上 下
34 / 60

34

しおりを挟む
 三人は不服そうだったが、中将の息子が同意しては反対もできない。自分達が利用された可能性は排除できないのだから。

 そういう意味での容疑者はかなりの数に及ぶ。私とシャロンを除く全員にその可能性があるだろう。

 だが現実的に考えて知らず知らずのうちに密室を作る手伝いをするなんてことがありえるのだろうか? 私にはどうもその状況が想像できない。

 そしてそれはライオンのようなリカルド大尉も同じみたいだ。

「我々が利用されたと仮定して、どうすればそんなことになるんだ?」

 あくまでも自分達の中に犯人はいないというスタンスらしい。シャロンは呆れながらも告げた。

「証拠をもたされたりする可能性はあるでしょ。それを解き明かすにはあなた達が当日にどんな行動をしたか調べる必要があるわ。そしてわたしはさっきからそれを聞こうとして、あなた達が勝手に喋るせいで妨害されてる。分かったかしら? 子猫ちゃん」

 こんな筋骨隆々な子猫などいるはずもないが、シャロンからすればリカルド大尉はそう見えるらしい。

 目を見開いてなにか言いそうなリカルド大尉を無視してシャロンは尋ねた。

「事件当日はなにをしていたの?」

 レナード大尉を除く軍人達は顔を見合わせた。

 誰が話すべきか決めかねているのを見てレナード大尉は面倒そうに答えた。

「僕らは中央の軍人です。なので他の人達とは違い昼食後に車に乗ってここに来ました。ほとんどの軍関係者はまだ来ていません。目的は事件があった日の翌日夜に開催される晩餐会ですからね。慎重派や反対派は翌日の昼ないし夕方頃にまで来る予定だったんでしょう。ただし遠方だったり、たまたま先にこちらへ来ていた関係者は既に何人か泊まっていました」

 レナード大尉の説明にシャロンは満足して頷き、「続けて」と促した。

「我々四人は到着後にしばらく話し合い、そしてお互い夕食まで二階の個室にいました。本当は魔法使い達と一緒に食べるつもりだったんですが、警護の彼が同時だと調理に時間がかかると言われて先に食べることなったんです」

 それを聞いてシャロンはローレンスを見た。ローレンスは頷く。

「今回最も優先すべきは魔法使い達でした。この城の調理施設では同時に作れる料理の数は八人まで。十人を一度にとなれば満足した出来で出せないとシェフに言われ、そちらの四人には先に食べてもらいました。あとにすると魔法使い達が食べ終わってから話すのが難しいと思いまして」

「なるほど」

 シャロンは納得してレナード大尉に向き直した。大尉は続けた。

「夕食を食べ終わってから僕らは三階のロビーで彼らが食べ終わるのを待っていました。そして彼らが来て、その内の三人と話した。サイラス。ロバート。イヴリンの三人とです」

 ここまでは魔法使い達の意見とも一致する。

「何時頃まで?」

「それほど長居はしませんでしたよ。ですよね?」

 レナード大尉はリカルド大尉に尋ねた。リカルド大尉は頷いた。

「ああ。本番は明日だからな。一時間もなかった。サイラスとは名刺を交換していくつかビジネスに関する話をした。ロバートは東北の実情について我々に熱く語ってくれた。イヴリンとかいう眼鏡の女はくだらないことばかり聞いてきたな。首都で一番おいしいケーキ屋はどこかなどと。馬鹿らしい。この首都で一番うまいケーキ屋は『クアッドスイーツ』に決まっている」

 リカルド大尉は目を見開いて大まじめのそう答えた。

 レナード大尉は呆れながら「彼はこう見えて甘党なんです」と笑っていた。

 シャロンは「クアッドスイーツね。覚えたわ」と言って頷いている。

 すると四角い顔のラブロ大佐は真剣な顔で「甘味堂のぜんざいもうまいぞ」と言い、テオ中佐は眼鏡を直して「グランジュールのパフェも中々です」と答えた。

 ……どうやら悪い人達ではないらしい。

 私がやれやれとかぶりを振っているとローレンスはコホンと空咳をした。

「スイーツならあとでいくらでも用意しますから。話の続きを」

 レナード大尉は肩をすくめた。

「説明と言ってもこれで終わりだ。ロビーで三人の魔法使いと話し、そして四人で二階に降りていった。二階と三階の間には常に警備が二人いて、上に行く時は許可証と身分証明書の提示が求められる。時間なども記録もされているはずですから確認すればすぐに分かると思いますよ」

「下に降りてからは?」とシャロンは聞いた。

「すぐに別れて自室に戻りました。再び顔を合わせたのは事件があったと騒ぎが起きてから。我々は三階に行こうとしましたが止められました。でもそれは正解でしたね。殺人現場に大勢で行けば証拠を消したり持ち運んだりするリスクがある。現場に入ったのはそこにいる彼とその仲間が二人だけと聞きました。魔法使い達を入れなかったのは英断ですよ」

 たしかにそうだ。もしなんらかのトリックを使っていたら証拠を消される可能性がある。たとえばピアノ線とかなら回収は簡単だろう。

 しかしローレンスはそれさえさせなかった。にもかかわらず証拠は残っていないのだが。

 今の話を聞いたところ、犯行のあった深夜にこの四人が三階にいたなんてなさそうだ。なら共犯説は成り立たない。ロビーから離れてからは三階にすら行ってないのだから。

 共犯があったとしても魔法使い同士というのが濃厚だろう。

 しかしシャロンはまだ四人を疑っているみたいだ。

「魔法使い達が食べ終わるまでロビーで待っていたと言ったわね。その間はずっと四人でいたの?」

「大抵は」とレナード大尉は答えた。「ただトイレに行ったり廊下をぶらぶらと歩いたりはしてましたよ。話が盛り上がったのか中々来てくれませんでしたからね」

「ならその間にシモン・マグヌスの部屋に入り込んだり、なんらかの細工したりすることは可能ね」

 レナード大尉以外の軍人は眉をひそめた。さすがのレナード大尉も肩をすくめる。

「……否定はしませんが、肯定もしかねますね。ロビーは廊下の奥にある。変な動きをしていればすぐ分かりますよ。しかし僕が見ていた限りドアに触った人はいませんでした。少なくとも部屋に入り込んだ人はいないはずです」

 リカルド大尉は憤然として「当たり前だ」と言って続けた。

「そもそも犯人はどうやって密室を作り出したのだ? 聞いた話だとドアも窓も閉まっていたのにシモン・マグヌスは窓の下で死んでいた。飛び降りなら窓が開いているはずだろう。誰かに落とされたのなら鍵は部屋の中にないはずだ。犯人はどうやった?」

「あなたはどうやったと思うの?」

 そう問い返すシャロンにリカルド大尉は無責任に「知らん!」と答えるだけだった。

 げんなりするシャロンをよそにレナード大尉は顎に手を置いて考えていた。

「いくつか方法はあると思いますが、あるとすれば他殺でしょうね。自殺にしては手が込みすぎている。万が一自殺でも共犯がいるはずです」

「自殺の共犯?」とリカルド大尉は訝しんだ。

「ええ」とレナード大尉は頷く。「シモン・マグヌスが自殺したあと、窓を閉め、密室を作って外に出た者がいる。もしそうなら自殺もあり得ます」

「なるほど。自殺幇助というやつだな。しかし誰がそんなことに手を貸す? 魔法使い達はあの日初めて会ったのだろう?」

「そうじゃないかもしれないですよ。実は面識があった人物がいるかもしれない。あるいは当日にほだされて協力したとか。まあこれらの可能性はかなり低いでしょうがね」

「会ったばかりの老人が死にたいと言って協力するなど頭がおかしいとしか思えないな」

 リカルド大尉はそう言うが、実際その可能性も否定はできない。

 だとするとどうしてシモンはこの城を選んだ? この城でなければならないことなどあるのだろうか?

 それともアーサーの言う通り彼はペテン師で、そのことに悩んだ挙げ句自殺したのだろうか?

 それは少しあり得る。魔法使い達も競争相手が減るならと協力してもおかしくない。

 だが肝心の動機が薄かった。思い悩んでいたのならこんなところに来ないだろうし、遺書も残しているだろう。

 ならやはり他殺なのだろうか。ダメだ。考えれば考えるほど分からなくなる。

 顔の四角いラブロ大佐はレナード大尉に聞いた。

「他殺の場合はどうやったんだ?」

「魔法が使われたんでしょう」

 レナード大尉はシャロンを見つめた。シャロンは静かに否定する。

「魔法痕なら見当たらなかったわ」

「え? ですが魔方陣があったと聞いています」

「あったはあったけどあれは使われてないし、使われても人を直接殺すことは到底無理ね。ただし、間接的には殺せるかもしれないけど」

 どういう意味だ? たしかアーサーは魔法で『お馬鹿さん』という文字を浮かべる魔方陣を描いたと言っていた。あれが間接的に人を殺せるというのか?

 そこまで考えて私はハッとした。ローレンスも同じ表情だった。

 シモンはペテン師だったが魔法は使えた。だから魔法の文字が読めた。そしてあの挑発を自分が偽者だと見破られたと考えれば焦って自殺してもおかしくない。

 レナード大尉は「どういうことですか?」と尋ねた。

「事件が解けるまでは教えられないわ。だけど言っていることは本当よ。あの部屋では魔法が使われた痕跡はなかった。加えて言うならなんらかの魔法であの部屋の外から干渉したというのもあり得ない。これだけ言えば十分でしょう?」

「まあ、なんとなくは分かりました」

 レナード大尉は事情を飲み込んで頷いた。どうやらこの人はかなり勘が良いらしい。

「そうですか……。魔法が使われてないとすると厄介ですね」

 どういうことだ? 魔法が使われている方が厄介なはずだ。

 私と同じ疑問をテオ中佐も思っていた。

「魔法使いしか見えない魔法の方が厄介じゃないのか?」

「逆ですよ。シモン・マグヌスは魔法で殺されていない。つまり我々軍人が殺した可能性もあるということです。なんらかの手を使ってね」

「……そういう意味か。だから我々はここにいるのだな」

 テオ中佐は納得し、同時に困っていた。

 そう。魔法で殺されていたら魔法使いが主犯なのは確定だが、そうでないなら犯人は軍人でもおかしくない。それどころかもし共犯がいる場合、魔法使い同士や軍人同士など、組み合わせは爆発的に増えてしまう。二人でなくもっと大勢の可能性もあった。

 この中に犯人またはその共犯者がいても不思議ではないということだ。

 しかし一体どうやって? 大勢が協力すればあの密室は作れるのだろうか?

 レナード大尉は小さく溜息をついた。

「なるほどね。我々が泊まっていたのは二階。そして魔法使い達がいるのは三階。この間にあるのは階段だけだが、三階に行く方法は他にもある。魔法使いの中に共犯者がいれば窓を開けてそこからロープを垂らせばいい。ロープをベッドにでもくくりつければそれを使って三階に上がり、犯行後は降りていくことも十分可能だ」

「その通りよ」とシャロンは頷いた。「だからロビーから降りて部屋にいたと言っても犯行が不可能だとは言い切れない。アリバイは成立してないのよ」

 レナード大尉は天井を見上げてぼそりと呟いた。

「困りましたね……」

 どうやらこの人ですら身の潔白を証明できないらしい。それどころかおそらく付けていたであろう犯人の目星も最初からやり直しになってしまったみたいだ。

 ただ一つだけ言えることは軍人が犯人または共犯である場合、その協力者は魔法使い側にいると言うことだ。となると部屋の配置がキーになってくる。

 もし使ったのが普通のロープなら登れるのは真上の部屋。または精々その両隣だろう。

 レナード大尉はローレンスに尋ねた。

「僕の部屋の上は誰だったかな?」

「シモン・マグヌスです」

「……なるほど」

 レナード大尉は嘆息した。ローレンスは続ける。

「ラブロ大佐の上が医者のロバート。テオ中佐の上が眼鏡のイヴリン。リカルド大尉の上が魔機構サイラスという配置になっています」

「僕とリカルド大尉の隣は?」

「レナード大尉の隣は空室です。リカルド大尉の隣はルイス少佐となっていました」

 急に新しい名前が出てきた。ラブロ大佐は「ルイス少佐がいたのか?」と驚いている。

 レナード大尉は眉をひそめた。

「いました?」

 ローレンスは額に汗を滲ませて頷いた。

「は、はい。ルイス少佐は皆様が来られた日の前日に来られ、翌日の深夜に帰られました……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

深淵の迷宮

葉羽
ミステリー
東京の豪邸に住む高校2年生の神藤葉羽は、天才的な頭脳を持ちながらも、推理小説の世界に没頭する日々を送っていた。彼の心の中には、幼馴染であり、恋愛漫画の大ファンである望月彩由美への淡い想いが秘められている。しかし、ある日、葉羽は謎のメッセージを受け取る。メッセージには、彼が憧れる推理小説のような事件が待ち受けていることが示唆されていた。 葉羽と彩由美は、廃墟と化した名家を訪れることに決めるが、そこには人間の心理を巧みに操る恐怖が潜んでいた。次々と襲いかかる心理的トラップ、そして、二人の間に生まれる不穏な空気。果たして彼らは真実に辿り着くことができるのか?葉羽は、自らの推理力を駆使しながら、恐怖の迷宮から脱出することを試みる。

隅の麗人 Case.1 怠惰な死体

久浄 要
ミステリー
東京は丸の内。 オフィスビルの地階にひっそりと佇む、暖色系の仄かな灯りが点る静かなショットバー『Huster』(ハスター)。 事件記者の東城達也と刑事の西園寺和也は、そこで車椅子を傍らに、いつも同じ席にいる美しくも怪しげな女に出会う。 東京駅の丸の内南口のコインロッカーに遺棄された黒いキャリーバッグ。そこに入っていたのは世にも奇妙な謎の死体。 死体に呼応するかのように東京、神奈川、埼玉、千葉の民家からは男女二人の異様なバラバラ死体が次々と発見されていく。 2014年1月。 とある新興宗教団体にまつわる、一都三県に跨がった恐るべき事件の顛末を描く『怠惰な死体』。 難解にしてマニアック。名状しがたい悪夢のような複雑怪奇な事件の謎に、個性豊かな三人の男女が挑む『隅の麗人』シリーズ第1段! カバーイラスト 歩いちご ※『隅の麗人』をエピソード毎に分割した作品です。

友よ、お前は何故死んだのか?

河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」 幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。 だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。 それは洋壱の死の報せであった。 朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。 悲しみの最中、朝倉から提案をされる。 ──それは、捜査協力の要請。 ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。 ──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

異常性癖

赤松康祐
ミステリー
変態的感性を持った男の顛末。

どうかしてるから童話かして。

アビト
ミステリー
童話チックミステリー。平凡高校生主人公×謎多き高校生が織りなす物語。 ____ おかしいんだ。 可笑しいんだよ。 いや、犯しくて、お菓子食って、自ら冒したんだよ。 _____ 日常生活が退屈で、退屈で仕方ない僕は、普通の高校生。 今まで、大体のことは何事もなく生きてきた。 ドラマやアニメに出てくるような波乱万丈な人生ではない。 普通。 今もこれからも、普通に生きて、何事もなく終わると信じていた。 僕のクラスメイトが失踪するまでは。

悪い冗談

鷲野ユキ
ミステリー
「いい加減目を覚ませ。お前だってわかってるんだろう?」

『新宿の刑事』

篠崎俊樹
ミステリー
短編のミステリー小説を、第6回ホラー・ミステリー大賞にエントリーします。新宿歌舞伎町がメイン舞台です。大賞を狙いたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...