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もふって就職!
◆もふって回帰!
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「………怒られちゃったね」
「…うん。怒られたね」
「怒られちゃった」
『あはははは!』
と、三人は宿主が去ったあとに笑いあった。
「…さて、ソンブルは倒したんだよね」
「うん」
「そうだよ!」
「まぁ、僕が倒したわけじゃないけど。でも、あの子にちゃんと報告しなきゃね!」
「あ、忘れてた」
「私はちゃんと覚えてたよ?」
「え」
「わー、千明ってば物忘れ激しいー。アルツハイマーかな?」
「あんだとー!?」
「千明お姉ちゃん大事なことなのに忘れちゃダメだよ!」
「涼華までー!」
「ははっ、ごめんごめん。冗談はさておきだよ、もう今日行くのは暗くて危ないから、明日行こうか?」
「そうだね、その方がいいね。……あー、早く教えてあげたいなー!」
「うん! とりあえず今日は寝よっか?」
「もうちょっと騒ごうよ! 折角なんだから! パーティーだよ、パーティー!」
「パーリナイッ!」
◆
ソンブルを倒した余韻に浸り、騒ぎまくった三人。夜も更けていたが、そんなものお構いなしに、結局朝方まで騒いでしまったがために、次に意識が覚醒したのは太陽がそこそこ昇った時だった。
「……おあおー」
「…ぉはよー…」
「はい、おはよう」
「うあー、ねむいー」
「みぎにおなじくー」
「騒ぎ過ぎたからでしょ、ほら、起きて、あの子の所に行くんでしょ!」
「なんで涼華そんな元気なのー?」
「しっかり者だから」
同じ時間に寝たはずなのに一人はっきりと意識を覚醒させている涼華に舞が問いかけると、胸を張りドヤ顔をしながら答える。
「…ない胸張っちゃって…」
「あ? 今なん…」
「さて、朝ご飯食べよ! いやー、僕お腹空いたなぁ!」
千明の茶々のお陰で涼華の黒い顔が垣間見えたところで、舞が食い気味に会話を終わらせて、朝食を急かす。
「…ふぅ、そうだね、ご飯食べよっか!」
切り替えの速さに驚きながら、移動するために千明の方を振り向くと若干震えているように見えた。自業自得なのでとりあえず「行くよ」とだけ声をかけてリビングに移動する。
起きるのが遅いため当然いつもより朝食も遅くなる。そのせいかは分からないがお腹が異様に空いていて、朝食を貪るように食べていた。
「…ふごふご、ふごふご」
「お姉ちゃん、食べ物が口の中にあるときは喋らないの。はしたないよ?」
「ふごっ! うーうー!」
「ちょっ、千明お姉ちゃん!? ほら、お水、飲んで、ほらはやく!」
喉を詰まらせた千明に急いで水を飲ませる。必死に自分で胸を叩きながらどうにか落ち着く。
「…はぁ、まったくもう。落ち着いて食べてね」
『すいません』
思わず声が揃ってしまう。
「で、何を言おうとしてたの?」
食事が終わり、食器を片付け終わってから話を再開する。先ほど、舞が何を言おうとしたのか涼華が質問する。
「いや、洗脳されてた人達はどうしようって思って。洗脳解けましたかじゃあ村に帰りますじゃないよね?」
「あ、いや、なんか皆もう元居たところに帰ったみたいだよ?」
「へー、そうなんだ。てっきりパニック状態に陥ってるのかと思ってた」
「私も、話聞くまではずっとそのこと考えてたんだけど、どうもここの長の方が上手くなだめた後に元の場所に連れ帰ったみたいで」
「なにそれここの長有能」
「だからここが経済特区なんだね。なるほど、それならすごく納得がいく」
「それじゃあ、あの子もみんなが帰ってきて私達がソンブルを倒せたって知ってるのかな」
「うん、多分ね? でも、報告はしてあげたほうがいいんじゃないかな?」
「そうだね。じゃあ、ぼちぼち、行こうか?」
「サーイエッサー」
「今はサーじゃないんだけどなぁ…」
宿屋である程度のやり取りをしたあと、報告をして直接家に帰るために宿の中を掃除してから出る。もともとは舞を寝かせるためにとった宿だったが思いの外居心地が良かった。家程ではないが。
そうこうして、宿を出発するとすぐに馬車を広い、最短ルートで一番街に駆けて行く。
「うーん、この馬車、中々な速さ」
「この調子ならそこそこ速く着きそうだけどさ、僕思ったんだよね」
「うん? なにを?」
「いやさぁ、僕らここに来るのにどれくらい時間掛かったっけ」
「半日くらい?」
「でしょ? 森に寄ってる余裕って…」
「ないね」
「だよね」
「そうだね」
『……』
「……明日でいいかなぁ?」
「まぁたそうやってサボろうとする」
「ダメだよお姉ちゃん! ちゃんと今日やることは今日やるの! 約束は守りましょう!」
「うぁー……じゃあ、何か明るくなるものもってなきゃ……」
「あ、それなら、私光魔法使えるよ?」
「…………? 光魔法って回復とかに使うんじゃ」
「光るからライト代わりにって……」
「…何その万能さ……あー、もうそれでいっか?」
「うん」
馬車の車窓から変わる景色を眺めながら三人は談笑している。一刻が過ぎる度に先ほどまでいた街の方向を見る。どんどん小さくなっていく街に感慨深い思いでいながら、また談笑に戻る。
周りも、沢山の建物が並ぶでもなく段々草木が増えてきた。自然豊かで一般的な、この世界のあたりまえの風景が。
「うーん、街からだいぶ離れたねぇ」
「そうだねぇ、周りもみ緑が増えてきたねぇ」
「一面真緑だねぇ」
風流風流。そう言いながら目を瞑り風を感じる。優しく頬を撫でるような風は、前から後ろへと流れていきどこかへ飛んでいってしまう。
「……気持ちいいねぇ…」
「…そうだねぇ…」
「…うぅん……」
「おっとぉ? そろそろ涼華ちゃんはおねんねかなぁ? かなぁ?」
「そりゃ、涼華ちゃんは幼いもんねぇ…そろそろお昼寝の時間だもんねぇ?」
二人は葉を見せて笑いながら、涼華をからかう。それを受けた涼華は顔を赤くして怒るでもなく、素直に「…うん……眠い…」と言い、肩に顔を預けてきた。
人の頭のずっしりとした重みを感じながら、頭を持って太腿まで誘導する。最終的に方にあった頭は太腿に乗っかり、涼華自身も体を横にして眠る事になった。
そんな涼華の頭を撫でながら、千明は今回、舞が倒れてから、何をしていたのかを話し出した。
「…涼華がね、舞が倒れたあとすぐに宿を確保して『ここにお姉ちゃんを運ぼう!』って提案してきたの」
「涼華が、かぁ、あの子らしいなぁ」
「うん。本当にね。まぁ、俺は別に舞軽いからさ、家まで運ぶのも吝かではなかったんだけど……涼華が『すぐにゆっくりしっかり休ませてあげないとダメ!』って聞かなくてさぁ」
舞は口をつぐんで静かに千明の話を聞いている。
「なんか、可愛かったよ? 姉を思いやる妹そのまんまだったからね。どんだけお姉ちゃん大好きっ子なんだよってくらいに」
「……うん」
「あ、そうそう」
「ん?」
「涼華、すごく、舞のこと、心配してた。もちろん、俺もだけどね」
「…ありがとう」
「それは俺じゃなくて涼華に言ってやってくれ。一番お前のこと気にかけて無理してたのはこの子だから」
「…んー? もしかして、あんまり寝てなかったり?」
「正解。もし、起きた時にみんな寝静まってたらお姉ちゃん可哀想だよーって。交代するから早く寝ろって言っても嫌の一点張りでさぁ、もう、大変だったんだよ?」
「…そっか」
「大分そっけない返事だね」
「ちょっと今はまともに返事する気になれないんだなぁ、これが」
そう言って、眠る涼華の頭を優しく二度三度と撫でる。風がそよぐ度にふわつく髪の毛をまとめてあげる。
妹の優しさに感動しながら、感謝の気持ちを込めて。
(ふふ、やっぱり姉妹だなぁ。もとは兄妹だけど)
「話が少しそれるけどさ」
「ん? なにー?」
「こうしてると、涼華がいて初めて俺達って騒がしくできるんだなって、思わない?」
「確かに。涼華がいて、千明がいて、僕がいて、それで初めて騒がしさが発生するんだね」
「………」
「千明? おーい、どうしたの? ちあきー?」
「…! あっ、いやっ…」
「大丈夫?」
「う、うん、大丈夫…」
「どうしたの?」
「んー、こう、やっぱりシリアスって、なんか、俺達の雰囲気には合わないよなぁって」
「……そうだね、あんまりしんみりした雰囲気は僕達のだす雰囲気ではないことは確かだね」
「じゃあ、楽しい話でもする?」
「なに? そんなものがあるの?」
「もっちろん。じゃなきゃ話題は振りませーん」
千明が胸を張って、いつのまにか持っていたかばんの中をガサガサとあさり始める。そして、ちょっとして目的のものを見つけたのか、それをすっとかばんから取り出した。
「これだよ、これ! 一昨日、舞が目覚める前に買った舞ちゃんへのプレゼントー! じゃじゃーん!」
千明の手に持たれていたのは一冊の厚い本だった。それをプレゼントと言って舞に渡す。突然のことに驚きを隠せず、舞は少し目を見開いた。
普通の本の重さを逸脱したそれは、タイトル部分に『新しい魔導写本』と書かれていた。千明に開封の許可をとって目次にさっと目を通す。
「んんー、既存魔法の魔導式、詠唱呪文一覧表に、最新鋭の魔法、合成魔法、新規魔法の作り方、魔力の最大値についての論文」
いろいろ書いてあるね、と千明に感想を言って本を閉じる。一瞬、千明の顔がはてなマークに染まる。
「僕、乗り物酔いする人だから……」
「あぁ、じゃあ家帰ってからゆっくり読んでね!」
「うん、そうさせてもらおうかな」
ふぅ、と小さく息を吐きだして再び風に意識を向ける。なぜかは分からないのだが、この風が妙に心地良く、安らげるのだ。
「楽しみだね、あの女の子に会うの」
「うん、そうだね………って、え? 女の子?」
「え? うん。女の子、だよ? むしろそれ以外に何が…?」
「え」
「えっ」
舞が突然にフリーズして動かなくなる。千明も突然フリーズした舞をみてあたふたしている。はっ、と意識が舞い戻った舞は、もう一度千明に確認する。
「女の子?」
「女の子」
「………僕、ずっとあの子のこと男の子だって思ってた」
「えぇ……?」
困惑の表情を浮かべながら舞の方を見る。表情からしてどうやら本当のことを言っているようだった。それに、こんなところで嘘をついても何も無いだろう。
「ま、まぁ、失礼になる前に気が付いたんだし…ね? まぁ、よかったと思おうよ」
「そっ、そうだね! 事故は未然に防がれたんだよ!」
『あはは…』と笑い合い、微妙な空気が生まれる。なんとなく気不味い。
「…よし、女の子に対する対応しよう」
「突然どうされたし」
「い、いやさ、だってさ!」
「うん、うん。わかった、ちょっと落ち着こうか」
「…ごほん、いやさ、前会った時はずっと男の子だって思っててさ、それで女の子だよって言われたら、もう前みたいな扱いなんてできないよね?」
「うん。できないね」
「だから、今の結論に至ったの」
「なるほど、わかった。わかったけど、何か今日の舞おかしくない?」
「ふぇっ!?」
「なんか、こう、言葉では言い表せないんだけど、違和感を凄く感じるよ」
「え、えぇ? そんなにおかしいかな…」
「うん、物凄く」
どこかいつもよりおかしいと指摘されて唸りながら外を眺める。馬車のシートについていた手は、いつの間にか握りこぶしを作っていた。
先程からおかしい舞のそんな挙動を千明は見逃さなかった。
「…ねぇ、何かあったの?」
「…なにもないよ」
「嘘はついちゃダメだよ? なにかあったなら話して? 解決に至らなくても、少しは楽になれると思うから」
「…なにもな」
「こっちにいる限りは家族でしょ? 家族のそんな暗い姿、あんまり見たくないの」
「…うん……」
無理矢理話をさせるのは千明にとってもとても心苦しいことではあったが、いつまでもこんな舞を見たくないという気持ちから話をさせることにした。
千明は舞から話し出すのを涼華の頭を撫でながらじっと待っていた。
馬車から見える景色もいつの間にか森から平原へと移動していて、そこそこの時間が経っていたことが分かる。そして、その沈黙を舞が打ち破ったのはそれから更に数分経ってからのことだった。
「…あのね」
「うん」
「…前にも言ったと思うんだけど、僕、今回、本当になにもできなくて、それで、また昔みたいになにもできなかったから、なんだか不安で、本当にあの子と顔を合わせていいのかも分からないんだ」
「……」
ぽつりぽつりと言葉を紡ぎだした舞を見ながら静かに千明が頷く。今回の件について、一番の功労者というのか一番活躍したのはやはりアリルだろう。
ソンブルを倒したのが自分でないのに、報告しなければいけない不安感は千明にも痛いほどよくわかった。
「……それで、嘘ついちゃえばいいって思ったけど、そんなこと出来るわけもないし…もう本当にどうしたらいいのかわからなくて……」
「本当のことを、そのまま伝えればいいんじゃない?」
「それで…それで、罵られても、しょうがないとは思うけど、やっぱり怖いんだよ……! どうしようもなく、もう本当に…!」
服の裾をつまみ、強く握る。顔は俯いていて、その表情は千明からは窺えそうにない。ただ、その声は震えていて、泣いているかもしれないという可能性を濃密に残していた。
それに加えて舞が言ったように嘘をつけばいいという考えに至ってしまい、それが罪悪感となって怖さの後押しをしてしまっているのだろう。
「…そっか、怖かったね」
舞の話を聞いて、千明は舞を抱き寄せた。舞の顔が千明の顔の横にきて、小さな嗚咽が聞こえてきた。やはり泣いていたようだった。
普通なら、ここまで思いつめることもないのだが、如何せん舞の昔の出来事が心に有刺鉄線を巻きつけてしまっているように思えた。
舞の過去はこの世界では、千明、そして寝たふりをしている涼華しか知らない事でそれをフォローできるのも必然的にこの二人しかいない。
千明も涼華もこれから先、舞が過去に向き合って強くなってくれることを望んでいるが、今は甘やかすのもしょうがないなと諦め、背中に腕をまわして強く抱きしめる。
しばらくして落ち着いたのか千明の抱擁を解いて自分の座っていた席に座り直す。目は赤く充血して、腫れぼったい感じをしていたが、気にせず舞は千明の方を向いて笑っていた。
「…えへへ、ありがとう。落ち着いたと思うよ!」
「確信が持てないのが怖いなぁ…まあ、とりあえずはいいか」
「うん……ありがとう」
「そんなにお礼ばっかり言わなくたっていいんだよ? 言ったでしょ? 家族なんだからって」
「そうだね!」
「ん……」
「あ、おはよう」
「おはよう」
「んー、おはよう、お姉ちゃん達…」
二人に自分が起きていたことを悟られまいと寝ぼけ眼を擦る振りをする。目は半開き程度で完璧な演技だ。
「どうしたのお姉ちゃん、泣いてるの?」
「違うよ涼華、舞お姉ちゃんは泣いてたんだよ! 涼華優しいー!って」
「なっ! 千明!」
「事実ですね、わかりますよ。うん。わかります」
いつも通りの賑やかさで、さっきまでのシリアスな空気は完全にどこへやら、消えてしまっていた。
ぐぅー……
突然、誰かの腹の虫が鳴き、誰だ誰だと顔を見れば、頬を赤くしていたのは、千明だった。舞と涼華は、やっぱりといった表情をして、宿屋で作ったご飯の余りを昼食として三人でつつくことにした。
「いやぁ、恥ずかしい恥ずかしい。親しい人といてもこれだけ恥ずかしいんだから、公衆の面前でやっちゃった時には自殺ものだね!」
「なんか普通に気にせずどこでもお腹鳴らしてそうだけどね」
「あはは、確かに。そんなイメージあるなぁ」
「なっ! 馬鹿にしやがってー! 俺だって羞恥心くらい持ち合わせはあるんだぞ!」
「他人がいっぱいいる外食の時でさえあんなにガツガツ食べてるのに、今更羞恥心なんて……」
「あーるーのー!」
三人が楽しそうに話しているのを感じ取ったかのように馬車が跳ねる。思わず目を見開いてしまったが今はそれさえもが面白く感じた。
別になんともない、そんな普通の会話が、舞にとって掛け替えのない幸せで、それを享受してる舞を見ている二人もそれが幸せに感じる。
しかしそれとは裏腹に千明は少しだけ、不安をその胸に募らせていた。その不安は、舞に関するものだった。
召喚されてから、いままで一度足りとも思い出すことのなかった舞の過去、それが今回の事件をきっかけに完全にフラッシュバックしてしまったら──
今は三人で一緒にいるが、それが故に一人でも何かしらが起こって欠けてしまったら、それこそ最悪の事態もこの世界では起こり得るのだ。
きっとそのときは全員で必死にフォローをするんだろう、そう思っても見たが一度頭に浮かんできた可能性は不安感となってどんどん自分の胸を圧迫する。
ifの話だが、だからこそ、解決策はない。今できるのは絶対にそんなこと起こらない、ただそう願って祈って、膨らむ不安の空気抜きをするだけ。
そして千明は、このことは二人には絶対に話してはいけない、抱え込むのではなく、抱え込まなくてはいけない状態にあるのがたまらなく辛く感じた。
「…まったく、失礼しちゃうわ!」
だから、今はこうして隠して、何でも無いように見せなければいけない。
「え、千明がそんなお嬢様みたいな……!!」
「あぁ、あぁぁ…ご、ごめんね、ちょっとからかいすぎちゃったね、謝るから天変地異だけは勘弁して…?」
やっぱり、普通が一番幸せで、その普通は三人揃ってこうして話をすること、絶対に欠けさせずに元の世界に帰るか、ここで一生を遂げてやる。
そう、千明は心に誓った。
「酷くない? ふざけただけだよ? ねぇ、酷くない?」
「何がほしいの!? 何が望みなの!?」
「ねぇ、話聞いてほしいなー」
「お金あげるから、食べ物あげるから!」
「話聞けー! おんどぅりゃぁー!」
「わー!」
「きゃー!」
「あのー、お客さん、馬が走り難いんでちょーっとばかしお静かにおね願いできませんかねぇ」
「あっ、すっ、すいません」
「やーい、怒られてやんのー」
「千明お姉ちゃんも謝る! ほら早く!」
「えっ」
そういって迷惑そうな顔をした馬車の運転手に頭を下げ、三人が全員もとの座席に座る。
馬車のシートの上は、ゴミや食べ物が散乱していたので、とりあえず片付けから始める。その途中、窓から顔を出して舞が馬車の運転手に話しかけていた。
「あのー」
「はいー、なんでしょうー?」
「目的地まであとどのくらいで着きますか?」
「んー、あー、大体一時間って言ったところでしょうかねぇ、もし道が悪けりゃもうちっとかかるかもしれやせんぜー」
「わかりました。ありがとうございます」
「はいー、では快適は馬車の旅を引き続きお楽しみくださいー」
舞が席に戻る頃には片付けは終わっていて乗る前よりも綺麗になっていた。
「…ふぅ、お疲れ…後少しで着くって」
「んー、了解」
「それまでなにしてよっか」
「いつも通りふざけてようよー」
「それでさっき怒られたでしょ?」
「うー、はーい」
特に話題もなく、静かに外を眺める。木が一本一本左から右に流れていく。面白くなんともない光景が今の最高の暇つぶしだった。
街をでてからというもの、ずっと森、平原、森、荒れ地、平原、と景色が縦横無尽に変わっている。
どうすればこんなに景色がコロコロ変わるのか、舞はこの世界の地形について興味が湧いてきた。
段々と木が多くなってきて、平原から林、そして森の中へと入っていった。
時間は大して経っていないのに懐かしさを感じながら、もう少しで会えるという期待感に胸を弾ませて、今からワクワクが止まらなかった。
「あぁ、早く会いたいなぁ。そんでもっておめでとうって言ってあげたいなぁ」
「喜ぶ姿が目に浮かぶようだね」
「大分ボーイッシュだったけど、喜ぶ姿は凄く女の子だったら私ギャップ萌えで死にます。ギャップに弱いんです。私大歓喜です」
「わー! 涼華が壊れた! すごく幸せそうな顔をしてる!」
「これが巷で噂のジャパニーズカルチャーの塊人間か…恐ろしや、恐ろしや」
「だって、だって、普段俺俺言ってる千明お姉ちゃんがいきなり上目遣いで『…お願い』とか言ってきたら私そのお願い断れないよ!」
「重症だね」
「末期の間違い」
「えぇー! なんで分かってくれないのー!?」
「普段大人しい分、壊れると収集つかなくなっちゃうから、ほら、どうどう」
「右に同じ、どうどう」
「酷いよー!」
そんなふざけた会話をしているうちにさっきまで見えていた森の入り口の光は見えなくなっていてそこそこ奥まで入ってきたように思える。
辺りは真っ暗でこの馬車も先頭を照らすライトが無ければ運転はおろか、走ることさえもできない。
「ふぅ、座席の方にライトついててよかったね」
「うん、外が真っ暗になったのに気付かなかったよ」
「光魔法の準備しとかなきゃ……」
「あ、結局使うんだ」
「だってこれなきゃ歩けないでしょ?」
「まぁ、確かにそうだけども」
「さて、試してみないと」
そう言って涼華は外の木々を光魔法で照らす。周囲の確認と歩く範囲の照射は可能と判断してすぐに光魔法を引っ込める。
「うん、問題なく運用できそうかな」
「それならよし。もう後十分もしないで着くと思うから、降りる準備しといてね」
「ほーい」
「はーい」
それから間もなくして、目的の場所に到着した馬車はその速度を徐々に落としていき、恐らくあるであろうあの子の村の辺りでぴったりと停止した。
「ふぅ、着いたみたい」
「みたいだね」
「降りる準備出来てるよー!」
「よし、じゃあ行きますか」
「照らすよー!」
「まだ涼華は戻ってないのね…」
馬車の運転手に料金を支払い、馬車から離れると、村の入り口を探す。この辺りにあるというのは分かっていたのだが、中々見つからない。
この世界の地図上にも一切載っていない村らしいが、そう考えるとソンブルもよくもこの村を見つけたと感心してしまう。
草木を掻き分けて数十分後、ようやく村の入り口を見つけることができた。
村の入り口の前には武装した女性、もとい番人が立っていて、なんとも言えない厳かな雰囲気を醸し出していた。
「よし、行こうか」
「そうだね」
「うん!」
村の入り口までゆったりとした足取りで近づいていく、そして、村の中にそのまま入ろうとしたのだが、
「──そこの者、止まれ。我々の村に何用だ」
案の定番人の方に止められてしまった。
「あー、私達、この村の子に用があって来たんですけど…」
「信用ならん。つい最近村を荒らされたばかりなのだ。引き返していただこう」
「いや、そうも行かないんですよ、その子と約束したんですよ、村のみんなを助けたら会いに来るって」
「信用ならんと言っているだろう。これ以上ここに居座るつもりならその命、無いと思え」
ーーーー
「うーん、どうしよう……」
「どうしようねぇ……」
「どうしよっか……」
『うーん………』
三人で座り込んでどうするか考えていると、不意に遠くから声が聞こえてきた。
「………ーぃ」
「ん?」
「…ぉーぃ…」
「あれ、誰だろう?」
「もしかして……!!」
「おーい!!」
「やっぱり! あの子だよ!」
「本当!? 行こう!」
「そうだね!」
声の主が以前ギルドの前で出会った女の子だとわかった瞬間三人とも一目散にその子の元へと駆けて行った。
「…うん。怒られたね」
「怒られちゃった」
『あはははは!』
と、三人は宿主が去ったあとに笑いあった。
「…さて、ソンブルは倒したんだよね」
「うん」
「そうだよ!」
「まぁ、僕が倒したわけじゃないけど。でも、あの子にちゃんと報告しなきゃね!」
「あ、忘れてた」
「私はちゃんと覚えてたよ?」
「え」
「わー、千明ってば物忘れ激しいー。アルツハイマーかな?」
「あんだとー!?」
「千明お姉ちゃん大事なことなのに忘れちゃダメだよ!」
「涼華までー!」
「ははっ、ごめんごめん。冗談はさておきだよ、もう今日行くのは暗くて危ないから、明日行こうか?」
「そうだね、その方がいいね。……あー、早く教えてあげたいなー!」
「うん! とりあえず今日は寝よっか?」
「もうちょっと騒ごうよ! 折角なんだから! パーティーだよ、パーティー!」
「パーリナイッ!」
◆
ソンブルを倒した余韻に浸り、騒ぎまくった三人。夜も更けていたが、そんなものお構いなしに、結局朝方まで騒いでしまったがために、次に意識が覚醒したのは太陽がそこそこ昇った時だった。
「……おあおー」
「…ぉはよー…」
「はい、おはよう」
「うあー、ねむいー」
「みぎにおなじくー」
「騒ぎ過ぎたからでしょ、ほら、起きて、あの子の所に行くんでしょ!」
「なんで涼華そんな元気なのー?」
「しっかり者だから」
同じ時間に寝たはずなのに一人はっきりと意識を覚醒させている涼華に舞が問いかけると、胸を張りドヤ顔をしながら答える。
「…ない胸張っちゃって…」
「あ? 今なん…」
「さて、朝ご飯食べよ! いやー、僕お腹空いたなぁ!」
千明の茶々のお陰で涼華の黒い顔が垣間見えたところで、舞が食い気味に会話を終わらせて、朝食を急かす。
「…ふぅ、そうだね、ご飯食べよっか!」
切り替えの速さに驚きながら、移動するために千明の方を振り向くと若干震えているように見えた。自業自得なのでとりあえず「行くよ」とだけ声をかけてリビングに移動する。
起きるのが遅いため当然いつもより朝食も遅くなる。そのせいかは分からないがお腹が異様に空いていて、朝食を貪るように食べていた。
「…ふごふご、ふごふご」
「お姉ちゃん、食べ物が口の中にあるときは喋らないの。はしたないよ?」
「ふごっ! うーうー!」
「ちょっ、千明お姉ちゃん!? ほら、お水、飲んで、ほらはやく!」
喉を詰まらせた千明に急いで水を飲ませる。必死に自分で胸を叩きながらどうにか落ち着く。
「…はぁ、まったくもう。落ち着いて食べてね」
『すいません』
思わず声が揃ってしまう。
「で、何を言おうとしてたの?」
食事が終わり、食器を片付け終わってから話を再開する。先ほど、舞が何を言おうとしたのか涼華が質問する。
「いや、洗脳されてた人達はどうしようって思って。洗脳解けましたかじゃあ村に帰りますじゃないよね?」
「あ、いや、なんか皆もう元居たところに帰ったみたいだよ?」
「へー、そうなんだ。てっきりパニック状態に陥ってるのかと思ってた」
「私も、話聞くまではずっとそのこと考えてたんだけど、どうもここの長の方が上手くなだめた後に元の場所に連れ帰ったみたいで」
「なにそれここの長有能」
「だからここが経済特区なんだね。なるほど、それならすごく納得がいく」
「それじゃあ、あの子もみんなが帰ってきて私達がソンブルを倒せたって知ってるのかな」
「うん、多分ね? でも、報告はしてあげたほうがいいんじゃないかな?」
「そうだね。じゃあ、ぼちぼち、行こうか?」
「サーイエッサー」
「今はサーじゃないんだけどなぁ…」
宿屋である程度のやり取りをしたあと、報告をして直接家に帰るために宿の中を掃除してから出る。もともとは舞を寝かせるためにとった宿だったが思いの外居心地が良かった。家程ではないが。
そうこうして、宿を出発するとすぐに馬車を広い、最短ルートで一番街に駆けて行く。
「うーん、この馬車、中々な速さ」
「この調子ならそこそこ速く着きそうだけどさ、僕思ったんだよね」
「うん? なにを?」
「いやさぁ、僕らここに来るのにどれくらい時間掛かったっけ」
「半日くらい?」
「でしょ? 森に寄ってる余裕って…」
「ないね」
「だよね」
「そうだね」
『……』
「……明日でいいかなぁ?」
「まぁたそうやってサボろうとする」
「ダメだよお姉ちゃん! ちゃんと今日やることは今日やるの! 約束は守りましょう!」
「うぁー……じゃあ、何か明るくなるものもってなきゃ……」
「あ、それなら、私光魔法使えるよ?」
「…………? 光魔法って回復とかに使うんじゃ」
「光るからライト代わりにって……」
「…何その万能さ……あー、もうそれでいっか?」
「うん」
馬車の車窓から変わる景色を眺めながら三人は談笑している。一刻が過ぎる度に先ほどまでいた街の方向を見る。どんどん小さくなっていく街に感慨深い思いでいながら、また談笑に戻る。
周りも、沢山の建物が並ぶでもなく段々草木が増えてきた。自然豊かで一般的な、この世界のあたりまえの風景が。
「うーん、街からだいぶ離れたねぇ」
「そうだねぇ、周りもみ緑が増えてきたねぇ」
「一面真緑だねぇ」
風流風流。そう言いながら目を瞑り風を感じる。優しく頬を撫でるような風は、前から後ろへと流れていきどこかへ飛んでいってしまう。
「……気持ちいいねぇ…」
「…そうだねぇ…」
「…うぅん……」
「おっとぉ? そろそろ涼華ちゃんはおねんねかなぁ? かなぁ?」
「そりゃ、涼華ちゃんは幼いもんねぇ…そろそろお昼寝の時間だもんねぇ?」
二人は葉を見せて笑いながら、涼華をからかう。それを受けた涼華は顔を赤くして怒るでもなく、素直に「…うん……眠い…」と言い、肩に顔を預けてきた。
人の頭のずっしりとした重みを感じながら、頭を持って太腿まで誘導する。最終的に方にあった頭は太腿に乗っかり、涼華自身も体を横にして眠る事になった。
そんな涼華の頭を撫でながら、千明は今回、舞が倒れてから、何をしていたのかを話し出した。
「…涼華がね、舞が倒れたあとすぐに宿を確保して『ここにお姉ちゃんを運ぼう!』って提案してきたの」
「涼華が、かぁ、あの子らしいなぁ」
「うん。本当にね。まぁ、俺は別に舞軽いからさ、家まで運ぶのも吝かではなかったんだけど……涼華が『すぐにゆっくりしっかり休ませてあげないとダメ!』って聞かなくてさぁ」
舞は口をつぐんで静かに千明の話を聞いている。
「なんか、可愛かったよ? 姉を思いやる妹そのまんまだったからね。どんだけお姉ちゃん大好きっ子なんだよってくらいに」
「……うん」
「あ、そうそう」
「ん?」
「涼華、すごく、舞のこと、心配してた。もちろん、俺もだけどね」
「…ありがとう」
「それは俺じゃなくて涼華に言ってやってくれ。一番お前のこと気にかけて無理してたのはこの子だから」
「…んー? もしかして、あんまり寝てなかったり?」
「正解。もし、起きた時にみんな寝静まってたらお姉ちゃん可哀想だよーって。交代するから早く寝ろって言っても嫌の一点張りでさぁ、もう、大変だったんだよ?」
「…そっか」
「大分そっけない返事だね」
「ちょっと今はまともに返事する気になれないんだなぁ、これが」
そう言って、眠る涼華の頭を優しく二度三度と撫でる。風がそよぐ度にふわつく髪の毛をまとめてあげる。
妹の優しさに感動しながら、感謝の気持ちを込めて。
(ふふ、やっぱり姉妹だなぁ。もとは兄妹だけど)
「話が少しそれるけどさ」
「ん? なにー?」
「こうしてると、涼華がいて初めて俺達って騒がしくできるんだなって、思わない?」
「確かに。涼華がいて、千明がいて、僕がいて、それで初めて騒がしさが発生するんだね」
「………」
「千明? おーい、どうしたの? ちあきー?」
「…! あっ、いやっ…」
「大丈夫?」
「う、うん、大丈夫…」
「どうしたの?」
「んー、こう、やっぱりシリアスって、なんか、俺達の雰囲気には合わないよなぁって」
「……そうだね、あんまりしんみりした雰囲気は僕達のだす雰囲気ではないことは確かだね」
「じゃあ、楽しい話でもする?」
「なに? そんなものがあるの?」
「もっちろん。じゃなきゃ話題は振りませーん」
千明が胸を張って、いつのまにか持っていたかばんの中をガサガサとあさり始める。そして、ちょっとして目的のものを見つけたのか、それをすっとかばんから取り出した。
「これだよ、これ! 一昨日、舞が目覚める前に買った舞ちゃんへのプレゼントー! じゃじゃーん!」
千明の手に持たれていたのは一冊の厚い本だった。それをプレゼントと言って舞に渡す。突然のことに驚きを隠せず、舞は少し目を見開いた。
普通の本の重さを逸脱したそれは、タイトル部分に『新しい魔導写本』と書かれていた。千明に開封の許可をとって目次にさっと目を通す。
「んんー、既存魔法の魔導式、詠唱呪文一覧表に、最新鋭の魔法、合成魔法、新規魔法の作り方、魔力の最大値についての論文」
いろいろ書いてあるね、と千明に感想を言って本を閉じる。一瞬、千明の顔がはてなマークに染まる。
「僕、乗り物酔いする人だから……」
「あぁ、じゃあ家帰ってからゆっくり読んでね!」
「うん、そうさせてもらおうかな」
ふぅ、と小さく息を吐きだして再び風に意識を向ける。なぜかは分からないのだが、この風が妙に心地良く、安らげるのだ。
「楽しみだね、あの女の子に会うの」
「うん、そうだね………って、え? 女の子?」
「え? うん。女の子、だよ? むしろそれ以外に何が…?」
「え」
「えっ」
舞が突然にフリーズして動かなくなる。千明も突然フリーズした舞をみてあたふたしている。はっ、と意識が舞い戻った舞は、もう一度千明に確認する。
「女の子?」
「女の子」
「………僕、ずっとあの子のこと男の子だって思ってた」
「えぇ……?」
困惑の表情を浮かべながら舞の方を見る。表情からしてどうやら本当のことを言っているようだった。それに、こんなところで嘘をついても何も無いだろう。
「ま、まぁ、失礼になる前に気が付いたんだし…ね? まぁ、よかったと思おうよ」
「そっ、そうだね! 事故は未然に防がれたんだよ!」
『あはは…』と笑い合い、微妙な空気が生まれる。なんとなく気不味い。
「…よし、女の子に対する対応しよう」
「突然どうされたし」
「い、いやさ、だってさ!」
「うん、うん。わかった、ちょっと落ち着こうか」
「…ごほん、いやさ、前会った時はずっと男の子だって思っててさ、それで女の子だよって言われたら、もう前みたいな扱いなんてできないよね?」
「うん。できないね」
「だから、今の結論に至ったの」
「なるほど、わかった。わかったけど、何か今日の舞おかしくない?」
「ふぇっ!?」
「なんか、こう、言葉では言い表せないんだけど、違和感を凄く感じるよ」
「え、えぇ? そんなにおかしいかな…」
「うん、物凄く」
どこかいつもよりおかしいと指摘されて唸りながら外を眺める。馬車のシートについていた手は、いつの間にか握りこぶしを作っていた。
先程からおかしい舞のそんな挙動を千明は見逃さなかった。
「…ねぇ、何かあったの?」
「…なにもないよ」
「嘘はついちゃダメだよ? なにかあったなら話して? 解決に至らなくても、少しは楽になれると思うから」
「…なにもな」
「こっちにいる限りは家族でしょ? 家族のそんな暗い姿、あんまり見たくないの」
「…うん……」
無理矢理話をさせるのは千明にとってもとても心苦しいことではあったが、いつまでもこんな舞を見たくないという気持ちから話をさせることにした。
千明は舞から話し出すのを涼華の頭を撫でながらじっと待っていた。
馬車から見える景色もいつの間にか森から平原へと移動していて、そこそこの時間が経っていたことが分かる。そして、その沈黙を舞が打ち破ったのはそれから更に数分経ってからのことだった。
「…あのね」
「うん」
「…前にも言ったと思うんだけど、僕、今回、本当になにもできなくて、それで、また昔みたいになにもできなかったから、なんだか不安で、本当にあの子と顔を合わせていいのかも分からないんだ」
「……」
ぽつりぽつりと言葉を紡ぎだした舞を見ながら静かに千明が頷く。今回の件について、一番の功労者というのか一番活躍したのはやはりアリルだろう。
ソンブルを倒したのが自分でないのに、報告しなければいけない不安感は千明にも痛いほどよくわかった。
「……それで、嘘ついちゃえばいいって思ったけど、そんなこと出来るわけもないし…もう本当にどうしたらいいのかわからなくて……」
「本当のことを、そのまま伝えればいいんじゃない?」
「それで…それで、罵られても、しょうがないとは思うけど、やっぱり怖いんだよ……! どうしようもなく、もう本当に…!」
服の裾をつまみ、強く握る。顔は俯いていて、その表情は千明からは窺えそうにない。ただ、その声は震えていて、泣いているかもしれないという可能性を濃密に残していた。
それに加えて舞が言ったように嘘をつけばいいという考えに至ってしまい、それが罪悪感となって怖さの後押しをしてしまっているのだろう。
「…そっか、怖かったね」
舞の話を聞いて、千明は舞を抱き寄せた。舞の顔が千明の顔の横にきて、小さな嗚咽が聞こえてきた。やはり泣いていたようだった。
普通なら、ここまで思いつめることもないのだが、如何せん舞の昔の出来事が心に有刺鉄線を巻きつけてしまっているように思えた。
舞の過去はこの世界では、千明、そして寝たふりをしている涼華しか知らない事でそれをフォローできるのも必然的にこの二人しかいない。
千明も涼華もこれから先、舞が過去に向き合って強くなってくれることを望んでいるが、今は甘やかすのもしょうがないなと諦め、背中に腕をまわして強く抱きしめる。
しばらくして落ち着いたのか千明の抱擁を解いて自分の座っていた席に座り直す。目は赤く充血して、腫れぼったい感じをしていたが、気にせず舞は千明の方を向いて笑っていた。
「…えへへ、ありがとう。落ち着いたと思うよ!」
「確信が持てないのが怖いなぁ…まあ、とりあえずはいいか」
「うん……ありがとう」
「そんなにお礼ばっかり言わなくたっていいんだよ? 言ったでしょ? 家族なんだからって」
「そうだね!」
「ん……」
「あ、おはよう」
「おはよう」
「んー、おはよう、お姉ちゃん達…」
二人に自分が起きていたことを悟られまいと寝ぼけ眼を擦る振りをする。目は半開き程度で完璧な演技だ。
「どうしたのお姉ちゃん、泣いてるの?」
「違うよ涼華、舞お姉ちゃんは泣いてたんだよ! 涼華優しいー!って」
「なっ! 千明!」
「事実ですね、わかりますよ。うん。わかります」
いつも通りの賑やかさで、さっきまでのシリアスな空気は完全にどこへやら、消えてしまっていた。
ぐぅー……
突然、誰かの腹の虫が鳴き、誰だ誰だと顔を見れば、頬を赤くしていたのは、千明だった。舞と涼華は、やっぱりといった表情をして、宿屋で作ったご飯の余りを昼食として三人でつつくことにした。
「いやぁ、恥ずかしい恥ずかしい。親しい人といてもこれだけ恥ずかしいんだから、公衆の面前でやっちゃった時には自殺ものだね!」
「なんか普通に気にせずどこでもお腹鳴らしてそうだけどね」
「あはは、確かに。そんなイメージあるなぁ」
「なっ! 馬鹿にしやがってー! 俺だって羞恥心くらい持ち合わせはあるんだぞ!」
「他人がいっぱいいる外食の時でさえあんなにガツガツ食べてるのに、今更羞恥心なんて……」
「あーるーのー!」
三人が楽しそうに話しているのを感じ取ったかのように馬車が跳ねる。思わず目を見開いてしまったが今はそれさえもが面白く感じた。
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しかしそれとは裏腹に千明は少しだけ、不安をその胸に募らせていた。その不安は、舞に関するものだった。
召喚されてから、いままで一度足りとも思い出すことのなかった舞の過去、それが今回の事件をきっかけに完全にフラッシュバックしてしまったら──
今は三人で一緒にいるが、それが故に一人でも何かしらが起こって欠けてしまったら、それこそ最悪の事態もこの世界では起こり得るのだ。
きっとそのときは全員で必死にフォローをするんだろう、そう思っても見たが一度頭に浮かんできた可能性は不安感となってどんどん自分の胸を圧迫する。
ifの話だが、だからこそ、解決策はない。今できるのは絶対にそんなこと起こらない、ただそう願って祈って、膨らむ不安の空気抜きをするだけ。
そして千明は、このことは二人には絶対に話してはいけない、抱え込むのではなく、抱え込まなくてはいけない状態にあるのがたまらなく辛く感じた。
「…まったく、失礼しちゃうわ!」
だから、今はこうして隠して、何でも無いように見せなければいけない。
「え、千明がそんなお嬢様みたいな……!!」
「あぁ、あぁぁ…ご、ごめんね、ちょっとからかいすぎちゃったね、謝るから天変地異だけは勘弁して…?」
やっぱり、普通が一番幸せで、その普通は三人揃ってこうして話をすること、絶対に欠けさせずに元の世界に帰るか、ここで一生を遂げてやる。
そう、千明は心に誓った。
「酷くない? ふざけただけだよ? ねぇ、酷くない?」
「何がほしいの!? 何が望みなの!?」
「ねぇ、話聞いてほしいなー」
「お金あげるから、食べ物あげるから!」
「話聞けー! おんどぅりゃぁー!」
「わー!」
「きゃー!」
「あのー、お客さん、馬が走り難いんでちょーっとばかしお静かにおね願いできませんかねぇ」
「あっ、すっ、すいません」
「やーい、怒られてやんのー」
「千明お姉ちゃんも謝る! ほら早く!」
「えっ」
そういって迷惑そうな顔をした馬車の運転手に頭を下げ、三人が全員もとの座席に座る。
馬車のシートの上は、ゴミや食べ物が散乱していたので、とりあえず片付けから始める。その途中、窓から顔を出して舞が馬車の運転手に話しかけていた。
「あのー」
「はいー、なんでしょうー?」
「目的地まであとどのくらいで着きますか?」
「んー、あー、大体一時間って言ったところでしょうかねぇ、もし道が悪けりゃもうちっとかかるかもしれやせんぜー」
「わかりました。ありがとうございます」
「はいー、では快適は馬車の旅を引き続きお楽しみくださいー」
舞が席に戻る頃には片付けは終わっていて乗る前よりも綺麗になっていた。
「…ふぅ、お疲れ…後少しで着くって」
「んー、了解」
「それまでなにしてよっか」
「いつも通りふざけてようよー」
「それでさっき怒られたでしょ?」
「うー、はーい」
特に話題もなく、静かに外を眺める。木が一本一本左から右に流れていく。面白くなんともない光景が今の最高の暇つぶしだった。
街をでてからというもの、ずっと森、平原、森、荒れ地、平原、と景色が縦横無尽に変わっている。
どうすればこんなに景色がコロコロ変わるのか、舞はこの世界の地形について興味が湧いてきた。
段々と木が多くなってきて、平原から林、そして森の中へと入っていった。
時間は大して経っていないのに懐かしさを感じながら、もう少しで会えるという期待感に胸を弾ませて、今からワクワクが止まらなかった。
「あぁ、早く会いたいなぁ。そんでもっておめでとうって言ってあげたいなぁ」
「喜ぶ姿が目に浮かぶようだね」
「大分ボーイッシュだったけど、喜ぶ姿は凄く女の子だったら私ギャップ萌えで死にます。ギャップに弱いんです。私大歓喜です」
「わー! 涼華が壊れた! すごく幸せそうな顔をしてる!」
「これが巷で噂のジャパニーズカルチャーの塊人間か…恐ろしや、恐ろしや」
「だって、だって、普段俺俺言ってる千明お姉ちゃんがいきなり上目遣いで『…お願い』とか言ってきたら私そのお願い断れないよ!」
「重症だね」
「末期の間違い」
「えぇー! なんで分かってくれないのー!?」
「普段大人しい分、壊れると収集つかなくなっちゃうから、ほら、どうどう」
「右に同じ、どうどう」
「酷いよー!」
そんなふざけた会話をしているうちにさっきまで見えていた森の入り口の光は見えなくなっていてそこそこ奥まで入ってきたように思える。
辺りは真っ暗でこの馬車も先頭を照らすライトが無ければ運転はおろか、走ることさえもできない。
「ふぅ、座席の方にライトついててよかったね」
「うん、外が真っ暗になったのに気付かなかったよ」
「光魔法の準備しとかなきゃ……」
「あ、結局使うんだ」
「だってこれなきゃ歩けないでしょ?」
「まぁ、確かにそうだけども」
「さて、試してみないと」
そう言って涼華は外の木々を光魔法で照らす。周囲の確認と歩く範囲の照射は可能と判断してすぐに光魔法を引っ込める。
「うん、問題なく運用できそうかな」
「それならよし。もう後十分もしないで着くと思うから、降りる準備しといてね」
「ほーい」
「はーい」
それから間もなくして、目的の場所に到着した馬車はその速度を徐々に落としていき、恐らくあるであろうあの子の村の辺りでぴったりと停止した。
「ふぅ、着いたみたい」
「みたいだね」
「降りる準備出来てるよー!」
「よし、じゃあ行きますか」
「照らすよー!」
「まだ涼華は戻ってないのね…」
馬車の運転手に料金を支払い、馬車から離れると、村の入り口を探す。この辺りにあるというのは分かっていたのだが、中々見つからない。
この世界の地図上にも一切載っていない村らしいが、そう考えるとソンブルもよくもこの村を見つけたと感心してしまう。
草木を掻き分けて数十分後、ようやく村の入り口を見つけることができた。
村の入り口の前には武装した女性、もとい番人が立っていて、なんとも言えない厳かな雰囲気を醸し出していた。
「よし、行こうか」
「そうだね」
「うん!」
村の入り口までゆったりとした足取りで近づいていく、そして、村の中にそのまま入ろうとしたのだが、
「──そこの者、止まれ。我々の村に何用だ」
案の定番人の方に止められてしまった。
「あー、私達、この村の子に用があって来たんですけど…」
「信用ならん。つい最近村を荒らされたばかりなのだ。引き返していただこう」
「いや、そうも行かないんですよ、その子と約束したんですよ、村のみんなを助けたら会いに来るって」
「信用ならんと言っているだろう。これ以上ここに居座るつもりならその命、無いと思え」
ーーーー
「うーん、どうしよう……」
「どうしようねぇ……」
「どうしよっか……」
『うーん………』
三人で座り込んでどうするか考えていると、不意に遠くから声が聞こえてきた。
「………ーぃ」
「ん?」
「…ぉーぃ…」
「あれ、誰だろう?」
「もしかして……!!」
「おーい!!」
「やっぱり! あの子だよ!」
「本当!? 行こう!」
「そうだね!」
声の主が以前ギルドの前で出会った女の子だとわかった瞬間三人とも一目散にその子の元へと駆けて行った。
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