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 レオンと馬車の中で話してから、道中に何か起こることもなく、無事にヴォルフ達はプリローダの王都へと入っていた。
 ヴォルフはレフィーナ達の馬車の近くを馬に乗って進みながら、周りをぐるりと見渡す。


「…変わってないな…」


 父親を捜しにザックと共に少年の頃に訪れた時と、あまり変わっていないようだ。
 街の中には花の国と呼ばれるだけはあって、そこかしこに花壇や樹木、鉢植えなどがあり、どれも色とりどりの花を咲かせている。


「ヴォルフ様!」


 プリローダの景色を見ていたヴォルフは名前を呼ばれて、そちらに視線を移す。馬車の小窓からアンが顔を覗かせていた。どうやら名前を読んだのはアンのようだ。
 ヴォルフは馬車の横まで近づき、馬を寄せた。


「……どうかしたか?」

「レフィーナ、明日が誕生日ですよ」

「………へぇ……」


 アンから教えられた事に、ヴォルフの口から思わず低い声が出る。ヴォルフは馬に乗っている為、馬車の中のレフィーナの姿は見えない。
 まさかレフィーナ本人ではなく、アンから誕生日を教えられるとは思っていなかった。


「それは初耳だな」

「それで、明日はレフィーナは休みなので、二人で出掛けたらどうですか?」

「…なるほど。それで、レオン殿下が…」


 プリローダの王都に着く少し前に、明日の休みを言い渡されていた。その時は理由が分からなかったが、レフィーナの誕生日に合わせてくれたらしい。
 ドロシーとレオンで事前に話し合っていたのだろう。


「では、そういう事なので。ほら、レフィーナも何か言ったら?」

「あ、え…あの、舞踏会は…エスコート、お願いします…?」


 ようやく声を出したレフィーナのずれた発言に、アンとヴォルフは揃ってため息をついた。
 レフィーナの言う舞踏会とは、本日、プリローダの王城でレオンとドロシーを歓迎する為に催される物だ。
 ずれたレフィーナの発言で、誕生日を教えてもらえなかった不満は霧散してしまった。


「レフィーナ…今は明日の話よ…」

「うっ」


 アンが呆れたような声を出せば、レフィーナが言葉に詰まる。


「……まぁ、今夜はしっかりエスコートしてやる」

「は、はい…お願いします…」

「では、ヴォルフ様、明日はレフィーナの事をお願いしますね」


 そう言って、アンは窓を閉める。ヴォルフは馬車から少し離れて元の場所まで戻ると、明日の事に思考を巡らせる。
 先程までレフィーナの誕生日を知らなかったのだから当然、プレゼントなんて用意していない。


「……明日、街で何か見繕うか…」


 ヴォルフはそう小さく呟く。レフィーナの気に入った物を買ってやるのもいいかもしれない。そんな風に考えれば明日が楽しみになる。

 ヴォルフは少し口元を緩めながら、近付いてきたプリローダの王城へと視線を向けたのだった。



             ◇



 プリローダの王城についたヴォルフは、与えられた部屋でこの後に行われる舞踏会の為に着替えていた。いつもの騎士服ではなく、装飾の多い、見栄えのする凝った作りの物だ。
 滑らかな生地は漆黒で、胸や袖口に施されている装飾や細かい刺繍は赤色だ。
 
 着替えを終えたヴォルフは、レオンの元まで向かう。扉の前で護衛をしていた騎士に一言声を掛けれていれば、レオンがタイミングよく部屋から出てきた。


「ヴォルフも準備が出来たようだね」

「はい。会場へ向かいますか?」

「いや、ドロシー達を迎えに行こう」


 レオンの言葉に頷いて、二人でレフィーナ達のいる部屋へと向かう。そんなに離れていないので、すぐに到着する。
 またしてもタイミングが良かったようで、丁度レフィーナとドロシーが騎士に会場まで案内される所だった。


「…あぁ、丁度良かったね。入れ違いにならなくて良かったよ」


 レオンが声を掛ければ、着飾ったドロシーが嬉しそうに顔を綻ばせて、レオンに歩み寄った。レオンもそんなドロシーを優しい笑みで迎え入れる。
 ヴォルフはそんな二人の横で、レフィーナに見とれていた。

 濃い赤紫色の生地をたっぷり使ったドレス。ほっそりとしたラインの腰に飾り付けられた花飾りや、ドレスの随所にあしらわれたレースとフリルは黒色で、全体を引き締めている。
 整った美しい顔にも丁寧な化粧が施されており、ふっくらとした唇には赤い口紅で色が乗せられている。

 レフィーナが侍女になってから…恋人になってから、初めて見る着飾った姿。
 大人っぽい雰囲気のレフィーナは誰の目から見ても美しかった。


「レフィーナ」

「ヴォルフ様」


 ヴォルフはそんなレフィーナに近づいて、名を呼ぶ。そして、甘さと熱っぽさを含んだ金色の瞳を向ける。その視線を受けて、レフィーナは瞬時に頬を染めた。


「綺麗だ」

「あ、ありがとうございます」


 微笑みながら、心から称賛の言葉を送れば、レフィーナがさらに頬を染める。それから恥ずかしそうに視線をさまよわせて、やがてレフィーナは俯いた。
 照れるレフィーナは可愛くて、誰にも見せたくないという感情がヴォルフの中で湧き上がってきた。
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