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Xtra.02 帰魂と花火と。
東都 北西地区β- 五月二十六日 午前十一時十八分
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普段は人気が少ない墓所は、盆の迎えで家族や親戚連れが多く、午前中の時間帯の割に少しばかり賑やかに感じられる。
月命日には必ず訪れるとはいえ、外に晒されている石は日々の天候によって土埃に汚されており、日中の強い日差しで焼けた御影石へ柄杓に汲んだ水を掛け、柔らかな布で磨く。
熱を冷ましきれず、湯に変わった水分を汚れと共に洗い拭っては絞り、再度柄杓から水を掛けた。
「兄貴、花できたぞ」
「おぅ、もうちょい待ってくれ」
声を掛けられ、疾風は掃除が終わるのを待つ疾斗へ軽く返事を返し、自身の苗字が深く彫られた正面を拭き上げて、水鉢へロケットペンダントを開き置く。
側面に彫られた戒名と故人の名を指で辿り、疾風は花を受け取り飾った。
喪失能力者が完全理想体になる確率は一桁パーセント程しかない。
そこから溢れた能力者は、自らの持つ能力に殉じた死に至るという。
疾風の妻であった伊純は、喪失後追者だった。
その指先で触れた対象物を消失させる能力を持っていたのだが、力の強さに呑まれてしまった彼女は、宿っていた命とともに、疾風の腕の中で文字通り【消失】。
知り合いの住職に依頼し、執り行った遺体のない葬儀は心苦しく、当時高校生であった彼女の妹である香坂 結衣からは「姉を返してくれ」と強く責められた。
この墓所の納骨棺には遺骨ではなく、あの日遺された衣服を納めている。
「……もう二桁年、過ぎたんだな」
「早ェもんだよな、時間流れるのは」
疾斗がポツリと落とした言葉に苦笑しながら、線香束へと火を点ける。
残り火で蝋燭へ灯を燈し、傍らへ置いて香炉へ供えて手を合わせ、入れ替わりながら提灯を広げる。
蝋の溶ける匂いが夏の半ばを知らせているように思え、疾風は目を細めた。
「結衣から連絡来たか?」
「あぁ。明後日の夜には来るそうだ」
「…あいつの事だから午後イチに来るだろうな。まあわかった」
携帯端末を覗きながら声を掛けてきた実弟に応え、供物台に置いていた缶茶を取り、片手で開ける。
小さな椀に茶を移し、墓所の横に立つ小柄な地蔵の前に供え、熱を帯びているその頭へ水を掛ける。
手桶に残る水を敷地内に撒き、水鉢へ置いていたロケットを取りつつ携帯端末で週間天気を確認すると、快晴の表示が続いていた。
「…買物もあるし、飯食ってから帰るか」
左腕に嵌めた時計を確認して頷く疾斗を確認し、手桶と柄杓を彼に渡して提灯を持つと、墓所を後にした。
月命日には必ず訪れるとはいえ、外に晒されている石は日々の天候によって土埃に汚されており、日中の強い日差しで焼けた御影石へ柄杓に汲んだ水を掛け、柔らかな布で磨く。
熱を冷ましきれず、湯に変わった水分を汚れと共に洗い拭っては絞り、再度柄杓から水を掛けた。
「兄貴、花できたぞ」
「おぅ、もうちょい待ってくれ」
声を掛けられ、疾風は掃除が終わるのを待つ疾斗へ軽く返事を返し、自身の苗字が深く彫られた正面を拭き上げて、水鉢へロケットペンダントを開き置く。
側面に彫られた戒名と故人の名を指で辿り、疾風は花を受け取り飾った。
喪失能力者が完全理想体になる確率は一桁パーセント程しかない。
そこから溢れた能力者は、自らの持つ能力に殉じた死に至るという。
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その指先で触れた対象物を消失させる能力を持っていたのだが、力の強さに呑まれてしまった彼女は、宿っていた命とともに、疾風の腕の中で文字通り【消失】。
知り合いの住職に依頼し、執り行った遺体のない葬儀は心苦しく、当時高校生であった彼女の妹である香坂 結衣からは「姉を返してくれ」と強く責められた。
この墓所の納骨棺には遺骨ではなく、あの日遺された衣服を納めている。
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「早ェもんだよな、時間流れるのは」
疾斗がポツリと落とした言葉に苦笑しながら、線香束へと火を点ける。
残り火で蝋燭へ灯を燈し、傍らへ置いて香炉へ供えて手を合わせ、入れ替わりながら提灯を広げる。
蝋の溶ける匂いが夏の半ばを知らせているように思え、疾風は目を細めた。
「結衣から連絡来たか?」
「あぁ。明後日の夜には来るそうだ」
「…あいつの事だから午後イチに来るだろうな。まあわかった」
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小さな椀に茶を移し、墓所の横に立つ小柄な地蔵の前に供え、熱を帯びているその頭へ水を掛ける。
手桶に残る水を敷地内に撒き、水鉢へ置いていたロケットを取りつつ携帯端末で週間天気を確認すると、快晴の表示が続いていた。
「…買物もあるし、飯食ってから帰るか」
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