた。ロワール王国とミュウレ帝国の両方の商隊から通行税が徴収できることも。
   それだけでもかなりの税収の上に物品税も掛ける事ができる。そうなれば莫大な税収が見込めるだろう。
   だからこそ、エイベルはあの場所が欲しかった。自分のものに出来なくても、せめて派閥の貴族に与える事ができたなら高額な上納金が期待できたのだ。

「それにしても、憎きはあのレンヌとか言う冒険者。トリニスタンの時と言い、今回の事と言い、悉く儂の邪魔をする」
 エイベルは苛立ちを抑える事ができなかった。執務室にガラスの割れる音が響いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

30歳童貞は魔法使いとなって異世界で無双する~やりすぎ最強賢者はやがて生ける伝説へ~

榊与一
ファンタジー
――これは平凡だった男が魔法の力を得て、異世界で伝説に残る大賢者へと成り上がる物語―― 高田勇人(30歳童貞) 誕生日を向かえたその日、神に選ばれ魔法使いとなる。 だが神の手違いで右も左も分からない異世界へと放り出されてしまった勇人は、嫌々ながらも異世界で生活する羽目に。 そんな生活の中、手に入れた魔法の力が想像以上に強すぎて勇人は色々とやらかしてしまう。 森を消滅させたり、樹を育てすぎて世界樹にしてしまったり。 やがて彼はエルフや妖精から神と崇められる存在となり、気づかぬ間に大賢者として生ける伝説となっていく。

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

婚約破棄から始まるバラ色の異世界生活を謳歌します。

TB
ファンタジー
旧題: 侯爵令嬢に転生した私は、婚約破棄から始まるバラ色の異世界生活を謳歌します。 【書籍化決定】いたしましたので、六月いっぱいで非表示になります。  書籍版では大幅な改稿と加筆部分もあり、素敵なイラストも添えられますので、是非お手に取っていただければ嬉しく思います。 アスカ・キサラギ15歳 デビュタントの日に突然言われた一言「真実の愛を見つけた。君との婚約は破棄する」 一応、家族の手前悔しそうな表情はした。 それでも一方的な婚約破棄だから、慰謝料はもらえたけどね。 父である侯爵様は王家との繋がりを絶たれたことに憤りを感じ、私は実家を出ていく事にした。 でも内心私は「バンザーイ」と大いに喜んじゃったよ。 だって実は私転生者だから。 ここから始まる、私のビバな異世界生活。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

レズビアンの裏アカ

一宮 沙耶
大衆娯楽
今回は、レズビアンのシリアスな話しにしてみましたが、共感いただけると嬉しいです。

宇宙戦艦でコールドスリープしたけど目が覚めたら異世界だった

兎屋亀吉
ファンタジー
宇宙戦争末期、一隻の船が宇宙の果てで遭難していた。乗組員は一人を除いて全滅。食料プラントは故障。さらには航行能力まで失ったその船は、行くあてもなく彷徨う。一人残された乗組員、ウィリアムは一縷の望みに賭けて自身をコールドスリープさせることに。そして彼が目覚めたとき、そこは彼の知っている世界ではなかった。宇宙戦艦乗組員が剣と魔法の異世界を往く。

処理中です...