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〇56 悪役令嬢な私は悪人ムーブがしたかった
しおりを挟む隣の部署から、また私の悪口が聞こえてきた。
人にやさしくしても、損するばかりだな。
目線がきついから、しゃべり方がきついから。
いつも悪い方ばかりに受けとられて、悪者扱いされるばかり。
そんなに悪役にしたいなら、お望み通り悪役になってやろうじゃない。
私の本当の姿なんて、誰も見てくれないし。誰も気づいてくれないんだから。
通っている学園の、ホール。
その中央に人が集まっている。
たいていは、一般生徒だけど、その中にはひときわ目を引く一団がいた。
見目麗しい男子生徒達と可憐な女子生徒、そして眼光鋭い女子生徒。
その一番最後の人物が私だ。
私は、乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた。
死んだと思ったら、近所のお兄ちゃんみたいな神様に、転生の説明とやらをされて、気がついた時には第二の人生がスタート。
かなり驚いた。
しかも、主要な人物に転生していたし。
それも悪役令嬢だし。
でも別にいいわ。
私にふさわしいもの。
今はそんな乙女ゲーム世界のシナリオ進行中。
重要な終盤のエピソードの途中だった。
これは、ヒロインをいじめていた悪役が断罪されるという場面よ。
、ああ、ここでとうとう夢だった極悪人ムーブをできるのね。
頑張って、努力して、必要な事はすべてやった。
思う存分悪役ムーブができると思うと、胸がドキドキして仕方がないわ。
だから私は「身の覚えがありませんわ」「付け入られる方が悪いのではなくて?」「証拠はありますの?」と悪役らしいセリフを繰り出していく。
そうやってやっと、極悪人ムーブの最終劇を終わらせたと思ったら。
「どっ、どうして?」
狼狽するしかない状況がそこにはあった。
途中まではうまくいってると思ってるのに。
現在ヒロイン達に親し気に話しかけられている状況がある。
「あなたは今まで私達のために頑張ってくださったんですね! 尊敬します!」
ちょっと目を離しただけよね。
ほんの数分。
ここに、つむじ風が入り込んで、目を覆っていただけなのに、
どうしてこんな事になってるのよおおおおおおお!
私はとある貴族のご令嬢に転生した。
しかも、悪役令嬢にだ。
それが判明したのは、原作開始から三年前の出来事。
最初は茫然としてしまったけど、すぐに喜び大爆発よ。
お金持ち感満載のベッドで、百回くらい飛び跳ねたわ。
だってだって。
前世で好きだったゲームの世界、乙女ゲームの世界に転生していたんだから。
元の世界に未練なんてなかったし、両親は子供の頃に事故で他界していたから、元の世界に戻れなくても大丈夫。
「なんて素敵なセカンドライフなの! いい加減なお兄ちゃんだと思って馬鹿にしてたけど、神様ありがとう!」
その後、私の叫ぶ声が大きすぎて、使用人が何事かと思い部屋の中に乗りこんできちゃったのよね。恥かしい思い出だわ。
だから私は、悪役令嬢の名を汚さないよに頑張ったの。
乙女ゲームの情報をまとめて、悪役令嬢らしく悪役ムーブができるように努力した。
モンスターを倒して、レベルリング、技術も魔法力もあげて、教養も学んだし、勉強も良い成績になるよう努力した。
対人戦もこなすべく、指名手配犯をぼこして、経験値を入手したり、財力を使ってレア防具とか、レア武器とかをがんがん手に入れたわ。
ダンジョンにも潜ったし、隠しエリアにも行った。
備えは、完璧だったはず。
そして極めつけは、暗躍ムーブ。
原作のラスボスであるマッドサイエンティストとつるんで、破滅の計画を練りに練った。
ヒロインや攻略対達を叩きのめす作戦を、百個くらい考えていたのに。
まさか失敗するとは思わなかった。
「ふふふ、実力はオッケー。ラスボスとのコネクションもオッケー。装備、武器、アイテムの調達もクリア。これで夢にまで見た悪役ムーブができるわ!」
でも、
「私達、いままで貴方の事を誤解していました!」
ヒロインにキラキラした目を向けられる現在がここにある。
目をごしごしこすってみたけど、幻なんかじゃなかった。
頭をたたいたり、頬をつねったりしてみたけど、夢でもなかった。
悲しげな色に染まっていたヒロインの目は、キラキラ輝いているがーー
その反対に、私の目は死んだ魚の目になっている。
それだけならともかく。
攻略対象たちもあやしい。
ばつが悪そうな顔になってすし、所在なげにたたずんでいる。
「悪い奴じゃなかったんだな」とか「疑って悪かった」とか「決めつけはいけませんでしたね」とか喋ってる。
何か悪いものでも食べた?
それとも私の知らない間に別人がすりかわってるとか?
とまどっていると、断罪劇場は幕をおろしてホールに集まった人たちが解散してしまう。
せっかくのイベントが!
私は盛大に頭をかかえた。
どうして!
一体どうしてこうなるのよおおおおお!
私ちゃんとやったわよね!?
ミスなんてしてないわよね。
ちょっと手心を加えちゃったりとか、善人ムーブなんてしてない。
そのはずよ!
それなのに、なんでこんな事になってるのっ!?
最終決戦ではラスボスと一緒に戦えなかったし、あっちが私に連絡してくれなくなってしまった。
そうこうしているうちにシナリオ修了。
乙女ゲームのシナリオが終わってしまった。
自室にこもって落ち込む私をなぐさめるのは、真っ白でふわふわな兎だ。
乙女ゲーム世界であるこの世界独特の生き物。
羽が生えてて、飛ぶことができる兎。
「きゅう! ぷーい! ぷーう」
あと鳴き声もなんか三種類あって、ザ・独特だった。
数年前怪我をしていたところを見つけたので、手当てをしたらなつかれたのだ。
それ以来ペットとしてこの家で飼っている。
「ありがとう。なぐさめてくれるのね」
私は今世界でも前世でも一番ウサギが好きだ。
見た目もかわいいのに、寂しいと死んじゃうとかって、どんだけあざとかわいいのよ。
だから前世で子供の時、パパとママにウサギを飼いたいって言ったんだけど。
だめって言われちゃったのよね。
でも今世では、両親は私にあまあま。
部屋の広いし、お世話係も雇えるし、お金もたくさんあるから。
どんな動物でも頼めば飼育できるから、ほんとよかったわ。
そんなことを考えながらもふもふしていた私は、手触りの良さから心地よくなって、いつのまにか夢の中に旅立ってった。
わが主が眠ったころ、我は本来の姿に戻った。
普段は愛くるしいウサギの姿をしているが、それはかりそめの姿だ。
本当の正体は、今はもうない某国の王族。
国が滅亡するときに、秘密裏に生き延びたはいいものの、呪いをうけてこのような姿になってしまった。
人としての生活と、ウサギとしての生活はかなり異なる。
大型動物に襲われたときは死ぬかと思ったな。
けれど運良く助かった。
今の主に助けてもらったのだ。
わが主は、悪ぶってはいるが、心根は優しい少女だ。
不器用すぎて、正面から人に優しくすることができないだけ。
だから我は主が誤解されないように今まで秘密裏に動いてきた。
主のしてきた行いが、人々に正しく伝わるようにと。
主の頭の中は正確には分からないが、小さなこの体の中に、大きなものを背負っていることだけは分かった。
苦労は多いだろう。
だから。
できるだけ支えてやりたいと思う。
この間の断罪劇では、ぎりぎりで助けの手が間に合ってよかった。
この子のやってきた事をイメージとして、その場にいた者達の頭の中に送る事がなかったら、どうなっていた事か。
む、もうかりそめの姿に戻る時間か。
本来の姿でいられる時間は、少しずつ伸びてきているとはいえ、まだ少ない。
彼女が周囲が敵だらけになることがないよう。我はこれまで通り、見守ることにしよう。
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