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もふって就職!

◆もふって入学?4

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「ひ…ぁぅ…」

「…………」

 悲鳴はその成りを徐々に潜め、遂には原型を留めないほどに小さく変化していった。そのまま腰は地面へと着地し、聴こえるのは短く切れた息の音のみとなった。

 だが、むしろその状況がもうひとつの音を鮮明に耳に届かせる。石の床に衝撃を与え、その衝撃が空気を伝い、部屋の中で何度も何度も繰り返し反響する。

 意識しているわけでもなく、耳を塞いでいても無理矢理に手を貫通して反芻させられる。それが涼華たちの恐怖をより一層深いものにさせている。

「……な、なにか……だれか、いるの!?」

 眉を吊り上げ、恐怖を押し込めて声を上げる。だが、返答はない。あるのは反響する自分の声のみだ。

「……だれも、居ないの…?」

「………待って、誰か居るよ」

 答えが返ってこないことが不安へと繋がり、途端にその声を小さくする涼華。そこに割って答えたのはルイだった。その意外な返答に涼華は訳が分からない、と声を発せずにいた。なぜルイはそこまでの確信を持っているのかと。

「……人間ってよく出来てるよね、ある程度なら返ってきた声で何かがあるって位なら分かるんだよ」

「…え?」

「目の前に、誰かが立ってる。さっき叫んだ時前から返ってくる声が早かった」

「へ………ひぅ!」

 ぽかんと口を開けてルイの方を向くが暗闇で何も見えない。顔を動かした瞬間に頬を撫でられ涼華が声を上げる。

「……ジェミニなの?」

 ルイが核心を突くつもりで何も見えない空間に話しかける。次の瞬間、突如としてクスクスと笑い声が響き、それが無限に響き合う。

「る、るいぃ…!」

 あまりの恐怖から涼華はルイに抱きついている。その間にも笑い声は大きくなっていく。そして、目の前まで近付くと、一瞬のうちに視界が煌々とする。

 突然に明るくなったので目が慣れず目の前は真っ白だ。瞼を強く閉じ、再び開く。視界に線が付き、色が付き、立体感が出る。ようやく視力を取り戻すと、目の前には双子の男の子と女の子が二人、顔の目の前までその顔を近づけてこちらを覗き込んでいた。
 まじまじと見つめた後に顔をさっと離すと、双子は同時に口を開く。

『どうして僕たちが分かったに?』

『どうして私たちってわかったに?』

「ねぇ」

「なんで?」

『どうして? 教えてに~!』

 息の合った、まるで台本合わせをしていたかのような質問に一瞬たじろいでいまうがすぐに持ち直してルイが答える。

「…ジェミニ、って呼び捨てでいいのかな」

『別に~』

「そっか、ならいいか。で、ジェミニの話を聞いてこの部屋に入ったからね。伝承は知らないにしても、この部屋に居られるのってジェミニだけじゃないの?」

「ん~…悪霊」

「だったかもよ?」

「話を聞いたって言ったでしょ? 魔力マナを大量に吸ってるんだからそんなチンケな悪霊なんかに乗っ取られるはずもないし、第一そんなのが入ってきたら片っ端から消すでしょ?」

「まぁ、間違っては」

「いないけどに~」

『でも』

「僕達は誰か来たら」

「遊んでから壊すから」

『いひひっ!』

 その言葉に背中が凍るように冷たくなる。だが、見ている限りだと今の状態では害意は全く無く、安心して話ができる程度には安全なのだろう。それに、どうやら喜んでいるようにも見える。

「でもさ、ジェム」

「なぁに、メイニー?」

「初めてだよね、僕達の名前を呼んでくれたの」

「そうだね、初めてだね、私達の名前を呼んでくれたの」

『いひひっ!』

「初めてって……いままで一回も、無いの? あんなに有名そうに話してたのに…」

「うん、全く」

「今まで無かったよ」

「だから、その…」

「寂しかったり…」

 もじもじと下を向いて声が聞き取り辛くなる。しかし、その姿は見た目相応の歳の反応に見えてしまい、先程までの恐怖は薄れて可哀想という同情のような気持ちが湧いてくる。

 なんとも言えない気持ちに包まれ、涼華とルイは二人の元へと歩いていく。そして優しく抱きしめるとジェムとメイニーは強く顔を胸部に押し付けた。

「…ふふふ」

「…いいね」

 しばらくそのままで動かないでいると二人は自分から抱擁を解いて腕から脱する。二人が物陰に移動してこそこそ相談をしているのを見て、戻ってくるのを待つ。
 少ししてから、二人は顔を合わせた時以上の笑顔で駆け寄ってきた。

「えへへ」

「ねぇねぇ」

『名前を教えてよ!』

 隠すつもりもないし、隠す必要もない。ましてや、これからお世話になりたいと思っている相手に嘘はつかないのは基本中の基本だろう。涼華たちは二人に名前を告げる。

「リョウカに…」

「ルイ…」

『これからよろしくね!』

「へ?」

「えっ?」

 唐突に挨拶をしたと思えば次の瞬間には二人は宙に浮き、光を纏っていた。あまりの眩しさに思わず目を閉じてしまう。

 瞼越しに光が収束していくのを見て、ゆっくりと目を開ける。そこには既に二人の姿はなく、二本の、形が対になっている杖が目の前に落ちていた。

 涼華とルイはそれを恐る恐る手に取る。すると、突然声が響いた。

『ふふふ、びっくりした?』

『えへへ、おどろいた?』

『ジェムくんと』

『メイニーちゃんだよ!』

 涼華の手に握られた杖はジェムと名乗り、ルイの手に握られた杖はメイニーと名乗った。

『事情はわからないけど』

『ここに来たってことは』

『僕達が必要なんだよね!』

『それなら私達はついてくよ!』

 どうやら名前を呼ばれたのがはじめての経験で嬉しさ余って使用者として涼華とルイを認めたようだった。最初こそ驚愕したものの顔を見合わせて息をつくと、困ったように笑いながら二人も言った。

「こちらこそ」

「これからよろしくね」

『いひひっ!』

              ◆

 ジェミニから認められ晴れて使用者となった二人が部屋から出るやいなや、すぐさま老人が駆け寄ってきた。

「お、おぉ、大丈夫かい!? 何か怪我とかは!?」

「さっきから睨んだり心配したり、キャラがブレ過ぎですよ」

「あはは、確かに。でも、ありがとうございます。私達は無傷です、全然大丈夫です」

 すると、老人はあからさまな息をついてよかった、と言った。本気で安堵していたようで、顔はがっくりと下を向いて腰は折れ曲がっている。

 その姿を見て二人が笑うと、それに気が付いた老人は「笑ってんじゃないよ!」と怒り出し、遂には

「心配するんじゃなかった……いっそ出てこなければよかったのにね!」

 などと宣い始めた。

 とはいえ、そんな皮肉を言っていても表情は穏やかで柔らかいものだった。そのまま老人は階段を一人で登りはじめた。

 それに続いて階段をしっかりと踏みしめながら登る。

『ねぇねぇ、リョウカ!』

『ねぇねぇ、ルイ!』

「誰だい!?」

『ひゃっ!』

 ジェムとメイニーが二人に話しかけてきたが、老人が突然聴こえた第三者の声に驚き怒声を上げると杖に引っ込んでしまった。驚かせた老人を二人が怒ると、恐る恐るジェムとメイニーが出てきて、老人を怒る姿を眺めていた。

 最終的にジェムとメイニーを老人に紹介すると、老人は感嘆のヰキをもらしていた。

「それで、どうしたの?」

『この階段』

『暗くない?』

「あー、うん。足元が見えなくてちょっと危ないかな」

『だったら僕達が』

『明るくしといてあげる!』

「お、できるの? じゃあお願いしよっかな」

『まっかせて!』

 二人が気を遣ってくれたのか、明るさを気にして明るくしてくれるらしい。呪文を詠唱する声が聞こえる。その声が途切れた瞬間に辺りに光が満ちる。

「…おぉ、すごい明るい」

「本当だ! ありがとね、ジェム、メイニー!」

『いひひっ! どういたしまして!』

 見違えるほどに明るくなった階段は松明が仕事をサボるくらいだった。その後も突然ジェムたちが話しかけてきて老人が驚くことが何度があったが階段で転ぶなどのハプニングは無く、店の奥の道に戻ってくることができた。

 その道をまっすぐ進んで店に出ると、備え付けのベンチに舞と千明が座っていて談笑していた。涼華が声をかけると二人はこちらを振り向いて手に持っているものに気が付いて話を振ってきた。

「その杖は?」

「これはね…」

『じゃじゃーん!』

『こーんにーちはー!』

「ほわっ!?」

 説明しようとした途端に杖の中からジェムとメイニーが飛び出す。驚いた舞は地面に腰をついてしまう。

「ごめんね、お姉ちゃん。この子たちはジェムとメイニー。ジェムが男の子でメイニーが女の子」

『よろしくね!』

『よっろしくぅ!』

「ジェム……メイニー…あぁ、なるほどね理解したよ。これから妹達もよろしくね、二人とも」

『もっちろん!』

『まかせて!』

 えへんと胸を張って元気に答える。にっこりと微笑んだ舞は老人に話しかける。

「じゃあお会計を……」

「いや、要らないよ。魔杖まじょうジェミニはあの子達にしか使えない魔武器になったんだよ。その瞬間に立ち会えるなんてね、これ以上の代金は無いさね」

「いやでも…」

「いいからさっさとおかえり! 邪魔で騒がしいからね!」

 その後も何度も払おうと試みるが尽く拒否されてしまうのでもういっそ諦めて帰ろうと舞は三人と二人を連れて魔道具店を後にした。
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