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Case.02 雨
東都 東地区γ− 一月二十五日 午後七時二十三分
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厚い硝子窓に隔たれた眩しいほどの白塗りの部屋の中。
酸素吸入器といくつかの点滴に囲まれた男が、白衣を纏う人間に囲まれて治療を受けている。
隣に立つ緑髪白衣姿の男は、窓に写されるホログラム体の情報と手元の紙束を照らし合わせながら、治療を受ける男について確認を取っている。
友人の案内で来たこの場所は病院ではない。
請負屋の知り合いが持っている研究所である。
東都内のあらゆる情報が集約される機関に身を置いている故、都築自身はこの施設の存在を知っていたが、実際に入ったのは初めてだ。
終業間際に目を通した情報によれば、この施設では能力覚醒のメカニズムや能力抑制方法を研究しているらしいのだが、それ以外に記載は無く、実際の研究内容は機関長である自社社長も「判らない」と首を振っていた。
(俺が知る中じゃ今までに一番ヤバいな、ここは…)
凛を置いて来てよかった、と心の底から思いつつ、持っていたミネラルウォーターを呷る。
医務棟であるこの場所へ向かう途中、道すがら通った研究棟は、扉越しですら明らかに異質の気配があり、それと同時に悲鳴にも似た声が聴こえていた。
自分の予想とは大幅に違っている事と、下手な行動は自身の身の危険を招く事を肌で感じ、都築は喉に詰まるような息を吐き出した。
浮かぶ映像に書かれている文字の羅列は何かの専門用語らしく、研究員と話す友人の言葉は全く以って理解が出来ず、それを横目に窓向こうで目を閉じている男を見つめる。
麻酔が施されているのか、遠目で見ている分には静かに眠っているようにしか見えない。
時折取り換えられる銀色の深皿の様な物の上には何やら得体の知れない物が載せられている。
何かの間違いで研究対象にされているのではないだろうか、と浮かんだ悪考を耳に響く心音と共に落ち着かせていると、話をしていた友人が此方を向いた。
「すまない里央。待たせた」
「おぅ、話は終わったのか?」
「ああ…状況的にあまり芳しくない」
眼鏡の奥、深緑色に見せかけている双眸が苦々しく細められ、研究員の一人から受け渡されたらしい紙面が捲られる。
そこには先程の銀皿と同じ形状の物の上に、柔らかくなり過ぎたような何かが撮影された物が印刷されていた。
「……なんだこりゃ」
「これは彼の中に入れていた人工内臓だったものだ」
「人工内臓?そんな記録はなかったぞ」
「だろうな。入れ替えたのは昨日の朝の事らしい」
あからさまに臓器の形状には見えないその印刷画を見直す。
「来たばかりの時は彼自身の臓器で活動していたそうだ。しかし、昨日朝には過剰なまでに水を含んだ状態になっていた。それで胃・小腸を入れ替えたそうだが…」
昨日入れられたという代替臓器は、まるで数日間水に浸けていたようにゼリー状にふやけきっている。
大量の水分を摂っていたとしても起き得ない筈のその写真に目を細め、理解が追い付かないと首を振る。
「あの人連れて来てまだ二日だぞ?何かを媒体にして力使ってるってのか?」
硝子越しに見える治療室にある水分といえば、唐須間に薬効と栄養素を届けている点滴袋くらいだ。
麻酔で眠り意識が微睡んでいるであろう状況で、自らの意思で能力を行使するのは、あまりにも非現実的すぎる。
「…無意識の能力発動自体は有り得る事だ。ただ、それは先駆者である人間が力を持て余す間だけ起こるものの筈だ。媒介者で起きるのは聞いたことがない」
感情の起伏がない平坦な音で話してはいるが、彼の目は戸惑いを隠しきれずに泳ぐ。
─能力者は力を行使する事が出来ると同時に、その能力を使う為の代償がある。
様々な物を見透す事が出来る眼を持つ疾風には、代償として能力を宿す左眼に長時間発熱が起きる。
夢を共有したり白昼夢を引き起こせる眼を持つ疾斗は、能力を一定以上使うと強制睡眠状態に陥ってしまう代償を持っている。
代償というもの自体、非能力者にとっては理解しがたい事象だ。しかし、請負屋の二人を学生時代から知り、妻も能力者である都築は其れを十二分に理解しているつもりだった。
「斑鳩から研究所に送られてきたデータによると、水を使う能力者に見られる代償症状らしい。それも」
最末期症状、だと。
重たげに言葉を吐き、口を一文字に引き締めた青年が、息を吐く。
「…時間が、無いってことか」
最末期と言うことは、生命活動の終焉が近づいていると言うことだろう。
今目前に起きている事象は今までとは違い、到底受け入れ難いのも事実で、それは友人にも同じようだった。
「……さっき、彼方から三日以内に仕留めろと指示が入ったらしい」
「俺にも直接連絡が来た。どうするんだ?」
機関に所属する自分は、国家認可を持つ彼らの指示次第では危険に身を投じることもある。
彼の指示次第では唐須間の生命維持装置を改竄し、命を切る事にもなりうるが、彼の目を見て、その指示が出る事はないことは確信できた。
「……明日、彼方へ出向く。その準備を手伝ってくれ」
「了解」
酸素吸入器といくつかの点滴に囲まれた男が、白衣を纏う人間に囲まれて治療を受けている。
隣に立つ緑髪白衣姿の男は、窓に写されるホログラム体の情報と手元の紙束を照らし合わせながら、治療を受ける男について確認を取っている。
友人の案内で来たこの場所は病院ではない。
請負屋の知り合いが持っている研究所である。
東都内のあらゆる情報が集約される機関に身を置いている故、都築自身はこの施設の存在を知っていたが、実際に入ったのは初めてだ。
終業間際に目を通した情報によれば、この施設では能力覚醒のメカニズムや能力抑制方法を研究しているらしいのだが、それ以外に記載は無く、実際の研究内容は機関長である自社社長も「判らない」と首を振っていた。
(俺が知る中じゃ今までに一番ヤバいな、ここは…)
凛を置いて来てよかった、と心の底から思いつつ、持っていたミネラルウォーターを呷る。
医務棟であるこの場所へ向かう途中、道すがら通った研究棟は、扉越しですら明らかに異質の気配があり、それと同時に悲鳴にも似た声が聴こえていた。
自分の予想とは大幅に違っている事と、下手な行動は自身の身の危険を招く事を肌で感じ、都築は喉に詰まるような息を吐き出した。
浮かぶ映像に書かれている文字の羅列は何かの専門用語らしく、研究員と話す友人の言葉は全く以って理解が出来ず、それを横目に窓向こうで目を閉じている男を見つめる。
麻酔が施されているのか、遠目で見ている分には静かに眠っているようにしか見えない。
時折取り換えられる銀色の深皿の様な物の上には何やら得体の知れない物が載せられている。
何かの間違いで研究対象にされているのではないだろうか、と浮かんだ悪考を耳に響く心音と共に落ち着かせていると、話をしていた友人が此方を向いた。
「すまない里央。待たせた」
「おぅ、話は終わったのか?」
「ああ…状況的にあまり芳しくない」
眼鏡の奥、深緑色に見せかけている双眸が苦々しく細められ、研究員の一人から受け渡されたらしい紙面が捲られる。
そこには先程の銀皿と同じ形状の物の上に、柔らかくなり過ぎたような何かが撮影された物が印刷されていた。
「……なんだこりゃ」
「これは彼の中に入れていた人工内臓だったものだ」
「人工内臓?そんな記録はなかったぞ」
「だろうな。入れ替えたのは昨日の朝の事らしい」
あからさまに臓器の形状には見えないその印刷画を見直す。
「来たばかりの時は彼自身の臓器で活動していたそうだ。しかし、昨日朝には過剰なまでに水を含んだ状態になっていた。それで胃・小腸を入れ替えたそうだが…」
昨日入れられたという代替臓器は、まるで数日間水に浸けていたようにゼリー状にふやけきっている。
大量の水分を摂っていたとしても起き得ない筈のその写真に目を細め、理解が追い付かないと首を振る。
「あの人連れて来てまだ二日だぞ?何かを媒体にして力使ってるってのか?」
硝子越しに見える治療室にある水分といえば、唐須間に薬効と栄養素を届けている点滴袋くらいだ。
麻酔で眠り意識が微睡んでいるであろう状況で、自らの意思で能力を行使するのは、あまりにも非現実的すぎる。
「…無意識の能力発動自体は有り得る事だ。ただ、それは先駆者である人間が力を持て余す間だけ起こるものの筈だ。媒介者で起きるのは聞いたことがない」
感情の起伏がない平坦な音で話してはいるが、彼の目は戸惑いを隠しきれずに泳ぐ。
─能力者は力を行使する事が出来ると同時に、その能力を使う為の代償がある。
様々な物を見透す事が出来る眼を持つ疾風には、代償として能力を宿す左眼に長時間発熱が起きる。
夢を共有したり白昼夢を引き起こせる眼を持つ疾斗は、能力を一定以上使うと強制睡眠状態に陥ってしまう代償を持っている。
代償というもの自体、非能力者にとっては理解しがたい事象だ。しかし、請負屋の二人を学生時代から知り、妻も能力者である都築は其れを十二分に理解しているつもりだった。
「斑鳩から研究所に送られてきたデータによると、水を使う能力者に見られる代償症状らしい。それも」
最末期症状、だと。
重たげに言葉を吐き、口を一文字に引き締めた青年が、息を吐く。
「…時間が、無いってことか」
最末期と言うことは、生命活動の終焉が近づいていると言うことだろう。
今目前に起きている事象は今までとは違い、到底受け入れ難いのも事実で、それは友人にも同じようだった。
「……さっき、彼方から三日以内に仕留めろと指示が入ったらしい」
「俺にも直接連絡が来た。どうするんだ?」
機関に所属する自分は、国家認可を持つ彼らの指示次第では危険に身を投じることもある。
彼の指示次第では唐須間の生命維持装置を改竄し、命を切る事にもなりうるが、彼の目を見て、その指示が出る事はないことは確信できた。
「……明日、彼方へ出向く。その準備を手伝ってくれ」
「了解」
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