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 騎士達が口を閉ざしたのを見届けてから、ヴォルフは朝食を受け取りに向かった。朝食を受け取ると、混雑している食堂を見回す。あの騎士達のテーブルの席は空いていたが、そこで食事を取ればまた懲りずにからかって来そうなので行く気はない。

 ぐるりと見回す途中で強い視線を感じてそちらに視線を移せば、侍女長のカミラと目が合った。カミラはヴォルフと目が合うと自身の前に座る人物に視線を移し、次いでその人物の隣の空席に視線を移す。カミラの前に座る人物は背中しか見えないが、亜麻色の髪からレフィーナだということが分かる。

 昨日のこともあるし、カミラの気遣いをありがたく受け入れることにした。


「……ここ、いいか?」

「えぇ。どうぞ」


 控えめにレフィーナに声をかける。しかし、レフィーナは何故か俯いていて、返事を貰えなかった。そんなレフィーナの代わりにカミラが返事をくれたので、ヴォルフは朝食をテーブルに置いてからレフィーナの隣に腰を下ろす。
 そしてそんなヴォルフと入れ替わるかのように、カミラが立ち上がった。そこでようやくレフィーナが俯いていた顔を上げて、カミラに視線を移した。


「私は仕事がありますので、これで失礼します」

「えっ、あの」


 戸惑う様子のレフィーナを置いてカミラはさっさと立ち去ってしまった。何時もとは違うレフィーナの態度に、やはり昨日酔って記憶がない部分でやらかしたのではないかと不安になる。
 もし何かしてしまったのなら謝らなければならない。このままレフィーナに距離を取られたくないし、何かやらかしているなら挽回したい。


「なぁ」

「は、はい」

「昨日……」


 昨日、という言葉にレフィーナが小さく体を震わせるのが分かった。やはり、レフィーナの何時もと違う態度は昨日の事が原因なのだ。
 本当は酔っ払って記憶を無くしたなんてかっこ悪い事は言いたくないが、それでも覚えていないのなら説明するしか無い。


「かなり酔っていて記憶がないんだが…」

「…はい?」

「レフィーナが来た所まではぼんやりと覚えているんだが、その後がいまいち思い出せない」


 素直に伝えれば、隣りに座っていたレフィーナが思いっきりため息をついた。そんなレフィーナに表情にこそ出さないものの、ヴォルフの胸は緊張に満たされる。
 ため息をついたレフィーナが、ようやく視線をヴォルフの方へ向けた。しかし、その視線はどこか刺々しいもので、ヴォルフは思わずゴクリとつばを飲み込む。


「……そうですか、覚えていないんですか」

「す、すまない。酔っていて迷惑かけた、よな…。悪い」


 視線と同じ様に刺々しい物言いのレフィーナに、ヴォルフは視線を泳がしつつも謝る。どんな迷惑を掛けたのか全く覚えていないせいで、どんなことをしてしまったのかも分からない。
 まさかキス未遂に告白までしてしまっているなんて、忘れてしまっているヴォルフは気づかない。

 レフィーナの様子を眉尻を下げて見守っていれば、ふとレフィーナが小さく何事かを呟いた。それは本当に小さな呟きで何を言ったのかは聞き取れなかった。


「レフィーナ?」

「…別に迷惑になるような事はありませんでしたよ。気にしないでください」

「…そうか」


 レフィーナの雰囲気から刺々しさがなくなり、いつもの口調で話してくれたので、ヴォルフはほっと胸を撫で下ろした。


「どちらかといえば、運んでくださったダットさんの方が…」

「…うっ…」


 レフィーナの言葉に思わずうめき声がこぼれる。やはりレフィーナにもばっちりそんな場面を見られていたようだ。アードや先輩騎士達にからかわれるよりもずっと辛く感じる。
 迷惑もかけてさらにそんな情けない場面も見せてしまったヴォルフは、もう深酒はしないとひっそりと誓う。

 これ以上はこの話題を続けていいことなど無い、とヴォルフは話を変えることにした。


「今日からドロシー様の侍女になるんだったな」


 レフィーナは見習い侍女から、ドロシー付きの専属侍女になる。それが今日からだったことを思い出して話題を振った。


「はい。…朝食を終えたらモーニングティーの用意をしてお部屋に向かいます」

「そうか。…この時間だとレオン殿下もまだ部屋にいるだろうな」


 レフィーナを嫌っているレオンを思い出すと心配になる。レフィーナの令嬢時代が演技だったことを知っているのは僅かな人間だけ。そしてヴォルフはレオンにそのことを話していない。恐らくドロシーや王妃のレナシリアも話していないだろう。


「レオン殿下は…まだ…」

「私がわざとそうしたことを知りませんよ」

「大丈夫か?レオン殿下、お前の事をよく思っていないぞ」

「まぁ、大丈夫ですよ」


 レフィーナは気楽な声でそう言いながら、朝食を口に運ぶ。
 ヴォルフも朝食に手をつけながら、レオンを思い浮かべる。いくらレフィーナのことをよく思っていないとしても、手をあげたり嫌がらせをしたりするような性格ではない。嫌味くらいは言うだろうが、レフィーナは気にしないだろう。
 レオンの誤解も早く解けるといいとは思うが、これはレナシリアの采配次第だろう。
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