上 下
60 / 97

60

しおりを挟む

「…ヴォルフ…」


 やがて、レフィーナが小さな声でヴォルフの名を呼んだ。ただ呼び捨てで名前を呼ばれただけなのに、ヴォルフの心が満たされる。金色の瞳を細めて、ヴォルフは口を開く。


「もう一度」

「ヴォル……んっ…!」


 恥ずかしそうに名前を呼ぶレフィーナに、ヴォルフは思わず唇を奪う。初めて触れた唇は柔らかく、甘やかなものだった。
 触れるだけですぐに離れれば、レフィーナの顔が耳まで赤く染まる。可愛らしいその姿に、ヴォルフの胸がきゅぅと締め付けられた。

 ヴォルフは赤くなったレフィーナの耳を、指先でなぞる。


「耳まで真っ赤だな」

「だっ…だって、急に…その、キス…されたから…!」

「嫌だったか?」

「い、嫌ではなかった、です…」

「…可愛いな」

「ん、ヴォルフ…ふっ…」


 恋人の可愛らしい姿に我慢できるはずもなく、ヴォルフは甘やかな唇についばむようなキスを繰り返す。
 触れ合うたびに心が満たされ、より愛おしさが増していく。ずっとこうしていたい、なんてわがままな感情まで湧いてくる。


「レフィーナ、好きだ」

「私もヴォルフ、の事が好きです」


 溢れる気持ちをそのまま素直に口に出せば、レフィーナも同じ気持ちを返してくれる。その事に満足しながらも、まだ開放する気はない。


「あぁ。じゃあ、次は敬語だな。普通に話せ」

「えっ?」

「敬語で話すたびに…そうだな、キスでもするか。まぁ…俺はそれでもいいけどな」


 意地悪そうな笑みを浮かべながらそう言えば、レフィーナが少し不満そうな視線を投げかけてくる。
 だが、ここで引き下がるつもりはない。話し方くらいで…と思わなくもないが、敬語で話されると、どうしても距離を感じるのだ。

 もっと親しく、もっと近くに、もっと心を許し合いたい。そんな気持ちがヴォルフの胸を搔き乱す。


「……」

「レフィーナ、俺は恋人とは対等でいたい。敬語だと距離を感じる。だから、なしで話して貰いたいんだ」

「分かり……分かった。そう何度もキスされると……その、恥ずかしいし」

「俺はレフィーナとキスできるのが、嬉しいけどな」

「うっ…」


 素直な気持ちを伝えれば、レフィーナが顔を背けた。それから、自分に言い聞かせるように何事かを呟き始める。何を呟いているのかと耳を傾ければ、どうやら敬語で話さないように暗示をかけているらしい。

 自分のために頑張るレフィーナがいじらしくて、ヴォルフはレフィーナの顎をすくい上げ、再び唇を奪った。


「な、なっ…!?」

「別にそれ以外ではしないなんて言ってないだろ」

「そ、そうですけど!」


 驚いたように口をパクパクさせたレフィーナにヴォルフが意地悪く告げれば、レフィーナが抗議するような声を上げる。まだ咄嗟には言葉遣いを直せないらしく、敬語に戻っていた。


「また戻ってるぞ」

「んっ。分かった…!分かったから!」


 宣言通りに唇を塞げば、レフィーナがぐいっとヴォルフを引き離した。レフィーナの顔は真っ赤で、ヴォルフはそれを満足そうに見つめる。
 そんなヴォルフを見たレフィーナがむっとした表情を浮かべ、口を開く。


「ヴォルフさ…ヴォルフは、恥ずかしくないの?」

「恥ずかしがるお前が可愛すぎて、それどころじゃないな。因みに分かっているとは思うが、ファーストキスだ」

「…ファーストキスなのは、こっちだって同じなのに…ヴォルフ、だけ普通なのはずるい」


 レフィーナの言葉にヴォルフはふっと笑う。普通な訳がない。
 レフィーナの唇に触れてから…いや、触れる前から、ヴォルフの心臓は痛いくらいに早く脈打っていた。どこか不満げなレフィーナの手を掴んで、ヴォルフは早い鼓動を刻む胸に引き寄せる。


「普通、か。ほら、触ってみろ」

「早い…」

「当たり前だろ。なんたってファーストキスなんだから、緊張くらいする」


 そこまで言えば、さすがに少し照れくさくなって、ヴォルフは視線を逸らした。余裕なんてない。始めから。
 でもそんな所をレフィーナに見られたくなくて、余裕があるように振る舞っていただけだ。照れていれば、ふとレフィーナが口を開く。


「ヴォルフ様、可愛いですね」

「へぇ。余裕は戻ったようだな?」

「あっ…」


 可愛い、なんて言われるのは男として嬉しくない。鋭さを取り戻した金の瞳でレフィーナを見れば、レフィーナはまた何時ものように話してしまった事に気付いたらしい。咄嗟とっさに唇を隠したレフィーナの手を、簡単に引き剥がして、ヴォルフは唇を塞ぐ。


「レフィーナの唇は甘くて、柔らかくて…何度でもキスしたくなるな」

「…っ!ふ、二人の時は敬語もなしで、名前も呼び捨てにするから、もう今日は部屋に戻って!」


 とうとう限界が来たらしいレフィーナに、部屋の外に追い出される。真っ赤な顔はこれ以上は恥ずかしいと、言葉以上に語っている。
 少し…いや、かなり残念だが、これ以上は嫌われてしまうかもしれないので、ヴォルフはおとなしく従う事にした。


「…仕方ないな。約束だぞ。…おやすみ、レフィーナ」


 そう告げて、ヴォルフは最後にレフィーナの頭にぽんと手を置いてから、自分の部屋へと戻ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の役割は終えました

月椿
恋愛
妹を助ける為に神と契約をした天石 雪乃は、異世界で王太子の婚約者である公爵令嬢のレフィーナ=アイフェルリアとして生まれ直した。 神との契約通り悪役令嬢を演じ、ヒロインと王太子をくっ付けて無事に婚約破棄されたレフィーナは、何故か王城で侍女として働く事になって……。 別視点の話も「悪役令嬢の役割は終えました(別視点)」というタイトルで掲載しています。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。 その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。 敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。 言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

王子様と朝チュンしたら……

梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

処理中です...