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〇08 宇宙アイドルのコンサート

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「急いで行かなくちゃいけないけど、やになっちゃうわ」

 宇宙空間を進む船に乗って、アイドルは目的地へ急ぐ。

 ファンが、大勢のファンが待っている。

 だからアイドルは、気合を入れて歌の準備をしていた。

 それはいい。

 問題はそこではない。

 アイドルの憂鬱がとどまらないのは、コンサートにあった。

 宇宙でのコンサートは気をつけるべきことがたくさんある。

 惑星の上で、重力のある地表で行うものとは、段違いの難易度を誇るだろう。

 無重力コンサートでアイドルのセオリーは、背中にロケットみたいな装置をつけて、上下左右ななめ、とにかく全方向に動き回りながら歌わなければならない。

 下手に楽をしていると、そんなコンサートなら地上でもできるだろう、と苦情が入ってしまう。

 だから、憂鬱だった。

 その時代、宇宙で活動するとしたら、アイドルには空間を把握する能力が求められていた。

 しかし、そのアイドルは方向音痴だった。

 打ち合わせで、右とか左とか、方向を言われてもよく分からない。

 だから、コンサート前はいつも胃が痛かった。

「でもそんな私でも、それなりのファンがつているのよね。いったいどうしてなのかしら」





 打ち合わせを終えて現地に到着した宇宙船。

 会場整理のスタッフたちは、ファンたちの興奮した声を耳にしていた。

「コスモたんの独特なダンスがみられるなんて、くぅーっ」

「あの、踊ってるのか迷ってるのかよくわからないダンス、癖になりそうだよ」

 そのようなコアでマイナーなファンがついているとは、緊張しながら控えているアイドルは、夢にも思っていないのだった。
 

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