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レフィーナに与えられた部屋に着けば、レフィーナの手がするりと離される。そして、レフィーナは部屋の中に足を踏み入れて、くるりと振り返った。
「あの、ヴォルフ様……わっ…!」
レフィーナが何か言うよりも早く、ヴォルフもまた部屋の中へ足を踏み入れて、レフィーナをぎゅっと抱き締めた。
支えを失った扉がパタンという音を立てて、背後で閉まる。
「ヴォルフ様…?」
「レフィーナ、怖い思いをさせて悪かった」
「え?」
「王妃殿下に誘拐の計画は口外するな、と言われていたからお前にも黙っていた。…怖かっただろう…」
そう話して、ヴォルフはレフィーナを抱きしめる腕に力を込めた。
ベルグから取り戻した時、レフィーナの手は震えていた。怖い思いをさせてしまった罪悪感がヴォルフの胸をぐるりと搔き乱す。
「大丈夫です。…レナシリア殿下のご命令なら、それを守るのがヴォルフ様の仕事でしょう?」
「…それでも、お前に怖い思いをさせたのにはかわりない」
レフィーナはヴォルフが騎士として、王妃であるレナシリアの命令に従うしかなかった事を理解してくれている。
レフィーナの手が優しくヴォルフの背を撫でる。レフィーナが黙っていた事を許してくれて、ヴォルフはようやく胸を撫で下ろした。
きちんと謝罪できて、そして許しを貰えて、罪悪感が消える。しかし、ヴォルフの胸を締めていたのは罪悪感だけではなかった。
「ヴォルフ様…」
「それに…」
ベルグに抱き締められるレフィーナを思い出す。それを見てからずっとヴォルフの胸の片隅に燻っている感情は、後悔と嫉妬だ。この計画にベルグを使うことを認めてしてしまった後悔と、自分以外の男がレフィーナに惚れた事に対する嫉妬。
こんな事になると知っていたのならば、絶対にベルグを使う事に強く反対したし、牢にでもぶち込んでやっていた。心底レフィーナを好いているからこそ、独占欲も嫉妬の心もある。
そんな感情を抱いているからか、自然とヴォルフの声は低くなった。
「あの…」
「それに、俺がいない間に、あんな奴に惚れられるなんて……」
「はい?」
抱きしめていた腕を離して、ヴォルフはレフィーナの顔を覗き込む。そして、レフィーナの頬を指先で撫でながら、眉を寄せた。
レフィーナはベルグの事を思い出したのか、嫌そうな表情を浮かべる。レフィーナが心底ベルグの事を嫌っている事が分かる表情に、ヴォルフの黒い感情は少し収まった。
「惚れられたくて惚れられた訳ではないです」
「…一緒にいて、何もなかったか?」
「何もありませんよ。迫られても爪先を踏んづけてやりました」
雪乃としての意識が強かった時は、迫っても無頓着だった。それに比べたらきちんと抵抗と拒否をしているだけましだろう。だが、それでもやはり心穏やかにはならない。
「…迫られたのか」
「あ、の…ヴォルフ様、近い…」
レフィーナの両頬を両手で包み込んで緋色の瞳を見つめていれば、レフィーナが動揺するように目を泳がせて、そう小さく呟いた。
お互いの息がかかるほど近い距離に耐えかねたのか、レフィーナが距離を取ろうとする。もちろんここでレフィーナを逃がす程、ヴォルフは甘くない。
逃げようとするレフィーナの腰に腕を回して、逆に引き寄せた。
レフィーナの頬は真っ赤に色づいている。
「ヴォ、ヴォルフ様…」
「レフィーナ、どうしてそう迫られる?」
「そんな事を言われましても…」
「裏稼業の頭だけじゃない。プリローダの第四王子にも迫られていた。俺が…」
どれほど、嫉妬していることか。
レイやベルグだけではない。騎士や使用人の中にもレフィーナに心を奪われている者がいる。それを、レフィーナ本人だけが知らない。
ヴォルフが些細なことですら嫉妬している事も知らない。
目を泳がせていたレフィーナの緋色の瞳が、ようやくヴォルフの方を向いた。
目が合って、ヴォルフは胸の内を晒すように言葉を吐き出す。
「俺がどれだけ、嫉妬しているか知らないだろう」
「しっ、と…?」
「そうだ。俺はレフィーナを他の誰かに取られたくない。…俺だけを見ていて欲しい」
真剣な声色で告げれば、レフィーナの赤い頬がさらに色を増した。それから、嬉しそうに目尻を和らげ、レフィーナが口を開く。
「私は、ヴォルフ様だけを見ていますよ。レイ殿下でも、裏稼業の人でもなく…貴方だけです。こんなにもドキドキして、好きなのは…」
レフィーナの言葉はヴォルフの心を瞬時に満たして、醜い感情を押しやった。
真っ直ぐに告げられた気持ちに、ヴォルフは頬を微かに染めて、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「レフィーナ、名前を呼んでくれ」
「ヴォルフ様?」
「違う。様、はいらない」
こつんと額同士を合わせて、ねだるように告げる。レフィーナともっと近くなりたい。もっと心を寄り添わせたい。
恋人として、より親しくなりたい。
「レフィーナ…」
「ヴォルフ、様」
「ヴォルフだ」
呼び捨てにするのが恥ずかしいのか、レフィーナが視線を彷徨わせる。そんなレフィーナにヴォルフは期待するような視線を向けた。
「あの、ヴォルフ様……わっ…!」
レフィーナが何か言うよりも早く、ヴォルフもまた部屋の中へ足を踏み入れて、レフィーナをぎゅっと抱き締めた。
支えを失った扉がパタンという音を立てて、背後で閉まる。
「ヴォルフ様…?」
「レフィーナ、怖い思いをさせて悪かった」
「え?」
「王妃殿下に誘拐の計画は口外するな、と言われていたからお前にも黙っていた。…怖かっただろう…」
そう話して、ヴォルフはレフィーナを抱きしめる腕に力を込めた。
ベルグから取り戻した時、レフィーナの手は震えていた。怖い思いをさせてしまった罪悪感がヴォルフの胸をぐるりと搔き乱す。
「大丈夫です。…レナシリア殿下のご命令なら、それを守るのがヴォルフ様の仕事でしょう?」
「…それでも、お前に怖い思いをさせたのにはかわりない」
レフィーナはヴォルフが騎士として、王妃であるレナシリアの命令に従うしかなかった事を理解してくれている。
レフィーナの手が優しくヴォルフの背を撫でる。レフィーナが黙っていた事を許してくれて、ヴォルフはようやく胸を撫で下ろした。
きちんと謝罪できて、そして許しを貰えて、罪悪感が消える。しかし、ヴォルフの胸を締めていたのは罪悪感だけではなかった。
「ヴォルフ様…」
「それに…」
ベルグに抱き締められるレフィーナを思い出す。それを見てからずっとヴォルフの胸の片隅に燻っている感情は、後悔と嫉妬だ。この計画にベルグを使うことを認めてしてしまった後悔と、自分以外の男がレフィーナに惚れた事に対する嫉妬。
こんな事になると知っていたのならば、絶対にベルグを使う事に強く反対したし、牢にでもぶち込んでやっていた。心底レフィーナを好いているからこそ、独占欲も嫉妬の心もある。
そんな感情を抱いているからか、自然とヴォルフの声は低くなった。
「あの…」
「それに、俺がいない間に、あんな奴に惚れられるなんて……」
「はい?」
抱きしめていた腕を離して、ヴォルフはレフィーナの顔を覗き込む。そして、レフィーナの頬を指先で撫でながら、眉を寄せた。
レフィーナはベルグの事を思い出したのか、嫌そうな表情を浮かべる。レフィーナが心底ベルグの事を嫌っている事が分かる表情に、ヴォルフの黒い感情は少し収まった。
「惚れられたくて惚れられた訳ではないです」
「…一緒にいて、何もなかったか?」
「何もありませんよ。迫られても爪先を踏んづけてやりました」
雪乃としての意識が強かった時は、迫っても無頓着だった。それに比べたらきちんと抵抗と拒否をしているだけましだろう。だが、それでもやはり心穏やかにはならない。
「…迫られたのか」
「あ、の…ヴォルフ様、近い…」
レフィーナの両頬を両手で包み込んで緋色の瞳を見つめていれば、レフィーナが動揺するように目を泳がせて、そう小さく呟いた。
お互いの息がかかるほど近い距離に耐えかねたのか、レフィーナが距離を取ろうとする。もちろんここでレフィーナを逃がす程、ヴォルフは甘くない。
逃げようとするレフィーナの腰に腕を回して、逆に引き寄せた。
レフィーナの頬は真っ赤に色づいている。
「ヴォ、ヴォルフ様…」
「レフィーナ、どうしてそう迫られる?」
「そんな事を言われましても…」
「裏稼業の頭だけじゃない。プリローダの第四王子にも迫られていた。俺が…」
どれほど、嫉妬していることか。
レイやベルグだけではない。騎士や使用人の中にもレフィーナに心を奪われている者がいる。それを、レフィーナ本人だけが知らない。
ヴォルフが些細なことですら嫉妬している事も知らない。
目を泳がせていたレフィーナの緋色の瞳が、ようやくヴォルフの方を向いた。
目が合って、ヴォルフは胸の内を晒すように言葉を吐き出す。
「俺がどれだけ、嫉妬しているか知らないだろう」
「しっ、と…?」
「そうだ。俺はレフィーナを他の誰かに取られたくない。…俺だけを見ていて欲しい」
真剣な声色で告げれば、レフィーナの赤い頬がさらに色を増した。それから、嬉しそうに目尻を和らげ、レフィーナが口を開く。
「私は、ヴォルフ様だけを見ていますよ。レイ殿下でも、裏稼業の人でもなく…貴方だけです。こんなにもドキドキして、好きなのは…」
レフィーナの言葉はヴォルフの心を瞬時に満たして、醜い感情を押しやった。
真っ直ぐに告げられた気持ちに、ヴォルフは頬を微かに染めて、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「レフィーナ、名前を呼んでくれ」
「ヴォルフ様?」
「違う。様、はいらない」
こつんと額同士を合わせて、ねだるように告げる。レフィーナともっと近くなりたい。もっと心を寄り添わせたい。
恋人として、より親しくなりたい。
「レフィーナ…」
「ヴォルフ、様」
「ヴォルフだ」
呼び捨てにするのが恥ずかしいのか、レフィーナが視線を彷徨わせる。そんなレフィーナにヴォルフは期待するような視線を向けた。
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