上 下
85 / 97

85

しおりを挟む

 レオンとドロシーの新婚旅行先のプリローダから帰国して数日。
 ヴォルフはザックと一緒に、人通りの少ない場所にいた。今は休憩時間で、ザックに話したい事があった為、詰所から二人だけで出てきたのだ。

 たまに人が通るが、二ヶ月後に控えた王国記念祭の準備で忙しく、二人を気にする者はいない。


「話ってのは何だ?」


 太い腕を組み、首を傾げながらザックが問いかけてくる。
 ヴォルフはそんなザックから自分の足元に視線を移す。そして、一度深呼吸をすると、再び視線をザックに戻して口を開いた。


「俺の……母親の墓を知りたい」


 ヴォルフの言葉が意外だったのか、ザックが驚いたように目を見開いた。
 これまでヴォルフがザックに母親の墓について尋ねた事は一度もない。それは興味がなかったのもあるが、過去を思い出したくないという気持ちもあったからだ。
 だが、レフィーナのおかげで、もうそんな辛い過去から抜け出せている。今なら母親と向き合い、そして…きちんと決別できるだろう。
 その為に、今まで一度も考えたことすらなかった母親の墓参りをしようと、ヴォルフは決めたのだ。
 
 母親は騎士団によって埋葬されたと聞いている。ザックに聞けば、場所は分かるだろう。
 暫く黙ってヴォルフを見つめていたザックが、やがて静かに話し出した。


「お前の母親は街外れの墓地に埋葬した。一番端の大きな木の下だからすぐ分かるだろう」

「街外れの墓地か…」

「一人で行くのか?」

「そのつもりだ。明日の休みに行ってくる」

「そうか」


 その為に明日は休みを取ったのだ。それに、他にも大切な用事がある。
 明日の事を考えていると、不意にザックに頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。


「うわっ…!」

「大きくなったな!ヴォルフ!」


 嬉しそうなザックの声が届く。それからザックの手が頭から離れ、ヴォルフはため息をついた。
 ぐしゃぐしゃになった髪を整えつつ、ザックに視線を移す。にこやかな笑みを浮かべるザックは、ヴォルフと目が合うとさらに笑みを深くした。


「お嬢ちゃんがお前を変えたんだな」

「……ああ。レフィーナのおかげで、俺は変われた」


 目を閉じれば、レフィーナの笑顔が浮かぶ。自然と早くなる鼓動も、悪くない。
 母親との過去から抜け出せたのも、ろくでもない父親に会っても強くいられたのも、レフィーナのおかげだ。


「ザック、俺はレフィーナに結婚を申し込むつもりだ。……祝福してくれるか?」


 ザックの事は憧れると同時に、父親のように慕っている。レフィーナとの結婚を考えている事を打ち明ければ、ザックは感激した様子で涙ぐんだ。


「当たり前だ!祝福するに決まっているだろう!」

「ありがとう、ザック」


 ヴォルフがそう言って柔らかい笑みを浮かべた所で、不意に声がかけられた。


「ザック様、少々よろしいでしょうか?」


 今まさに話していたレフィーナがそこにいて、二人は驚く。ザックはレフィーナに気付かれないように、さっと目尻を拭った。


「む?おぉ!お嬢ちゃんか!何か用か?」

「はい。王国記念祭当日のドロシー様の予定表です」

「…確かに。また警備について決まったら連絡するからな」

「はい。よろしくお願い致します」


 いつものようにニカッと笑ったザックに、レフィーナも微笑んで頭を下げる。
 ふと、ザックがヴォルフの方にちらりと視線を投げてきた。そして、頭を上げたレフィーナにニヤついた笑みを浮かべ、口を開く。


「これは俺はお邪魔だな。後は若い二人でゆっくりしろ!はっはっは」

「え?あの、ザック様…仕事中…」

「なにちょっとくらい大丈夫だろうさ!ヴォルフ、また後でな!」


 ザックが豪快に笑いながら去っていく。どうやらヴォルフに気を使ってくれたようだが、少々強引過ぎる。
 レフィーナと顔を見合わせて、お互いに困ったように苦笑いを浮かべた。


「…ちょうどいいから話しておくけど、家族とは王国記念祭の時に会うことになりそうなの」

「そうか…。少し先だが、会えるようになって良かったな」

「えぇ。公爵家を出るときはもう会うこともないと思っていたから、少し緊張するわ」


 レフィーナはそう言って、小さくため息をついた。それでも、どことなく嬉しそうだ。
 王国記念祭は二ヶ月後。ちょうどいいタイミングかもしれない、とヴォルフは思考を巡らせて、レフィーナに問いかける。


「…その会うのはいつになりそうなんだ?」

「多分、舞踏会の前になると思うけど…」

「そうか。じゃあ、家族に会う前に少し会えないか?…その方が緊張も解れるだろ?」

「えぇ。そうしてくれると嬉しい」


 レフィーナが頷く。ヴォルフは表情を変えずに、頭の中で当日の予定を組み立てる。
 レフィーナが家族に会う前に、ヴォルフは結婚を申し込もうと考えたのだ。レフィーナが受け入れてくれたのなら、そのまま挨拶も出来る。指輪も二ヶ月後なら間に合うだろう。


「じゃあ、詳しい時間がわかったら教えてくれ。その時間は空けておくから」

「分かったわ。…あまり長いこと抜けると大変だから、そろそろ戻るわね」

「あぁ、またな」


 王国記念祭の舞踏会の時に会う約束を交わし、ヴォルフはレフィーナと別れて詰所へ戻っていったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の役割は終えました

月椿
恋愛
妹を助ける為に神と契約をした天石 雪乃は、異世界で王太子の婚約者である公爵令嬢のレフィーナ=アイフェルリアとして生まれ直した。 神との契約通り悪役令嬢を演じ、ヒロインと王太子をくっ付けて無事に婚約破棄されたレフィーナは、何故か王城で侍女として働く事になって……。 別視点の話も「悪役令嬢の役割は終えました(別視点)」というタイトルで掲載しています。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

王子様と朝チュンしたら……

梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

処理中です...