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「おい」


 ヴォルフは男達の進路を塞ぐように立ち、低い声を出す。そうすれば、ヴォルフに気付いたらしい男が声を上げた。


「あ?なんだー?」

「お前の連れか?悪いがこの子は俺らが貰っちゃうからどっか行きな」

「ほらほら、早くどけや!」


 両手に飲み物を持った状態では戦いづらいが、こんなチンピラくらいならばヴォルフには問題ない。自国ではヴォルフが声をかければ、すぐに副騎士団長だと気づいて逃げていくのだが、ここは他国。おまけに今日のヴォルフは騎士服すら着ていないので、チンピラにはただの邪魔者としか写っていないようだ。


「あ、あの…」


 レフィーナが控えめに声を出すのが聞こえた所で、男達の一人がヴォルフを退かそうと手を伸ばしてきた。
 ヴォルフは伸びてきた手をあっさりとかわし、掴み損ねてよろけた男の背中をとん、と肘で押す。そうすれば、掴みかかってきた男は無様に地面へと顔面から倒れ込んだ。


「ぐぇっ!」

「こいつ!」


 咄嗟に受け身の一つも取れないとは、とヴォルフが思っていれば、レフィーナの手を掴んでいた男が勢いよく殴りかかってきた。
 先程の男よりは勢いがあるが、それだけだ。ヴォルフが男の拳をあっさりとが躱せば、男は体勢を立て直してまたヴォルフに殴りかかってきた。何度もやった所で、そんな隙だらけの動きでは、ヴォルフに掠り傷すら負わせる事は出来ないだろう。


「くそっ!このっ…!」

「…しつこい」


 諦めの悪い男にうんざりしてきたヴォルフはすっと片足を上げて、再び殴りかかってきた男の腹に素早く蹴りを入れた。
 綺麗に入った一撃に男は為す術もなく地面に倒れ込む。見事に一発で男を沈めたヴォルフに成り行きを見ていた周囲の人間が歓声と拍手を送った。


「失せろ」


 冷たい声で言えば、もうヴォルフには敵わないことが分かった男達はすごすごと、肩を落としながら去っていった。
 そんな男達に興味もないヴォルフはレフィーナに近づいて声をかける。


「レフィーナ、大丈夫か?」

「え、えぇ。ありがとう」

「ほら、これ」


 レフィーナに怪我はなさそうで、ヴォルフは両手に持っていた飲み物の一つをレフィーナに差し出した。動いたが手は使っていないし、気をつけていたので中身は一滴もこぼれていない。
 中身がこぼれていないことに感心している様子のレフィーナの頬を、ヴォルフはするりと指先で撫でる。そうすれば、レフィーナは飲み物からヴォルフへ視線を移した。


「…急に居なくなってすまなかった」

「飲み物を買う為に居なくなったの?」

「まぁ、それもあるが…。その、自分で言っておいて何だが…、ちょっと照れくさくなったんだ」


 ふいっと顔を逸らしたヴォルフの横顔に、レフィーナの視線が突き刺さる。改めて照れくさくなったヴォルフの耳が熱を持つ。
 レフィーナとは結婚したいとは思っている。本当ならプロポーズもすぐにしたいのだが、今はまだ準備が何も整っていない。


「…その、一応言っておくが冗談じゃないからな。いつか、行こう。二人でヴィーシニアに」


 それだけは伝えておかなければ、とヴォルフはそう告げる。そんなヴォルフの言葉にレフィーナは嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。

 そんなレフィーナの反応にヴォルフは、拒否されなかった事に胸を撫で下ろして、またレフィーナと共に歩き始めた。
 買った飲み物を口に含めば、フルーツの甘酸っぱさが口に広がる。それを味わいながらレフィーナをちらりと見れば、並んでいる屋台に気を取られているようだ。


「何か気になるものでもあったか?」

「何となく見ていただけよ」

「そうか。腹は空いてないか?」

「うーん、ちょっとだけ…?」


 話をしながらそれなりに歩いていたので、そう気遣えばレフィーナが頷いた。そういえば、ザックとこの国に来た時に面白いものを食べたな、とヴォルフはふと思い出す。
 ザックが面白がって買ったものだが、味は悪くなかった。


「…それなら、何か買って少し休憩するか。いい休憩場所も知っているからな」

「ヴォルフはプリローダに詳しいの?」

「……まぁ、それは後でな。…まずは何か買うか」


 レフィーナの質問には答えず、ヴォルフは屋台に視線を移す。レフィーナの食べたい物があるかもしれないと、提案する前に二人で屋台を見て回る。
 どれも興味深そうにしているが、レフィーナが食べたいものはなさそうだ。そこで、丁度提案しようとしていた物の屋台を見つけたので、ヴォルフは口を開く。


「これとかどうだ?」

「プリローダドック?」


 看板に書かれた文字を読んで、レフィーナが首を傾げた。
 ヴォルフが提案したのはプリローダドックと名付けられたホットドックだ。軽食には丁度いいし、面白みもある。


「いらっしゃい!プリローダの名物だよ!」

「名物なんですか?」

「そうだよ、綺麗なお嬢ちゃん。このソースを見てみな」

「…花?」


 屋台の男が透明なソースが入った容器を見せながら、レフィーナに説明をする。かなり小さな花が入ったそれを、ホットドックにかける想像が出来ないのか、レフィーナは難しそうな表情を浮かべていた。


「味の保証はするぜ?」

「うーん…」


 悩んでいるレフィーナに忍び笑いをもらしながら、ヴォルフは注文を口にした。
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