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沢山の祝福の拍手がチャペルに響き渡る。少し頬を染めたレフィーナが美しくも可愛らしく、ヴォルフは口元を緩めて笑う。それから二人は別々に歩いたバージンロードを今度は一緒に並んで歩いた。
背後で扉が閉まり、ヴォルフはそっと息をつく。少なからず緊張していたようだ。
ほっとした表情を浮かべる新郎新婦にスタッフが近づき、外へと続く扉の前まで案内される。少しの間ここで待機となるので、ヴォルフはそっと隣にいるレフィーナへ視線を移す。すると、ちょうど彼女もこちらを向いた。そして、微笑みながら話しかけてくる。
「緊張したけどいい式だったわね」
「ああ、そうだな」
「それにしても、神様には驚いたわ」
その言葉に頷いて同意を示したとき、不意に背後から声をかけられた。
「それは悪いことをしたね」
「わっ!」
気配をまったく感じさせずに現れた人物に、ヴォルフは咄嗟にレフィーナを背後に庇う。それから、声をかけた人物に鋭い視線を向けるが、そこにいたのが神だったので、すぐに緊張を解いた。
せめて気配くらいは感じさせながら現れて欲しいものだ。
驚いた二人に申し訳なさそうに神が言う。
「驚かせたね……すまない」
「あの……」
「今日は本当におめでとう、レフィーナ。私からの結婚の祝いを持って来たんだよ。これを渡そうと思ってね」
どうしてまた自分達の前に姿を現したのだろうかと疑問に思っていると、神がレフィーナに向けて真っ白な封筒を差し出した。レフィーナは不思議そうな表情でそれを受け取り、中に入っていた手紙を開く。
「……本来ならば絶対にあり得ないこと。しかし、神でも起こせない奇跡、というものは存在していたようだね」
神の言葉の意味が分からず、ヴォルフは首を傾げてレフィーナの様子を窺う。彼女は手紙を見て、驚いたように緋色の瞳を見開いていた。
それを見てそっと声をかける。
「レフィーナ?」
「この手紙……ソラ……から……?」
ヴォルフの呼びかけには答えず、レフィーナがそう呟いた。ソラとはレフィーナが異世界に残してきた妹の名だ。
どうやらあの手紙はその妹からのようで、レフィーナが涙を滲ませながら手紙に目を通していく。それを静かに見守っていると、神がそっと教えてくれた。
「妹の空音は雪乃のことを思い出したんだよ。ここに連れてくることは出来ないから、かわりに手紙を届けたんだ」
神の言葉を聞きながらヴォルフはレフィーナを見る。緋色の瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだ。
そんな彼女に穏やかな笑みを向ける。そして、レフィーナの邪魔にならないように「よかったな」と小さく呟いた。
手紙を読み終えたレフィーナの頬に涙が伝うのを見て、ヴォルフは彼女に優しく寄り添う。
レフィーナは大切そうに手紙を胸に抱き込んだ。
「ソラ……ありがとう……っ」
「レフィーナ、この世界の女神からもプレゼントがある。……どうやら、準備が整ったようだね」
ふと神がそんなことを告げた。女神のプレゼントとはなんだろうか、と疑問に思うのと同時に外が騒がしくなる。
微笑みを浮かべる神がすっと手を翳すと、扉が音もなく開いた。
「君たち、二人の人生に幸多からんことを──……」
そんな言葉を残し、神が一瞬にして姿を消す。開いた扉から強めの風が吹き込んで来る。驚いたのか、レフィーナがしがみついてきた。それを受け止めながら、ヴォルフは驚きの表情を浮かべる。
吹き込んだ風と共に光を帯びる雪が、頬を撫でたのだ。外に視線を移すと、沢山の雪が同じように光を帯びて降り注いでいる。
「これは……。レフィーナ、目を開けてみろ」
ヴォルフが幻想的な光景に気を取られながらも声をかけると、レフィーナはゆっくりと目を開けた。
ヴォルフはそんな彼女の手を引いて、二人で外に出る。雲ひとつない青空から降り注ぐ、光を帯びた大粒の雪をレフィーナが右手を伸ばし、受け止める。
「雪……」
「……これが、女神とやらからのプレゼントなのかもな」
「……とても綺麗……」
空を見上げて呟くレフィーナの手に、ヴォルフは自身の手を重ね合わせる。緋色の瞳がこちらを向き、ヴォルフはそっと囁いた。
「……レフィーナ、誰よりも愛してる」
「ヴォルフ、私も愛しているわ」
誰にも聞こえないように愛を囁きあった二人は、揃って幸せそうな笑みを浮かべる。
そして、ヴォルフは愛しい妻の手を引いて、歩き出す。
そんな二人を祝福するように、美しい雪と花びらがいつまでも舞っていたのだった。
◇
家に帰る途中、ふとヴォルフは花屋の前で歩みを止めた。
「おや、今日は何か買っていってくれるのかい?」
店先に並んだ花を眺めていると、店主の老婆に話しかけられる。ヴォルフは少し考えて、頷く。
「ふふっ。いつぞやもここで話したねぇ。あのお嬢さんとはうまくいったのかしら」
「……そんな前の事をよく覚えているな」
一度この老婆にレフィーナとの仲を誤解された事を思い出す。あの時は確かアネモネを勧められた。だが、まだ彼女の事を好きという気持ちを受けいれておらず、否定して店を去ったのだ。
思い出すと懐かしい気持ちになって、ヴォルフは口端を緩めた。老婆はそんな彼に可愛らしい笑みを浮かべる。
「必要になったのかい?」
「ああ……。たまにはいいかと思ってな」
「ほっほっほ、そうかい、そうかい。そうさな……今のお前さんにはこれがおすすめだよ」
老婆が一つの花を指差す。そして、花について説明してくれた。
ヴォルフはそれに耳を傾け、やがて話が終わると頷く。
「では、それをくれ」
「ちょっと待ってておくれよ」
皺だらけの手で老婆が丁寧に花を包んで渡してくれる。
「お待たせ。今の気持ちを忘れずに、大切にするんだよ」
「ああ」
花を受け取ってヴォルフは店を後にする。自然とレフィーナの待つ家へと向かう足が早くなる。
やがていつもより早く家に着いたヴォルフは、少し乱れた呼吸を整えて扉を開けた。すると、すぐにパタパタという音と共に一人の女性が姿を見せる。
「おかえりなさいませ」
「ああ、ご苦労さまです。レフィーナは?」
「お部屋でゆったりと過ごしていられますよ」
「そうですか、ありがとうございます。……今日はもう上がっていただいて大丈夫です」
ヴォルフの言葉に女性は頷いて、去っていく。この女性はアイフェルリア公爵が用意してくれた使用人だ。ヴォルフが仕事をしている間、レフィーナのサポートをしてくれている。
ヴォルフは早くレフィーナに会いたい気持ちのままに、廊下を歩く。そして、彼女が待つ部屋へと入った。
「おかえりなさい、ヴォルフ」
大きく膨らんだお腹を優しく眺めていたレフィーナが、ヴォルフを見て微笑みを浮かべた。ヴォルフは花以外の荷物をテーブルに置いて、彼女に近づき隣に腰を下ろす。
「今日も変わりなかったか?」
「ええ。私もこの子も元気よ」
膨らんだお腹に手を添えて、レフィーナは頷く。ヴォルフはそんな彼女に頬を緩ませて、そっと買ってきた花を差し出した。
「ほら、プレゼントだ」
「ありがとう、ヴォルフ!これは……ヒヤシンス?」
「そうだ」
「黄色のヒヤシンス……ふふっ」
花を眺めながらレフィーナが笑う。
黄色のヒヤシンスの花言葉は「あなたとなら幸せ」
今まで花にも花言葉にも興味はながったが、老婆に教えてもらったとき、素敵な花言葉だと思えたのだ。だから、それをレフィーナに贈った。
この様子だとこの花を選んだ理由はバレてしまっていることだろう。
少し照れ臭いが喜んでいる様子に、胸が満たされた。
「……私も同じ気持ちよ」
ふとレフィーナの手がヴォルフの手に重なり、そんな言葉が聞こえてきた。ヴォルフは愛情を返してくれたレフィーナに触れるだけのキスを落とし、膨らんだ彼女のお腹に優しく触れる。その瞬間、手に伝わってきた振動に、ヴォルフはレフィーナと顔を見合わせ、二人で幸せを噛み締める。
これから先、どれだけ大変なことがあったとしても、レフィーナや産まれてくる子と一緒なら、きっと幸せな人生になるだろう。
そんな風に思いながら、ヴォルフは満面の笑みを浮かべたのだった────……
end
◇
「悪役令嬢の役割は終えました」の別視点を最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
初めて別視点のストーリーを書いたので悩んだところもありましたが、最後まで執筆できてほっとしております。
この作品に関しては特に番外編は予定していませんので、これで終わりとなります。
感想を送ってくださった方々や、最後までお付き合いくださいました皆様、本当にありがとうございました!
月椿
背後で扉が閉まり、ヴォルフはそっと息をつく。少なからず緊張していたようだ。
ほっとした表情を浮かべる新郎新婦にスタッフが近づき、外へと続く扉の前まで案内される。少しの間ここで待機となるので、ヴォルフはそっと隣にいるレフィーナへ視線を移す。すると、ちょうど彼女もこちらを向いた。そして、微笑みながら話しかけてくる。
「緊張したけどいい式だったわね」
「ああ、そうだな」
「それにしても、神様には驚いたわ」
その言葉に頷いて同意を示したとき、不意に背後から声をかけられた。
「それは悪いことをしたね」
「わっ!」
気配をまったく感じさせずに現れた人物に、ヴォルフは咄嗟にレフィーナを背後に庇う。それから、声をかけた人物に鋭い視線を向けるが、そこにいたのが神だったので、すぐに緊張を解いた。
せめて気配くらいは感じさせながら現れて欲しいものだ。
驚いた二人に申し訳なさそうに神が言う。
「驚かせたね……すまない」
「あの……」
「今日は本当におめでとう、レフィーナ。私からの結婚の祝いを持って来たんだよ。これを渡そうと思ってね」
どうしてまた自分達の前に姿を現したのだろうかと疑問に思っていると、神がレフィーナに向けて真っ白な封筒を差し出した。レフィーナは不思議そうな表情でそれを受け取り、中に入っていた手紙を開く。
「……本来ならば絶対にあり得ないこと。しかし、神でも起こせない奇跡、というものは存在していたようだね」
神の言葉の意味が分からず、ヴォルフは首を傾げてレフィーナの様子を窺う。彼女は手紙を見て、驚いたように緋色の瞳を見開いていた。
それを見てそっと声をかける。
「レフィーナ?」
「この手紙……ソラ……から……?」
ヴォルフの呼びかけには答えず、レフィーナがそう呟いた。ソラとはレフィーナが異世界に残してきた妹の名だ。
どうやらあの手紙はその妹からのようで、レフィーナが涙を滲ませながら手紙に目を通していく。それを静かに見守っていると、神がそっと教えてくれた。
「妹の空音は雪乃のことを思い出したんだよ。ここに連れてくることは出来ないから、かわりに手紙を届けたんだ」
神の言葉を聞きながらヴォルフはレフィーナを見る。緋色の瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだ。
そんな彼女に穏やかな笑みを向ける。そして、レフィーナの邪魔にならないように「よかったな」と小さく呟いた。
手紙を読み終えたレフィーナの頬に涙が伝うのを見て、ヴォルフは彼女に優しく寄り添う。
レフィーナは大切そうに手紙を胸に抱き込んだ。
「ソラ……ありがとう……っ」
「レフィーナ、この世界の女神からもプレゼントがある。……どうやら、準備が整ったようだね」
ふと神がそんなことを告げた。女神のプレゼントとはなんだろうか、と疑問に思うのと同時に外が騒がしくなる。
微笑みを浮かべる神がすっと手を翳すと、扉が音もなく開いた。
「君たち、二人の人生に幸多からんことを──……」
そんな言葉を残し、神が一瞬にして姿を消す。開いた扉から強めの風が吹き込んで来る。驚いたのか、レフィーナがしがみついてきた。それを受け止めながら、ヴォルフは驚きの表情を浮かべる。
吹き込んだ風と共に光を帯びる雪が、頬を撫でたのだ。外に視線を移すと、沢山の雪が同じように光を帯びて降り注いでいる。
「これは……。レフィーナ、目を開けてみろ」
ヴォルフが幻想的な光景に気を取られながらも声をかけると、レフィーナはゆっくりと目を開けた。
ヴォルフはそんな彼女の手を引いて、二人で外に出る。雲ひとつない青空から降り注ぐ、光を帯びた大粒の雪をレフィーナが右手を伸ばし、受け止める。
「雪……」
「……これが、女神とやらからのプレゼントなのかもな」
「……とても綺麗……」
空を見上げて呟くレフィーナの手に、ヴォルフは自身の手を重ね合わせる。緋色の瞳がこちらを向き、ヴォルフはそっと囁いた。
「……レフィーナ、誰よりも愛してる」
「ヴォルフ、私も愛しているわ」
誰にも聞こえないように愛を囁きあった二人は、揃って幸せそうな笑みを浮かべる。
そして、ヴォルフは愛しい妻の手を引いて、歩き出す。
そんな二人を祝福するように、美しい雪と花びらがいつまでも舞っていたのだった。
◇
家に帰る途中、ふとヴォルフは花屋の前で歩みを止めた。
「おや、今日は何か買っていってくれるのかい?」
店先に並んだ花を眺めていると、店主の老婆に話しかけられる。ヴォルフは少し考えて、頷く。
「ふふっ。いつぞやもここで話したねぇ。あのお嬢さんとはうまくいったのかしら」
「……そんな前の事をよく覚えているな」
一度この老婆にレフィーナとの仲を誤解された事を思い出す。あの時は確かアネモネを勧められた。だが、まだ彼女の事を好きという気持ちを受けいれておらず、否定して店を去ったのだ。
思い出すと懐かしい気持ちになって、ヴォルフは口端を緩めた。老婆はそんな彼に可愛らしい笑みを浮かべる。
「必要になったのかい?」
「ああ……。たまにはいいかと思ってな」
「ほっほっほ、そうかい、そうかい。そうさな……今のお前さんにはこれがおすすめだよ」
老婆が一つの花を指差す。そして、花について説明してくれた。
ヴォルフはそれに耳を傾け、やがて話が終わると頷く。
「では、それをくれ」
「ちょっと待ってておくれよ」
皺だらけの手で老婆が丁寧に花を包んで渡してくれる。
「お待たせ。今の気持ちを忘れずに、大切にするんだよ」
「ああ」
花を受け取ってヴォルフは店を後にする。自然とレフィーナの待つ家へと向かう足が早くなる。
やがていつもより早く家に着いたヴォルフは、少し乱れた呼吸を整えて扉を開けた。すると、すぐにパタパタという音と共に一人の女性が姿を見せる。
「おかえりなさいませ」
「ああ、ご苦労さまです。レフィーナは?」
「お部屋でゆったりと過ごしていられますよ」
「そうですか、ありがとうございます。……今日はもう上がっていただいて大丈夫です」
ヴォルフの言葉に女性は頷いて、去っていく。この女性はアイフェルリア公爵が用意してくれた使用人だ。ヴォルフが仕事をしている間、レフィーナのサポートをしてくれている。
ヴォルフは早くレフィーナに会いたい気持ちのままに、廊下を歩く。そして、彼女が待つ部屋へと入った。
「おかえりなさい、ヴォルフ」
大きく膨らんだお腹を優しく眺めていたレフィーナが、ヴォルフを見て微笑みを浮かべた。ヴォルフは花以外の荷物をテーブルに置いて、彼女に近づき隣に腰を下ろす。
「今日も変わりなかったか?」
「ええ。私もこの子も元気よ」
膨らんだお腹に手を添えて、レフィーナは頷く。ヴォルフはそんな彼女に頬を緩ませて、そっと買ってきた花を差し出した。
「ほら、プレゼントだ」
「ありがとう、ヴォルフ!これは……ヒヤシンス?」
「そうだ」
「黄色のヒヤシンス……ふふっ」
花を眺めながらレフィーナが笑う。
黄色のヒヤシンスの花言葉は「あなたとなら幸せ」
今まで花にも花言葉にも興味はながったが、老婆に教えてもらったとき、素敵な花言葉だと思えたのだ。だから、それをレフィーナに贈った。
この様子だとこの花を選んだ理由はバレてしまっていることだろう。
少し照れ臭いが喜んでいる様子に、胸が満たされた。
「……私も同じ気持ちよ」
ふとレフィーナの手がヴォルフの手に重なり、そんな言葉が聞こえてきた。ヴォルフは愛情を返してくれたレフィーナに触れるだけのキスを落とし、膨らんだ彼女のお腹に優しく触れる。その瞬間、手に伝わってきた振動に、ヴォルフはレフィーナと顔を見合わせ、二人で幸せを噛み締める。
これから先、どれだけ大変なことがあったとしても、レフィーナや産まれてくる子と一緒なら、きっと幸せな人生になるだろう。
そんな風に思いながら、ヴォルフは満面の笑みを浮かべたのだった────……
end
◇
「悪役令嬢の役割は終えました」の別視点を最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
初めて別視点のストーリーを書いたので悩んだところもありましたが、最後まで執筆できてほっとしております。
この作品に関しては特に番外編は予定していませんので、これで終わりとなります。
感想を送ってくださった方々や、最後までお付き合いくださいました皆様、本当にありがとうございました!
月椿
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