上 下
19 / 97

19

しおりを挟む
「ヴォルフ様は行かなくていいのですか」


 様子を伺うように、こちらをちらりと見たレフィーナと目が合えば、そんな事を言われた。それに対してヴォルフはレオン達が去っていった方へと視線を移して答える。


「会場までは騎士が配置されているし、少し二人にした方がいいだろう」

「まぁ、そうですね」


 ヴォルフの言葉にレフィーナは納得したかのように頷く。
 そんなレフィーナを見ながら、さて、どうやって聞こうかとヴォルフは思考を巡らせる。


「あの、薬ありがとうございました。それと、侍女長の事も…」


 いろいろと考えていた時に、レフィーナに礼を告げられて、ヴォルフは少し動揺したように金色の瞳を揺らがせた。
 これが本来の性格だと思っていても、やはりまだ少し驚いてしまう。


「…別に。お前が礼を言うような事じゃない。俺が勝手にしたことだ」

「じゃあ、お礼も私が勝手に言いたかっただけです」


 にこっと笑みを浮かべながら言われた言葉に、思わず言葉に詰まる。
 僅かに早くなった胸の鼓動を感じながら、ヴォルフは片手で自身の口をおおう。

 もう疑いようもなくレフィーナの素はこれなのだと感じた。今まで悩んだことを思い出しながら、ヴォルフは口元を緩めると口を覆っていた手を外す。


「…やはり、今のお前が素か」


 悩んで考えて出した結論が確信に変わる。もう疑いようも無い。
 特に反論もなくこちらを見ているレフィーナに言葉を続けた。


「…ドロシー嬢と和解した上で仲良くなっているし、レオン殿下なんてまるきり視界に入っていない。悪役令嬢あれは演技で、今のお前が素だとしか考えられないだろ…」


 ヴォルフの言葉にレフィーナは少し考える素振りを見せてから、肯定するように頷いた。
 それを見たヴォルフは思わず色んな感情を込めたため息を付いて、頭を抱えながらその場にしゃがみこんだ。


「間抜けだな、俺は」


 令嬢時代から毛嫌いして、身分が剥奪された時は自業自得だと鼻で笑った。自分のしていることも周りのことも、何一つ見えていないのだと馬鹿にさえしていた。それなのに実際はヴォルフの方が何も見えていなかったのだ。まんまとレフィーナの演技に騙されて、母親の影と重ね合わせ嫌って…。

 自分の間抜けさを痛感すれば、ふっと自嘲気味な笑みがこぼれた。
 その笑みを消すとヴォルフはしゃがんだまま、レフィーナを見上げる。こうなったら全部聞かないとすっきりしない。


「で?」

「はい?」

「どうして、あんな演技をしていたんだ」

「えーと、レオン殿下と結婚したくなかったのと、貴族を辞めたかったからです」


 周りに誰もいないことを確認したレフィーナが理由を教えてくれた。
 だからわざと自分の評価を下げるように、多くの人の前であんな行動を取っていたのか、とレフィーナの話に納得する。それにレオンと結婚したくなかったのなら、城に来た後の態度も説明がついた。道理でドロシーとレオンを見ても受け流せるわけだ。別にレオンの事が好きではなかったのだから。

 ヴォルフは立ち上がると、何故か少し遠い目をしているレフィーナを見つめながら、口を開いた。


「なるほどな。それで、婚約破棄される為に俺にまで暴言を吐いていたのか。…俺が婚約を解消するようにレオン殿下に進言するように」

「…はい。利用して…暴言を吐いてごめんなさい」

「いや、騙された俺が悪い。俺もお前の表面だけを見て、悪口を言ってすまなかった」


 スッキリとした気分に、自然に笑顔が浮かぶ。レフィーナの前で笑うのは初めてかもしれないな、なんて思っていれば、レフィーナがこちらをじっと見つめていることに気付いた。


「…なんで、そんなにじっと見つめてくるんだ?」

「目の保養になるかと思いまして」

「は?」


 全く予想していなかった答えに、思わずヴォルフは間抜けな声を出してしまった。そんな声を出させたレフィーナは一人で納得したように頷いていて、ヴォルフは首を傾げた。
 そんなヴォルフに気付いたレフィーナが付け加えるように言葉を発する。


「ヴォルフ様は顔立ちが整っていますからね」

「…お前の好みの顔なのか?」


 自覚は無いが顔が整っているとはそれなりに言われてきた。だが女性にこんな風に面と向かって言われたのは初めてだ。だからなのか、少しからかいたくなってヴォルフはぐっと顔を近づけた。

 赤くなるか慌てるか、そんな反応が見てみたかったのだが、そんな期待を裏切ってレフィーナはむしろ遠慮なく顔を眺めてきた。そのせいで思わずヴォルフの方が先にたじろいでしまう。
 なんだかまるで、レフィーナの中から別の誰かが見ているような…。そんな風に感じてヴォルフは口を開いた。


「なんか、他人事だな」

「他人事?」

「俺はお前に迫っているのに、お前は迫られている誰かを見ているかのようだ」

「迫っていたんですか?」

「いや、迫っていたというか…からかってたんだが…」


 キョトンとしているレフィーナにきまりが悪くなって、ヴォルフは顔を離した。
 それからレオン達の事を思い出して、懐中時計を見つめる。レオン達が去ってからそれなりに経っていて、少し慌てた。


「悪いな、もう行かないと。じゃあな」


 早口でレフィーナにそう伝えるとヴォルフはその場を急いで離れる。そして、舞踏会の会場でレオン達に合流したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の役割は終えました

月椿
恋愛
妹を助ける為に神と契約をした天石 雪乃は、異世界で王太子の婚約者である公爵令嬢のレフィーナ=アイフェルリアとして生まれ直した。 神との契約通り悪役令嬢を演じ、ヒロインと王太子をくっ付けて無事に婚約破棄されたレフィーナは、何故か王城で侍女として働く事になって……。 別視点の話も「悪役令嬢の役割は終えました(別視点)」というタイトルで掲載しています。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

あなたの瞳に映るのは

cyaru
恋愛
マルス子爵家のトルデリーゼは茶器をソーサーに戻す音に過去の記憶を取り戻した。 これは4回目の人生。 2回目、3回目、そして今回ともに同じ場面から始まる人生が始まった。 結婚を半年後に控えた婚約者のレンドン侯爵家バレリオとの間柄は決して悪いものではなかった。一方的にトルデリーゼの方が好意を抱き思い慕っていた感は否めないが、それでもこの先は手を取り夫婦として歩んでいけると思っていた。 目の前でスブレ子爵家の令嬢プリシラに恋に落ちるバレリオ。 トルデリーゼは今回の人生はバレリオから離れる事を望んだ。 それは偏に過去3回の人生はバレリオに固執したばかりに不遇な人生だったからだ。 過去と変わらぬ初日から仲を深め合うバレリオとプリシラ。 トルデリーゼは隣国に嫁いだ姉を頼り出国する事で物理的な距離を取り、婚約解消を狙うがバレリオから離れようとすればするほど何故かバレリオが今回の人生は絡んでくる。 マルス家が他国に移住するのではとの危機感から出国の許可が下りず悶々とする中、ふとしたきっかけで知り合った男性までトルデリーゼに恋に落ちた、結婚をしたいとマルス家にやって来た。 男性はカドリア王国の第一王子でアルフォンスだと判るが、身分差もありトルデリーゼは申し出を固辞する。 しかしアルフォンスはトルデリーゼの「誰かに愛されて嫁ぎたい」と言う心の隙間に入り込み、国家間の政略も絡んでトルデリーゼは異例中の異例でカドリア王国に嫁ぐ事になったのだが…。 ※絡んでくる男性、粘着度が高いのでご注意ください。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識や歴史と混同されないようお願いします。外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義である事が了解できそうにない時はブラウザバックをお願いします。 現実(リアル)の医療、や日常生活の様相などは同じではないのでご注意ください。 ※架空のお話です。登場人物、場所全て架空です。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

王子様と朝チュンしたら……

梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...