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番外編
レイズワルトと婚約者5
しおりを挟む「はぁ…」
エリシアは朝から思わず重いため息をついてしまった。
あの後、エリシアがぐるぐると悪いことばかり考えている間に、話が纏まったようだった。
舞踏会の後、エリシアとの婚約を発表する、という事になったらしい。
嬉しい事なのに、エリシアは素直に喜べない。
家柄に問題がないカルロイス家だったから選ばれただけで、自分だから、選ばれたわけではない。と再び後ろ向きな事を考えた。
「お嬢様?」
「あぁ、ごめんなさい。今日もお願いね」
「はい」
いつものように侍女に着替えを手伝って貰ってから、下の階へ降りていく。扉を開けて部屋に入ると、もうすでに両親は食事の席についていた。
ヘイドレーズは忙しさも落ち着いてきたお陰か、少しはふっくらとしてエリシアは母と共に安心したものだ。
「おはようございます、お父様、お母様」
「おはよう、エリシア」
「ふふっ、おはよう」
挨拶を返したヘイドレーズがエリシアに微笑みを向けて、口を開いた。
「エリシア。陛下との婚約発表をしたら忙しくなるぞ」
「可愛い娘だもの、とびきり美しいウェディングドレスを用意しないとね」
「…えぇ…」
エリシアは何とか笑みを張り付けながら頷き返す。
レイズワルトに好きな人がいなければ、エリシアも手放しで喜んでいただろう。しかし、知ってしまった今は戸惑っている。
やはり、好きな人には幸せになって貰いたいのだ。
「お前も良く手伝ってくれたが、陛下が帰って来るまでで終わりにしよう」
「はい、分かりました。お父様」
そうしてエリシアの気持ちを置き去りにして、時間だけが過ぎていった。
レイズワルトが舞踏会へと出掛けてから数日。今ごろは王都についている頃だろう。
「レスト」とはどんな女性なのだろうか。彼女とはもう会ったのだろうか。とそわそわとレイズワルトの事ばかり考えてしまう。
「エリシア、少し出かけるけど任せても大丈夫か?」
「はい」
「すまないが、頼むよ」
ヘイドレーズが執務室から出て行くと、エリシアは書類を処理する手を止めた。
隣国の舞踏会とはどんな感じなのだろうか…と考えた所でエリシアはふとある事を思い付く。
エリシアはそしてそれを思い付いた勢いのまま、白紙の紙にスラスラと書き記した。
「……これで…いいのよ…」
出来上がった書類を眺めて、エリシアは震える声で呟く。
レイズワルトは他の女性に想いを寄せている。
その事実がいつまでもエリシアを傷つけていた。そして、エリシアは他の女性を思っているレイズワルトの婚約者になることに耐えられなかった。
書類に書いた案が通れば、レイズワルトが幸せになれる。どうせ傷つくだけならば、好きな人が想いを寄せる女性と一緒になってくれた方がいい、とエリシアは考えたのだった。
今日はレイズワルトが帰ってくる日だ。
その事実に嬉しい気持ちが半分、悲しい気持ちが半分のエリシアは、書類を握りしめる。
そしてレイズワルトの到着を聞いたエリシアはレイズワルトの居るであろう、執務室へと足を向けた。
「エリシアです。陛下はいらっしゃいますか?」
「……入って下さい」
エリシアが返事を聞いて執務室へと入れば、レイズワルトは笑顔で迎えた。
エリシアはそれにきゅっと唇を引き締めて、先日書いた書類をレイズワルトに手渡した。
「……身分制度について…?」
「はい。陛下が行っていらした隣国の制度を我が国にも加えてはどうかと。隣国は身分関係なく優秀な者を召し抱えていると聞きますし……身分関係なく結ばれるのは素敵な事だと思いますから」
身分制度を見直せば、レイズワルトも村娘を妃にすることが出来る。
それがエリシアの考えた事だった。身分を重んじる国ならば、それを変えてしまえばいい。
レイズワルトが戸惑っているのを感じて、エリシアは早口で捲し立てるように話を続ける。
「だからっ、私と無理に婚約しなくていいんです…!」
「エリシア?ちょっと、落ち着いて…」
「…陛下は隣国の村娘に想いを寄せていらっしゃいますよね。これが制定されれば…結ばれる事が出来るじゃないですか」
ちくり、ちくりと自分の言葉が刺さるのを無視して、エリシアは無理矢理笑みを浮かべる。
「……どうかっ…お幸せに……っ」
もうこれ以上、耐えられない。滲んだ視界にエリシアはそう強く思うと、涙をこぼす前に執務室からはしたなくも走って逃げ出した。
「…これで、レイズワルト様が幸せになれる。
私では取り戻せなかった笑みを取り戻してくれた彼女なら、レイズワルト様を幸せにしてくれるはずよね…」
そう呟いて、とうとう堪えきれなくなった涙がボロボロとエリシアの頬を伝って流れ落ちた。
────さようなら、レイズワルト様。
私はずっとお慕いしておりました。
でも、それも今日で終わりにしようと思います。
どうか、お幸せに。
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