イサード

春きゃべつ

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迷いの森 ユーダ

魔法術協定同盟会

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 祭壇へ向かった三人を見送った後。

 銀髪眼鏡の二人組は、広場の境を手持ち無沙汰で徘徊していた。

 今は片隅に積み上げられた木材に腰掛け、とつとつと語る青年の話に耳を傾けている。

 ふたりを呼び止め、爽やかに「ここに座れ」と指示した男の姿はすでにない。

 代わりに置いていかれた彼の弟子が、ルディウスの質問攻撃の標的となっていた。

 ふたりの目前にいる、チャドという名の青年がそうだ。

 要するに「これ以上うろちょろするな。こいつ置いてくから!」と、体よく追っ払われたわけだ。

 再開しはじめた作業の音がリズミカルに響き渡り、点々と置かれた篝火の炎が微風に揺らめく。

 数週間前の出来事を語るチャドの表情は、心なしか曇っていった。

 石畳の地べたに座り込む彼は、一区切りついたところで顔を上げ。

 唸るように息を吐き出した。

 整った眉根を寄せルディウスが愛用の銀縁眼鏡を、指先でぐぃっと押し上げる。

「それでは、例の化け物を操っていたのは協会の人間だと?」

 チャドは青ざめながら、たぶんと頷く。

「治安を護るべき立場の協会がなぜ…。そもそも、そのピークスという男が、討伐要請を進言したのですよね。この事を、他に知っている者は?」

 彼は深刻な顔で押し黙り、作業道具を磨いていた手を止めた。

 隣に腰掛けるシンシアが、その様子を心配そうにじっと見守る。

 ルディウスが驚くのも無理はなかった。

《魔法術協定同盟会》

 協会や魔協会の名称で呼ばれているその団体は、世界各地に支部を持ち。

 出現し始めた魔物の討伐、各地で起こる異常現象の調査から災害時の救援に至るまでを、一手に引き受ける巨大な組織だ。

 いち早い対処を強いられる協会の職員は、情報、移動手段等、様々な点で民間の者より優遇される。

 その為職員の選抜は厳しく、制約も多い。

 入所と同時に刻まれる刻印は、複製不可能とさえ謳われている。

 人々が協会へ向ける信頼性は絶大だ。

 もしそんな団体に危険人物が紛れ込んだとすれば、それこそただ事ではない。

 ごくりと唾を飲み込んで、青年は再び口を開いた。

「…話したのは、エドワードさんとあなた達だけだよ」

 震える手を握り締めて、絞り出すように切り出してゆく。

「ピークスさんは…ピークスさんは。あの日、あの男に殺されたんだ」

「ですが…彼はエドワードさん達と一緒に、街の協会支部へと向かわれたのでしょう?」

 チャドの言葉に、シンシアが息をのみ困惑の声をあげる。

「僕だって何がなんだかわからないよ。けど確かに見たんだ」

 自らを落ち着かせるように、もう一度息を吐き出す。

「石板の影からだったけどね。あの時明かりが消えてなければ、僕だってどうなってたか…」

「…それで、エドワードさんは何と?」

 身じろいだルディウスに、チャドが再び肩をびくりと震わせる。

「目的がわからない以上。下手に騒ぎ立てない方が良いって。様子を見て、用心するよう伝えるからって言ってたよ。出発する日の朝の事だ」

「確かに。操られていたのだとしたら、無闇に騒ぎ立てるのも危険です。…しかし、死者を甦らせて操るなどという術は聞いたことがありません」

 そんな事が本当に可能なのかと、眉間の皺を一層深める。

 爪をチリと噛み、シンシアが顔をあげた。

「チャドさん。その人の顔は見ましたか?」

「いや。…それが、顔はよく覚えてないんだ。けど背丈は、ルディウスより少し低いくらいだったと思う」

 炎に照らされ赤みを帯びた瞳を閉じて、思い出さんと眉を寄せる。

「金髪…明るい髪の色だった。彼自身が青白く発光していたんだ。それに…そう、黒い石の指輪を…」

「よう、探したぞ!」

 突如かけられた声に、一斉に視線を向ける。

「…辛気臭い顔してなに語り合ってんだ。おぅ?どうしたチャド。また親方に置いてけぼりでも喰らったか?」

「ダイナさんっ!」

 駆け寄ってきたダイナが、なんだよと首を傾げる。

「そういや。エドんとこのと、あんちゃん達はどうした?」

 ふぅっと息を吐き出すと、ルディウスはオメガ達の向かった方向を指差す。

「祭壇に向かっています。ユアラさんがかなり狭い場所だとおっしゃっていたので、私達はここで待機を」

「ええ。声が聞こえると、シグマさんがおっしゃって…」

「…声?」とダイナが口の端を歪める。

「そういや前にも誰かが…。まあ、いいさ。んじゃあ、嬢ちゃん達はまだ祭壇の路を確かめてないのか?」

「祭壇の…路?」

「ああ。あんたらの言ってたマホロの路さ」

「…は?」

 間の抜けた顔で顔を見合わせるふたりを見て、ダイナが気まずそうにぽりぽりと後頭部をかく。

「まさか扉の方へ行っちまったのか?」

 頷くふたりに、申し訳ないと顔を顰める。

「それが…俺もすっかり忘れてたんだけどよ。エドの旦那と小っちぇ頃にここで探検ごっこしててな。いやぁ、いい加減修繕しないといけないんだが。どうも扉を造ったあたりで飽きちまって」

「………」

 静まり返る三人をそのままに、ダイナが豪快な照れ笑いをする。

「紛らわし…」

 呆れ半分でルディウスがボソリと呟く。

 ふいに地面が激しく揺れはじめ、地を這うような音が辺りに響いた。

「な、なんだ!?」

 突然の出来事に、皆の動きが止まる。

 騒然とした広場に、追い討ちをかけるような悲鳴が上がった。

「嘘だろ、おい」

 凍りついたダイナの瞳に、塀を乗り越えんとしている化け物の姿が映る。

 逃げ惑う者。

 篝火の炎をぶつけ、果敢に応戦する者であっという間に場がごった返していく。

「チャド君。出来る限り皆さんを資材用の船に誘導してくれますか?足りなければなにか水に浮く物にでもいい」

 立ち上がったルディウスが険しい表情で化け物を一瞥した。

 眼鏡を指先で押し上げる。

「弱点は火と水です。自分自身の安全を最優先でお願いします。私は出来る限り奴らを食い止めてみます」

「俺はどうすりゃいい?」

「途中まで一緒に来て下さい。可能であれば、祭壇に向かったオメガ達を呼び戻して頂きたいのですが…」

「おう。任せとけ」

 分厚い胸板を叩くダイナに「頼みます」と頭を下げる。

「…あの、私はどうすれば?」

 真っ直ぐ見つめ、シンシアが問う。

 振り返った彼は、ひと呼吸おいてこう聞き返した。

「攻撃系の術は?」

続く。
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