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〇53 乙女ゲームの世界に転生したら悪役令嬢が知り合いだったので、改心させようと思います

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 俺タラップは目の前にいる少女に向けて、じとっとした視線を向ける。

 視線の先にいるのは、一人の女の子。

 くるくるカールの金髪をした、ドレスの女の子だ。

 彼女リュウは、つい先日まで悪女だったんだ。だけど、今はそうじゃない、はず。たぶん。おそらく。

 ……ちゃんと心を入れ替えたんだろうか。

 表向きには、善良な少女に見える。

 今も、転んでしまった同年代の少女に手を差し伸べている所だ。平民の子供達と混ざって、仲よさそうに話をしている。

 俺が「心を入れ替えないと、出会うたびに服に虫をくっつける」なんて脅したのが効いたのかもしれない。

 それとも、「お化けが苦手な秘密を言いふらすぞ」と脅したのが効いたのかもしれないが。

 ともかく、まだ油断は禁物だ。

 引き続いて、様子を見ていなければ。





 俺は乙女ゲームの世界のモブに転生した。

 色々なゲームレビューのサイトを運営していたから、たぶんその影響なんだろうな。

 よりにもよって乙女ゲーかよとは思ったけど。

 けど、驚いたのはその人生で出会った知り合いの顔だ。

 今世の親がある日俺に紹介してきたた女の子。その子、リュウが悪役令嬢だったもんだからな。

 主人公に雑巾をなげつけたり、食事に腹下しの薬をまぜようとしたり、泥水を盛大にあびせたりするやつ。

 そんでもって攻略対象達の前では猫かぶりで「ぜんぶあの人の言いがかりですわっ(涙目・迫真の演技)」をするんだよな。

 今世では、一応知らない人間じゃなかった。

 名前を知らないまでも、ご近所に同じ年代の女の子がいるわよって、両親から聞かされていたから。

 で、前世でいう小学生低学年くらいの年齢になった時に、初めましての出会いだ。

 びっくりしたよ。

 まさか、悪役令嬢と出会う事になるなんてって。

 ならせっかくだ、なんとか悪の道を歩ませないようにしたい、とその時の俺は考えた。

 この乙女ゲームの世界に転生した意味があるなら、きっと俺にそうしろという事なんだろう。

 悪役令嬢を改心させてほしくて、この世界に生まれさせたに違いない。

 というわけで、彼女の弱みを握って、脅しているのが現在だ。

 視線の先では笑顔を浮かべて、他の者達と談笑する少女の姿。

 俺の作戦が、うまくいくといいんだけどな。







 私は作り笑いを浮かべながら、見張りの少年を見て内心で舌打ちをした。

 なんなのあいつ。

 タラップじゃなくてトラップって名前に改名したらどうなの?

 すっごく性悪!

 私の事、尾行してたり、調べ上げて弱みを見せるところを待ち構えていたなんて。

 最低だわ!

 お母様もお父様も、なんでこんな奴を私に紹介しちゃったのよ。

 知り合いになんてなりたくなかったわよ。

 こいつ。いっつもえらそーに私に指図してくるのよ。

 ほんっと、タラップが泊まりに来た夜、盗み食いなんてするんじゃなかったわ。

 厨房に行く前に、後ろからついてくる人間が、お化けだと思ってびっくりしたじゃない。

 あと、かまきりとかこおろぎとか見つけて、びっくりして飛び跳ねてるところとかも、見られちゃったし。

 それで「びびり」とか「なきむし」とかいじってくるのよ。

 しかも「この秘密をばらされたくなかったら、これからいい子にしてるんだぞ」って言ってきて。

 信じられない。

 私は今までもちゃんといい子だったわよ。

 自分の身分につりあう相手と友達やってきたんだから、そんな当たり前のことにいちゃもんつけないで。

 堂々とした態度でいるのは、貴族にふさわしい態度。

 そうでしょ?

 なのになんで、悪い事してるみたいに言われなくちゃならないの?

 それに、大人ならともかく「それは間違ってる」なんてどうしてそんな事を、子供のあんたに言われなくちゃならないのよ。

 おかげで、格の低い家の子達とも遊んでやらなくちゃいけなくなったじゃないの。

 何よ偉そうに遠くで頷いちゃって、「皆と一緒に行動できてよかった、偉い偉い」みたいな顔しないでよ。

 あんたに脅されているから仕方なくやってるだけなのよ。

 それなのに不満を口にすれば「そんなんじゃいつか破滅するぞ」とか、「友達いなくなるぞ」とか「ぼっち一直線のさびしんぼ人生になるぞ」とか。

 余計なお世話なのよ!

 他の子にはそんな態度じゃないのに、なんで私にばっかりイジワルするのよ!

 見てなさいよ!

 いつか絶対にやり返してやるんだから!







 悪役令嬢の監視を続けていた俺は、なぜか悪寒に襲われた。

 うん?

 何だったんだろう。

 まあ、いいや。

 この調子でリュウが悪役属性を捨て去ってくれればいいんだけど。

 もうじき例のイベントだ。

 ここいらで、ターニングポイントなんだよな。

 原作ストーリーでは、悪役令嬢が家族と一緒に観光地に出掛けるんだけど、そこであるトラブルに遭遇してしまう。

 それで、その場にいた平民の行動を見て、平民嫌いな悪役一直線なってしまうんだ。

 あの乙女ゲームの主人公、平民だからな。

 すごくきつくあたるんだよな。

 ゲーム画面をみてて、なんど不憫な思いをしたか。

 元々我儘な所があったけど、あれは致命的な出来事だったな。

 あんなことがあったら、きっと誰でも闇落ちしてしまう。

 よし、なんとかリュウについていけないか考えてみよう。

 とりあえず、まず両親にお願いしてみるところから。

 リュウが心配だからついていきたい、って感じでいいかな?

 あいつおっちょこちょいなとこあるし。

 ありきたりな理由すぎるか?

 いやでも子供の理由としてはそれくらいでちょうどいい気がする。

 へたに理屈をこねるのも不自然な気がするし。

 家同士のつきあいがあるって、こういう時便利だよな。
 







 今日はお父様とお母様と一緒に、旅行をする日よ。

 一か月前からカレンダーの日付を確認しては楽しみにしていた、素敵な日。
 
 だから、思いっきり満喫しようと思ったのに。

 おかしい。

 目の前の馬車には、余計な物が載っていた(なんで物扱いなのかって!? 人間が乗っていると思いたくないから、認識しないようにしているのよ!!)。

 規則正しく走る馬車は、今すぐ急停車してこの異物を外に放り出すべきだと思う。

「なあ、着いたらまずどこまわる? 俺、行きたいところあるんだけど。楽しみだなー」

 そいつ、タラップはこんな調子でずっと馴れ馴れしく私に話しかけてきている。

 なんでこいつも一緒にいるのよ!

 そんなに私の事が嫌いなの?

 そんなに私の邪魔をしたいわけ?

 両親は嬉しそうに私とタラップのやりとり(ただし一方的)を眺めている。

 そんなほほえましい物じゃないわよ。

 脅迫者と被害者が並んでるだけなのに。

 うちは、悪ガキを預かるタクジジョじゃないのよ!

 家族水入らずの旅行を邪魔しないでっ!

 今からでも遅くないから、こいつをどっかにやってよぉぉぉ。

 ついてこないで!

「何だよ。顔しかめんなよ。友達だろ! 仲良くしようぜ!」

 あんたと友達になった覚えはないし、未来永劫そうなるつもりはまったくないわよ!!






 目的地につく前から盛大に疲れてしまった。

「信じらんない、信じらんない、信じらんない」

 何なのこの男。

 ここまで私につきまとってくるなんて、はっきりいっておかしいわ。

 頭のどこかがやられているとしか思えない。

 きっと生まれてきた時に母親のおなかの中に、人間として大切なものを色々おいてきちゃったのね。

 なんだか同じ人間とは思えなくなってきそう。

 私達の家を何らかの陰謀で陥れる計画とかしているのかもしれないわ。

 むしろ、そうとしか考えられなくなってくる。

 ここまでやられたら、そんな壮大な目的があると言われた方がしっくりくるくらいよ。

「あっちにサーカスがあるみたいだぜ。面白そうだ! 一緒に行こうぜ。サーカス見ようぜ!!」
「ちょっと、腕を引っ張らないで! どうして貴方に目的地を決められなくちゃならないのよ! 嫌ったら嫌! はーなーしーてー」
「照れるなって」

 照れてなああああい!!

 ずるずると引きずられていく私を、お母様とお父様はほほえましい表情で見送る。

 二人とも、貴族の家にあるまじき放任主義なのよね。

 もうちょっと私の事みてくれてもいいのに!!

 私、脅迫の加害者に攫われてるの!

 こいつと一緒にいたくないの!

 助けてえええええ!!







「ううっ、私が何をしたっていうのよ」

 めそめそしている私は、もう人生に絶望したい気分だ。

 心は真っ暗な闇の中。

 でも、サーカスは空気を読まずに営業。

 動物に芸をさせたり、団員がマジックをしたりしている。

 そんな私達の近くには、平民の子供達が騒いでいた。

「うわあああ、すげぇ。すげぇな!」
「かっこいー」
「おもしろーい」

 このサーカス、かなりリョウシンテキな値段らしくて、平民でも気軽に何度も見れるって事で有名みたい。

 リョウシンテキがなんなのか分からないけれど、どうせ私達貴族には縁のない言葉でしょうね。

 近くにいる子供達は、動物や団員が何かをするたびに、歓声をあげてうるさくしている。

 サーカス自体は割と面白くあるけど、こんなにうるさい場所で見てたら集中できないわね。

 これだから平民は。

 そんな事をかんがえながらふてくされていると、誰かが大声をあげた。

「たっ、大変だ!!」

「にげろー!!」

「脱走だ!!」

 何か起こったのかしら。

 そう思っていたら、どこからか熊が飛び出してきた。

 熊を止める人間はいない。

 どうやら、事故かなにかで動物が勝手に飛び出してしまったみたい。

 って、冷静に考えてる場合じゃない!

 こっちに向かってくる。

「きゃああ! 嘘でしょ!」

 私は近くの邪魔な子供達を突き飛ばして逃げようとする。

 こいつらホントに邪魔ね。

 けどそうする前に、ついてきたお邪魔虫のタラップが、私をひょいとかかえてしまった。

「ちょっ、なっ!」

 荷物みたいにかかえないでよ。

 でも、こいつ以外と力あるのね。

 私足おそいけど、こいつは私より足が速いから、自分で逃げるより、早く逃げられそう。

 タラップは、周囲の子供達に「逃げるぞ!」とか声をかけながら、他の人達の合間を縫って暴走する熊から遠ざかろうとしている。
 
「やややっ、やめてっこっち来ないで!」

 でも、不幸な事に、何を考えているのか分からない熊は、ずっとこちらに一色線だ。

 血の気が引いた。

「いやああああ、私おいしくないわよ!」

 悲鳴を上げると、私を抱えているタラップが「気が散るからちょっと黙ってて」と言った。

 ぜぇはぁ言いながら走ってるし、人にぶつからないようにしてるから、集中しているのだろう。

 見たこともないくらい必死な顔だ。

 私は、泣きそうになりながらも、死にたくないので口をつぐむしかなかった。

 タラップは、「このまま順調に逃げ切れば」とか「最後の最期に運命の修正力が働かないよな」とか変な事を呟いている。

 タラップの考える事なんて、知りたくもないし、理解したくもないので、私はひたすらそのまま逃げ切れる事だけを祈っていた。

 しかし。

「うわああああ、死にたくない!」

 隣を逃げていた平民の男性が私達を突き飛ばした。

 タラップに担がれていた私も、タラップの盛大に転ぶはめになる。

「うわっ」
「きゃっ、いったーい!」

 そいつは、転んだ私達を見て、そのまま逃げていく。

 助け起こそうなんてまるで考えてなさそうだった。

「ちょっ、待ちなさいよ!」

 男は、うっすらと笑って逃げる。

 わざとだ。
 
 誰かが襲われている間に逃げようとか、そんな事を考えていたのだろう。

 これだから、平民は。

 やっぱり平民なんて、ろくでもない存在だわ。

 つきあっていけるよな人間じゃない。

 タラップは横で、「ああいうやつばかりじゃない」とかあれこれ言ってるけど、どうせ私達を突き飛ばしたような人間ばかりなんでしょ?

 平民なんて、皆あの男と中身は同じに決まってるわ。

 怒りの感情が沸き上がって、かっとなったけど、そんな感情はすぐに消えていった。

 クマがかなり近い。

「いやぁ! 誰か助けて!」

 このままだと、死んでしまう。

 タラップが起きて、私を起こそうとしてるけど、足が震えてうまく立てない。

 もしかして、私このまま死んじゃうの?

 けど。

「あっちいけーっ!」
「お前の相手はこっちだ!」
「ばーかばーか!」

 熊は奇跡的にも立ち止まった。

 それは、クマの気をひくように誰かが物を投げたからだった。

 その物をなげたのは、さっきまで私の周囲で騒がしくしながらサーカスを見ていた子供達だった。

 いつの間にか、離れた所にいた。

「どっ、どうして」

 平民はみんな同じのはず。

 自分の事しか考えてないと思ってたのに。

 私があ然としているとタラップが話しかけてきた。

「貴族も平民も、どちらか一方が良くて、どちらかが悪いって事はないんだ。貴族にも悪い人はいるし、平民にもいい人はいるんだ」

 視界の先で、立ち止まった熊。

 そこにようやくサーカス団員たちが追いついてきたらしい。

 縄をかけたり、食べ物で気を引くなどして、客席から熊を離していった。






 あれから数週間。

 最悪な思い出ができた旅行から数週間。

 地元に帰って来た私は、あいからわずタラップに監視されていた。

「うんうん、今日も仲良しだな」みたいに偉そうな視線を向けてきている。

 平民と囲まれる毎日はあいかわらず、楽しくない。

 弱み握られてるんだから、そもそも楽しめるわけがないし。

 それに、住んでいる世界が違うのだから、話題が会わない事がよくある。

 カチカンも違うから、些細な事がひっかかったり、イラっとする事もあるのよね。

 それでも、少し前よりはその頻度が心なしか減ったような気がした。

 どうしてかしら。

 遊びの時間が終わった後、平民の子供達が帰っていくのを見送ると、タラップが近寄って来た。

「楽しかっただろ!?」
「そんなわけないでしょ。はぁ、平民と一緒に喋ってても退屈なだけだわ」
「そんな事いうなよー、前より積極的に喋ってるじゃん」
「そんなの、そっちの気のせいに決まってるでしょ!」
「照れるなってー。楽しんでたくせに」
「照れてない!」

 相変わらずむかつく言葉ばかりなげつけてくる。

 前は問答無用でザレゴトだって、切り捨ててたけど。

「楽しいと思うのは、相手が貴族だからとか平民だからとか関係ないって事さ」

 でも、少しだけ耳を傾けてもいいかもしれない。

 なんて、最近は不思議な事に、ちょとだけ思えてきていた。

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