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一晩経って3

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「兵藤は……その、どこまで覚えてるんだ? すげぇ酔ってたし、意識がないように見えたけど」
「断片的な記憶しかないが、お前の尻はよく覚えている。あと泣き声……」
 慶は慌てて兵藤の口を塞いだ。訊くんじゃなかった。普通に恥ずかしい。
 だがこれで一つだけ分かった。兵藤の記憶は行為中の断片的なものしかない。そうなったきっかけ……慶のイタズラについては何も覚えていないのだ。
 黙って一方的に謝罪を受けるのも申し訳ない気がする。ここは素直に話したほうがいいのだろうか。非常に悩む。身から出た錆とは言いにくい。
 口ごもる慶を見て、兵藤はなにか勘違いをしたのだろう。真剣な目で慶を見つめると、その手を取り、ぎゅっと握り締めた。
「もちろん、男として責任はとる」
「……は? せ、責任……?」
「ああ。嫁入り……いや、婿入りか。婿入り前の身体を傷物にした罪は重い。責任をとって結婚……は今の日本の法律では無理か。だがしかし……」
 兵藤も若干混乱しているようだ。
「結婚は無理だが、俺が責任を持ってお前を幸せにしよう。今はまだ学生だが、就職すればお前を養うことも出来る。大学を卒業したら一緒に暮らして……」
「待て待て待て!」
 いったん落ち着けと言わんばかりに、慶は兵藤の手を振り払う。
 これはまずい。ものすごく面倒なことになった。堅物で侍じみた男だと思ってはいたが、恋愛感まで古風そのものだ。いまどき婚前交渉など当たり前だと思っていたが、兵藤の中では責任問題にまで発展するらしい。
そしてそれで分かった。兵藤は昨夜まで間違いなく童貞だ。初体験が男なんて、むしろ自分が責任とらなきゃいけないのでは……慶は内心冷や汗をかいた。
「お前が躊躇うのも分かる。性行為を強要した俺が幸せにするなどおこがましいことだ。だが男としてきっちり責任を果たしたい」
「そう言われても俺だって困る」
「困るって、それはどういうことだ」
「それは……」
 慶の脳裏に、とある男の姿が横切る。優し気で爽やかな、青空が似合う絵本の中の王子様みたいな男。
 その男の名前は若王子晴人。柔和な微笑みが眩しいくらいにイケメンな、兵藤清正とは真逆も真逆な慶の想い人。兵藤が緑茶なら若王子は紅茶。まんじゅうならケーキ。おにぎりならサンドウィッチというくらい、和と洋で真逆な雰囲気の二人だ。そして慶は子供の頃からブレることなく、好みなのは後者なのである。
 大学の構内で若王子を初めて見たとき、慶は雷に打たれたような衝撃を受けた。若王子こそ自分が幼いころから求めていた王子様だとしか思えなかった。一目惚れだった。
 勇気を出して若王子に声を掛け、すべてを打ち明けた慶を、若王子は困惑しながらも受け入れてくれた。ただ若王子自身は女性としか恋愛関係になったことがなかったので、慶とは友人からはじめたいと、どこまでも誠意を示してくれた。慶は嬉しくて仕方がなかった。拒否されても仕方がないのに、慶を受け入れてくれたのだ。
 そんなこんなで慶は若王子に片思い中で、そして最近ではほんの少し、気のせいでもなければ若王子との間に甘い空気が漂うようにもなってきている。
「ってことだから困るんだよね」
 兵藤も犬に噛まれたとでも思って一夜の過ちなど忘れてほしい。責任感が強いのは兵藤らしいが、自分とどうこうなりたいわけではないだろう。これで引き下がってくれるはず……慶はそう楽観的に考えていた。だが兵藤は青い顔をして震えている。

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