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〇11 忘れたくないという願いの果てに

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 始まりは、たった一つの不幸だった。
 最愛の人を亡くした研究者は、恋人の事を覚えておきたかった。
 だから記憶の研究を積み重ね、完成させたのだ。
 劣化しない記憶なら、覚えておきたいものをすべて覚えておける。
 そんな夢のような魔法を彼は考えた。




 その世界では、誰もが大切な事を覚えていられる。

 病や不意の事故で、大切な事を忘れたくない。

 そう思った人達は、亡くなった人たちの事を大切にできる。

 その世界では、記憶をデータにして保存できるようになっている。

 研究が実った瞬間、世界中の人達は喜んだ。

 これで多くの不幸がなくなるはずだと。そう思った。

 けれど、それは新しい悲劇の始まりだった。

 その日から、どんなに悲しくて、辛い事があっても、人々はその記憶を忘れる事ができなくなってしまった。

 時間は人を癒さない。

 心の傷を忘却が洗い流す事はない。

 そのうちに、多くの人が心を病んでいった。

 よって、人々は決断しなければならなくなった。

 新しい変化、喜ぶべき発展。

 つかみ取ったその技術を手放すか、いなか。

 議論は何か月も行われた。

 多くの人が考えを巡らせ、言葉を交わした。

 その結果、彼らはその技術を手放す事に決めた。

 記憶と忘却は切っては切り離せない関係。

 覚える事と、忘れる事は必然なのだ。と。

 それ以来その世界では、病や事故によって、大切な誰かを、大事な何かを覚えていられなくなってしまった。




 けれど、事実は残る。

 結局、一度手にしてしまった技術を完全に手放す事などできなかったのだろう。

 記憶のバックアップを行った人々は、それをそれぞれの家の棚の中で、大事に大事に保管するようになった。

 時々過去に思いをはせたい時に、記憶を再生しては、辛い思いをした時だけその記憶を忘却する。

 思い出したい時に思い出し、忘れたい人は忘れたままに。

 技術が大きく進歩したとしても、それは、アルバムやビデオを眺めていた頃の人々と、大きく違わない光景なのかもしれない。




 世界中の人々は振出しに戻った。

 けれど、とある研究者は、最愛の人の記憶を求めて、今日も記憶の世界を漂う。

 何時間も、何日も。

 そこに記憶があるから。

 だから、再生して終わってはまた繰り返す。

 延々と。

 繰り返すだけ。


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